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N高は、教育に何をもたらすのか

【川上量生】世の中を変えるためには、100の奇跡が必要だ

2015/12/11
 2016年4月を目指して、インターネットを利用した通信制高校「N高等学校」を開校すると発表して、大きな注目を集めたカドカワ。

そうしたなかで12月10日、N高の在学生向けに2つのダブルスクールを用意することが明らかになった。

一つは、東大進学希望者のみを対象とした全寮制個別指導塾「N塾」。塾長は、「坪田塾」の運営者として、また『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』で知られる坪田信貴氏だ。

そして、もう一つがIT人材を養成する専門スクール「バンタン プログラマーズ・ハイレベル・ハイスクール」。現役プログラマの講師が直接指導をすることで、初心者を1年間で即戦力のプログラマに養成する。

N高の設立を発表した当初から「東大生を出す」と明言し、またかねてからプログラミングの重要性を説いてきた、カドカワ代表の川上量生。

今回、川上にダブルスクールを開設した意図とともに、N高をどのように導こうとしているのか、さらに事業を成功させるためには何が必要だと考えているのか、その独自の哲学を聞いた。

東大を目指してはいけないのか

──初めに、N高校生向けに東大進学希望者のみの全寮制個別指導塾「N塾」を設立することになった経緯について聞かせてください。

川上:まず、N高は普通科の高校に行けない人のための高校ではなく、これからのネット時代のすべての高校生にとっての有力な選択肢の一つなんだということを世の中に示す必要があると考えています。そのためには、通信制高校は高校卒業資格を取るだけの高校だという、今までの固定観念を打ち破る必要があります。

要するに、N高に入学すれば、就職も大学進学もできるんだということです。でも、それを「目指します」と口で言っても、納得しない人も多い。

たとえば、NewsPicksやネット上でも、「じゃあ、N高を褒める人は自分の子どもをN高に行かせられるのか」と批判的なコメントをする人もいました。僕は、せっかくの挑戦に水を差すようなコメントにはすごく腹が立つわけです。

ただ、そういう意見が出てくるのは当然ですし、しょうがないとも思っています。子どもがいくらN高に行きたがっても、親が反対するという状況は全国各地で起こっているでしょう。

それを打破する方法を考えたとき、やっぱり東大生を出すことが一番効果的でわかりやすいと考えました。それは、本質的なことではないかもしれないけれど、シンプルかつ一番、親が納得できる現実だと思います。

──その中で、『ビリギャル』で知られる坪田信貴さんと一緒に取り組むと決めたきっかけについて教えてください。

坪田先生の考え方と、N高のコンセプトが合っていたからです。N高は、今の学校教育制度の中から外れている人たちにも、可能性があることを示すのが、一つの大きな目的です。

坪田先生は、まさに今の学校の中で落ちこぼれてしまった人の才能を引き出した人。僕たちN高のプロジェクトにおいて大学進学においても結果を出そうと考えたとき、坪田先生以上のパートナーはいませんでしたね。

──坪田さんとは、N高等学校やN塾の方針について直接お話されたのですか。

はい。最初から意気投合しましたし、お互いの問題意識も一致しました。坪田先生からも、「N高のコンセプトは非常に素晴らしいけれども、親を説得するのに時間がかかる。だからN塾で東大生の合格者を出すことがポイントになる」という話が出ました。

──全寮制という仕組みに関しては、川上さんからの提案だったのでしょうか。

そうです。学生に勉強してもらうためには、環境が重要ですから。僕が、「東大生を出すために、寮をつくります」と言ったら、坪田先生に、すごく喜んでいただけました。「そこまで本気でやるということなら、私も自信があります」と。

──募集要項には、30人限定となっていますね。

これは単純に、坪田先生に「何人までだったら指導できますか」と聞いて返ってきた数字です(笑)。そこで、「30人で行きましょう」となりました。

川上量生(かわかみ・のぶお) カドカワ 代表 1968年生まれ。京都大学工学部を卒業後、コンピュータ・ソフトウェア専門商社を経て、97年にドワンゴを設立。携帯ゲームや着メロのサービスを次々とヒットさせたほか、2006年に子会社のニワンゴで『ニコニコ動画』をスタートさせる。11年よりスタジオジブリに見習いとして入社し、鈴木敏夫氏のもとで修行したことも話題となった。

