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読者の「知りたい」に応えられているか

プロピッカー・津山恵子がNYでアメリカ社会を描き続ける理由

2016/5/17
津山恵子(つやま・けいこ) 東京生まれ。ニューヨーク在住のジャーナリスト。共同通信社の経済部記者、ニューヨーク特派員を経て独立。米国の経済、政治について「AERA」をはじめ、各媒体に執筆。近著は『「教育超格差大国」アメリカ』

津山恵子(つやま・けいこ)
東京生まれ。ニューヨーク在住のジャーナリスト。共同通信社の経済部記者、ニューヨーク特派員を経て独立。米国の経済、政治について「AERA」をはじめ、各媒体に執筆。近著に『「教育超格差大国」アメリカ』

共同通信で経済部記者に

この度、NewsPicksのプロピッカーになったジャーナリストの津山恵子と申します。

私は、ニューヨークに13年ほど在住しており、現在は大統領選挙などアメリカ社会の様子を中心に取材しています。

独立する前は、共同通信社の経済部記者として、メディア、ハイテク、オンライン業界などを担当していました。

いくつもある分野の中で、“経済”をフィールドに決めたのは、自分自身の考えでした。

共同通信の記者の希望が多い部は外信部、次に政治部、そして社会部だと思います。ただ、私は地方勤務時代に「街ネタ」の一つとして経済ニュースを手がける中で、その面白さを実感するようになりました。

経済の現場を取材するためには、たくさんの勉強が必要になります。しかし、私は学びながら取材することが楽しかったんです。会社の経営者など、社会部ではできない取材対象にも魅力も感じました。

また、「東京で取材したい」という思いも後押ししました。共同通信の記者は当時、大体7年ほど地方勤務をしていました。しかし、私は地方の経験を生かして、早く東京で大きな仕事をしたいと思いました。

当時、経済部には女性記者が一人もいませんでした。そこで「女性ならば、もしかしたら地方勤務の期間が短くても東京に行けるかもしれない」と思って希望を伝えたところ、2年かかりましたが、運良く叶ったのです。

5年の地方勤務を経て、東京に異動するのはほぼ最短距離。また、結果的にではありますが、共同通信において、初めて女性の経済部記者となりました。

IT業界のダイナミズム

最初は、農水省の記者クラブ、次に経団連の機械クラブ(現在は廃止)でソニーや松下電器などの家電やパソコンの普及ぶりを担当しました。

その後、郵政省の記者クラブとNTTの葵クラブ(現在は廃止)、そしてテレビ業界の記者会の3つをかけもちしていました。

当時、日本ではインターネットや携帯電話が普及し始めるタイミング。その変化に立ち会えたことは、貴重な経験となりました。

Windows95の発売時に、徹夜で秋葉原に並んでいる人々を取材したことは、とても印象に残っています。

列をなしている横で、「Macは永遠だ!」というお手製の看板を持ってデモをしているアップルファンもいて、Windowsファンとの違いを肌で実感しました。

また、ソフトバンクの孫正義氏がYahoo! BBのサービスを始める動きを目の当たりにしたことなどから、急速に変化するインターネットやメディア業界に、どんどん興味を持ちました。

このとき、私が強烈に感じたのは「経済ニュースは、ヒューマンなニュースだ」ということです。ユーザーの欲望によってサービスの規模が拡大し、その欲望を事業者がサービスに反映させていく。そんなIT業界のダイナミズムにわくわくしました。

“横串”にした取材で世の中を描きたい

東京で10年間、メディア、ハイテク、オンライン業界などを取材した後、上層部から「アメリカのIT企業を取材することが君に合っているんじゃないか」と促され、2003年にニューヨークへの赴任が決まりました。

当時は、ブッシュ大統領がイラクに宣戦布告した時期で、「戦争をする国に行くのは嫌だな」と思ったのですが、いざニューヨークに住むと活気があって、すぐに自分に合う街だと思いました。

共同通信には、アメリカを専門としている記者がたくさんいますが、私はまったくのド素人。しかし、だからこそ見えてくる面白さを記事にしたいと考えました。

たとえば、ウォルマートの特集記事では、「ウォルマートは世界最大手の小売業者である」と大上段に構えるのではなく、会社の成り立ちや社会との関わりなどを踏まえたうえで、その成長ぶりを描きました。

ウォルマートは、アーカンソー州の人口4万ほどのベントンビル市に本社があります。そんな地方都市で生まれた企業が、どうやって現在の地位を築いたのか。そこがとても興味深く、日本人にとっても関心があるはずだと思ったのです。そこで、ロープライスの商品を顧客に提供するための取り組みなどを、アメリカの郊外生活や車社会と合わせて記事にしました。

すると、加盟社である地方新聞が大きく掲載してくれたので、手ごたえを感じることができました。その後も、経済ニュースとはいえ、専門性が高いだけではなく、人間味があふれ、日本人が読みたいと思う記事を書くことを心がけました。つまり、経済ニュースでありながらも、各分野を横断した記事です。

