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Quipper代表・渡辺雅之×メルカリ代表・山田進太郎

グローバルスタートアップの世界戦略

2015/12/25
「Quipper」は2011年にロンドンで創業され、中南米や東南アジアを中心に普及した後、日本へも逆輸入的に進出している教育プラットフォームだ。今年4月にリクルートに48億円でM&Aされ、さらに世界中でシェアを伸ばしつつある。一方、CtoCフリマアプリの「メルカリ」は、2013年の立ち上げから約1年後に北米へ展開、日米合計2,700万ダウンロードを突破している。ともに創業アイデアの段階から「グローバル展開ありき」を構想していた2人の起業家が海を越えてビデオチャットでつながり、それぞれの世界戦略について語り合った。

世界進出の条件は「高度でシンプルなプロダクト」

──お二人がグローバル展開を構想した段階で、必須だと考えていた条件は何でしたか?

渡辺:まずひとつは、多様な文化的背景を持つ多国籍チームを作ることですね。Quipperを立ち上げたとき、“グローバルプラットフォーム”を目指すのであれば、日本から始めるよりも、言語の壁を越えながら海外で立ち上げて日本に逆上陸というほうが、最終的に日本も含めた世界中の人が使いやすいものができるのではという読みがありました。

結果、Quipperはプラットフォームとしては非常にシンプルで、直感で使いこなせる非言語的な作りになっています。提供する価値も、「先生の工数を削減する」あるいは「最高の授業コンテンツを届ける」といった、世界中の共通ニーズを狙っています。

ただ、学校教育向けのサービスは国ごとの現地カリキュラムに準拠した質の高いコンテンツがないと、そもそも使ってもらえないという特性がある。たくさんの国に展開するよりは、一つ一つの市場にしっかりコミットすることが重要です。時間もかかるし大変なことですが、そうやって積み上げた実績は新規参入者に対するブロックにもなるので、しっかり優先順位をつけて取り組んでいます。

山田:同感です。僕が思うのは、やはりプロダクトそのものの強さが重要だということ。GoogleもTwitterも、似たサービスはたくさんあったのに選ばれて残っている。その理由は便利だったり楽しかったりするからです。言葉が必要なく、何となく使えるようになっています。

裏側では高度なアルゴリズムが動いているけれど、表面的にはシンプルなものが、グローバルな意味で使いやすい。そういうプロダクトが作れるかが最終的な分かれ道になってくると思っています。

山田進太郎(やまだ・しんたろう) 早稲田大学在学中に、楽天株式会社にて「楽オク」の立ち上げなどを経験。卒業後、「ウノウ」設立。「映画生活」「フォト蔵」「まちつく!」などのインターネット・サービスを立ち上げる。2010年、ウノウをZyngaに売却。2012年退社後、世界一周を経て、2013年2月、株式会社メルカリ(旧コウゾウ)を創業。

山田進太郎(やまだ・しんたろう) 早稲田大学在学中に、楽天株式会社にて「楽オク」の立ち上げなどを経験。卒業後、「ウノウ」設立。「映画生活」「フォト蔵」「まちつく!」などのインターネット・サービスを立ち上げる。2010年、ウノウをZyngaに売却。2012年退社後、世界一周を経て、2013年2月、株式会社メルカリ(旧コウゾウ)を創業。

言語と距離を超えた組織づくりに「正解」はない

山田:実際にグローバル展開をするうえでの必須条件はメンバーですね。僕もそれほど英語が得意ではないし、何より現地の感覚がない。われわれが創業後すぐアメリカに展開できたのは、石塚亮というシリコンバレーでの起業経験があるコアメンバーがいたから。彼あってこその海外展開です。

渡辺:組織面でも、やはり言語や距離の壁は大きいですよね。グローバルに展開する以上、メンバーの国籍はもちろん、拠点も国をまたぐわけです。われわれは創業時から社内公用語はすべて英語です。僕も英語が得意ではないので、実は非常に苦しかったわけですが、こだわりました。

ただ、全員英語が堪能なメンバーになれば本当に強いチームなのかというと、それも微妙で、仕事の能力よりも英語重視になりすぎても本末転倒ですし。英語ができる人を各ポイントに置き、ほかの部分は現地語で回した方が効率的な場合もある。

