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世界で通じる人材育成(前編)

国際スポーツ界のリーダーを日本で育成。政府が支援する「虎の穴」

2016/5/10

2020年の東京五輪に向けた次世代の国際スポーツ界のリーダーを育成すべく、昨年につくば国際スポーツアカデミー(TIAS)が開校した。

筑波大学を母体に、日本政府の全面的な支援を受けてはじまった国際スポーツアカデミーのプロジェクトについて、TIASの高橋准教授と塚本海外事業広報戦略ディレクターの2人に、設立経緯と今後の展望を聞いた。(全2回)

高橋義雄(たかはし・よしお) 東京大学教育学部卒業。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。1998年より名古屋大学助手、2008年より筑波大学大学院准教授で社会人大学院の教員としてスポーツマネジメントを教育・研究。現在はつくば国際スポーツアカデミー(TIAS)スポーツマネジメント分野ディレクターも務める

高橋義雄(たかはし・よしお)
東京大学教育学部卒業。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。1998年より名古屋大学助手、2008年より筑波大学大学院准教授で社会人大学院の教員としてスポーツマネジメントを教育・研究。現在は、つくば国際スポーツアカデミー(TIAS)スポーツマネジメント分野ディレクターも務める

つくば国際スポーツアカデミーとは

岡部:はじめにTIASを設立した経緯を教えてください。

高橋:2020年の東京オリンピック・パラリンピック招致の際に発表された、日本政府が推進するスポーツを通じた国際貢献事業である「Sport for Tomorrow」というプロジェクトがあります。

それには3つの柱があり、1つは「スポーツを通じた国際協力及び交流」。2つ目が、「国際的なアンチ・ドーピング推進体制の強化支援」。最後に、「国際スポーツ人材育成拠点の構築」で、そのアカデミーの授業にあたるのがTIASということです。

岡部:開校は昨年の10月ということで、現在の学生は1期生になるのでしょうか。

高橋:そうですね。2017年3月までの18カ月にわたる修士のプログラムで、オリンピック・スポーツ学(修士)を取得できます。

すべての授業が英語で行われ、カリキュラムには5つの柱があり、「オリンピック・パラリンピック教育」「スポーツマネジメント」「スポーツ医科学」「スポーツによる開発と平和」「ティーチング・コーチングと日本文化」という分野で成り立っています。

塚本:定員は20人で15人が海外からの留学生、5人が日本人という構成ですが、第1期生は、19人(休学1人、うち日本人は4人)です。国籍は12カ国で、インド、スリランカ、韓国、中国、マレーシア、インドネシア、ギリシャ、イギリス、ハンガリー、ガーナ、コロンビア、日本となっています。

岡部:日本人も入っているのですね。

塚本:当初は、国際貢献事業ということで基本的に留学生のみの募集を検討していました。

ただ、私自身も立ち上げ当初から携わっていますが、国際オリンピック委員会(IOC)や国際競技連盟(IF)で日本人の人材が少ないという現状がありました。

日本政府の意向もあり、国際的なスポーツ組織で従事する日本人を育成するという意図で、4人の日本人が選ばれています。

塚本拓也(つかもと・たくや) 立命館アジア太平洋大学卒業。2007年より株式会社ダンロップスポーツエンタープライズにて国内ゴルフトーナメントの競技運営及びスポンサー営業に携わる。2013年よりAISTSに留学。2014年より筑波大学主任研究員で、つくば国際スポーツアカデミー(TIAS)海外事業広報戦略ディレクターを務める

塚本拓也(つかもと・たくや)
立命館アジア太平洋大学卒業。2007年よりダンロップスポーツエンタープライズにて国内ゴルフトーナメントの競技運営およびスポンサー営業に携わる。2013年よりIOCが中心となり設立されたスポーツマネジメント大学院、AISTSに留学。2014年より筑波大学主任研究員で、つくば国際スポーツアカデミー(TIAS)海外事業広報戦略ディレクターを務める

国際的な活躍ができる人材育成

岡部:学生には、将来的に国際スポーツ組織に進むことが期待されているわけですか。

塚本:そういうことになります。

高橋:IOCやアジアオリンピック評議会のような各大陸連盟、国際的なNPO法人や各国政府において、スポーツ政策を立案できる人材の育成を目指しています。ですから、語学が非常に堪能なうえ、自分たちの目標を明確に持っている人材が選ばれました。

岡部:日本の各スポーツ団体には、資金面から常勤のスタッフを雇いにくいという問題があります。人材不足が恒常化していることもあり、TIASにも期待をしてしまいます。

高橋:TIASの人材貢献には、国際部員として国際的な交渉を行うことで、日本の各スポーツ団体の国際化にも寄与できると思っています。

資金面で人材が雇えないということについても、その問題を解決できるマネジメント人材をしっかりと育てていくことが重要になるのではないでしょうか。

日本のスポーツ界も、2020年に向けて利益を生み出すという環境に確実に変わっていきます。その環境にマッチした人材をTIASが育てられるのであれば、スピード感を持って日本スポーツ界も産業化していくのではないかと考えています。

現場からの生の声を聞く授業

岡部:授業では、実際にスポーツ業界の最前線で活躍されている方も講師として呼んでいると思います。カリキュラムは教授による学術的な面と、現場の両方からのアプローチになるのでしょうか。

塚本:日本の大学において、学術的な目標と実務的な目標の両サイドのアプローチからバランスの取れた授業を行うスポーツ系大学院は少ないのが現実であると思います。それに、英語のテキストを読んで理解したからといっても、国際的なスポーツマネジメント人材にはなれません。

