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リングの現実主義者(第7回)

勝つための大原則。「自流試合をする。他流試合はしない」

2015/12/27
「天は自ら助くる者を助く」。富の集中や経済格差が広がる現代社会で、才能、家柄、時代に恵まれなかった“持たざる者たち”が、いかにして名を成してきたのか。彼ら、彼女らの立志伝が語られる「持たざる者の立身出世伝」。連載第1回は12月29日の「RIZIN FIGHTING WORLD GRAND-PRIX 2015」で、桜庭和志との日本人格闘家頂上決戦に挑む青木真也が登場。中学の柔道部では補欠だったにもかかわらず、総合格闘技の世界王者まで上り詰めた異端のファイターの思考法が明かされる。

天才でないからブランディング

「弱そうに見えるのに強い」というのが僕の理想だ。

オラオラしているような、いかにも格闘家という見られ方は絶対にされたくない。格闘家と思われたら、負けとすら思っている。だから、格闘家らしくない普通の格好で取材を受けたり、ピンクのスパッツで試合に臨んだりする。できるだけ強く見られないようにしている工夫だ。 

色白で強そうに見えない選手が、筋骨隆々の外国人選手に勝つ。それが僕の価値の一つだと思っている。

見た目だけではなく、会見での発言、入場のコスチューム、試合後のマイクパフォーマンスまで事前によく考える。

もしも僕が天才だったら、自分のブランディングなんて意識しなくても、スターダムにのし上がっていけると思う。ただ、僕は天才ではない。セルフプロデュースを考えなければ、生き抜くことはできない。他人と同じことやっていたら、差はつかないと思っている。

格闘家はサッカー選手や野球選手と違う。僕らは格闘家というだけで、世間から無条件に認めてもらえる存在ではない。自分自身で商品価値をつくりあげていかなければ、どんどん淘汰(とうた)されるような世界で生きている。だから、自分が主導権を持ち、キャラクターを確立することが、とにかく大切になってくる。

青木真也(あおき・しんや) 1983年5月9日生まれ。静岡県出身。小学生の頃から柔道を始め、2002年に全日本ジュニア強化選手に選抜された。早稲田大学在学中に総合格闘技に転身し、2006年に団体「修斗」の世界ミドル級王座を獲得。大学卒業後に静岡県警に就職するが、2カ月で退職して再び総合格闘家として活躍。「DREAM」「ONE FC」で世界ライト級チャンピオンに輝く。12月29日の「RIZIN FIGHTING WORLD GRAND-PRIX 2015」で桜庭和志との日本人格闘家頂上決戦に挑む

青木真也(あおき・しんや)
1983年5月9日生まれ。静岡県出身。小学生の頃から柔道を始め、2002年に全日本ジュニア強化選手に選抜された。早稲田大学在学中に総合格闘技に転身し、2006年に団体「修斗」の世界ミドル級王座を獲得。大学卒業後に静岡県警に就職するが、2カ月で退職して再び総合格闘家として活躍。「DREAM」「ONE FC」で世界ライト級チャンピオンに輝く。12月29日の「RIZIN FIGHTING WORLD GRAND-PRIX 2015」で桜庭和志との日本人格闘家頂上決戦に挑む

勝敗を分ける自流試合と他流試合

僕は「自流試合をする。他流試合はしない」という持論を持っている。すべてにおいて、主導権をにぎりにいかなければいけない。試合でも交渉でも、相手のペースに乗ってしまっては勝つことはできない。他流試合をするということは、負けに直結してしまうからだ。

格闘技に関して言えば、「PRIDE」の頃は日本人の世界チャンピオンが何人もいた。しかし、PRIDEがなくなり、多くの選手がアメリカの「UFC」に移った途端に日本人は勝てなくなった。

日本人が急に弱くなったのか?

それは違う。世界のレベルが上がったというのは間違いないが、結局は相手の大会形式に合わせる他流試合に持ち込まれたということが大きい。

はっきり言えば、相手のやり方に合わせる他流試合に持ち込まれた場合、不可解なジャッジなんて当たり前。圧倒的な力の差がなければ負けて当然、というような試合はザラにある。実際に他国で戦った選手からも、よく聞く話だ。

多くの引き出しがある選手は強い

他流試合で戦わないということは、総合格闘技の試合自体にも当てはまる。打撃や寝技、投げ技と「何でもアリ」というルールだから、それぞれの選手が強みや得意分野を持っている。いかにして自分の得意な領域に引きずり込むかが勝負を分ける。