また、リクルートグループに入った以上、「受験サプリ」のノウハウを貪欲に取り入れていきたい。でも、丸々すべて英訳するのも非効率。いろいろな意味での最適化を今も試行錯誤中です。それこそ、全社会議をする際の時差をどうするか、なども悩ましい。今は、リアルタイムな全社会議は、日本22時、メキシコ朝7時、英国昼1時からで四半期に1度ですが。

山田:言語とコミュニケーションの問題は正解がないですね。われわれもいろいろな方法を試していますが、アメリカでは英語、日本では日本語が公用語です。両者をブリッジする部分では英語推奨ですが、翻訳スタッフを4人ほど置き、出張を推奨して気軽に行き来できる状態にしてコミュニケーションを増やすなど、まだまだ試行錯誤しています。

渡辺雅之(わたなべ・まさゆき) 京都大学在学中から発展途上国二十数カ国を渡り歩き、経済格差や教育問題に強い関心を持つ。卒業後マッキンゼーに入社。1999年DeNA創業に参加。2010年に退職し渡英。ロンドンで学習プラットフォーム「Quipper」を創業しCEOを務める。2015年4月全株式をリクルートに譲渡し、リクルート傘下で事業を始動。英国、日本、フィリピン、ジャカルタ、メキシコの各拠点を回る。

渡辺雅之(わたなべ・まさゆき)
京都大学在学中から発展途上国二十数カ国を渡り歩き、経済格差や教育問題に強い関心を持つ。卒業後マッキンゼーに入社。1999年DeNA創業に参加。2010年に退職し渡英。ロンドンで学習プラットフォーム「Quipper」を創業しCEOを務める。2015年4月全株式をリクルートに譲渡し、リクルート傘下で事業を始動。英国、日本、フィリピン、ジャカルタ、メキシコの各拠点を回る。

プラットフォームの立ち上げ時は最も苦しいとき

──海外展開にあたって描いていたロードマップと、現実との間にズレはありましたか?

渡辺:もちろん、ズレまくりです。創業直後のプランでは「1年で30カ国展開!」といったむちゃな夢想をしていましたから。全然そうは進まず、顧客や市場と対話をしながら3年ほどピボットを繰り返し、現在のサービスと展開方式に固まったのは、2年前です。

また、世界中で実際にQuipperで学習する人が毎月1億人以上になることを目標として考えています。グローバルな教育プラットフォームを狙う以上、そういう規模感を目指さないと意味がない。そこはブレていません。

実際の海外展開では、現在はインドネシア、フィリピン、メキシコが最上位の市場になっているのですが、各拠点でリクルートのメンバーにオペレーションにがっちり入ってもらっています。ノウハウ、人員、投資が全部セットで投入され、事業展開スピードが格段に加速しました。

山田:メルカリは、日本では2013年7月、USでは2014年9月にリリースしたので、これはほぼ創業当初の計画どおり進んでいます。ただ、利用者数比率でいうとUSが1で日本が9なので、まだまだこれからですね。プラットフォームは立ち上げ時が一番大変なので。

計画とのズレという部分では、開発面ではいろいろ方法を試しています。少し前まではUSのプロダクトもすべて日本で作っていましたが、いまは現地採用のPMもいるし、日本からチームを派遣したり、いろいろやっています。やはり開発には「現地の感覚」がないと厳しいというのは直近の学びです。

たとえば日本人の感覚では、「Buy」のボタンは目を引く赤色にしています。でもアメリカ人の感覚だと、注意喚起の色なので、赤色でないほうがいいとか。そういう視点は日本人だけのチームでは持ちにくい。現地の感覚があってこそ改善していける点だと思います。

渡辺:そこは手数が問われますよね。プロダクトサイドだけでなく、マーケティングサイドも、うまくいかないときは手数を増やし、とにかくトライし、粘り続けることが唯一の解なのだろうと最近は思います。

日本でのローンチ後、約1年後にアメリカでもローンチした「メルカリ」。Webサイトは日本語版と英語版ではデザインが異なるなど、現地の感覚を意識している。

日本でのローンチ後、約1年後にアメリカでもローンチした「メルカリ」。Webサイトは日本語版と英語版ではデザインが異なるなど、現地の感覚を意識している。

サービスのローカライズは必須

──国内と海外でアプリ開発にどんな違いがあるのでしょう?

