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ChatWork代表・山本敏行インタビュー【組織編】

働きやすさ日本一の会社が追求する「社員第一主義」の本質

2015/12/11
世界に先駆けてサービスを展開し、いまや世界183カ国以上、8万2000社が導入している日本最大のビジネス用クラウドチャットツール「ChatWork」。わずか55人の社員で開発しているプロダクトが、これほどグローバルにシェアを拡大できている背景には、社員のパフォーマンスと「満足度」を最大限に引き出す経営方針があった。同社の組織づくりのポリシーについて、CEOの山本敏行氏に聞いた。
※前編はこちらから。

社員が次々辞めていく……失敗から学んだ「原因自分論」

──ChatWorkは、リンクアンドモチベーション社が認定する「日本一社員満足度が高い会社」に2年連続で選ばれたことも有名です。会社のしくみづくり、カルチャーづくりはどのように行ったのでしょうか?

山本:今でこそChatWorkは“社員満足度が高い会社”として評価されていますが、前身であるEC studioを設立したばかりのころは、ひどいものでした。もともと私は体育会系出身で、会社経営もすべて根性論。社員もアルバイトも一律で週6日、一日10時間働くのが普通だし、できれば深夜0時まで仕事をしてもらいたいと考えていたほどです。

そんなやり方のせいで、会社を設立して半年くらいで次々とスタッフが辞めていきました。反省した私は、経営をゼロから学び直すために、1年間で1000人の経営者に会う「経営者行脚」をはじめ、ある人物から「原因自分論」という言葉を教わります。自分に振りかかることはすべて自分に原因にあるという考え方です。

それまでの私は、社員が辞める原因は「根性がないから」だと思っていました。でもそうではなく、社員が次々辞めていくのは会社に問題があるからであり、その原因はすべてトップの自分にあると気がついたんです。

では、自分をどう変えればいいのか。それを知るために経営者と会い続けるなかで、次第に“いい経営者”と“そうではない経営者”の違いが見抜けるようになってきました。

いい経営者に共通しているのは、自分の会社や社員のことを楽しそうに話し、社員の愚痴や悪口を言わない。そして社員のために自分の時間を使っているということです。一方、ダメな経営者は社員の愚痴や悪口を言う。ビジネスがうまくいかない理由を社員に求めるタイプ。

そこで、“いい経営者”の先輩方から経営方針や組織づくりのノウハウを聞き出し、貪欲に自分の会社に取り入れていきました。そして経営の根幹に、社員を最大限大切にする「社員第一主義」という方針を置くことにしたんです。

山本敏行(やまもと・としゆき) 1979年大阪生まれ。中央大学商学部在学中の2000年に、中小企業向けIT支援ベンチャー「EC studio」を創業。2012年に既存事業を譲渡し、社名変更。シリコンバレーに米国法人を設立し、自ら移住してChatWorkのグローバル展開を推進している。

山本敏行(やまもと・としゆき)
1979年大阪生まれ。中央大学商学部在学中の2000年に、中小企業向けIT支援ベンチャー「EC studio」を創業。2012年に既存事業を譲渡し、社名変更。シリコンバレーに米国法人を設立し、自ら移住してChatWorkのグローバル展開を推進している。

従業員の能力を最大化することが、満足度につながる

──「顧客第一主義」という言葉はよく聞きますが、「社員第一主義」は珍しい。その場合、顧客の立場はどうなるのでしょう? 

それは簡単で、弊社の経営陣や幹部は「社員第一主義」を自分の行動原理にします。そして、実際にカスタマーと向き合うスタッフは「お客さま第一主義」を掲げればいいのです。たとえば、理不尽なことを言うお客さまに対しては、経営幹部が社員を全力で守る。そういう会社の姿勢をしっかり伝えておくことで、社員は安心して顧客対応ができます。

──具体的には、どんな制度や組織改革をしたのでしょうか。

わかりやすい施策でいうと、弊社には年4回の「10連休」があります。在宅勤務も可能なので、ワークスタイルは自由に選択できる。ほかにも「給与は高く勤務時間は短く」「決して感情的に怒らない」など、さまざまなルールや方針を作り、2年間かけて組織改革を実行しました。

できることをやりつくした時点で、リンクアンドモチベーションさんの「組織診断」を受けてみたところ、2年連続で「社員満足度が日本一高い会社」という評価を頂きました。それを目指したわけではないですが、これをきっかけに世間から注目していただけたのは幸運でした。

従業員の能力を最大化することが、満足度につながる

──しかし、社員に優しい組織をつくることで、社員の満足度は上がるのでしょうか?

