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「稼ぐ力のその中身」〜番外・FREETEL編〜

【楠木建が聞く】スマホ業界はまだ「序章」だ

2016/5/25
成功する企業には「優れた戦略」がある。優れた戦略の条件は「そこに思わず人に話したくなるようなストーリーがあるかどうか」と説く楠木建教授。モバイル業界でMVNOに注目が集まる今、SIM フリースマホとMVNO事業の双方でトップブランドに急成長した「FREETEL」の戦略ストーリーを、母体であるプラスワン・マーケティングの代表・増田薫氏との対談から分析する。
※本連載の1回目、MVNOの基本がすぐわかるスライドストーリーはこちらから。

“Made by Japan”を復権させる

楠木:私は携帯電話、スマートフォンにさほどの関心はありませんし、必要最小限の使い方しかしていません。それでも、というか、だからこそ現在のスマートフォンの商品や価格、売り方に不満を感じることが多々あります。

FREETELは、表面的には1万円台から買える安いスマートフォンを作っているメーカー、通信費の安いSIMを売っているMVNOというイメージでした。しかし、御社の構想や戦略を知ってからは日本のモバイル業界を変えるプレーヤーに成長するのではないかと期待しています。

増田:FREETELは2012年に創業し、“Made by Japan”の高品質なSIMフリースマホを作るメーカーとして出発しました。私は前職のDell Japanでコンシューマー向けPCの営業責任者でしたが、当時、お客様とマイケル・デルが商談した際に、彼が最後にスマートフォンを取り出したのです。私にとってはこれが初めて見たスマートフォンでした。一目見てPCよりもはるかに大きな可能性を感じ、衝撃を受けました。

商談後、マイケル・デルに、「そのスマートフォンを僕に下さい」と頼み込みました。その日のうちに日本のキャリアに見せに行き、一カ月後にはスマートフォン事業部を立ち上げ、その総責任者として、営業、品質、サポート、開発など全般を手がけることになりました。

そこでスマートフォン、MVNO、それらの海外と日本の違い、そしてなにより「ものづくり」の現場の実情を知りました。私が子どもの頃、ソニーのウォークマンは憧れの存在でした。他の日本メーカーも次々と素晴らしい家電品を世に出していました。

そもそも資源に乏しい日本が、敗戦後、舶来品がもてはやされるなかで、先輩方がしっかりとしたものづくりをしてこられた、その象徴がソニーのウォークマンだと思っています。当時の日本のものづくりには誇りとイノベーションがあり、日本製品は世界の中でも圧倒的なブランドを築くこととなりました。

日本の資源とは、「いいものを作る」というものづくりの精神そのものだったと思います。しかし、この20年で日本企業は本来宝物である「日本のものづくり」をコストと捉え、海外に製造拠点を移し、ノウハウはどんどん海外に流出していきました。

現在、携帯市場では海外メーカーが販売シェアの大半を占めています。日本メーカーはブランド名だけを使い、中身の企画・開発・製造はすべてODMで海外の工場に丸投げすることも多くなってきています。

DELL時代に、世界の名だたるODMの生産現場を見にいき、驚愕しました。並んだ製造ラインのすぐ隣でライバル社の製品が作られており、メーカーはほぼODMまかせなので、工員が部材に突っ伏して居眠りしていたりする。コスト面でも品質面でも、独自性のある良い製品が生まれるべくもない状況です。

日本は一体どこに向かっているのか、その思いが強くなり起業しました。日本のものづくりを受け継ぎ、その誇りを胸に本当にいいスマートフォンを作りたい。それが使命だと思っています。

増田 薫(ますだ かおる) プラスワン・マーケティング株式会社代表取締役。1972 年東京都生まれ。ソースネクスト、Lenovo Japan、Dell Japanを経て2012年にプラスワン・マーケティングを創業。「圧倒的な日本品質で、世界に驚きを届ける」「端末・回線・アプリで、通信生活を改革する」といったビジョンを掲げ、通信、端末、店舗、サポートを一貫して提供する「FREETEL」を展開。立ち上げから3年半でトップブランドに成長させる。

増田 薫(ますだ かおる)
プラスワン・マーケティング株式会社代表取締役。1972 年東京都生まれ。ソースネクスト、Lenovo Japan、Dell Japanを経て2012年にプラスワン・マーケティングを創業。「圧倒的な日本品質で、世界に驚きを届ける」「端末・回線・アプリで、通信生活を改革する」といったビジョンを掲げ、通信、端末、店舗、サポートを一貫して提供する「FREETEL」を展開。立ち上げから3年半でトップブランドに成長させる。

ODMではなく「JDM」

楠木:「本当にいいスマートフォン」の基準はどのようなものだと考えていますか?