山田:メルカリは基本、国内で全て開発しています。一部PMや分析はアメリカにもいます。来年、英語のできる日本人スタッフとエンジニアのチームを現地派遣の予定です。今までは日本で何とかやっていた。今は移行への初期段階ですね。将来的には現地エンジニアを採用し融合させるのが理想です。

ただ、今のシリコンバレーの人件費はかなり高い。しかもアメリカでの知名度がまだまだということを考えると、日本で知名度が上がる中で、日本で採用するほうが、能力の高いエンジニアが採用できるという実情もあります。

渡辺:Quipper の開発拠点は日本、フィリピン、ロンドンにありますが、国をまたいだエンジニアが1チームを作ることもあれば、これは日本チームでやりますということもある。時差はあるものの、ツール類を積極的に使って、チーム編成や役割分担はフレキシブルに行っていると思います。

──採用や資金調達などの面で、日本や他国での実績はどのくらい通用しますか?

山田:メルカリは「マーケットプレイス×モバイル」のところで名が売れ始めていることもあって、過去にeBayにいたひとなど、マーケットプレイスを創ることに情熱を持っているひとが興味を感じてくれているようです。

それに加えて、アメリカでもインターナショナルな会社で働きたいという需要はあります。海外に行ける可能性が高い、クロスカルチャーを理解したい、日本が好きという視点の人は偏見なく応募してきます。応募者も投資家も、日本でこれだけイケているならアメリカでも、と考えてくれる人もいる。一定の人は関心を持ってくれていますね。その辺り、Quipperはどうです?

渡辺:実際に数百万人規模でサービス提供している教育サービスって、実は世界でもあまりないのです。そこに魅力を感じて応募してくれるエンジニアやビズの人も多いですね。その上で、インドネシアやフィリピンでは日本ブランドが浸透しているので、日本で成功している「受験サプリ」が大資本で進出するということを前面に押し出すことが良かったりします。メキシコならロンドンからの上陸、とか。それによって能力の高いエンジニアが採用できたり、学校で採用されやすかったりもする。

一方で、日本では「海外から逆上陸してきたグローバルスタートアップ」という看板も使っていますから、いわば「帽子をかぶり分ける」という感じでしょうか。

山田:ベンチャーは使えるものは何でも使わないとですね!(笑)

QuipperのWebサイトは、英語、スペイン語、インドネシア語、タイ語、日本語の5カ国語に対応している。

QuipperのWebサイトは、英語、スペイン語、インドネシア語、タイ語、日本語の5カ国語に対応している。

各国事情に応じたマーケティング戦略の違い

渡辺:教育産業の特徴として、「先生」と連携すると効果を上げやすい。特に新興国では、塾に行くにしても、先生のアドバイスを仰ぐのです。そして、先生って基本的に教えるのが好きな方々ですから、本当に気に入ってくれたら周りの先生にどんどん「教えて」くれる。

だから、先生を単純にユーザーとして考えずに、同僚の先生向け、生徒向けに広めてもらうことも考えています。具体的には、先生向けのアンバサダープログラムを用意して、まず先生にQuipperをしっかり学んでもらいます。知識や実際の活動によって資格制度を作るとか工夫して。

山田:アンバサダープログラムでは、先生に実際に会うんですか?