いいえ、社員第一主義は、単に社員を甘やかせばよいということではありません。働く目的は人それぞれなので、何をもって社員が喜ぶかという基準もひとつではありません。

ただ、それに対する私の答えは明快で、「社員のやりたいことをさせればいい」と考えています。まさに「餅は餅屋」で、本人が持っているものを伸ばすこと、個人の特性を取りまとめて、最適化することが会社の役割だと思っています。

採用面接では「君の餅屋は何?」という質問をよく投げかけます。なかにはまだ自分の「餅屋=得意なこと・やりたいこと」がわかっていない人もいますが、ヒアリングをして一緒に考えることもある。それぞれの将来につながるビジョンを引き出し、弊社で働くことと目標がリンクすれば、本人にとっても会社にとってもベストです。

職種にとらわれる必要もないし、やりたいことが変わってもいい。最近では、弊社のエンジニアが台湾でのマーケティングを統括するカントリーマネジャーに転身した例があります。エンジニアとして伸び悩んでいた社員が、プライベートな出来事をきっかけに「台湾マーケットをやりたい」と私のところまで直談判に来たんです。

マーケティングの経験はゼロでしたが、直訴する本人の顔つきが、いつもとまったく違っていた。その迫力に賭けてみたところ、たった3カ月で複数の大口契約を獲得して、経営陣が驚くような結果を出してきました。スキルや経験にこだわらず、本人が本気になれる働き方を後押しすることがパフォーマンスの最大化につながり、それが満足度を高めるというのがわれわれの方針です。

2011年、「メールの時代は終わりました」という挑戦的なコピーと共にリリースされたChatWork。現在は国内外の中小企業をはじめ大企業、教育機関、官公庁に採用され、各組織の生産性向上やコミュニケーション活性化に貢献している。

2011年、「メールの時代は終わりました」という挑戦的なコピーと共にリリースされたChatWork。現在は国内外の中小企業をはじめ大企業、教育機関、官公庁に採用され、各組織の生産性向上やコミュニケーション活性化に貢献している。

シリコンバレーマインドのインストールで社員との信頼関係を築く

──実際に働いている人は、どんな基準で採用していますか?

採用基準で重視しているのは、優秀なプレーヤーであると同時に、カルチャーフィットする人材であること。どんなに優れていてもカルチャーに合わない人は採用しません。プロダクトに対する思いや、弊社の理念に共感してくれているかを重視します。

また、社内ツールは基本的にすべてチャットですが、コミュニケーションという観点では、アナログをかなり大事にしています。チャットベースでやり取りするからこそ、前提としてアナログでの信頼関係を構築しておくことが重要なんです。

私がシリコンバレーを拠点としている都合上、全社員を対象として合宿研修も行っています。「シリコンバレーマインドのインストール」と呼んでいますが、4〜5人を1グループとして、順番に1週間、シリコンバレーに滞在し、私と行動を共にしてもらいます。営業先に同行したり、ときには自宅に招いて食事をしたり……。

東京で1カ月一緒に働くより、ずっとお互いの距離が近くなるんです。帰国後は、シリコンバレーの動きにも関心が高まるので、物理的には太平洋を隔てていても、同じ目標を見ることができるようになります。

目指すべき道は、社員全員が共有。世界の働き方を変える

──複数拠点で、物理的には海を隔てている環境でも、全社員が同じ目標を目指せるんですね。

ChatWorkをますますグローバルに広げることで、世界中の働き方を変えていくことが、全社員共通の目標です。

ここ数年でLINEが当たり前の存在になったように、世界的にもビジネスでメールの代わりにチャットを使うニーズが高まってきています。ChatWorkの業績は創業以来右肩上がりに伸びていますが、このタイミングで短期的なブレイクが必要だと感じています。そのためにも、今は積極的に優秀な人材を採用しています。

さらに、私個人の思いとしては、日本のITテクノロジーが世界で戦えることを証明したい。私たちが道を切り開くことで、あとに続く人がどんどん出てきてほしい。だからこそ、今までの経験で得たノウハウは、すべてオープンに共有できるようにしています。うちの会社だけが成功するのではなく、みんながチャレンジして成功できるといい。

私は「社員第一主義」という経営理念を決めたとき、自分の経営者としての理念も決めました。それが「身近な人を幸せにするために、自ら積極的に行動する」というものです。身近な人とは、まず自分がいて、次に家族、友だち、社員、お客さま、地域、日本、そして世界というふうに、同心円的に広がっていくイメージです。私が成長すればするほど、その輪が広がっていくはずです。

近い将来、日本のChatWorkは世界中からすごいIT企業だといわれるようになり、弊社から独立した人材が次々とすばらしいスタートアップを生み出していく未来を実現していきたい。その志に共感してくれる人に、ぜひ集まってほしいと思っています。

(聞き手:呉 琢磨、構成:工藤千秋、撮影:オカムラダイスケ)