アメリカスポーツ【第13回】
米国メディアに学ぶ、女性人材を「プロ」として輝かせる方法
2016/1/22
アメリカのスポーツ中継やスポーツニュース番組における女性のレポーターやアンカーの活躍が目覚ましい。
女性のレポーターやアンカーに求められることは、おそらく「華」である。基本的にスポーツの世界にはアスリートにしてもコーチやスタッフにしても男性が多い中で、そこに柔らかな色を添える役割があるだろう。その点では日本のスポーツ中継における女性キャスターたちと差はない。
ただ、アメリカの女性キャスターらはただ笑顔を振りまくだけの存在であるわけでもない。彼女たちは、ほかの男性レポーターやアンカー同様にジャーナリストであるという点で日本とは随分と違っているように思える。
男社会に風穴を開けた女性記者
しかし、アメリカのスポーツジャーナリズムも1970年代までは閉鎖的な、男ばかりの世界だった。ここにまず風穴を開けたのは、レスリー・ヴィサー氏という女性だ。ヴィサー氏はもとから放送ジャーナリズムの人間であったわけではなく、最初はボストングローブという老舗新聞社のスポーツ記者だった。
同社で女性初のNFL番記者(ニューイングランド・ペイトリオッツ担当)として実績を積んだ彼女は、1983年に主要局CBSに移籍し放送メディアの活動を開始。女性スポーツレポーターのパイオニアとしてワールドシリーズやNFLスーパーボウル、NBAファイナルズ、五輪など数々の世界的スポーツイベントを取材してきた。
2001年からヴィサー氏は、CBSラジオのNFL中継で女性初の解説者も務めるなど革新的な役割を担い、2006年には女性として初めてプロフットボール殿堂入りを果たした。現在はCBSスポーツのウェブサイト等で記事を執筆する一方、CBSで出演者がすべて女性というこれもまた画期的なスポーツトークショーにも出演している。
記者の果敢な姿勢を選手も評価
アメリカスポーツキャスター協会による「歴代ナンバー1の女性キャスター」の投票で1位になったヴィサー氏の活躍で、スポーツ放送メディアへの女性の進出は加速し、今日では多くの優秀なジャーナリストが出現するようになった。
アンドレア・クリーマー氏も、ヴィサー氏のように紙メディアからスポーツジャーナリズムに身を投じ、やがて頭角を現して放送スポーツメディアに転じた一人だ。
NFLの映像記録会社であるNFLフィルムズではプロデューサーとして、その後はESPNやNBCなどでレポーターとしてテレビスクリーンに出るようになった。現在はHBOの「リアルスポーツ」という硬派なスポーツジャーナリズムの番組のプロデューサー兼レポーターを担っている。
硬軟を使い分けたリポートぶりと時に取材対象者が聞かれたくないような厳しい質問も物怖じせず尋ねるその姿勢は、アメリカのスポーツメディアや選手やチームから高く評価されており、ロサンゼルスタイムズ紙などはクリーマー氏をこれまでで10本の指に入る女性スポーツキャスターに選出している。
ほかでは、NBA中継でインタビューの際にニコリともしないが核心を突く質問を選手やコーチらに投げかけるドリス・バーク氏や、自らの競技経験を基にした豊富な知識を基にNFLを長年カバーするスージー・コルバー氏など、著名かつ有能な人物を挙げればきりがない。
記者は誰のために質問するのか
アメリカでは、相手にとって厳しい質問を聞くことがスポーツジャーナリズムに求められる主要な要素の一つだが、最近ではあるいは女性のレポーターのほうがよくそれができているとの声もあるほどだ。
CNNスポーツにレイチェル・ニコルズ氏という女性スポーツキャスターがいる。彼女は前所属のESPN時代から厳しい質問をすることで有名で、その手腕を買われてCNNへと移籍した。
