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【本田圭佑とホルンの野望】第2回:挑戦

本田圭佑の右腕・神田CEOが挑むホルン経営改革

2015/12/14
【本原稿の登場人物】神田康範:大学卒業後ブリヂストンスポーツに入社し、アメリカでゴルフのマーケティングに携わる。中田英寿の所属事務所であるサニーサイドアップを経て、3年前に本田圭佑から声がかかってHONDA ESTILOへ入社。今年6月、ホルンのCEO兼副会長に就任した。

ホルンのCEOとなった神田康範には、まずやらなければならないことがあった。それは「クラブ予算の減少を最小限に抑える」ことだ。

ホルンは今年5月に3部に降格したため、年間予算の大幅減が見込まれていた。

オーストリア2部にはペイTV「Sky」による中継があるが、3部にはない。つまり放映権による収入が大きく減ってしまう。それに伴って露出が減り、スポンサー契約も危うくなる。

経営基盤が大きく揺らぐため、過去のシーズンを見ても、降格からすぐに2部へ復帰を果たしたクラブは限られている。1年での2部復帰を目指すのであれば、予算の確保は最重要課題だった。

前会長からのサポート

これまでホルンを支えてきたのはオーストリアの現地企業だ。

クラブが3部に降格し、さらに付き合いのあった経営陣が去って見ず知らずの日本人がやってきたとなれば、スポンサーから撤退する企業が現れてもおかしくはない。

そこで尽力したのがクロンシュタイナー前会長だ。彼が経営するショッピングセンター「ショッピング・ホルン」はクラブのメインスポンサーであり、地元の有力者である。この前会長が力を貸してくれた。

「クロンシュタイナー前会長は会長の座から退きましたが、クラブとの縁をぱったりと切ってしまうのではなく、新たな日本人経営陣がスムーズにクラブを引き継げるように動いてくれました。そのかいもあり、多くのスポンサーはクラブへの支援を継続してくれました」

クラブ会員の総会でスピーチする神田康範。CEOと副会長を兼任している

クラブ総会でスピーチする神田康範。CEOと副会長を兼任している

日本市場を開拓

加えて力を入れたのが、日本企業とのスポンサー契約だ。

これまでゴルフのマーケティングや、本田圭佑のマネジメントを手がけてきた神田にとって、スポンサーとの交渉は最も強みといえる分野である。以前から本田と契約を結んでいるミズノなど、日本企業数社と新たなスポンサー契約を取り付けた。

ただし、それは現地企業を軽視しているということではない。神田は現地スポンサーとの関係を重要視している。今後クラブが欧州CL出場を狙うのであれば、数十億円規模の年間予算が必要となるからだ。

「今は日本のスポンサーさんに協力いただいている部分が大きいですが、今後クラブが成長したときに数十億という規模の支援をしていただくのは難しいと思っています。そもそもホルンは90年以上の伝統を持ったクラブであり、そこに根差し続けることを考えれば、現地のスポンサーさんはおろそかにするどころか、積極的に関係をつくっていかなければなりません」

こういう神田を中心とした取り組みによって、ホルンは3部に落ちたにもかかわらず、予算の減少を最小限にとどめることに成功した。

本田圭佑と談笑する神田康範。ホルンのCEO兼副会長を務めながら、本田圭佑のマネジメント業務も引き続き行っている

本田圭佑と談笑する神田康範。ホルンのCEO兼副会長を務めながら、本田圭佑のマネジメント業務も引き続き行っている

単年契約にこだわった理由

さらに神田は、クラブの経営規模を短期間で成長させるべく、ある賭けに出た。

2部復帰を見据え、スポンサー契約を単年でしか結ばなかったのだ。今季2部への昇格をつかみ取り、来季は良い条件で契約を更新しようという狙いがある。

もちろんこれはリスクを伴う選択だ。

計画通り1年で2部に昇格することができれば、広告価値が上がってスポンサー料は増額されるが、もし昇格がかなわなければ、契約を打ち切られる可能性がある。

なぜ神田はこのような攻めの交渉に出たのだろうか?

それは無難な経営では、5年でCL出場権獲得という途方もない目標は達成できないからだ。

「もし今季2部に上がることができなければ、経営に携わるのはやめてしまったほうがいいのではないか――。われわれはそれくらいの覚悟で今シーズンを戦っています」

ホルンが持つ経営的のびしろ

予算は確保した。次はその資金をどう使うかだ。神田はここでも将来の成長を見据えた決断を下している。

現在ホルンが使用しているのは、クラブハウス横にある3500人収容のスタジアムだ。1958年にオープンして近年にも改修が行われているが、3部の他クラブと比較しても規模は小さい。さらにスタジアム内にはロッカールームがなく、選手たちはスタジアム横にあるクラブハウスのロッカールームを使用しなければならない。

スタジアム横にあるクラブハウスのロッカールーム

スタジアム横にあるクラブハウスのロッカールーム。建設されたばかりで清潔に保たれているが、スタジアムと数十メートルの距離がある

だが見方を変えれば、のびしろは十分にある、ということだ。

ホルンのスタジアムにはゴール裏に最大850人を収容できるVIPラウンジが設けられており、毎試合100〜200人がVIPチケットを購入している。これは3部のクラブとしてはかなり高い割合だ。

また、ホルンはアウェイ戦の際にはバスツアーを行っており、相手によってはホームのファンよりホルンのファンが多いということもある。

さらに、ホルンのホーム試合に訪れる観客に調査を行ったところ、遠方からやって来るファンの割合が高かった。まだまだホルンの街中の人たちにスタジアムに来てもらう余地があるということだ。

ホルンのゴール裏にあるVIPラウンジ。食事をしながら試合を観戦することができる

ホルンのゴール裏にあるVIPラウンジ。食事をしながら試合を観戦することができる

1部基準のスタジアムを準備

昨季はこのスタジアムで2部を戦ったものの、リーグ規定を満たしていない部分もあったため、神田はスタジアムの部分改修を決めた。

しかも、3年後に1部でプレーをしていることを見据え、2部では必要とされない部分の改修もこの機会に行ってしまうというのだ。これはクラブ年間予算の数割という規模の投資だ。予算の確保が強気なら、投資の決断も強気である。

90年以上にわたるSVホルンの歴史の中で、これほど攻めの経営が行われたことはないだろう。オーストリア人も隣国ドイツと同じく健全気質を好む。だが、クラブ史上初となる1部を目指すのであれば、経営も変えていかなければならない。

神田の攻めの経営は、これからのホルンに何をもたらすことになるのだろうか。

(写真:(c)SV HORN)

*本連載は毎週月曜日夕方に掲載予定です。

【連載目次】

予告編本田圭佑とホルンの野望

第1回:始動
プロ経営者に頼らない。本田圭佑が選んだ手づくりのクラブ経営

第2回:挑戦
本田圭佑の右腕・神田CEOが挑むホルン経営改革

第3回:融合
強化責任者・大本の進める「本田流」現場のまとめ方

第4回:発展
オーストリア人スタッフが見たHondaの経営術

第5回:上昇
首位で折り返し。ホルンが目指すCLへの最短ルート