アメリカスポーツ【第12回】
脳しんとうはなぜ危険か。スポーツ関係者&親に必要な「常識」
2016/1/8
アメリカでは近年、スポーツにおける脳しんとうに対する意識が高まってきている。
脳しんとうとは、頭部や頸部への衝撃によって精神機能や意識に変化が起こる現象で、これを何度も繰り返すと将来的に重大な脳障害につながる可能性がある。
アメリカで最も頻繁にこの言葉が聞かれるのはアメリカンフットボールだ。どれだけヒットを受けても立ち上がり、プレーを続ける選手のタフさは、一昔前までは一種の美徳とされていたが、頭部への故障に関してはそういった美徳だけで語ってはいけないという風潮になりつつあるのがここのところの認識だ。
米国では映画化されるほどの関心
アメフトプロリーグのNFLでは、幾度も脳しんとうとなった選手が引退後に脳機能に障害を負ったり、外傷性脳症の症状を得て自殺してしまった例もあり、看過できない問題となっている。アメリカでは昨年末から脳しんとうを受けた実在のNFL選手の実話を基にした『Concussion(脳しんとう)』というウィル・スミス主演の映画が封切られているが、この題材が映画になるほど社会的関心は高い。
巨漢の選手たちが身体を激しくぶつけ合うアメフトという競技において脳しんとうの発生を減らすことは容易ではないものの、近年の意識の高まりを受けて、NFLをはじめアメフト界全体で脳しんとうに対する予防策や対処法などには細心なまでに気を配っている。
NFLでは2010年シーズンより、無防備な選手に向けてのヘルメット同士のタックルに対して厳格に反則(15ヤードの罰退)を適用するようになった(悪質な場合は出場停止、罰金などの罰則も与えられる)。
2011年シーズンからはリーグからアスレティックトレーナーが全試合に派遣され、フィールド上の選手に脳しんとう等、頭部や頸部への負傷が認められた場合、その選手のチームドクターやヘッドアスレティックトレーナーへただちに報告し、脳しんとう検査を受けさせる措置を取っている。
10歳以下はヘディング禁止
大学レベルでも、サウスイースタンとビッグ10という主要な2カンファレンスが共同で脳しんとうに関する共同研究を始めるなど、プロ同様、脳しんとうに関する対処に力を入れ始めた。
また2014年からは国防総省と全米大学体育協会(NCAA)が約3000万ドルを投じた共同調査・研究に着手している(国防省としては戦闘や訓練中に脳しんとうを負った兵士に対してこれを役立てていく意向だ)。
余談ながら、人気プロレス団体「WWE」が2013年に脳しんとう等の研究に120万ドルを寄付している。また昨年11月にはアメリカサッカー協会が、やはり脳しんとう対策として10歳以下の子どものヘディング禁止、11~13歳の子どもについては練習中のヘディング回数の制限を指針として掲げた。
こうした意識の高まりは、スポーツをする子どもを持つ親の考え方にも影響を与えているようだ。とりわけアメフトをさせたくないという親は増えているという。セントルイス・ラムズのクオーターバックとして最優秀選手に2度輝き、スーパーボウルでも優勝経験のあるカート・ワーナー氏は、自分の子どもにフットボールをさせていいかどうか迷いがあると話している。
バスケでも脳しんとう増加
スポーツにおける脳しんとうの懸念はアメフトやアイスホッケーといった明らかに身体をぶつけ合う競技以外にも広がりを見せている。
最近では、実はバスケットボールにおける脳しんとうもアメリカでは問題になってきている。
米4大主要放送局ABCの電子版の記事によれば、バスケットボールをプレーしている最中に受けた脳しんとうが原因で救急外来に訪れた5歳から19歳までの青少年選手の割合は、1997年から2007年の間で約70%増加したという(バスケットボールのプレーで負った故障の全体の割合自体は、同期間で約20%減っているにもかかわらずだ)。
スポーツ医学博士のマーシー・グールズビー氏は、脳しんとうを訴えて病院を訪れるバスケットボール選手の数が増えたのは、選手がよりアグレッシブにプレーするようになったことも一因として挙げられるものの、脳しんとうへの意識がより高まってきたことがその最たる理由ではないかと同記事内で推察している。
センサーで頭部への衝撃計測
こんなことを取り入れている大学バスケットボール部もある。
やはり4大主要放送局であるCBSの電子版によれば、コネティカット州にあるニューヘイブン大学の男子バスケットボール部では、練習中に選手のヘッドバンドの中に“トライアックス”と呼ばれる小さなセンサーを入れてプレーさせているという。
このセンサーを装着することで、選手の頭部や頸部への衝撃の度合い等がモニターされ、情報はアスレティックトレーナーらの端末で即座に見ることが可能となっている。
集計されたデータはシーズン後にConcussion Legacy Foundatioと呼ばれるボストン大学と提携する脳しんとうを研究する非営利団体に提供される。こうした最新の技術を素早くスポーツにも導入し、客観的なデータを基に判断を下すその合理性はいかにもアメリカらしい。
ラグビーブームの日本の現状
こうした合理的かつ積極的な動きが、海のこちら側、日本にはあるのだろうか。昨年はラグビーが脚光を浴びた1年となったが、アメフト同様にコンタクトスポーツであるこの競技でもおそらく脳しんとうを負う選手は日常的にいると思われる。
昨年末の全国高校バスケット選抜優勝大会において、女子の選手が試合中に脳しんとうを負った直後にプレーに復帰したという報道を見た。このことがその後、問題視されたということはなかったものの、おそらくアメリカで同様の事例があった場合は、プレーをさせたチームに批判の声がファンおよびメディアから上がっていたことだろう。
脳しんとうと一言で言っても程度の差はある。しかし、どんなに軽度のものでも選手は最低でも脳しんとうを負ったその日にプレーに復帰させてはいけないというのが、近年の一般的な医学的な見解だ。
また、20歳以下の人間の脳は未成熟で、その意味では子どもから青年期の脳しんとうと復帰時期にはとりわけ慎重になる必要があるともいわれる。
選手をリスクから守れるのは誰か
選手が身体的負担や故障を負う際、それが「よほど」のことがなければ大抵の場合、選手はプレーの続行を希望するはずだ。それは日本でもアメリカでも起こり得る。
2010年のある調査では、アメリカの高校生フットボール選手の53%が脳しんとうの症状を得たとしても、それを隠してプレーを続けると答えている。こういう選手の身を危険から守るには、監督はじめスタッフ、アスレティックトレーナーらチーム関係者などの周囲の者が適切な知識を学び、判断をしてあげる必要がある。
アメリカプロバスケットリーグのNBAでは毎シーズン前に、脳しんとうについての講習と検査を選手に課しているという。「脳しんとう教育」の一環といったところだ。脳しんとうはほかのケガと異なり見た目では不調がわからない分、選手やコーチなどのチーム関係者には最低限の知識が求められる。
甲子園における投手の投球過多をはじめ、野球を例にとっても日米間では選手の身体についての認識や考え方が少なからず異なっていることがある。
しかし、この脳しんとうに関しては、部位が部位であるだけに日本もアメリカのようにスポーツ界全体で意識を高めていく必要があるのではないか。
(写真:ロイター/アフロ)