増田:「ニーズに合ったいいものを」「高品質で作る」ことが重要です。現在はODMと呼ばれる製造手法が一般的ですが、ODMビジネスでは委託先の工場が、企画・開発・設計、部材選定、さらには品質の判断権まで持っています。それで「ニーズに合ったいいもの」を「高品質」で作れるのでしょうか。

当社はODMではなく、JDM(Joint Design Manufacturer)と呼ぶビジネスモデルを実施しています。工場は中国の信頼できる工場と契約していますが、一から私たちで企画をし、開発・設計をする。部材の選定、生産手順の管理、品質の判断に至るまで、製品作りのプロセスすべてに渡って、日本メーカーで何十年もノウハウを培った先輩方に責任者となって頂き、すべて日本の品質基準で行っております。当然、製品の品質の判断権も当社が持っています。

製造自体は海外ですが“日本品質”を追求した、すなわち「Made by Japan」を追い求めた結果、このような体制となりました。

それにより、オリジナリティのある“とがった製品”が、高品質で作れます。FREETELの端末の不良率は、外資メーカーのそれと比べても非常に低いです。ユーザーにとって信頼できる製品を提供できる一方、経営的には返品率や部材の不良率が少なくなり、コストを抑えることができます。

楠木:そこが面白いですね。普通にみんなが追求するODMのコストメリットを追わなかったことが、かえってバラエティに富んだ高品質な製品と低コストの両立を可能にした。業界の思い込みの盲点を衝いたということですね。

楠木建(くすのき・けん) 一橋大学教授、専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書に『「好き嫌い」と経営』(2014年、東洋経済新報社)、『経営センスの論理』(2013年、新潮新書)など。NewsPicksプロピッカーであり、対談シリーズ「稼ぐ力のその中身、戦略ストーリーの達人たち」を連載中。

楠木建(くすのき・けん)
一橋大学教授、専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書に『「好き嫌い」と経営』(2014年、東洋経済新報社)、『経営センスの論理』(2013年、新潮新書)など。NewsPicksプロピッカーであり、対談シリーズ「稼ぐ力のその中身、戦略ストーリーの達人たち」を連載中。

見た目と価格の差額が「儲け」

増田:「日本製は品質がいい。でも高い」というのは世界の通説です。結果として日本メーカーは世界において価格競争力を失いました。

売上からコストを差し引いた残りを利益と呼ぶ、経済上はその通りです。しかし、そうした利益の最大化ばかりを追っていると、目先のことしか考えなくなり、市場を変えたい、日本のものづくりを継承したいといった大志や使命感が薄れます。それでは会社を設立した意味がありません。

たとえばFREETELのスマホを手に取った人が、「これほどの製品やサービスなら5万円はするのでは?」と感じたところ、実際にはそのスマホが3万円だったら、「安い! 2万円得した!!」と驚く。その驚き、喜びがお客様の利益であり、それがうちの「儲け」だと考えることにしたのです。

その「儲け」を最大化するのが当社の使命であり、最大化を目指す以上、スマートフォンで世界一になると決めているのはそういう背景があるからです。

楠木:価格設定も戦略的ですが、FREETELは定石の逆をいく “フルラインナップ戦略”を採っている。これも特徴ですね。現在、8種類もの端末を揃えています。

増田:山に行くときは山に合う格好、海に行くときは海に合う服装をします。本来、ハードウェアもお客様のしたいこと(ニーズ)に合ったものを利用するのが一番いいはずです。そのためには、ニーズに合った製品を取りそろえることが重要だと考えた結果、必然的にフルラインナップ戦略となりました。

価格帯は約1万円からで、写真好きの人に向けた製品や、よく山登りや海外出張に行かれる人向けに3日間電池が持つスマホなど、特徴はさまざまです。OSもAndroidからWindows Phone、またガラケーも取りそろえています。

楠木:いろいろな機種があるけれど、そのどれもが尖っていて、特定小数の明確な訴求ポイントを持たせている。ここから考えて、御社の商品は、たとえば時計業界でSwatchがやったように、状況に応じた“使い分け”を想定しているのですか?

