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ネット・プロモーター・スコア(NPS)をご存じだろうか。ベイン・アンド・カンパニーのフレデリック・ライクヘルド氏によって提唱された、自社の商品やサービス、ブランドに対する顧客のロイヤルティを測る指標の一つだ。GE、アップル、アメリカン・エキスプレスなど米国発のグローバル企業を中心に多くの企業に導入され、日本の企業でも導入を試みる事例が増えている。ただ、導入に当たって、「組織に浸透しない」「業績に直結しない」などの課題に直面するケースも多い。

総合人材サービスのインテリジェンスでは、2014年から、転職支援サービスDODAをブランドとして持つキャリアディビジョンにおいて、NPSを経営指標の中心に置く「顧客中心経営」を進めてきた。ディビジョン長としてこの取り組みを進め、この4月に社長に就任した峯尾太郎が、導入の背景と取り組み内容、業績・組織に与えた影響について語る。

業績拡大の裏で「後ろめたさ」を感じていた

NPS導入のきっかけとなったのはリーマン・ショックだと言っていいと思います。2004年以降2006年に学生援護会との経営統合、2007年に転職サイト『DODA』をスタートするなど、組織・事業を急拡大していた時期でした。新卒採用は数百名の単位で行い、社員もハードワークが常態化していました。

私自身、業績を伸ばせていること自体に喜びや充実感を感じていたことは確かですが、同時に「悪い成長」をしている自覚もあった。その時期は、サービスの価値も、ブランドの価値も、社員の力も高まっておらず、生産性の低下を人材採用とハードワークという「量」でしのいで成長につなげていたんですね。

そんな中で起きたリーマン・ショック。人材採用を一時的に止める企業が後を絶たず、売り上げは前年度の4割程度にまで落ち込みました。経営としてはピンチです。

しかし、それまで「悪い成長」に後ろめたさを感じながら突っ走っていたところに、外部要因によるストップがかかり、ほっとした面もありました。しばらくは何をやっても業績が良くならないことが目に見えている中で、これを機に、今までの「悪い成長」を改めて、正しい成長へ舵を切れると考えたのです。

「正しい」ことも業績につながらなければ続かない

NPSを中心的な経営指標に置くに当たって、一つ決めていたことがありました。それは、事業責任者たちがこの取り組みが事業成長につながることを腹の底から納得できなければやらないということ。

長期にわたって事業が成長する上で、「顧客志向」や「顧客満足の追求」は必要ないと考える経営者はまずいないでしょう。ただ、それを唱えるだけで「あとは各自で頑張りましょう」でどうにかなるものでもありません。

個々の部署で正しいことをやっていても、それらが相互に作用し合わず成果につながらなければ、やっている社員もただつらいだけになってしまいます。「事業に貢献しない」と思った瞬間、絶対に続かなくなる。

そのため導入に当たっては、まず人材紹介サービスの法人営業部門、転職サイトの法人営業部門、転職サービスを利用する個人顧客に対峙するキャリアコンサルティング部門を中心に、各事業部長と徹底的に話し合いました。

事業ごとに追いかける目標は違いますし、目標達成のための先行指標も異なるので、それぞれの事業にNPSが当てはまるとしたらどうなるのか、何をすればいいのか、業績向上につながる明確なイメージを持てるまで、何度もミーティングを重ねました。

そして、2014年1月に顧客中心経営を開始するに至りました。顧客中心経営とはただ顧客の要求に応えることを意味しているわけではありません。顧客以上に顧客を知り、顧客固有の課題解決を通じて、顧客が描くビジョンの実現に貢献すること、と弊社では定義しています。

インテリジェンス 社長 峯尾太郎 1994年、インテリジェンスに入社。関連会社の責任者を歴任し、2010年4月、常務執行役員となり、キャリアディビジョン管掌。2015年4月、取締役兼常務執行役員に就任。2016年4月より現職。

インテリジェンス 社長 峯尾太郎
1994年、インテリジェンスに入社。関連会社の責任者を歴任し、2010年4月、常務執行役員となり、キャリアディビジョン管掌。2015年4月、取締役兼常務執行役員に就任。2016年4月より現職。

「顧客中心主義」をお題目で終わらせないために。NPSが高まる構造を科学する

NPSを測るための顧客への質問は、「あなたは○○(製品・サービス・サービス提供者)を友人に薦めますか?」というたった一つのシンプルなものです。

この質問に0~10点の11段階で回答していただく。その点数によって顧客を推奨者(プロモーター)、中立者(パッシブ)、批判者(デトラクター)の3つのグループに分類し、回答者全体における推奨者の割合から批判者の割合を引くことで得られる数値がNPSになります。

もちろんアンケートを回収して終わりではありません。NPSを向上させるためには、推奨者を増やし、批判者を減らすための取り組みを計画・実行し、そのPDCサイクルを回す、その一連のプロセスに意味があるのです。

言うのは簡単ですが、すぐに効果の表れにくい長期的な取り組みとなるため、かなりの根気とパワーのかかる取り組みです。そのため当社では顧客中心主義を推進するための専門チームを組成して取り組みの徹底度を高めました。

スコアの計測方法は、法人顧客に対しては半期に一度、個人顧客に対してはサービス利用が終わったタイミングでアンケートをお送りしています。そうして得たフィードバックを事業部ごとに分析し、NPSとの相関性の高い行動は何かを見極め、取り組みに反映して実行に移す。そこまでを仕組み化しています。

それ以外にも、顧客中心主義を高い次元で実現した社員をディビジョン全体で表彰したり、週次で良い取り組み事例を集約・共有したりしています。

また、社員がその体現レベルを向上するために研修を行ったり、人事評価にも組み込むなど、「顧客中心主義」を推進するために、一つ一つの施策が相互に連環し合うような構造・仕組みづくりを意識して、取り組んでいます。

取引金額に約2倍の差。社員の「働きがい」も高まる

NPSを計測し始めて、「推奨者」と「批判者」では取引金額に約2倍の差が出てくるということも判明しました。この取り組みを始めてから約2年半が経ちますが、すべての部門でNPSは着実に向上しており、それに伴って売り上げも伸びています。

また、「相関がある」という事実が分かってきただけでなく、どの先行指標を高めるとNPSが向上するのか、その因果関係も一部分かりました。「顧客中心主義」が雲をつかむような話ではなく、経営指標として現実的に有用なものであることが、私もそして事業部長も実感できるようになってきました。

始めた当初は、現場から「顧客中心主義と業績、どちらを優先するのか」みたいな話もよく出ていましたが、いつからかそういう声はパタリと無くなりました。

顧客から明確な評価をいただくことによって、個々の社員が「いい仕事ができている」「仕事にやりがいを感じる」という実感を持てるようになってきており、その好循環が生まれていることが、社員の成長にとって大きいのだと思います。

数年やっていると、社員一人ひとりの中にそのような成功体験が蓄積され、個々が実践している顧客中心主義の取り組みそのものが、組織に多大なエネルギーを与えていることに気が付いてきたのでしょう。

突然NPSが急上昇することはありえませんし、望んでもいません。この取り組みを組織全体としてしっかりと継続することで、顧客中心主義が徹底され、顧客ロイヤルティが高まり、従業員満足も高まる。

その結果、ゆっくりでもいいので正しい方向へ着実に成長していくことが大切だと考えています。