新聞は、どうしても経済面、社会面、国際面などと紙面が別れてしまいます。でも、私はそれらを“横串にしたニュース”をもっと書きたいと思ったのです。

周囲の記者を見渡しても、そういうニュースを書こうとする人間が、すっぽりと抜け落ちていました。

だからこそ、いざ日本に帰任が決まった時には後悔が残りました。「もっと面白い記事を書けたんじゃないか」「まだまだ書き足りていない」と。そこで、自然と独立が頭に浮かんだのです。

私は、共同通信で定年まで勤めると36年間働くことになっていました。そのとき、ちょうど半分の18年目。だったら、物書きとして残りの半分で違うチャレンジをしたら面白いと思い、またそうすべきだと思ったのです。今振り返ると、無謀な決断だったなとも思いますけれど。

独立してからは、自分のやりたい取材ができて満足しています。現場の声を丹念に拾った記事を書くこと自体、これまでなかなか難しかったことです。

たとえば、大統領選挙を取材していても、ドナルド・トランプ、ヒラリー・クリントン、バーニー・サンダースの集会で、日本のメディアは見かけません。

私も特派員だったのでわかりますが、記者はすべての集会を見に行く時間がないので、テレビの生中継や通信社殿をもとに、次から次へと原稿を書いているんです。私は、ニューヨーク特派員時代、1日に15本、原稿を書いたことがあります。

今では、アメリカ中を飛び回り、各地の空気が伝わる記事を発表できていると感じます。

日本メディアに足りない読者サービス

ニューヨークにいると、日本のメディアはもっと読者サービスをしなければいけないと感じます。日本のメディアもデジタル化を進めてはいますが、もっと力を入れるべきです。私はニューヨーク・タイムズを紙でも購読していますが、読むのはほとんどデジタル。それは、紙に比べて圧倒的に情報量が多いからです。

シリア問題を伝えるニュースでは、シリア国内の状況、ロシア軍隊がどう展開しているか、油田のパイプラインがどうなっているかなどが、地図ですぐに確認できます。紙面ではいちいち地図をつけることはできないことを考えると、こうした積極的な読者への配慮は、日本メディアにも必要だと思います。

また、記事の内容についても、疑問に思う点があります。

たとえば、4月にジョン・ケリー国務長官が広島平和記念資料館を訪問しました。そのとき、ニューヨーク・タイムズやガーディアンは、ケリー氏が展示について「胸がつぶれるようだった」と発言したことを見出しとして大きく報じました。

しかし、日本メディアは訪問したという事実を淡々と伝えただけ。さらに、ケリー氏が「世界中のすべての人が資料館の持つ力を目で見て感じるべき」だとして、「核兵器の脅威に終止符を打つだけでなく、戦争回避に全力を尽くすことが我々の責務」と記帳したことも、ほとんど伝えていませんでした。

これはケリー氏自身がツイッターでツイートしていので、SNSのポストをチェックしていれば報道もできたはずです。

読者の「知りたい」にどれだけ応えられているのか、それが日本メディアの課題だと思います。

アメリカは「偉大な田舎」

NewsPicksでは、これまでお話しした専門と合わせて、私が関心を持って追いかけている二つのテーマについてもコメントできればと思います。

一つは環境問題です。アメリカでは日本と比べてリサイクルなどに対する関心が低い傾向にあり、スーパーで買った食品の容器を何も考えずに捨てる人も多くいます。

ただ、2014年9月に国連気候サミットがニューヨークで開催されたことなどから、その意識も少しずつ変化してきていると実感します。実際に、リサイクルに対する取り組みも生まれてきていますので、そうしたあまり知られていない海外の動向についてもお伝えできればと思います。

そして、もう一つは女性問題です。ヒラリー・クリントン前国務長官のような特権階級だけではなく、一般の人々に関する取材も進めています。女性経営者から、警察官や消防士として働いている女性まで、なぜその仕事を選んだのか、どんな働き方をしているかを知ると、自分も日本の方もインスパイアされるのではないかと思います。

私としては、日本の読者が日本では当たり前だと思っている記事に対して、「海外から見るとこういう考え方もあるよ」と言う視点を提供できたらいいなと思います。

それは、「アメリカがこうだから、日本も同じようにすればいい」とアメリカ流を押し付けるという意味ではありません。アメリカに住んでいると、アメリカは「偉大な田舎だな」と感じることもありますから。

微力ではありますが、皆さんの視野が少しでも広がるように貢献できればいいなと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

IT・エレクトロニクス総合展 CEATEC AWARD審査員として、海外のジャーナリストと並ぶ津山氏

IT・エレクトロニクス総合展 CEATEC AWARD審査員として、海外のジャーナリストと並ぶ津山氏

(写真提供:津山恵子)