Foxconn's Gou Takes Step Toward Victory in Battle For Sharp

資本主義の申し子。ホンハイ創業者の実像

現代のチンギスハン。シャープ買収狙うテリー・ゴウとは何者か?

2016/2/10
2月5日、シャープの高橋興三社長と台湾の鴻海精密工業(ホンハイ)の郭台銘(テリー・ゴウ)会長は鴻海によるシャープの買収提案を大阪市内のシャープ本社で協議し、最終的な契約へ向けて協議するための合意書を交わした。この郭台銘とは果たして何者なのか? ジャーナリストの野嶋剛氏が分析する。

テリー・ゴウの勝負服

大阪に現れた台湾のEMS(電子機器受託製造)企業の世界最大手、鴻海精密工業(ホンハイ)の郭台銘(テリー・ゴウ)会長が首にかけていた黄色いマフラーの意味を、交渉相手となったシャープの経営陣はどこまで知っていただろうか。

黄色いマフラーは、郭会長が信仰する関公(三国志の英雄・関羽)のマフラーと呼ばれるもので、郭会長にとっての「勝負服」だった。

2月4日、シャープ経営陣との直談判に望んだ郭会長は、集まったメディアに対し、ホンハイが優先交渉権を獲得し、2月中に合意に達することを高らかに宣言した。

ところがその直後、シャープからは優先交渉権はホンハイに与えておらず、産業革命機構との交渉も継続しているとの「軌道修正」が行われた。

なぜこのようなすれ違いが起きたのか。その真相は明らかになっていないが、既成事実化を図りたい郭会長のパフォーマンスが、シャープ経営陣にとっては「先走り」と映ったのかもしれない。

しかし、台湾の経営者のなかでも超個性派のワンマン経営者で通っている郭会長の派手な言動は誰もコントロールできるものではない。郭会長の表面的な振る舞いに目を奪われていては、なぜホンハイがシャープ買収に乗り出したのか本質を見落とすことになる。

口説き文句は「サムスン対抗」

ホンハイと産業革新機構の両者の提案をみれば、ホンハイの優位性は明らかだ。

シャープの事業を分割することを前提に買収価格3000億円を提示した機構側に対し、ホンハイは、シャープブランドの維持を約束した上で買収価格7000億円の買収価格を提示した。経済的合理性から考えてホンハイを選ばない方がおかしい。

メーンバンクのみずほ銀行や社外取締役がホンハイ案に傾いたとされるのは当然の成り行きであり、ホンハイの提案を拒めば、シャープ経営陣は株主からの厳しい批判にさらされるだろう。

郭会長はシャープへの関心の理由を常に「韓国勢への対抗のための日台連携」と説明してきた。シャープの液晶パネルなどに象徴される技術や老舗としての知名度と、ホンハイの低コストの製造能力とグローバルな受注能力を組み合わせれば、垂直統合型の強みを持つサムスンなどに対抗できるという理屈である。

確かにシャープにとっても、ホンハイにとってもウインウインの関係を築くことが可能であり、郭会長のシャープへの固執は台湾では両者の社名をもじって「鴻夏恋」(シャープは『夏普』)と呼ばれてきた。

それなのにシャープとホンハイの息がなかなか合わないのは、2012年に一時取りざたされたホンハイのシャープへの出資問題が中途半端な形で終わったこととも関係している。両者の間で意思疎通がスムーズにできないコミュニケーションギャップがあることは、はっきりしている。

シャープや日本社会、また産業革命機構の背後にいるとされる経済産業省は、ホンハイという企業や郭会長について十分に理解できていない面があるのではないだろうか。

ホンハイは単なる下請けではない

ホンハイは1974年に郭会長が創業し、アップルやソニー、その他世界の大手メーカーの電子部品を下請けで生産してきた。中国などに巨大工場をいくつも有し、従業員は100万人を超える。2014年の売り上げは日本円で14兆円を超えており、台湾のGDPの4分の1を稼ぎ出す。

ホンハイを“下請け”として見下す向きもあるが、それは、生産手段を持たないアップルのようなブランドが牛耳る電子製造産業の構造変化を無視した見方だ。ホンハイはむしろ頭脳であるアップルの胴体部分、あるいはコインの表裏の裏側的な存在である。

企業の規模でいえば、ホンハイは日立製作所や東芝などを上回り、日本ではトヨタ以外にホンハイより大きな会社はいない。薄利多売の事業モデルでも2015年1〜9月累計の純利益は939億台湾ドル(約3228億円)に達している。

一方、シャープは老舗とはいえ、連結売上高は3兆円に満たない。ホンハイの3分の1以下で、まずは、企業のスケールがはるかに違う。しかも2015年4〜12月の累計で1083億円の最終赤字を計上している。

ホンハイにとっては、3000億円でも7000億円でも「社運を賭けた」というような金額ではない。日本の名門企業が海外の大手に買収されることに対する心理的な抵抗感があることはやむを得ないかもしない。

しかし、これまでに日本企業も海外の名門企業を多く買収してきたし、日本国内でも、老舗企業が新興企業に買収されたケースはある。経済活動という意味で自然な成り行きである。

血尿が出るほどのモーレツ

もうひとつ理解すべきは、郭台銘という人物についてであろう。

専門学校卒でありながら、ホンハイを徒手空拳で立ち上げた彼は中華圏で「現代のチンギスハン」と呼ばれる立志伝中の人物だ。日本でいえば、ソフトバンクの孫正義やユニクロの柳井正などに通じるところがある。

ただ、企業人としては国際的に孫正義や柳井正よりも郭会長のほうが知られているはずだ。

郭会長は、工場の一工員から始めて自分で小さな工場を立ち上げ、刻苦勤労の末にホンハイを世界レベルの大企業に育て上げた。個人資産は4000億円に達する。

現在、倒壊したビルの救出作業が進んでいる台南の地震被害にもポンと2億台湾ドル(約7億円)を寄付した。中国の最高指導者にも簡単に会える数少ない経済人である。

もちろん、郭会長の評価には毀誉褒貶が伴う。特に社員に対しては血尿が出るほど成果を猛烈に要求するスタイルで、幹部の離職率は非常に高いと言われる。その一方、能力があり、努力をする社員には若くても高額の報酬で報いる。グローバリズム資本主義の申し子のような人物であり、老舗ののれんにこだわる日本企業には容易に理解できない「異世界」の人物なのである。

ホンハイがシャープの虎の子の技術を狙っている、というような見方があるが、技術を海外企業に渡したくなければ、初めからホンハイの提案など受けず、自ら自力更生の道を選べばいい。そのための時間はシャープには与えられたが、結果を出せなかったため、今日の苦境を迎えている。

逆に台湾では、「どうして郭台銘がそこまでシャープのような傾いた会社に固執するのか理解できない」という意見もよく聞かれるが、郭会長は一心にシャープと協力関係を築くことを求めているようだ。

(写真:Buddhika Weerasinghe/Bloomberg via Getty Images)