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相変わらず、「英語教育」と「伝統芸能に触れる」ことの二本柱で進められる日本のグローバル教育。カギは、「異なる価値観への理解・対応力」であることに気づくべきだ。
本当にグローバルな環境であれば、グローバルとかローカルとか、言わなくなりますね。

また、本当に「グローバル人材」と言える人で、グローバル人材になりたいとか、グローバルに活躍したいとか、それが主眼で成功してきた人はほとんどいないように思えます。

ただ、自分の作るものを世界最高にしたい。自分の技能を出来る限り高めていきたい。その求道心かと思うのです。その結果として、いつの間にかワインを知るためにフランスに渡り、サッカーを極めるために欧州に移籍し、海外の研究室で研鑽を重ねる人生になるだけの話なのでしょう。

グローバルは手段、そして結果、なによりも求める道を進む力、それが求められる資質なのではないでしょうか。
英語っていうのは、必要条件であり、十分条件ではない。ただ、必要条件を満たさないと話にならない。甘えて貰っては困る。
英語は出来るようになって、仕事もそこそこ出来るようになっても、なかなか関係作りがうまくいっている気がしない。一言でいって、相手を受け入れるだけのキャパ不足かな。まだ人間としての修業が必要~
上げられている項目は「外国語運用能力」を除けば、どんな共同体にも当て嵌まる。
つまり、日本において日本人同士の間でのコミュニケーション能力が不足しているなら、海外に行っても結局同じということ。
キャリア半分位を中国及びasean各国で働いており、今後も日本の外で働き続けるだろう。
中西さんの「海外で仕事をしてきた人材はその場でそのローカルに適応してきた人間でしかなく」というのは正鵠を射ていて、自分の実感に近い。
もう一歩踏み飲むならば、グローバル人材とは、海外でも日本と同額以上の案件を取って来て自分でプロジェクトを責任もって回せる人材だと考えている。
言葉、コミュニケーションスキル、思考経路諸々は全てカネを稼ぐ手段に過ぎず、現地の競合と争ってカネを稼ぐ事が出来れば、英語なんてカタコトでも立派な「グローバル人材」である。
逆に、英語が流暢で対人処理能力が高く意識高い人でも、カネを稼げなければお荷物でしか無いし、そんな人は国内ですら仕事が取れないのでは無いか。
乙武さんのおっしゃるとおりだと思います。大口取引先の英国ビジネスマン(60代)と話してて、鍵は英語ではない、と実感する日々。
個人的には、日本人でも外国人でも、関係性を作る事に関しては、そんなに変わらないと思います。
共通となる話題は一緒だし、そこに歴史背景だったり、国の違いがあったり。お互いに理解することを楽しめばよいのではないかと。
海外に出たスポーツ選手は、異文化との触れ合いやコミュニケーション能力に長けていると思う。
寝食を共にする、目標に向かってます全力で向かうなどかなり良い経験のはず。
海外で組織をまとめるようになり、グローバル人材の意味がよくわからなくなりました。問題解決能力、財務、IT、英語のスキルはどこでも共通能力です。英語能力が著しく低い場合、それを補える圧倒的な専門能力が必要です。英語弱い=鈍足サッカー選手。