渡辺:もちろん。各地でアンバサダー会議を時々開催したりしますし、上位のアンバサダーとは日々いろいろ相談しながら機能やキャンペーンを設計します。一番大きい大会では500人規模でQuipperのことが大好きな先生たちが集まります。Quipperにこんな新機能が付いた、大学教授と開発した方法でこんなに成績が上がった、というような発表をしたり、トップ・アンバサダーたちを表彰したりする。かなり盛り上がりますね。

その一方で、マス・マーケティングも力を入れ始めました。まさに「受験サプリ」のマーケティングを仕掛けたチームが現地で仕掛けを行っています。インドネシアでは今年の冬からテレビCMも放映中です。

マスで認知を上げ、アンバサダーを通して実際に使っていただくイメージですね。それがQuipperのマーケティングのひな型になるのかもしれません。もちろん、細かい部分では山のようなチューニングが必要になりますが。

山田:サービスそのものがよければ、マーケティングは、いろいろ展開できますよね。

渡辺:そうですね。今、有料サービスとして力をいれているQuipperVideoは、受験サプリそのものなんです。その国で一番いい先生を集めてきて、最高の授業をプロがビデオ撮影して、圧倒的低価格でネット配信する、というかなり骨太でシンプルなサービスです。

コアバリューは、「最高のコンテンツを、圧倒的に安く、どこからでも使える」。そしてマス広告での認知度アップと学校での先生アンバサダーへの申し込み。受験競争がある国なら、この戦略で一定のところまでは普遍的に展開できると思っています。

山田:大人の戦い方だ(笑)。メルカリのマーケティング面でいうと、国内はまずTwitter、Facebookのオンライン広告を中心にやってきて、最近はテレビCMもはじめています。アメリカでもオンライン広告から始めていますが、アメリカは日本とは違い、テレビCMがあまり効かないと思っています。

逆に、日本のFacebookユーザーは2000万人、アメリカは2億人ですから、オンライン広告にはまだ余地があります。むしろオンラインだけでマスまで行ける気がしています。

東京のメルカリ本社と、ロンドンのQuipper本社をつなぎ、9時間の時差を超えて実現した今回のビデオ対談は大いに盛り上がり、約2時間にも及んだ。

東京のメルカリ本社と、ロンドンのQuipper本社をつなぎ、9時間の時差を超えて実現した今回のビデオ対談は大いに盛り上がり、約2時間にも及んだ。

グローバル展開には「仲間」が必要

──ところで渡辺代表、山田代表は親しいお知り合いだそうですね。

山田:そうですね。そもそもの出会いは、僕がZynga Japanを辞めた2012年に世界一周をしていたときに、ロンドンでDeNA創業者の一人の川田尚吾氏から紹介していただいて、無理やり会いに行ったのがきっかけですね。

渡辺:以来、何度か飲みに行って仲良くなって。実は当時、Quipperにもお誘いしたのですが、それは断られて(笑)。アドバイスならとのことで、事業モデルの話など相談させてもらったり。

──では、最後にお二人の今後の展望をお聞きします。

渡辺:デジタル技術による教育産業の変革のスピードは速く、グローバルでのサービスを目指すなら、小さな会社がゲリラ戦法でコツコツできる状態ではなくなってきている側面もあると思う。大手資本がどんどん参入したり、先行する教育ベンチャーが100億円規模で資金調達を繰り返すような状況下では、戦い方を考えなければなりません。

それこそメルカリのようにもう少し早めに成功して、もっと資金を積み上げておけばできたかもしれない。でも僕らは少し遅かった。

Quipperが世界展開できる唯一のオプションが、リクルート社への売却でした。これによってグローバルサービスになれる可能性は飛躍的に高まり、戦略オプションも広がって、“跳ねる”可能性が格段に増えました。ノウハウや組織の一体化も進み、現場のモチベーションは高いですよ。あとは、やるだけです。

──メルカリの展開先としては、アメリカの次はどこになるのでしょうか?

山田:アメリカは世界の縮図です。まずアメリカを目指したのは、ここで成功したらどの国でもやれると考えたから。うまくいったという手応えが得られたら、次はロンドンを足がかりにEUへ進出していく計画です。

CtoCのビジネスは、eBayでもそうですが、アメリカよりもEUのほうが規模が大きいんです。フリーマーケットの文化自体がヨーロッパ的なものですし、ものを大事にする価値観も根付いている。英語が通じるし、それに雅之さんもいる(笑)。できるだけ早く進出したいと考えています。

渡辺:われわれ2人は業界もかぶらないし、教育もフリマも、地道に各国でマーケットを創り上げていくという共通点もある。これからも情報交換していきたいですね。

(聞き手:呉 琢磨、構成:阿部祐子、撮影:下屋敷和文)