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「食事×人=チャンス」一流の人ほど一食一食を大切にし、そこから得る人的財産を武器にしている。25年にわたって人気料理番組を作ってきた本郷義浩氏の最新著書『自分をバージョンアップする外食の教科書』から外食を楽しむための方法を一部抜粋・要約し、数回に渡ってお届けする。

「銀座の鮨店」に1人で行って度胸をつける

僕は、10歳の時、妹と父親を続けて病で亡くし、父親がいないことや兄弟がいないことを中学、高校時代はずっと引け目に感じていました。母は手描き友禅で生計をたて、必死に育ててくれましたが、当時の僕はあまり笑わず、

目立つことが恥ずかしい、引っ込み思案
 初対面の人と話すのが苦手
 人前に出るのが苦手

という社会性も社交性も乏しく、コミュニケーション能力も未熟のままでした。大学時代は東京で1人暮らし。今から思うと自分の殻に閉じこもり、狭い世界でシャイな4年間を過ごしたと思います。

就職しても、根本の性格は変わりません。なかなかテレビ局という職場に馴染めないまま、それでも必死に番組制作のスキルを身につけ、ADからディレクターになりましたが、30歳を過ぎても相変わらず、

人前で話をするのが苦手
 初対面の人とは話が1分ともたない
 愛想がない

と自覚していました。そんなある日、誰に言われたか忘れましたが、
「『敷居が高い店』ってよく言うけど、『敷居が高い』を店に使うのは、間違った使い方で、本来の使い方は家に使う。不義理をしている恩師の家とか、離婚しても知らせていない仲人の家に行くことを『敷居が高い』という」のだと耳にしました。

へえ、そうなのか。でも誤用されているにしても、そもそも「敷居が高い店」ってどういう店?と話が転びました。

「値段が高そうな店」
 「怖い親父がいる店」
 「京都の一見さんおことわりの店」

いくらとられるかわからない、アウェイ感満載で、どうふるまったらいいかわからない分不相応な店と結論づけましたが、そのとき突然思い立ったのです。

「銀座の鮨店に1人で行ってみよう」

いくらとられるのか?
 カードは使える?
 注文のしかたは?
 何を話したらいいの?
 主人が怖かったらどうしよう。

不安でいっぱいです。財布に10万円入れていったら大丈夫かな。10万もとられたら訴えてやる。虎穴に入らずんば虎児をえず、玄関の扉を開ける前に「なるようになれ。恥はかきすて」と、ぶつぶつ。

大いに緊張しながら扉をあけて「こんばんは。予約しました本郷です」と、5軒ほど経験を重ねたら、なんとなく「銀座の鮨店に1人で行く」という型ができてきました。

まずはビールを注文して、ゆっくりと店を見回す。扉を開けると名前を告げて、どこに座るか、店の人の指示を仰ぐ。

「どうしますか?」と聞かれたら、「僕はかなり飲みますので最初はアテをください。あとでにぎり、おまかせでお願いします」と言って、その人の目を見る。ビールのあとは冷酒を飲む。やってはいけない3カ条も決めました。

1. 萎縮しない
 2. 知ったかぶりをしない
 3. 寿司店の符牒を使わない。たとえば、むらさき(醤油)、しゃり(鮨飯)、あがり(お茶)、さび(わさび)、がり(しょうが)

強面のご主人もいましたが、客商売です。普通にしていればぞんざいには扱われません。「不安いっぱいの入店&1時間過ごすうちに場慣れする」を5回経験すると度胸がついたなあと実感できるようになりました。

いわゆる「敷居が高い店」に1人で乗り込んで、気持ちも折れず、大層ですが無事帰ってきたことが自信になり、大阪・北新地の鮨店にも平気で1人で行けるようになりました。

たった5回の「銀座の鮨店に一人で行く」冒険が、自分の弱いところ、一言で言えば、対人消極性傾向を克服するきっかけになったと思います。銀座の鮨店はビールと日本酒を飲んでいる限り、いちばん高い店で3万5000円くらいです。

確かにいい値段ですが、自分をバージョンアップさせる投資としては安いと思いませんか。また場になじんでくるとご主人と話しもできるようになります。

『すきやばし次郎』の小野二郎さんにはこんな質問をしました。

「鮨の修業で一番難しく、時間がかかるのは、どんな仕事ですか?」
 「海苔ですね」
 「え?海苔ですか」
 「一人前になるには、10年かかりますよ」

その日に使う海苔を紀州備長炭で毎日30~40分かけてあぶるそうで、いかにむらなく均一に、しかも、焦げないようにあぶれるか。腕の差が大いに出るそうです。

まさか海苔をあぶる修業に10年かかるとは思いませんでしたが、一人で行くからこそ聞ける話もあり、銀座の高級鮨店の主人というプロフェッショナルと接することで度胸がついて、一皮むけるきっかけになると僕は思うのです。

BookPicks.001

(写真: Roberto A Sanchez/iStock)