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プロピッカーが選ぶ今週の3冊

【岡村聡】世界を“数字”で読み解く3冊

2016/5/4
時代を切り取る新刊本をさまざまな角度から紹介する「Book Picks」。水曜は「Pro Picker’s Choice」と題して、プロピッカーがピックアップした書籍を紹介する。今回は、S&S investments社長で投資に詳しい岡村聡氏が、ビリオネア・経済・数学をテーマに3冊取り上げる。

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私は、ファミリーオフィスという富裕層向けのビジネスを営んでいますが、本書のような金持ち本を読むことはほとんどありません。

ほとんどの金持ち本の著者よりも富裕層と接していると自負しているからですが、本書は大手監査法人PwCがビリオネア(10億ドル以上の個人資産を保有)100人以上にインタビュー・アンケートをしてつくられた書籍であるため、手に取りました。

米国の経済誌フォーブスの調査によると、2016年初頭のタイミングで、世界には1800人以上のビリオネアが居ます。

本書では、その中から富を築いた手段が公明正大で、かつ相続ではなく自力で資産を築いた人物を120人選び出して、取材をしています。

世間のビリオネアのイメージを壊す事実が色々と紹介されていて、興味深い内容に仕上がっています。ビリオネアというと、ITで一発あてた若者というイメージが強いでしょう。

しかし、ほとんどのビリオネアは30代以降に成功のきっかけをつかみ、幾度か事業に失敗した後に成功しています。

また、ビリオネアも一般の人も将来予測の能力はほぼ同じだとしています。それでは、一体何が成功の要因となるのか……こうした分析も面白く読みました。

日本人では、ユニクロの柳井氏が取り上げられています。

また、実際にビリオネアを取材したからこそ得られるエピソードも、ふんだんに盛り込まれています。

たとえば、インタビュー中に、1度も電話や部下によるメモの回覧などの邪魔が入らなかったことから、自分の時間の使い方を完全にコントロールして、集中している姿などが挙げられています。

一方、いくつかの分析結果は後付けの色が濃く、最終章の“あなたの会社にも居るビリオネアマインドを持った人物の育て方”も少し無理があると感じましたが、グローバル資本主義時代の究極のエリートと言えるビリオネアに関心がある人には、一読の価値がある書籍です。

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本作は、『ヤバい経済学』『超ヤバい経済学』がベストセラーとなった経済学者とジャーナリストのコンビによる4作目にあたります。

前2作では「中絶の容認が犯罪率を大きく下げること」、「テロリストの典型的な銀行口座の使い方」、「学力テストで大規模な不正が行われている証拠とその見つけ方」など、経済学が一般的には対象としないような分野も含めて深く切り込んで、直観に反する鮮やかな分析結果を突きつけるスタイルで人気を博しました。

日本では八百長の証拠が見つかって大騒ぎになる前から、これまでの勝敗結果から見て、明らかに大相撲で八百長が行われていると指摘していたことが話題になりました。

本作でも、これまでの作品と同じく「人種がオンライン取引に与える影響」、「大災害の寄付額と報道時間との関係」、「環境のために車を使わず歩くことの無意味さ」など、タブーを一切恐れない分析が縦横無尽に展開されています。

このように書くと、いい加減な人物が執筆していると思う人もいるかもしれませんが、著者のスティーヴ・レヴィットはノーベル経済学賞の登竜門ともいわれる、ジョン・ベイツ・クラーク・メダルも受賞した一流の研究者です。

定量的な分析が可能であれば、どんな問題でも研究対象とするのがレヴィットのスタイルです。

経済学の固定観念を取り払い、ギャングや高級コールガールなど、アカデミアの人間が通常付き合わない人たちにも、関心の赴くまま躊躇なくインタビューします。本書でもその内容が色々と紹介されています。

レヴィットが徹底しているのは、人間性や倫理観の欠如に社会問題の答えを求めないことです。

先入観を排して、どんな人間でもインセンティブ構造に沿って行動するものだというビジョンにより、直観に反する斬新な分析結果を得ています。

その点で、レヴィットが指摘した大相撲で八百長が生まれるインセンティブ構造の欠陥が、未だ放置されていることは気になります。

注意が必要なのは、『ヤバい経済学』『超ヤバい経済学』と異なって、本作は著者たちが運営するブログの中から反響が大きかったコラムをピックアップした形式であること。そのため、前2作と比較して、より雑多で小粒なコラムの集まりになっています。

原題では続編でないことが分かるタイトルとなっているにもかかわらず、ヤバいシリーズの最新作と錯覚させる邦題には感心しません。

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邦題は大仰ですが、原題は『Love and Math』と親しみやすくなっています。日本語のタイトルでは本書の大きな2つの軸の1つである「ラグランジュプログラム」のことしか伝わらず、不満が残るところです。

ラグランジュプログラムとは、数学において代数や幾何、数論など、全く別とされていた分野間に驚くべき類似性があることから、この類似性の研究を推し進めて数学の全分野にわたる統一理論を作り上げる野心的な研究プログラムです。

この統一理論という発想は元々物理で生まれました。世の中に存在する重力/電磁気力/強い力/弱い力を1つの方程式で説明する統一理論は、ここ100年にわたる物理界の悲願です。

ただ、アインシュタインもこの研究に後半生をささげましたが、ほとんど何の成果も得られなかったほど難解です

ラグランジュプログラムはこの数学版と言えます。

最近では、このラグランジュプログラムが、数学の枠にとどまらず、物理における統一理論の有力候補である超ひも理論など、最新の物理理論にも関係することが分かってきました。

物理・数学の両面において傑出した業績を残し、地球上でもっとも頭の良い人間とされるエドワード・ウィッテンが、著者の説得によりラグランジュプログラムへの参加を決断するシーンは、数学ファンであれば鳥肌が立つでしょう。

こう書いてくると本書は難解な現代数学についての書籍と感じるかもしれませんが、英語の原題にあるように、ラグランジュプログラムは縦糸にすぎません。

本書を並みの数学書と決別させているのは、著者の数学に対する愛が横糸として織り込まれていることです。

著者はユダヤ人として冷戦下のロシアの片田舎に生まれ、数学を学ぶことが許されない立場でした。

モスクワ大学の受験時に、ありとあらゆる嫌がらせを受けて、傑出した数学の才能を持っているにもかかわらず、入学試験に落とされるシーンは胸に苦しさを覚えるほど辛い内容です。

しかし、著者はもちろん周囲の人の限りない数学への愛により、モスクワ大学に進学できなくても素晴らしい数学教育を受けられ、最終的にハーバード大学にポストを得たことで、一流数学者への道が開かれました。

著者は上記のラグランジュプログラムの中枢の1人として活躍しています。

第一線で活躍する数学者でありながら、本書のような広い読者向けの書籍の執筆や数学をテーマとした映画製作まで活動を広げているのは、人生を救ってくれた数学というかけがいのない存在の魅力を、1人でも多くの人に知ってほしいという著者の情熱から来るのでしょう。