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ホークスの経営戦略【10回】

孫正義が野球教室に込めた願い。ホークスが九州で大人気の背景

2015/12/9

プロ野球選手も、初めはみんな野球少年だった。

大分県出身の内川聖一は言う。

「僕は地方の試合だといつも以上に燃えます。僕自身が子どもの頃、年に1回だけやってくるプロ野球を楽しみにしていました。今の僕には、目の前の1試合は、百数十分の一にすぎないのかもしれない」

「だけど、この場でしかプロ野球を観られない人もいると思う。だからこそ何とかいいプレーを見せたいし、球場に来てくれた子どもたちが『将来はプロ野球選手になりたい』と夢を持ってくれたら本当にうれしいんです」

九州8会場で野球教室実施

シーズンオフになれば、トークショーや野球教室がその舞台となる。

ソフトバンクホークスは毎オフ、球団主催で、ふれあい野球教室「ベースボールキッズ in 九州」を実施している。

今年は11月29日に九州各県の計8会場(福岡県は2会場)で行われ、小学1~6年生までの総計2000名の子どもたちが参加した。

講師はホークスの現役選手たちだ。

内川は鹿児島へ行き、「トリプルスリー」柳田悠岐は宮崎まで出向いた。さらに侍ジャパンでも元気印だった「マッチ」こと松田宣浩は佐賀へ、若きエースの武田翔太は球団お膝元の福岡市でといった具合に各会場5人ずつ、計40人の選手たちが指導に当たった。

野球経験ないが、ホークスが好き

野球の基本を教え込むというよりは、子どもたちと楽しくふれあうことが主目的。打撃、守備、ピッチング、走塁のほかに「遊びゾーン」も設けられており、今年はドッヂビー(ボールの代わりにフリスビーを使用したドッジボール)で選手たちが子どもたちと交じって大いにはしゃぐ姿があった。

筆者は熊本会場を取材したが、少年野球のユニフォームでばっちり決めた“野球小僧”の姿もあれば、私服で参加する女の子もいた。友達同士で来たという女児2人組に聞くと、やはり野球経験はないという。それでもホークスが好きだから参加したとのこと。

開催要項にも野球経験は不問と書いてある。野球教室のほかに記念撮影やプレゼント抽選会、さらに現役選手によるデモンストレーション(熊本会場では本多雄一らがロングティーを行ってサク越えを披露)で、子どもたちを大いに沸かせていた。

ドッジビーで楽しむ武田翔太投手と子どもたち

武田翔太投手と子どもたちがドッヂビーで楽しみながら交流

選手会の発案で開始

「ベースボールキッズ in 九州」は2007年から毎オフ行われ、今年で9度目だ。

球団関係者は「事の始まりは選手会から声が上がったこと」と記憶をたどる。

当時選手会長だった斉藤和巳(沢村賞を2度獲得した元エース)が球団に相談を持ちかけた。球団は全面バックアップ。資金面に関しては、球団営業サイドが奔走して協賛企業を募った。

ホークスは親会社がソフトバンクとなって以降、野球振興や野球を通じた子どもたちの健全育成に力を注いでいる。ホークス初年度の2005年8月には「NPO法人ホークスジュニアアカデミー(HJA)」を設立し、ホークス選手OBが中心となって講師を務め、幼稚園児から中学生までの年齢別カテゴリでの幅広い野球教室を年間を通じて実施している。

記念撮影する選手と子どもたち

選手と子どもたちで記念撮影

孫正義の熱い願い

このHJAの設立は、孫正義球団オーナーの熱い願いでもあった。HJAのホームページ内にこのような言葉を寄せている。

私は北九州の八幡の小学校で毎日野球に明け暮れるという少年時代をすごしておりました。鉄下駄を履いて走り回ったり、古タイヤを柱にくくり付けて、バットで一生懸命に打ち込んだりと、鍛錬は苦しくても楽しい思い出で一杯でした。

そしてそんな自分達を引っ張っていてくれたのは野球の上手な先輩でした。『自分も上手く打ちたい』『もっと上手く守れるようになりたい』と必死に食らい付いていったものです。今の私の野球好きは、この時に形成されたのでしょう。

2005年1月、ソフトバンクはホークスという球界屈指の球団の経営に参画しました。そこで気づいたことは、王貞治監督(当時)率いるチームも素晴らしいけれど、福岡を中心に九州には現役を引退された名プレーヤーが沢山おられ、様々な分野で活躍をされていることです。このOBの皆さんにお手伝いいただいて、私が過ごした少年時代の思いを、今の子供達に、もっと素晴らしい形で実現してあげたい。そしてもっともっと野球を好きになって欲しい。この想いが今回NPO法人としてジュニアアカデミーを設立させました。

素晴らしい指導者のもと、日本の野球人口の裾野を拡げるための野球振興、普及活動だけではなく、子供達の健全育成の場としての『ホークスジュニアアカデミー』であって欲しいと願っています。(HJAサイトより抜粋)

高谷裕亮捕手と真剣な表情で練習する子どもたち

高谷裕亮捕手の指示に、子どもたちは真剣な表情で聞き入る

視聴率、観客動員ともに好調

そういえば、福岡ではまだ、小学生が野球帽をかぶって登下校する姿はそれほど珍しくない。

今年、ホークスは主催試合の観客動員がパ・リーグで初めて250万人を突破した(2005年の実数発表後以降)。テレビ視聴率の低迷だって福岡ではどこ吹く風。たとえば今年の日本シリーズの視聴率も以下の通りだ。

ホークス表

ホークスが日本一を決め、工藤公康監督が胴上げされた直後は、55.0%の瞬間最高視聴率を記録した。

この九州の野球人気。球団や選手たちの地道な活動が実を結んでいる、一つのカタチがしっかりとできあがっている。

(写真:SoftBank HAWKS)

連載<ソフトバンクホークスのダントツ経営戦略>概要
プロ野球では読売ジャイアンツが長らく「盟主」とされてきたが、現状をよく見ると、実質的にその座を担っているのは福岡ソフトバンクホークスだ。売上高は12球団トップで、選手への年俸総額も球界最高。三軍制を敷く独自メソッドで自前の若手選手を育て上げ、12球団随一の戦力で白星を重ねている。ソフトバンクホークスが強いのは、親会社の資金力だけではない。卓越した経営戦略について、現地在住ライターの田尻耕太郎が隔週水曜日にリポートする。