川上量生(かわかみ・のぶお)
カドカワ代表
1968年生まれ。京都大学工学部を卒業後、コンピュータ・ソフトウェア専門商社を経て、1997年にドワンゴを設立。携帯ゲームや着メロのサービスを次々とヒットさせたほか、2006年に子会社のニワンゴで『ニコニコ動画』をスタートさせる。2011年よりスタジオジブリに見習いとして入社し、鈴木敏夫氏のもとで修行したことも話題となった

──今回、対象年齢について15歳から85歳までと、非常に幅を持たせています。

それはまさに、「N高の精神は何だろう」ということにつながります。つまり、既存の教育制度からはみ出した人を対象にすることが重要なわけです。世の中には年齢を問わず「もう一回挑戦したい」という人がたくさんいます。

実際、N高の願書第1号が実はドワンゴの高卒資格を持っていないエンジニアだったんですよ(笑)。仕込みでも何でもなくて。ほかにも、N高に協力していただいた人はもちろん、様々な方がいました。だったら、N塾も同じでしょうと考えたわけです。

──ネット上の反応では、川上さんが「初めから東大の合格者を出す」と発言したことに対して「結局、東大か」というネガティブな声もありました。そこに関してはいかがですか。

それはね、僕はやっぱり差別的な気持ちがあるんだと思います。一度社会からドロップアウトした人たちに対して、「通常の社会のルートとは違うところで、彼らは彼らなりに頑張ればいいんだ」ということですよね。なぜ、東大を目指してはいけないのでしょうか?

僕は別にN高の生徒に東大だけを目指してほしいなんて思っていません。何を目指したっていいと考えています。その中で、何で東大は目指しちゃいけないのか、という話ですよ。

そこには、通信制高校に対する偏見や、一度レールを外れた人が主流派になって戻ってくることに対する抵抗感があるんだと思います。僕はその偏見をなくしたい。

それに、僕が考えているのは「逆転」です。東大にしろ、就職にしろ、むしろネットの高校のほうがうまくいく仕組みをつくろうとしているんです。

今後、対面式の教育からネットによる教育に大きく比重が移っていくことが、大前提としてあります。僕は、将来的にはネットの高校が普通の高校よりも上になると考えています。
 記事③

相対的優位性が重要

──それでは続いて、就職につながる「バンタン プログラマーズ・ハイレベル・ハイスクール」をつくった経緯について伺えればと思います。

ドワンゴのエンジニアには、中卒や高校を中退した社員も結構います。特に初期は、そういう人たちによって成り立っていて、彼らが世の中を変えるようなサービスをつくってきた自負があります。

そう考えると、アカデミックな分野を除けば、プログラマの腕に学歴はあまり関係ない。ただ、僕らはそのことを知っているけれど、世の中の人は、意外とそのことをわかっていない。

だから、N高の子たちがプログラミングを覚えれば、ただちに一流企業のプログラマへの道が開けることを示したい。そこで講師は、17歳でドワンゴの正社員に採用された元ドワンゴの社員が担当します。

彼は17歳のときにネットカフェで「お腹がすいた」と掲示板に書き込んだところ、それを見つけたうちの社員がご飯を食べさせて、そのままドワンゴのバイトになった人間です(笑)。その後、たった3カ月で正社員になって活躍しました。僕から見ても非常に優秀でした。今は別の会社でCTOをやっています。

──たとえば、彼と同じようなキャリアを歩むことができるということですね。プログラマは、今需要が非常に高い。

そうです。優秀なプログラマはどこの会社も足りていませんよね。

このコースの特徴は、現役エンジニアが今まさにIT企業で使われている環境で教えること。だから、1年間で即戦力になれます。

たとえば、僕らが今回提案しているのは、高校1年生のときにスクールに通う。それが終わったら、IT企業にそのままインターンで入って、バイトや正社員として働きながらN高生も続けるというモデルです。N高なら十分可能です。

