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プロピッカーが選ぶ今週の3冊

【谷本有香】人間の心理と現実に、新たな視点をもたらす3冊

2016/5/25
時代を切り取る新刊本をさまざまな角度から紹介する「Book Picks」。水曜は「Pro Picker’s Choice」と題して、プロピッカーがピックアップした書籍を紹介する。今回は、Forbes Japan副編集長 兼WEB編集長の谷本有香氏が、トレンドをつかむコツから発達障害や読書論まで幅広いテーマから注目の3冊を取り上げる。

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大企業や組織のトップとして君臨し、そこで伝説的な手腕を発揮、カリスマと呼ばれたリーダーたちがいる。

明らかに彼らは、時代を切り開いた開拓者たちである。

そんな彼らが第一線を退いた後、「積極的に時間をつくり、やっていることがある」と、よく伺う。

それが、「若い人たちと交流を持つ」ということだ。

孫の世代といってもおかしくない人たちと飲みに行ったり、話したりすることで、若い人たちの思考・感覚を得て、彼らが何を考え、何を好み、何に夢中になっているのかを知ることは、何よりの勉強になるのだという。

なぜ時代をつくり出してきたリーダーたちが、若者たちにまで目線を下げ、彼らの感覚に触れ続けたいと思うのか。

それは、「今」という時代の最先端、時代をつくり出している源泉を知りたいからだ。

時代の最先端をつくっているのは、厳密には若者ではないだろう。

彼らは企業がつくり出したものを選択する側であり、消費する側である。

しかし、既成概念にとらわれず、これまでの価値観にこだわりのない彼らだからこそ見いだせる、真の意味での「新しい価値」がそこにはあるはずだ。

そして、結果、そんな彼らに選ばれた最先端のものが「クール」などと評される。

本書『クール 脳はなぜ「かっこいい」を買ってしまうのか』でも、さまざまなアプローチで、なぜ人は「クール」に惹かれるのか、それを消費してしまうのか、消費の真相のみならず、人々の心理が分析されている。

「今」は常に移りゆく。

時代とともに「クール」も変わっていく。

そして、人々は自身のアイデンティティや価値観を、その「クール」を通して伝えようとしている。

いつの時代も、最先端を彩るものに確実に備わっている条件は、人気があること。つまりは、人の「気」を集められる力がある、ということだ。

「人気」を得るためには、人のニーズや時代のトレンドといった「空気」を読むことができる企業やブランドである必要がある。

どうしたら、人々の興味の先にあり続けるものができるのか、その裏には人間のどんな心理が働いているのか、そのヒントが本書には詰まっている。
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「発達障害」という言葉が一般的に注目され、認識されるようになったのは、近年のことだ。

発達障害は、主に広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害の3種類に分類されており、最近では、子どもだけでなく、大人の発達障害についてもメディアなどで取り上げられるようになり、子ども時代に気づかず大人になってしまった人が診断を受け、判明するケースも多いと聞く。

本書は著者の長女出産から、広汎性発達障害という診断を受けるまでの苦悩から、診断後の絶望、迷い、葛藤、そして、先の見えない暗闇のトンネルの中で自身も病み、現実から逃避し、自暴自棄の生活の末、家族を失うという失意の底からの再生の物語を描いている。

発達障害の子どもを持つこと、そして、その症状自体が、生きづらくしているのではない。

著者が経験したように、専門の機関への相談予約に3年も待たされるというような(現在は解消してきているという)相談機関の不十分さ、発達障害の症状の違いによって、周囲にはわかりづらいこと、「発達障害」に対しての、周囲の理解のなさ、または、誤認識。

そして、子どもの将来への不安に、24時間向き合わなければいけない圧倒的な孤独を支えてあげられない社会の環境が、その家族を生きづらくしているのだ。

その現実を直視し、逃げることなく真摯に向き合ったからこそ、残酷な結果が待っていることもある。向き合い続けたからこそ、逃げるという選択肢しか見つけられなかったということもあるだろう。

体当りしてきた著者の格闘や苦しみは、かわいらしいキャラクターのコミックエッセイの体であるからこそ、読者に対して中和されている面もある一方、よりそのギャップが心臓をわしづかみする。

「発達障害」は本当に障害なのか?
 どこまでが「障害」で、どこまでが「個性」なのか?
 「発達障害」の子どもや家族は本当に不幸なのか?
 「発達障害」の親が不安と苦しみから解放されるため、逃避行動を取るのは悪なのか?
 「母親をやめてしまいたい」と言葉にすることは罪なのか?

本書を読み進むにつれ、著者は自らの壮絶な体験を通じて、読者のわれわれに問い続ける。

その問いは読者の心にいつまでも重くのしかかるはずだ。
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読書に関する本はちまたにあふれている。

どの書も、限られている時間の中で、読書を通し、他者の経験や知を得たり、未知のものに触れて見識を深めたり、歴史から知恵を借りたりすることで、より人生を豊かにできることの重要性をうたっている。

ベストセラー“武器シリーズ”の滝本氏の新作である本書『読書は格闘技』では、この効用を認めつつも、今回のタイトルにもあるように、ファイティングポーズを崩そうとはしない。

著者にとって、この格闘技たる読書とは、「単に受動的に読むのではなく、著者の語っていることに対して、『本当にそうなのか』と疑い、反証するなかで、自分の考えを作っていくという知的プロセス」であるという。

そして、さらにそれを進化させるために、まったく違うアプローチの本、主張の異なる良書を同時に2冊紹介し、「批判的に、比較検討するという形態」で展開しているのがこの本の特徴だ。これにより、知的プロセスの結果つくられる「自らの考え」をより進化・深化することができるのだという。

また面白いのは、著者の「良書」に対する考え方だ。

「普通、『良書』というと、書いてあることが正しいものであり、正しい考え方であると思われる。しかしながら、書いてあることに賛成できなくても、それが批判に値するほど、一つの立場として主張、根拠が伴っていれば、それは『良書』と言える」と、どこまでも受動的読書を許さないのだ。

参考になるべくは、この「格闘技としての読書」の神髄は、本を読むときだけにとどまらないということだ。それは、ビジネスや生き方の本質に通底する考え方である。

だからこそ、テーマ設定も「心をつかむ」「組織論」「グローバリゼーション」「時間管理術」といったビジネス寄りのものから、「どこに住むか」「才能」「未来」「正義」という人生に関わるもの、そして、「国語教育の文学」「児童文学」と幅広い層に訴えるものになっている。

向き合う対象に取り込まれることなく、格闘する姿勢を示す。

その格闘の相手は、「本」だけではない。

著者でもあり、そして、自分自身との格闘でもあるのだ。

*本連載は毎週水曜日に掲載します。