WSJのキーマンが語る、モバイル時代のメディア(3)
広告だけに頼るメディアは、これから苦しむ
2016/4/29
消費者、テクノロジー、収益モデル、コンテンツが大きく変わる中、メディアはどう自らを変革していくべきなのか。ワシントン・ポスト、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)でデジタル改革に携わり、現在、ニューズ・コーポレーションで戦略担当上級副社長を務めるラジュ・ナリセティ氏に「モバイル時代のメディア戦略」について聞いた。
※本記事は、「デジタルジャーナリズム・フォーラム2016」で行われたセッションを記事化したものです。
モバイルの問題
──今、ニューズ・コープで最も大きなチャレンジだと思っているテーマは何ですか。
ナリセティ:モバイル時代の一番シンプルな問題は、サイズです。
WSJのデジタルオーディエンスの50%は、WSJを読むとき4から6インチのフォーマットでしか読んでいません。これがまず抜本的な課題です。
ジャーナリズムをどうプレゼンするのか。記事を面白いと思わせるために、この小さいスクリーンでどう表現するのか。
それには、記事を見せるスピードも関わってきます。つまり、スピードとユーザーエクスペリエンス(UX)とジャーナリズムの見せ方が重要なのです。
ただ、それよりさらに大事なのは、売り上げだと思います。
ウェブサイトが20年ほど前に誕生したとき、メディア業界は、紙媒体の広告をそのままウェブサイトに掲載していました。
しかし、それがうまくいったのはほんの数年で、次第に、そうしたやり方は機能しないことがわかってきました。
繰り返しですが、今のオーディエンスの50%はすでにモバイルしか見ていません。ほとんどの世界がモバイルで席巻されることは間違いありません。
私の勘では、2~3年後に、70~80%の読者はモバイルで読むことになるでしょう。
モバイル比率の上昇は、広告収益を上げるチャンスでもあります。
しかし現時点で、モバイルからどれくらい収益を得られているかといえば、まだ規模は大きくありません。
オーディエンスの50%はモバイルですが、収益はその比率に達していません。今後数年、そのギャップを縮めることができるかが、非常に大きな問題になってくると思います。
つまり、一番大きな問題は、常に変わっていくオーディエンスに対応して、どうビジネスモデルを変化させていくかということです。
そのためには、有料課金に加えて、ブランド広告、ネイティブ広告、モバイルの位置情報を活用したタイプの広告などが重要になってくるはずです。
今必要な3つのチーム
ほとんどのメディアは「これからモバイルの時代になる」ということはわかっていましたが、これほど早くモバイルの力が強まるとは予測していませんでした。
私たちは、モバイルのことをしっかり認識できていない段階にあるのだと思います。
たとえば、編集局は、「メッセージングアプリでニュースを読む」というマインドにはまだなっていないでしょう。
ですから、メディアは、変化をもっとしっかり認識しなければなりません。そして変化を踏まえて、編集局の文化、環境、構成を前向きに先見性のある形で考えていかなければなりません。
もし仮に、今、私が編集局を再編成するとしたら、ジャンルにかかわらず、3つのチームに分けると思います。
1つは、オーディエンス、読者だけを見るチームです。具体的には、オーディエンスがどんなものを読んでいるのか、コンテンツのどのあたりを読んでいるかを調べる仕事などを担当します。
2つ目は、イノベーションだけにフォーカスするチーム。特に広告や有料購読などのビジネス面に力を入れるイメージです。
3つ目は、スピードに集中するチームです。ニュースビジネスで感じる、一番大きなストレスの一つは、スピードです。
ユーザーがタイミングよく、短い時間でニュースを見ることができない、という問題に十分に注意が払われていません。
ですから、ジャーナリズムの内容はもちろん重要ですが、スピードも重要です。
この領域は、テクノロジーがカギになります。たとえば、アップルニュースは、簡単に短い時間でどんどんニュースが読めるということが大前提なのです。
ところが、私たちの業界は、スピードという点で大きく失敗しています。開発面でも、どうしても広告に時間がとられてしまって、スピードに十分な時間が割かれていません。ですから、編集局でもう一度、スピードを考え直す必要があると思います。
WSJの幸運
──モバイル時代の大きな課題は売り上げだという話がありましたが、もっとも有望なのは、有料課金モデルだと思いますか? WSJは有料課金で成功しているメディアの一つですが、有料課金に成功するための条件は何でしょうか。
広告が一番いいのか、それ以外のモデルがいいのかを議論するのは、かなり大変なことだと思います。
収入に関する考え方としては、私はやはり複数の収入源がなければいけないと思います。
広告は非常に重要ですが、限界があることも事実ですから、2つか3つ、少なくとも2つの収入源を持っておくということです。
その中心となるのは、広告と購読料収入です。
そもそもメディア業界は長らく、読者と広告主がおカネを払うことで成り立ってきました。
しかし、デジタルの時代がやってきて、なぜかそれを忘れてしまったのです。「広告と購読の両立を忘れる」という戦略的な過ちの結果、メディア業界は苦しんでいます。
ここでもう一度、そもそもなぜメディアが存在できているのか、という原点に立ち戻るべきです。複数の人たちがおカネを支払ってくれるから、メディアは成り立っているのです。それなのに、購読モデルを放棄して、広告だけに依存してしまったら、今後かなり苦しむことになるでしょう。
その意味で、WSJが恵まれていたのは、過去、コンテンツを無料で出さなかったことです。そのため、(ほかのメディアが今やっているように)今まで無料だった記事を有料にします、という説明をせずにすんでいます。
他社では、ニューヨーク・タイムズも、課金戦略がかなりうまくいっていると思います。ニューヨーク・タイムズは、非常に長い間、ニュースを無料で出していましたが、この5~6年で有料会員を増やすことに成功しました。
ですから、各メディアによって、課金戦略の成功の度合いは異なります。
今、議論すべきなのは、「課金すべきか、すべきでないか」ということではありません。「どうしたら課金できるか、何に課金するか」について議論すべきなのです。
その意味で、専門化したメディア、たとえば日経新聞などは、他社にはない強みがあります。
非常に素晴らしいコンテンツを持っていて、そのコンテンツで読者が素晴らしい体験ができれば、読者からおカネを払ってもらえると思います。
しかしこれから、個人の購読モデルは、どんどん難しくなってくると思います。というのも、誰もが課金をしようとするからです。
メディア企業にとってのライバルは、ニューヨーク・タイムズやWSJだけではありません。スポティファイ、ネットフリックスなどにおカネを払うことになれば、その代わりにニュースメディアの購読をやめようということになりかねません。
ですから、今後のビジネスモデルの一つとしては、バンドリングが考えられます。つまり、それぞれのサービスに個別に支払いを行うのではなくて、読んだり、使ったりするのは個別に行うけれども、支払いはバックエンドで誰かがまとめてやってくれるというサービスです。こうしたサービスが数年後には出てくるかもしれません。
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