──1年間を通して1日中勉強する、ハードなカリキュラムになっていますね。

はい。課題などもしっかり出すので、N塾と同じで30人限定になっています。これをクリアすれば、有名なIT企業であっても、高校2年生で正社員になれるでしょう。極端な話、高校を卒業しなくてもいい。もちろん、卒業はしてほしいですけれど(笑)。

──川上さんはカドカワに入社した新卒の編集者にもプログラミング研修をすると発表し、大きな話題を呼びました。その意味で、高校生という早い段階でプログラミングを覚えると、非常に大きな武器になるわけですね。

やっぱり人間にとって一番重要なことは、「相対的優位なポジションをどうやって獲得するか」なんですよ。

たとえ話で言うと、僕は小学生の頃、ピピとミミっていうウサギを2匹飼っていました。ミミのほうが少しだけ早く生まれて、体が大きかった。そうすると、いつまでたっても、ミミの体が大きい。なぜかっていうと、餌の奪い合いに勝つから(笑)。

──なるほど(笑)。

ミミが食べたあとにしか、ピピは食べることができない。そうすると、いくら成長しても、なかなかミミを追い抜かすことが難しい。要するに、初期状態の差は拡大するんです。

これは人間も同じです。編集者についても、別に「うちのエンジニアになれ」と言っているわけではなくて、「編集者の中でプログラミングが分かる人間になれ」と言っているわけですね。それは、ネット時代においては相対的優位になる。

今の社会は、もうコンピュータやインターネットが関係しない分野は、ほぼ存在しない。その世界においてコンピュータを最初に活用できる人間は、自分の属している集団で、相対的優位性を獲得できる。

実際そうでしょう。社内で少しわかっているだろうと思われたら、みんな「お前やれ」になりますから。

──仕事が回ってくると。

そう。そうしたら、その差はどんどん広がる。高校生の段階でプログラミングができることは、この社会で大きなインパクトがあるんです。

それに、今プログラマは社会的に足りていないから、すごくアドバンテージがある。もっと言うと過大評価されていますよ(笑)。

プログラマは、相対的に言えばぬるい職種だと思うので、この世界で努力したほうが、ほかの業界よりも人生で得られるリターンは大きい。しかも、この状況は少なくとも10年は変わらない。だから、今こそやるべきですよね。
 記事内②

──今後は、東大進学やプログラミングのダブルスクール以外にも、教育の場を提供していくのでしょうか。

そうですね。いろいろと考えているところです。

皆さんの中には、N高のビジョンは素晴らしいけれど、今までの通信制高校と何が違うのか、何が画期的なのかについては、疑問を持った方もいたと思います。

僕は、それに対して「新しい双方向性の教育システムをつくるんだ」と言っていますが、それはまだ世の中に出ていません。

そこで、ネット教育だけでは不安な人のために、まずは今回のようなダブルスクールの仕組みを用意したわけです。

この説明で、「これは成功するな」「行きたいな」と思う人もそうでない人もいるでしょうが、まずは段階を踏んで理解してくれる人が増えればいいと思っています。

世の中を変えるために必要な奇跡

──新しい取り組みをする中で、興味を持った人が来る。来た人は成果を出し、それを見てまた新しい人が来る。それにより、世の中の流れが変わると考えているんですね。

そうです。僕は、N高で今の世の中を変えようとしていますから。

僕は、「事業が成功するために、いくつの奇跡が必要か」ということを、時々社内で話すことがあります。

たとえば、着メロが成功した理由、ニコ動が成功した理由、ドワンゴが成功した理由を考えると、「これがなかったら失敗していた」というポイントがあります。その数は、10や20じゃない。すごい数の奇跡が必要だったんです。

