世界に通じる日本の技術(後編)
自分を殺して相手の感情を読む。スポーツトレーナーの対話術
2016/4/27
アスリートのパフォーマンスを最大限に発揮させることに、心血を注ぐスポーツトレーナーという職業がある。選手のコンディショニング管理やリハビリテーションを担当し、試合で負傷があれば真っ先にグラウンドに飛び込み応急処置を施すなど、スポーツシーンの黒子的存在だ。
華やかな舞台を影から支えるスポーツトレーナーの仕事について、日本人で初めてサッカーのスペイン1部リーグのクラブに従事した山田晃広に、UEFAチャンピオンズリーグ放映権とスポンサー権利セールスのアジア・パシフィック&中東・北アフリカ地区統括責任者を務める岡部恭英が話を聞いた。(全2回)
前編:技術と情熱で居場所をつくる。日本人スポーツトレーナーの挑戦
選手からの信頼を得る心がけ
岡部:山田さんは2005年にスペインから帰国し、Jリーグの湘南ベルマーレやなでしこリーグのINAC神戸レオネッサでチーフトレーナーを務めたほか、澤穂希さんのパーソナルトレーナーとして2012年のロンドン五輪にも帯同しました。どのようにクラブや選手たちから信頼を得ていったのでしょうか。
山田:どうしてですかね(笑)。年齢を重ねたことやトレーナーとしての技術は当然あるべき部分ですから、理由があるとすれば常に選手を第一に考えていたことかもしれません。
率先してさまざまなことを先回りしてやっていましたし、選手が監督に言いにくいことを代わりに伝えたりしていました。もちろん監督の考えもありますから、それをそしゃくして選手に話したりもします。
岡部:選手のために何をすればいいかということを、常に考えていたわけですね。
山田:そうです。しかし、選手に近づきすぎると周りが見えなくなり、離れすぎてもいけませんから、絶妙なバランスを取る必要はありました。要求に応えていくばかりだと選手を甘やかすことにつながり、時には「それはできない」と言う場面も出てきます。
特に女子選手に対しては、距離感や振る舞いは大事になると思いますし、トレーニングルームの室温や音楽、匂いといった細かい点も注意していました。
相手の感情を探るには自分を殺す
岡部:選手との接し方で気をつけていたことはありましたか。
山田:朝は元気よくといわれますが、女子選手と接する場合は、その日のコンディションやメンタリティを探るためにも自分の感情を殺していましたね。
岡部:どういうことでしょうか。
山田:彼女たちは当然プライベートの感情をグラウンドに持ち込むことはありませんが、僕が接するのはグラウンドに入る前になりますから、相手のその日の感情を一瞬で探らなければなりません。
もしかしたら監督の采配に疲れているかもしれませんし、前日にアクシデントがあったかもしれない。何があるかわかりませんから、いつもフラットな気持ちでいることで、相手が笑顔で来たら笑顔で返せばいいし、もしも暗い場合は「どうしたの」と声をかけるということです。
岡部:その日の感情を探るところからスタートし、相手の出方によって反応を変えていくわけですね。
山田:女子選手は、そういう細かい調整をすることで、120パーセントのパフォーマンスを出してくれます。僕らのサポートは、選手にどれだけサッカーに集中させることができるかに尽きますから、さまざまなストレスを取るという作業が必要なのです。
岡部:まさにコミュニケーション業ですね。トレーナーとしての技術はもちろん備えていないといけませんが、選手の100パーセント以上の力を引き出すためにも、ボディコンディションの前に相手の心理状況を読むと。
山田:その通りです。ただ、僕自身はそういう細かなコミュニケーションは苦手でもありませんが、面倒だと思うトレーナーもたくさんいます。
岡部:山田さんは、当たり前のこととしてやっているんですね。
山田:僕の場合は、どちらかといえば好きなくらいですから。それに、その先に何があるかといえば目に見える結果が出てきます。手をかけてさまざまなことをやればやるほど、選手たちはしっかりと結果を出してくれますから、楽しくなるわけです。
選手にプロの意味を教える
岡部:スペイン人選手との関係についても、教えてください。
山田:コミュニケーションでいえば、男子選手に対する接し方でスペイン人のトレーナーから学んだことがありました。僕としてはスペインの1部リーグでもやっていけると感じたところは、トレーナーとしての技術と細かい気配りについてでした。
ただ、技術に関係なく選手のことを見ているという点で、僕と先輩トレーナーでは選手からの信頼が圧倒的に違いました。
岡部:それは、どういった場面で感じましたか。
山田:先輩トレーナーは、選手の精神的なところに入っていけていましたね。たとえば、年俸について、選手とトレーナーが話していることもありました。トレーナーが、「おまえの年俸はどうなっているんだ」「奥さんには契約のことを言っているのか」と。
岡部:かなり深い内容だと思います。
山田:当時の僕には、選手とそこまで深い話はできませんでした。その先輩トレーナーは、なぜそこまで話せるのかといえば、日々の練習から「なぜ、あのシュートを決められなかったんだ」と選手に伝えているわけです。
僕は入ったばかりだったこともあり、自分の立場としてそういうことは伝えられませんでしたが、先輩トレーナーは選手の教育係という立場も担っていました。
強豪クラブから移籍してきた若手選手にも、「おまえは今の年齢で高額な年俸をもらう意味をわかっているのか」「チームがおまえにかけている情熱が年俸に表れているのだから、絶対にその期待に応えるべきだ」と、声をかけるのです。
岡部:プロフェッショナルという意味を教えていたわけですね。
必要ならば監督にも意見をする
山田:「ファンが支えてくれる4000万円の重みをわかれ」という会話をトレーナールームで聞き、実際に選手も納得しているところを目の当たりにすると、思わずすごいなと感じました。
もしかしたら、一スタッフがクラブの思いを選手に伝えることは、越権行為かもしれません。しかし、結果的に信頼を寄せられているわけですから、勉強になりましたね。
選手に近づきすぎると周りが見えなくなるものですが、親身になって相手のことを本気で考えることの大切さは、日本人やスペイン人、男子や女子でも基本的には一緒のはずです。そこは、僕自身も男子チームのトレーナーをやっていたときに、足りなかったと思わされることがありました。
岡部:なるほど。
山田:今は、もしも本当にチームのことを考えるのであれば、時には監督にも意見することは必要だと感じます。
監督は当然リーダーではありますが、お山の大将になってしまうことも少なくありません。監督と異なる意見を持ちながら、「それは違うと思います」と口に出さないままということもありました。
日本ではトップである監督が決めたことが覆らないことも多いですが、スペインでも監督のほかにヘッドコーチやアシスタントコーチ、フィジカルコーチ、トレーナーなどがいて、考え方として横並びになります。
岡部:ピラミッドというより、フラットな関係といえそうです。
山田:僕も41歳となった今でこそ、監督と同じくらいの年齢ということで話もわかってきたりするので意見を言うことはできますが、20代のトレーナーが自分の考えを出すのは難しいものです。
しかし、本質がわかっているトレーナーやスタッフならば言うべきですし、そのことによって解雇されるようなチームであってはなりません。
岡部:監督やチームのことを思って意見しているわけですからね。
山田:そうです。実際は、監督も指摘されることで気づくこともあるはずですから、本質を指摘できるスタッフと、その意見を受け入れられるキャパシティを持った監督が出てくればチームは強くなりますし、結果として選手を守ることにもつながるでしょうね。
そのうえで目標やチームビジョンが明確で、良い選手がいるのであれば、どんなスポーツでも強くなるはずです。
(構成:小谷紘友、写真:本人提供、小谷紘友)