格闘家の中には、「男だったら打ち合おうよ」と挑発する選手もいれば、それに応じる選手もいる。でも、僕からすると理解できない。相手は自分の得意な戦いに引きずり込もうと思っているのだから、挑発に乗ってはならない。相手の土俵で戦わないことは、戦略の一つだ。

いかに自分のスタイルに引き込むかが重要な反面、自分の得意な武器以外を磨いておくことにも意味がある。僕は寝技が得意だから、寝技だけで試合を終わらせることが最も理想とする戦い方だ。でも練習で打撃に割く時間は寝技よりも、むしろ多いといえるかもしれない。

なぜなら、抜かない刀もぬかりなく研いでおけば、たまに助けてくれることがあるからだ。

総合格闘家は、自分の得意な武器だけで勝ててしまう場合が多いから、たくさんの引き出しを持とうと意識する選手はほとんどいない。自分の得意分野だけ磨くことは、時間を考えても効率のいいことかもしれない。

ただ、多くの引き出しがある選手は、やはり強い。一つの武器に頼っている選手は、そこを攻略されたら一気に崩されてしまう。

五輪の銀メダリストに勝てた理由

僕自身、寝技に絶対の自信を持っているけれど、さまざまな引き出しを常に持っていたいと考えている。

柔術の伝説的なチャンピオンだったブラジル人のビトー・“シャオリン”・ヒベイロと対戦したとき、メディアは寝技頂上決戦と煽ったが、僕は立ち技中心の試合に持ち込んで判定勝ちを手にできた。

2008年に「DREAM」でレスリングのシドニー五輪銀メダリストの永田克彦選手と戦ったときも、武器の多さが勝敗を分けたと思っている。

相手はレスリングの五輪メダリストだから、組んで倒す力は、当然向こうのほうが強い。ただ僕がさまざまな引き出しを持っていたから、永田選手は「蹴りが来るかもしれない」「いや、組んでくるかもしれない」と、さまざまな予測を立てざるを得なかった。

そうすると相手の準備も中途半端になる。結果としてレスリングの銀メダリストを組んで倒すことができた。

寝技で圧倒的な技術を誇るが、ひとつの武器に頼るわけではない(写真:Esther Lin/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

寝技で圧倒的な技術を誇るが、一つの武器に頼るわけではない(写真:Esther Lin/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

自分の弱点を正しく認識する

勘違いしている選手は多いが、使える引き出しをただ増やせばいいかといえば、そんなに単純なことではない。自分自身の弱点を正しく認識していなければ、決して自流試合に持ち込むことはできない。

僕自身、格闘家としての穴といえる部分は少なくない。「もっと力が強かったら」「もっと顎が強かったら(打ち合いに強かったら)」と思ってしまう。しかし、もしも本当に僕の顎が強かったとしたら、打ち合いに自信を持ちすぎてしまって、殴られることで自分の体が壊れていたかもしれない。実際は、打たれ弱いからこそ、相手に殴らせないようなファイトスタイルを確立できた。

だからこそ、自分を知ることは重要。自分の弱みがわかっていれば、そこをカバーすることができる。カバーするための技術が磨ける。弱みこそが進化を促すことになる。

理屈っぽく聞こえるかもしれないが、僕は勝敗には常に理由があると考えている。格闘技は本能だけで戦っていると見られがちだけれども、僕にとっては理詰めに戦える点が面白みでもある。

*明日掲載の【第8話】「群れない馴れない奢られない。格闘技界に染まらない3つのルール」に続きます。

*目次
【予告】狂者か、改革者か。異端の格闘家・青木真也の流儀
【第1話】柔道部の補欠だった僕が、なぜ世界王者になれたのか
【第2話】早稲田柔道部を退部。警官は2カ月で退職。最後は総合格闘技を選ぶ
【第3話】所属団体の消滅。「居場所」がなくなる恐怖感
【第4話】リスクを取らなければ自分の価値は上がらない
【第5話】大衆を意識しないと食ってはいけない
【第6話】フリーランスの格闘家。買い叩かれないための交渉術
【第7話】勝つための大原則。「自流試合をする。他流試合はしない」
【第8話】群れない馴れない奢られない。格闘技界に染まらない3つのルール
【第9話】腕をへし折る格闘家のメンタリティ。練習は“心の栄養”
【最終話】35歳のとき世界最強をかけた戦いで引退する

(構成:箕輪厚介、小谷紘友、写真:©JSM)