いわきFC・大倉智社長インタビュー(前編)
アンダーアーマー日本総代理店のドーム社がクラブ創設。夢と勝算
2016/1/17
日本サッカーに、そして福島県に大きな希望を与えるプロジェクトがスタートした。
スポーツウェア「アンダーアーマー」の日本総代理店である株式会社「ドーム」が、年間予算100億円規模のクラブを目指し、福島県いわき市に新クラブを立ち上げたのだ。
ドームは福島県2部(日本サッカー界で8部リーグに相当)に昇格した「いわきFC」の筆頭株主となり、ヨーロッパの名門を参考にして最先端の練習場と育成施設が建設される予定だ。
その振興クラブの社長に、昨季まで湘南ベルマーレの社長を務めていた大倉智氏が就任した。J1から8部への異例の転身である。
いったい彼らはどんなビジョンを描いているのか。プロジェクトのカギを握る大倉社長に話を聞いた。
きっかけは物流センターの建設
──大倉さんはドームとともにいわき市に新クラブを立ち上げ、社長に就任することになりました。経緯を教えてください。
大倉:ドームの社長・安田秀一が僕と同学年、旧知の中で。僕は早稲田大学のサッカー部、彼は法政大学のアメフト部です。
安田は大学卒業後に三菱商事に入社したのですが、のちに高校・大学の同級生の今手義明と起業し、テーピング用品の輸入などを経て、アンダーアーマーの日本総代理店になりました。
彼らとしてはJリーグのクラブのサプライヤーにもなっているのですが、さらに踏み込んでクラブ経営に携わりたいと考えており、一昨年の10月に25年ぶりに再会しました。
ベルマーレへの出資もテーマにいろいろと話し合いを続けていたのですが、彼らとしてはクラブ経営には自前のスタジアムが必要だと考えていた。スタジアムビジネスにこそ、スポーツビジネスの大きな可能性がある、と。
一方、彼らは東日本大震災以降、復興、雇用創出をキーワードに福島県いわき市に100億円かけてアンダーアーマーの物流センターを建設する計画を進めてきました(今春に稼働予定)。ならば、そこにサッカークラブを立ち上げられないかという話になった。
彼らはスポーツを通じて社会を豊かにするという企業理念を持っており、アメリカと同じように、日本でもスポーツがビジネスとして成功できるのを示したいと考えている。スポーツを産業化するということです。
僕もベルマーレの社長を2年間やらせていただき、同じような問題意識を持っていた。それで新クラブの立ち上げに参加することを決心しました。
アンダーアーマーとの連携
──いわきFCはドームが親会社であり、アメリカのアンダーアーマーが直接経営するわけではないということですね。
はい。ただ、基本的に米アンダーアーマーは世界中どこでも自分たちで販売しているのですが、唯一の例外が日本なんですね。日本のみ代理店方式でやっており、それがドームです。安田がアンダーアーマーのケビン・プランク社長と無二の親友で、世界で唯一の代理店方式が実現したそうです。
当然、安田社長よりアンダーアーマーのケビン社長にはこういう取り組みをすることを報告しており、将来的にクラブに出資してほしいと伝えてくれています。
クラブ経営は広告のためではない
──いわきFCとはどんなクラブなのでしょうか。
もともと、一般社団法人のいわきスポーツクラブが運営するいわきFCというクラブがあり、昨年は福島県の3部に所属していて、今年2部に上がることが決まっていました。向山聖也くんといういわき出身の若者が神奈川大学を出た後に戻ってきて、Jリーグを目指して立ち上げたクラブです。
われわれも県3部から始めることを考えていたのですが、理念が合うクラブがあれば一緒にやりたいとも考えていた。向山くんと話が合い、クラブの社団法人を解体して、新たに株式会社として、いわきスポーツクラブを立ち上げ、初年度は福島県2部から戦うことが実現しました。
──ドームという企業名は出さないんですね?
名前を胸スポンサーにも出しません。アンダーアーマーのユニフォームを着てロゴも入っていますし、そもそもドームはクラブ経営を広告宣伝の手段とは考えていません。
ドームはアメフト出身者が多く、体が僕よりもひと回り大きい人たちばかりなのですが(笑)、アメリカのスポーツビジネスを熟知していて、ものすごく決断が早くて行動力がある。サッカー界にはない発想を持っているし、本当にダイナミックで驚かされますね。
彼らはJリーグにプロスポーツリーグとしての大きな可能性を感じている。将来的には予算が100億円規模のクラブを目指しています。
夢の値段としては高くない
──ドームとしては大きな投資をすることになります。将来的にビジネスとして成り立つ勝算はあるのでしょうか。
最初はおそらく、数億円くらいの経費がかかります。決して小さな額ではありませんが、安田社長に言わせると夢の値段だと。夢を買う値段なら安い、そんな言い方をあちこちでしています。
われわれ大人は米を食べて生きていますけど、子どもは夢を食べて生きる。それが安田社長の口癖です。
今回のプロジェクトは、「いわきグローリープロジェクト」という名前で、いわき市を東北一の都市にしようというものです。それをスポーツを通じてやろうと。そこに子どもの成長というキーワードがある。
サッカースクールを無料化
Jリーグの多くのクラブがスクールを有料で行っていますが、いわきFCではスクールを無料化します。採算を度外視するわけではなく、将来的にファンデーションをつくって、そういう活動理念に賛同してもらえる企業に出資をお願いするかもしれません。
8月までには物流センターの横にグラウンドとクラブハウスが完成する予定で、いわき市は共働きの家庭が多いと聞いていますので、学校まで迎えのスクールバスを出せたらいいですね。
コンセプトは「コンバット・アンド・エデュケイション」。もともと、有明のドーム本社が「コンバット・アンド・リゾート」っていうコンセプトでつくられており、そこから発想を得ました。
バスでクラブハウスに子どもが集まり、多目的室で宿題をやってからグラウンドを駆け回る。その様子を親御さんたちがカフェのような場所から見られるようにして、一つのコミュニティにする。物流センターがあり、練習場があり、すべてが完結する施設をつくろうと考えています。人が集まるハブになるイメージです。
子どもたちのための最高の施設
──すごいスケール感ですね。
世界トップクラスのものをつくりたいので、昨年12月には、オランダのアヤックス、フィテッセ、AZ、ドイツのドルトムント、メルヘングラッドバッハ、イングランドのマンチェスター・シティの施設を回ってきました。
アヤックスの施設は、練習場の真ん中に子どもや親御さんが集まる建物があります。食事を出すレストランを兼ね備えていて、イメージとしてはあれに近い。
一番すごかったのはマンチェスター・シティ。名門クラブのいいとこ取りをして、金に糸目をつけずつくられていた。
僕たちもいろんな施設のいいところを参考にして、落とし込めるところは落とし込んで、最高の施設をつくりたいです。施設にも意味があることを示したいと思います。
(写真:福田俊介)
*インタビューの後編は明日掲載します。