ファイターズの球団経営【4回】
ファイターズの台湾人ファン獲得に見る、インバウンドの可能性
2016/1/15
2015年9月10日、普通の平日の木曜日夜。日本ハム対ソフトバンクの対戦が行われた札幌ドームに突如、1000人の台湾人ファンが観戦に訪れた。
台湾の保険会社が営業成績の優秀な社員にインセンティブツアー(慰安旅行)を実施し、9月の第2週、北海道に6000人の台湾人が遊びに来た。その中には美しい夜景のある函館を楽しむコースがあれば、オホーツク海沿いの知床を巡るコースもある。そのうちの一つとして、札幌ドームでの野球観戦も企画されたのだ。
昨年、札幌ドームに台湾人客急増
2015年、日本に訪れた外国人観光客は史上最多を更新(12月19日時点で1901万人、日本経済新聞電子版より)。インバウンドの獲得は、とりわけサービス業にとって不可欠になっている。
球界に目を向けたとき、この取り組みに特に力を入れているのが北海道日本ハムファイターズだ。コンシューマビジネス部マーケティンググループでグループ長を務める佐藤拓氏が語る。
「札幌と東京の主催試合を合わせて年間3000〜4000人の台湾人が来ていると思います。この数字が多いか、少ないかは何とも言えませんが、前の年までほぼゼロだったところから一気に数千人レベルまでいっている。2016年はさらにと思っています」
日本で夢をつかんだ台湾人選手
北海道に訪れる外国人観光客の特徴として、台湾人の多さが挙げられる。2014年度は計154万1300人が来日した中、国籍別に見ると台湾人が最多で47万2700人だった(2位は中国で34万人。北海道のホームページより)。これは北海道で2番目の人口数を誇る旭川市(34万5288人、旭川市ホームページより)より多い数字だ。
台湾とファイターズといえば、すぐに想起されるのが陽岱鋼。この台湾人打者は福岡第一高校に野球留学し、2005年高校生ドラフト1巡目でファイターズに入団した。優れた身体能力を武器に外野のレギュラーをつかむと、イケメンぶりと陽気なキャラクターで人気選手になっている。
度重なる八百長騒動や球団数削減などで人気が落ちた台湾球界にあって、陽岱鋼は救世主となった。2013年に行われたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の2次ラウンドでは日本戦で本塁打を打つなど活躍し、その人気が爆発する。同時に当地での野球人気も回復していった。
「ジャパニーズドリームをつかんだ男、みたいな位置付けです。僕ら日本人がイチロー選手や松井秀喜選手を見ている感覚だと思いますね」(佐藤氏)
台湾でファイターズ戦全試合放映
陽岱鋼が所属するファイターズは、この“外需”に乗った。2014年、公式戦全試合の放映権を台湾のスポーツ専門チャンネル「FOX SPORTS」に販売したのだ。野球熱の高まる台湾で、陽岱鋼だけでなく、大谷翔平、中田翔も人気を高めていった。
さらに現地の旅行会社と組み、北海道観光をする人に向けて野球チケットの販売を始めている。飲料メーカーやバイクメーカーとTVコマーシャル契約し、露出も増やした。結果、札幌ドームの台湾人ファンはゼロから3000人になったのだ。
「陽岱鋼をきっかけに北海道まで来ていただき、仮に彼がいなくなっても、台湾人ファンに来てもらえる状態にできるか。たぶん、今後も北海道に観光客は来てくれると思います。ファイターズにとって、ここ何年かが勝負になりますね」
台湾人が優良顧客化する可能性
4時間強のフライトで来日できる台湾人は、優良顧客になる可能性を秘めている。初めて来た日本に魅了され、再びやって来る確率が高いのだ。訪日観光客のうち77.2%がリピーターで、5回以上の訪日経験者は41.1%というデータもある(2008年日本政府観光局「訪日外客訪問地調査2007/2008」)。この層にリーチすれば、熱心なファンに変わるかもしれない。
そのためのポイントは、「野球を売り込むのではなく、新しい観光コンテンツを提供する」ことだと佐藤氏は言う。
「僕らが『なんでこんなに不便なんだ』と思うことも、台湾人に聞くと『ドームの中やトイレがきれい』と、僕らには気づかないような見方が出てきます。僕らが『階段が急だな』と思っている場所でも、『すごく大きい施設でビックリした』と言われたこともありました。野球観戦というより、『家族みんなで来て、子どもも楽しめて、食事もできて、半日楽しめる場所』くらいに、エンターテインメントとして捉えてもらえばいいと思います」
観戦の楽しさをITでアピール
新たな顧客層をつかもうと努力する過程で、ファイターズ側もさまざまな可能性を探ることができる。その一つが、スマートグラスの活用だ。
もともとはメーカーと「スポーツ観戦×IT」をテーマに考えていたとき、「スマートグラスの機能性を生かすためには、外国人が観戦する際の情報補完に使えばいい」と行き着いた。
2015年9月22日のソフトバンク戦で、台湾人ファンを対象にトライアルを実施。試合中のデータ紹介はもちろん、イニング間に流した陽岱鋼のインタビューが好評を博し、外部からの反響や問い合わせも多数あったという(トライアルの詳しい模様はこちらを参照)。
外の視点を入れて内部活性化
人気イベントの「アジアンフェスタ」でも広がりが出てきた。陽岱鋼がレギュラーになりかけた頃、インバウンドの高まりとともに企画されたこのイベントは、北海道民に向けて韓国や中国、台湾、東南アジアのフードを味わってもらおうというところからスタートした。
それが最近では、「陽岱鋼は台湾でこういう人気がある」と見せる取り組みも行っている。外の視点を取り入れることで、内側の発展につながっていくのだ。
日本の人口が減少する中、いかにインバウンドをつかみ、その過程で既存サービスの枠を広げていくのか。すべてのサービス業同様、プロ野球界にとっても重要なテーマとなる。
(写真:©HOKKAIDO NIPPON-HAM FIGHTERS)