増田:そうです。スマートフォン間での(クラウドを介した連絡先やアプリの)「同期」がまさにこうした複数台での利用・使い分けを可能にしてくれました。

いままでのスマホは価格が高すぎて、2台持つには負担が大きい。それではせっかくの「同期」のメリットが活きません。FREETELは約1万円程度のスマホからフルラインナップで取り揃えていますので、TPOに応じた使い分けができます。
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SIM×端末×アプリで市場を作る

楠木:そしてFREETELは、端末を作って売るだけでなく、MVNOとしてSIMも展開している。自社で端末を開発しながらSIMをやる稀有な会社ですね。その狙いを聞かせてください。

増田:いままで、端末はメーカー、SIMはキャリアやMVNO、アプリはソフト会社といったように分かれているのが普通でした。しかし、スマホ本体だけでは電話も通信もできません。スマホ、SIM、そしてアプリ。この3つの構成要素がそろって初めてエンドユーザーに総合的な価値を提供できるようになります。

実は日本では6〜7年前からMVNOのSIMはありました。しかし、それが使える携帯(ハードウェア)はありませんでした。すなわち、単独要素ではマーケットが作れなかったことは自明です。

また、日本は先進国の中でMVNOでは最後発の一つです。ヨーロッパではMVNOが40%を超える国もあり、アメリカも14%がMVNOです。日本はまだまだ2%にすぎない。通信料金が大幅に削減できるという明確なメリットがあるにも関わらず、わずかに2%なのです。

ということは、いままでのMVNOのやり方は間違っていたのです。わたしどもは自社ブランドの端末、通信料を大幅に削減できるSIM、そしてカケホーダイ(通話し放題)ができるアプリを提供しています。一社で手掛けるからこそ総合的な価値が提供できると考えます。そして、それを家電量販店や携帯ショップで販売することにこだわっています。
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サポートのコスト構造も変革

楠木:携帯、スマホ関連の不満といえば、故障などのトラブル時のサポートがよくないこと。日常生活に必須の存在になっているからこそ、アフターケアが非常に重要です。

増田:多くのメーカーは自社にコールセンターを持っておらず、専門の会社に委託しています。社外にあるわけですから、そうしたコールセンターにはそもそも返品などを受けつける権限は非常に限定されています。

また、端末、SIM、アプリのメーカーが別なのでたらいまわしにされることも多いです。サポートセンターにつながっても、たくさん質問された挙句、「それはアプリメーカーに問い合わせてくれ」などと言われるケースは少なくありません。言い方は悪いですが、客が諦めたらメーカーの勝ちというところがある。

FREETELはサポートを自社内で自社のリソースで行い、各担当者に決定権を委ねています。故障なども担当者の判断で、当日中に交換が可能になります。また当然たらいまわしもありません。その結果、一件あたりのお客様のサポートにかかる時間は非常に短くすることができます。

楠木:コストはどのくらい違ってくるのですか?

増田:単純な人件費単価で比較すれば、数倍かかるかもしれません。しかし、いままでの経験ですが、外部のコールセンターでは、特に不具合時の返品をうける権限が制限されていたりすることから、対応できるのは一人あたり1時間につき平均2件程度です。

一方でわれわれは問い合わせ1件あたり平均5分で完了し、1時間に12件に対応しています。圧倒的に効率がよく、結果的に人件費の差をはるかに上回ることができます。そしてなにより、ユーザーにも満足していただけます。

楠木:なるほど、顧客目線の発想ですね。FREETELが採っている戦略は、一見すると高コスト。しかし、戦略ストーリー全体を見渡すと競合他社とは異なる方法でサービスの低価格を実現している。

非連続の中の連続を見落とさない

楠木:あらゆるイノベーションは非連続性と連続性の組み合わせでできています。イノベーションとはそもそも非連続なものですが、一方でそれを使い、そこから価値を引き出す人間の側には本質的に連続性がある。

Eメールは技術的には非連続なものでしたが、そのフォーマットは昔ながらの手紙を踏襲していました。昔のテレビは、画面に映画館を思わせるような緞帳(どんちょう)が付いていました。初期の自動車には、馬もいないのに御者台のような部分があった。