ドラマや小説では、1個の奇跡で世の中が変わったり、会社が成功したりしますけど、現実においては、100個ぐらいの奇跡がないと、本当のブレークスルーは起こせない。

だから、N高も100個の奇跡を起こすんですよ。

──非常に興味深いお話だと思います。川上さんご自身は奇跡を起こすために何をされるんですか。また、何が必要なのでしょうか。

自分だけじゃ起こせない奇跡もあります。運も必要ですよね。

やっぱり一つ思うのは、ドワンゴが成功した理由って、僕らの企画が良いものだったこともあるんですけど、それだけじゃ無理で、運の要素がすごく大きいんです。ただ、そう考えると運があまりにも良すぎる。こんなに運が良いのは、偶然だけで考えると、ちょっと想像できない。そこで、なんでこれほどの運に恵まれたのかと考えました。

それをわかりやすい言葉で言うと、僕の人徳かなと思っているんですよね(笑)。

別の言い方をすると、僕らは儲けようというよりは、正しいことをしようとしてきた。まだ世の中にはないけれど、あったらいいものをつくろうと心がけてきた。僕らは食わなきゃいけないので、慈善事業をしているわけではない。食うために、でも競争が嫌だから、人がやってないことをしてきたんです。

その中でも、世の中の必要性に応えることをしていた。僕も、別に徳を積もうという気持ちは全然ありませんでした。ただ、結果的には、世の中の人にすごく応援されることをやっていたんです。この応援が、僕らの運をつくってきたんだなというのは、今振り返ってみて強く思います。やっぱり、おかしすぎますよ。運が良すぎて(笑)。

経済合理性がないけど正しいことをやる人が、今の世の中に不足しています。だからこそ、それを営利企業がやると、いろんな幸運を連れてくるんだと思います。

僕らの努力と幸運が合わさったときに、今まで世の中になかったことができる。それを、僕は信じていますよね。

みんなが驚く冗談を仕掛けたい

──川上さんご自身としては、何かいいことをしようではなくて、やりたいことをやっていたことが、結果につながっているイメージなのでしょうか。

いや、僕がやりたいことは寝ることなので(笑)、働く気はまったくないわけですよ。だから、僕の中で一番重要なテーマって、常にモチベーション管理なんです。

僕は、これ以上おカネを稼ぎたいなんてまったく思っていません。ビジネスをうまくやろう、おカネを儲けようということだと、モチベーションがまったく上がらない。むしろマイナスになる。それよりは、喜ぶ人がいることをやるほうが、多少なりともモチベーションが湧きます。

その中で、僕が最終的なモチベーションにしているのは、ネタをやることなんです。「世の中のみんなが驚く冗談をやること」が僕のモチベーション。

でも、それが単なる冗談じゃなくて、実は世の中を良くすることにつながっている。それこそが、僕が仕事にモチベーションを持ち続ける方程式なんです。そうじゃないと、僕はやる気にならない。N塾もプログラマーズ・ハイレベル・ハイスクールもそうです。気がつくとそういう遊びが入っています。

N塾の場合だと、試験日はバレンタインデー。「もちろん、お前ら暇だよな」みたいなネタを入れないと、僕はモチベーションが維持できないわけです(笑)。

プログラマーズ・ハイレベル・ハイスクールも、僕が一番力を入れたのは、この名前です。これは、要するに「ハイハイスクール」って言わせたかった。キャッチフレーズとして「ハイハイから即戦力」っていうと、なかなか語呂がいいし、簡単そうでしょ。ハイレベルなプログラミングだから、高校生としては敷居が高そうに見えるけれど、これならごまかせる(笑)。

こういう冗談を仕込むと、企画自体に僕のやる気が湧く。何とか世の中に出したいという、モチベーションになるんですよね。もちろん、それが結果的にビジネスにもつながっています。

──今後もそうした川上さんの思いが込められた企画が生まれていくんですね。

そうですね。N高に関しては、2の矢、3の矢、4の矢、5の矢、まだまだあります。僕は「全弾撃ち尽くせ」みたいな感じのマーケティングが好きなので、ぜひこれからも期待してください(笑)。

(写真:風間仁一郎)