まずはできる限り、国際的なスポーツの世界で活躍されている方をゲストとして呼び、現場の生の声を聞く機会をつくりたいということです。

そのうえで、日本で行う授業になりますから、海外で活躍している日本人を呼ぼうということで、1期生のカリキュラムを組み立てました。

岡部:現場の人材としてはどのような方々を呼んでいるのでしょうか。

塚本:スポーツマネジメントに関しては、「スポーツ組織とスポーツガバナンス」「インターナショナルスポーツマーケティング、スポンサーシップ&メディアマネジメント」「インターナショナルスポーツイベントマネジメント」「スポーツファイナンス&エコノミックス」「スポーツ政策」という5つのプログラムがあります。

「スポーツガバナンス」では、IOCの担当者やアジアサッカー連盟で働く五香純典さん、FIFAコンサルタントの杉原海太さんを呼んでいます。「インターナショナルスポーツマーケティング、スポンサーシップ&メディアマネジメント」では、レピュコムジャパンの秦英之社長、電通スポーツアジアの森村國仁社長、日本オリンピック委員会(JOC)理事の藤原庸介さんに講義をしてもらいました。

岡部:「インターナショナルスポーツイベントマネジメント」と「スポーツファイナンス&エコノミックス」に関しては、どうですか。

塚本:IOCがスイスのローザンヌに設立したスポーツマネジメント大学院であるAISTSと提携することで、IOCおよびIFを中心とした講師の方々に日本まで来てもらい、1週間の集中セミナーを開催したりしています。各プログラムを構築するうえで非常に重要だったのがAISTSとの提携でした。

岡部恭英(おかべ・やすひで) 1972年生まれ。スイス在住。サッカー世界最高峰CLに関わる初のアジア人。UEFAマーケティング代理店、TEAM マーケティングのTV放映権&スポンサーシップ営業 アジア&中東・北アフリカ地区統括責任者。ケンブリッジ大学MBA。慶應義塾大学体育会ソッカー部出身。夢は「日本が2度目のW杯を開催して初優勝すること」。昨年10月からNewsPicksのプロピッカーとして日々コメントを寄せている

岡部恭英(おかべ・やすひで)
1972年生まれ。スイス在住。サッカー世界最高峰CLに関わる初のアジア人。UEFAマーケティング代理店、TEAM マーケティングのTV放映権&スポンサーシップ営業 アジア&中東・北アフリカ地区統括責任者。ケンブリッジ大学MBA。慶應義塾大学体育会ソッカー部出身。夢は「日本が2度目のW杯を開催して初優勝すること」。昨年10月からNewsPicksのプロピッカーとして日々コメントを寄せている

今は第一歩を踏み出したところ

岡部:AISTSは、塚本さん自身も卒業されていますね。

塚本:2014年7月に正式に連携協定を締結することができました。

私が2014年3月にディレクターとしてTIASに入ったとき、最初に与えられたミッションが、AISTSと連携してIOCおよびIFなどで活躍している実務者を講師として呼んでくるというものでした。

高橋:日本政府としても、スポーツ界で国際的な活躍ができる人材を育てようとしていますが、まだ難しい面があります。われわれとしても、大学院をはじめたからといって、すぐに人材を国際的なスポーツ組織に送るということは簡単ではありません。

そういう意味で、AISTSというスイスのローザンヌに拠点を持つ大学院プログラムと連携協定を持つと同時に、国際スポーツ界で活躍する講師の方々の協力もあって、まず第一歩を踏み出したところですね。

岡部:FIFAマスター(スポーツマネジメントに関する大学院)やリバプール大学サッカー産業MBAも新しくつくられて、徐々にネットワークが生まれていき、卒業生が増えるにつれてさまざまな進路ができたと思います。

塚本:TIASも、まさにその道を歩み出しているところといえます。

2020年以降を見据えた動き

岡部:日本でスポーツ業界に興味があり、すでに携わっている方にとって、東京五輪後の日本スポーツ界がどうなるかということは、非常に関心があると思います。2020年以降については、TIASとしてどのように考えていますか。

高橋:「Sport for Tomorrow」も、2014年から2020年までの事業になります。ただ、東京五輪が終わったとしてもレガシーは残さなければいけませんから、すでに五輪後についての議論は行っています。

われわれとしては、極東という地理上の弱みをAISTSとのネットワークで補完していこうと考えていますから、今後もこの国際スポーツアカデミーを続けていけるような仕組みが必要になります。

岡部:なるほど。

高橋:ヨーロッパの流れを見ても、各スポーツ団体が支援した財団型のコンソーシアムをつくり大学と組んで人材を育てています。日本の場合では、たとえばJOCや各スポーツ組織がオールジャパンといえる体制でTIASを続けていくことが課題ではないでしょうか。

塚本:企業が国際大会のスポンサーにつくなど、日本は国際スポーツ界に対して貢献していますが、根っこのところである各国際スポーツ組織の人材は、欧米や中東によって占められているのが現状です。

今後は冬季五輪が2018年に平昌、2022年に北京で行われるなど、アジアで国際大会が続けて開催されます。その中で、日本も2020年を契機に五輪のレガシーとして、国際スポーツ組織に人材を輩出しなければなりません。

(構成:小谷紘友、写真:TIAS提供)

*明日掲載の「スポーツマネジメント大学院、成功の秘密はリアルな経営データ」に続きます。