人間のもつ連続性を見落とすとイノベーションは受け入れられないし、社会へのインパクトも生み出せないんです。増田さんは、テクノロジーが次々移り変わる世界で、人間の行動についての洞察を疎かにしていない。そこが秀逸ですね。

製品のコンセプトは非連続的でも、従来のスマートフォンと同様に家電量販店で買えるようにする、カスタマーサポートも他社と同じ形式だが中身がいい、など、普通のユーザーにとって無理なく受け入れやすいような連続性を確保している。

増田:新しい製品やサービスを生み出すことはできますが、人の行動様式まで変更することはできないと考えています。

例えば、「コンビニで炊飯器を買う」ということは一般的な行動パターンではないわけです。いくらその炊飯器が画期的で、すぐそばのコンビニで売っているとしても。これまでに多くの人が家電量販店や携帯ショップで携帯電話やスマホを購入し、契約をしてきました。ですので、家電量販店や携帯ショップに同じような買い方や契約ができるFREETELコーナーを設置することにこだわっています。

また、なによりお客様の声が大切です。私は今まで暇さえあれば家電量販店の現場で販売に立っていました。お客様との会話で気づくことはとても多いのです。いまはTwitterでも日々、顧客と会話していますが、実際に売り場やTwitterから始まった製品やサービスは多いです。

楠木:あっさりいえば「顧客視点」。当たり前の話ですが、口では顧客志向といいながら、この当たり前のことが現実の商売の局面ではなかなかできない。ずいぶん手前勝手な商売になってしまっている。

なぜ同じことを既存のプレーヤーができないのか。僕は「その商売を長くやっているせい」だと思います。「うちの業界はこういうものだ」という思い込みが知らず知らずのうちに積み重なっていく。その結果として、顧客の視点からするとおかしな行動をとるようになる。

業界がそれなりに成熟して、業界としての「常識」や「定石」が固まりつつあるこのタイミングでFREETELが出てきた意味は非常に大きいですね。
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今まではスマートフォンの「序章」

楠木:実際問題、グローバルの市場を含めて、アップルをはじめとした有名ブランドへ対抗できるのでしょうか。海外でも、日本のメーカーだということを強調したアプローチをしているんですか? 

増田:はい。われわれの先輩方が残してくれた「日本ブランド」への信頼感は、海外ではまだ通用しています。ただ一つ変更したのは「日本品質」でありながら「世界価格」ということ。「日本製は高い」という世界の常識を、世界で戦える価格で提供することで覆したいのです。

スマートフォンは、やっと2、3世代というところです。贅沢品という位置づけから、みんなが当たり前に使うものになり、だんだん「なぜこんなに高いの?」と気付き始めた。われわれのようなメーカーが大きなシェアを握る可能性は少なくないと思っています。

楠木:スマホ市場は、実はこれまで序章に過ぎなかったということですね。

増田:そうですね。われわれは今後10年で「モバイル端末のシェア世界一」の日本メーカーになることを真剣に狙っています。アプリの領域も今後は拡大していき、端末・SIM・アプリを垂直統合させた包括的サービスを国内・海外において展開していきます。

楠木:スマートフォンの世界では勝ち組が出そろった感があるなかで、日本からこうした野心的な戦略の会社が出てきた。もし僕がいまのスマホからFREETELに買い換えるとしたら、キャリアからMNPして、端末とSIMを買うんですよね。通信料金も安くなりますか?

増田:FREETELスマホは約1万円から、FREETEL SIMは月299円からです。使った分だけ支払いたい方向けには従量課金制プラン、毎月固定額がいいという方向けには固定額のプランを用意しています。

また、LINE、WeChatなどのメッセージアプリはパケット代無料で利用できますし、iPhone向けのSIMではApp Storeからのダウンロードが無料ですので気楽にアプリを楽しむことができます。

キャリアには毎月1万円近く通信料金を支払っていたかと思いますが、FREETELユーザーの月額料金の平均は約1500円ですので、平均85%削減されている方が多いですね。

楠木:スマホに興味がない僕でも、ちょっとそそられる話ですね(笑)。

(編集・構成:呉 琢磨・阿部祐子、撮影:岡村大輔)

日本に、もうひとつの携帯会社。FREETELについての情報は公式Webサイトから。