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世界の知性はいま、何を考えているのか

メルケルの知恵袋、J.リフキンに聞くIoTと資本主義の未来

2016/1/20
連載「世界の知性はいま、何を考えているのか」では、欧米・アジアの歴史学者、経済学者、政治学者に、専門的かつ鳥瞰(ちょうかん)的な観点から国際情勢について聞いていく。今回登場するのは、ドイツのメルケル首相ら、各国首脳のアドバイザーを務める、文明批評家のジェレミー・リフキン。近著『限界費用ゼロ社会』でIoTとシェアリングエコノミーの本質を説いたリフキンに、資本主義の新潮流について聞いた。

エントロピーの法則で社会を語る

気鋭の文明批評家であり欧州委員会、メルケル独首相をはじめ世界各国の首脳・政府高官のアドバイザーも務めるジェレミー・リフキン。

世界で最も高い評価を受けるビジネススクールであるペンシルベニア大学ウォートンスクールのエグゼクティブ向け教育プログラムの上級講師として、1994年以来、CEOや経営幹部向けに、大量生産大量消費に支えられた既存の経済モデルが立ちゆかなくなる中で、「持続可能な経済」のためにビジネスをどう変革していくかを説いてきた。

リフキンがその思想の根本となる啓示を受けたのは、ヴェトナム戦争当時にさかのぼるという。反戦運動の活発なメンバーだった彼は、その後も平和と持続可能な経済、社会、環境について思索を深めていった。

それが初めて結実したのが『エントロピーの法則──地球の環境破壊を救う英知』(1980年:邦訳は祥伝社)だ。

同書は「秩序から無秩序へと一方向に進む」という熱力学の法則をあらゆる領域──エネルギー、都市、軍事、教育、農業、健康、経済と政治──に当てはめながら、あらゆるリソースやエネルギーをむさぼり環境を破壊していく資本主義の暴走を止め、それに代わる社会像を提示することで、「沈黙の春」「成長の限界」「スモール・イズ・ビューティフル」といった系譜に連なる後継者と評された。

15年前に脱モノ化を予測

こうしたリフキンの文明論を特徴づけるのは、何よりもその類まれなる先見の明だ。

たとえば、最近はロボットやAIによって既存の人間の労働が次々と奪われていくことがメディアでも盛んに喧伝(けんでん)される。

しかしリフキン氏は早くも20年前に『大失業時代』(1995年:邦訳は阪急コミュニケーションズ)を発表し、情報・通信革命が大半の仕事を奪うと喝破した(かのエコノミスト誌は2011年に、リフキン氏の同書こそが「機械との競争」論の嚆矢〈こうし〉だったと指摘している)。

また、『バイテク・センチュリー』(1998年:邦訳は集英社)は、たとえばスティーブ・ジョブズが「21世紀のイノベーションは、生物学とテクノロジーが交わる場所から生まれるだろう」と語るはるか以前に、バイオテクノロジーの可能性とリスクを論じた一冊である。

あるいは『水素エコノミー──エネルギー・ウェブの時代』(2002年:邦訳はNHK出版)は、現在日本でも政府やトヨタが推進し、国内外で熱い議論を巻き起こしている「水素社会」の実現に先鞭(せんべん)をつけた一冊だと言えるだろう。

一方で、現在のネットやデジタルテクノロジーを語るうえで外すことができないのが、『エイジ・オブ・アクセス』(2000年:邦訳は集英社)だ。

「所有からアクセスへ」という脱モノ化の流れはもはや不可逆であり、来るべきシェアリング・エコノミーやリフキン氏が近年提唱する「協働型コモンズ」の行動原理となるものだが、早くも15年前にこれを文明的な視座から論じたその着眼には舌を巻くしかない。

欧州、中国の政策に影響

リフキン氏のこうした広範にわたる思索の集大成と言えるのが、前作『第三次産業革命』(2011年:邦訳はインターシフト)であり、最新作『限界費用ゼロ社会』(2014年:邦訳はNHK出版)だと言えるだろう。

分散型で再生可能なエネルギーやウェブと、通信・コミュニケーションネットワークが織りなす新たな産業革命のビジョンは、欧州連合(EU)が2010年に発表した開発プラン「欧州デジタル・アジェンダ」へと結実し、完全にすべてがつながりデジタル化されたIoT(Internet of Things)社会とシェアリング・エコノミーの実現を目指している。

欧州委員会および欧州議会のアドバイザーとして、リフキン氏はこの10年、ドイツのメルケル首相をはじめEU各国首脳にこうしたビジョンの提言を行っている。

また、この第三次産業革命には中国副首相である李克強(リー・コーチアン)も強い関心を寄せ、リフキン氏は中国においても新しい経済パラダイムへの移行について主要政府機関や首脳に助言を与えているという。

『第三次産業革命』は中国で50万部を売り上げ、最新作『限界費用ゼロ社会』も現在ベストセラー入りするなど、ニューエコノミーを論じた本として最も広く読まれているのだ。

今回は、第三次産業革命や現在ドイツで進められている「インダストリー4.0」の議論をさらに先に進め、IoTが私たちの文明にもたらす真のインパクトは何か、そしてそのインパクトが資本主義の未来にどのように関わってくるのか、なぜその必然的帰結として「限界費用ゼロ社会」が実現するのか、といったテーマでリフキン氏に聞いた。

*第1回の「化石燃料依存の現代文明は、もはや限界だ」を無料で同時公開しています。あわせてお読みください。本特集は3日連続で掲載します。

第1回:化石燃料依存の現代文明は、もはや限界だ
 第2回:アジアこそシェアリングエコノミーと相性が良い
 第3回:日本の弱点は、時代遅れのエネルギーインフラ

(予告編執筆:NHK出版翻訳書編集長 松島倫明、聞き手:ケイヒル・エミ)