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勝者5人目:伊藤華英(第7回)

人生プラスマイナスゼロで、理想の葬式を迎えたい

2016/2/21
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現役時代、私はいつも自分のトレーニングがしやすい環境をつくっていました。

たとえば、後輩の中からストレッチの相手、一緒にご飯を食べに行く相手、練習相手などを選んで、それぞれに役割を担ってもらっていたんです。

もちろん、「あなたは私のストレッチのパートナーね」と表立って指名するわけではありません。そうしてしまうと、「役割を全うしなきゃいけない」と思い始める真面目な子もいるので、勝手に自分の中で役目を割り振っていました。

意識してというよりも、気がつけば自分の心地よい空間をつくっていたのですが、その効果は小さくなかったと思います。

相互で理想関係構築

勝手に役割を与えられていた後輩には申し訳ないけれど、私はやってもらうことも、やってあげることも含めて、プラスマイナスゼロを目指しています。実際はプラスじゃなくても、雰囲気として「プラスかも」と思えることが重要で、お互いが何かしたときに「あれをやってあげて良かったな」と思える関係が理想です。

たとえば、私がこっそりとある役目を与えていた後輩は、自分の結婚式のときに、私宛てに「あなたがいたからきつい練習も乗り越えられたし、トップレベルの中で自分の存在を見いだすことができました」と手紙をくれました。

その手紙を見て、お互いに「あのときは、ありがとう」と思える関係性で良かったとホッとしました。

 伊藤華英(いとう・はなえ) 1985年埼玉県生まれ。東京成徳高校時代に東京都代表として国体に出場。2004年アテネ五輪出場をかけた日本選手権の競泳200メートル女子背泳ぎでは3位となり出場権を獲得できなかったが、2006年日本選手権では同種目で日本新記録を樹立して優勝。2008年日本選手権では100メートル女子背泳ぎで日本新記録をマークし、同年の北京五輪には100、200メートル女子背泳ぎで出場した。2012年ロンドン五輪では女子4×100メートルリレー、女子4×200メートルリレーに出場し、7位と8位。同年限りで現役引退。現在は順天堂大学博士後期課程スポーツ健康科学研究科で精神保健学を専攻し、非常勤講師として一般水泳と体育会水泳を指導している

伊藤華英(いとう・はなえ)
1985年埼玉県生まれ。セントラルスポーツ所属。東京成徳高校時代に東京都代表として国体に出場。2004年アテネ五輪出場をかけた日本選手権の競泳200メートル女子背泳ぎでは3位となり出場権を獲得できなかったが、2006年日本選手権では同種目で日本新記録を樹立して優勝。2008年日本選手権では100メートル女子背泳ぎで日本新記録をマークし、同年の北京五輪には100、200メートル女子背泳ぎで出場した。2012年ロンドン五輪では女子4×100メートルリレー、女子4×200メートルリレーに出場し、7位と8位。同年限りで現役引退。現在は順天堂大学博士後期課程スポーツ健康科学研究科で精神保健学を専攻し、非常勤講師として一般水泳と体育会水泳を指導している

人間は一人では生きられない

当たり前のことですが、人間は一人では生きられないので、いろいろなことを教えてくれる人、相談できる人、応援してくれる人がいるなら、その人たちにとってプラスになることを発信したいなと思います。そうしたらギブ&テイクで、みんな一緒になる。みんながマイナスにもプラスにもならない状態をつくっていきたいんです。

もし仕事をもらったのであれば、そこの仕事を一生懸命やることは当たり前で、その後のつながりで返せることはないかなと考えます。

きれいごとに聞こえるかもしれないけれど、本当に何かできないかなと思います。

みんなで一緒に何かをやりたい

逆に、もし現役でセカンドキャリアに悩んでいる選手がいたら、助けてあげたい。実際、「やめたらおいでよ、何か一緒にやろうよ」と声をかけている子は何人かいます。

私は今、大学院で学んでいますが、論文だって一人では書けません。いろんな先生や学生の方に、意見を求めています。

何をするにしても、自分だけが得をしようと思うと、最終的には絶対に損すると思うんです。

自分のお葬式のときに、プラスマイナスゼロの状態になるように生きていきたいですね。

 為末大(ためすえ・だい) 1978年広島県生まれ。2001年エドモントン世界選手権および2005年ヘルシンキ世界選手権において、男子400メートルハードルで銅メダル。陸上トラック種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。シドニー、アテネ、北京と3度の五輪に出場。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2015年12月現在)。2003年プロに転向。2012年25年間の現役生活から引退。現在は、一般社団法人アスリート・ソサエティ(2010年設立)、為末大学(2012年開講)などを通じ、スポーツと社会、教育に関する活動を幅広く行っている。著書に『諦める力』(プレジデント社)『走る哲学』(扶桑社新書)などがある

 為末大(ためすえ・だい)
1978年広島県生まれ。2001年エドモントン世界選手権および2005年ヘルシンキ世界選手権において、男子400メートルハードルで銅メダル。陸上トラック種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。シドニー、アテネ、北京と3度の五輪に出場。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2015年12月現在)。2003年プロに転向。2012年25年間の現役生活から引退。現在は、一般社団法人アスリート・ソサエティ(2010年設立)、為末大学(2012年開講)などを通じ、スポーツと社会、教育に関する活動を幅広く行っている。著書に『諦める力』(プレジデント社)『走る哲学』(扶桑社新書)などがある

(聞き手:為末大、構成:川内イオ、撮影:TOBI)

*続きは明日掲載します

<連載「勝者の条件」概要>
スポーツほど、残酷なまでに勝敗のコントラストが分かれる世界は珍しい。練習でストイックに自分自身を追い込み、本番で能力を存分に発揮できて初めて「勝者」として喝采を浴びることができる。アスリートたちは一体、どのように自身を高めているのか。陸上男子400メートルハードルの日本記録を保持する為末大が、トップ選手を招いてインタビューする連載。5人目の今回は、競泳で2度の五輪出場歴を誇る伊藤華英。勝者になるための7条件、そして為末による総括を8日間連続でお届けする。
第1回:五輪落選の洗礼。恥を受け入れるか、否かが「成功と失敗の境目」
第2回:一つのことをあきらめると、最悪、人生をあきらめることになる
第3回:英語を話せなくても、話す努力をすることで世界が広がる
第4回:競泳選手引退後、外の世界で気づいた「成功者の共通点」
第5回:五輪に出場するには、自分本位と他人任せの両輪が必要
第6回:メダルより大事なことがある。五輪で知ったスポーツの意義