その彼女が、昨年行われたフロイド・メイウェザー対マニー・パッキャオの世紀のボクシングマッチへの取材証発給を拒否される一件があった(メイウェザーのプロモーション会社が同試合のメインの主催者だった)。理由はおそらく、ニコルズ氏がそれ以前のメイウェザーへのインタビュー等で彼の過去のドメスティックバイオレンスについて幾度となく聞いていたからだ。
ニコルズ氏は直後にこの件について「人々が知る価値のある事柄について厳しい質問を聞くことをやめることなどない」と、自身の報道姿勢を改めるつもりのないことをツイッターで述べている(ニコルズ氏はまもなくESPNに復帰することが決定しているとアメリカでは報道されている)。
女性に向けられる厳しい視線
しかし、いかにスポーツ大国のアメリカでも、そして女性スポーツキャスターたちが増えたといっても、スポーツは依然として男性優位の領域で「女性にスポーツの何がわかる」という見方は少なからず存在する。
たとえば中継中に同じミスをするのでも、男性がするのと女性がするのでは視聴者の目の厳しさが異なってくる。それだけに、成功した女性レポーターやアンカーをはじめとして彼女たちの多くが、自分たちが取材する競技とその周辺情報についてある意味、男性以上の努力を払っていると言えよう。
先述のヴィサー氏は米FOXビジネスの番組で、これから放送系メディアで女性がスポーツアンカーやレポーターとして活躍するための条件として「情熱を持つこと、そして聡明であること。(アメリカンフットボールにおいての)セーフティブリッツや、バスケットボールならボックス・アンド・ワン守備といったことを見極められるほど競技のことをよく知っていること」と話した。
女性キャスターに求める役割の違い
正直言って、ここまでのプロフェッショナリズムを日本のスポーツ中継に出演する女性キャスターに求めるのは、少なくとも現段階では難しい。
その理由の一つには、アメリカの女性キャスターたちは実質個人事業主として所属テレビ局と契約しているのに対し、日本の場合は大半がいわゆる「局アナ」でテレビ局から命じられてスポーツをカバーしている例がほとんどだからだ。
また、日本の女性スポーツキャスターを見ていると、多くがスポーツ番組とバラエティ番組を兼務しており、しかも彼女たちのほとんどが20歳代と若く、冒頭で述べたように“画的”に華を添えるための存在のようにしか見えない。
アメリカでもやはり若さと外見の良さで有名な女性スポーツキャスターは少なくない(FOXのNFL中継でサイドラインレポーターを務めるエリン・アンドリュースなどはモデルのような外見で、その最たる例だ)が、しかし「それだけ」で務まっているわけではなく、競技の知識やインタビュー時の質問の内容などは核心を得たものだ(「まずは試合の感想をお願いします」などとは聞かない)。
これが地域放送ならともかく、全米放送レベルの女性スポーツキャスターとなると、より「質」が問われる。先に紹介したヴィサー氏やクリーマー氏、バークス氏、コルバー氏、ニコルス氏らは豊富な取材経験と取材対象となる球団やリーグ、選手、スタッフらとのコネクションを持つベテランたちだ。
欧米では飛行機のキャビンアテンダントはベテランのほうがさまざまな状況に対応ができるということで、若手のそれよりも好まれるといわれるが、それに近いものがあると言えるかもしれない。
問題はジャーナリズムの欠如
しかし、日本の女性スポーツキャスターにアメリカのそれのような資質や役割を求めるのは酷だし、また求められることも今の段階ではなさそうだ。
スポーツの認知度や社会的影響力などにおいても日米ではあまりに大きな差があり、放送メディアに出演するスポーツキャスターたちに必要とされるものもおのずと異なるからだ。
これは実のところ女性スポーツキャスターだけに限った話ではない。男性スポーツキャスターにも同じことが言える。そもそも、ジャーナリズムというものが日本のスポーツ放送メディアにはほとんど必要とされていないことがあるからだろう。
(写真:Ron Vesely/MLB Photos via Getty Images)