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不動産活用の革命児たち まちづクリエイティブ第2回

元カップルホテルがクリエイター拠点に。“MAD”なまちづくりの理由

2015/11/26
築40年の借り手がつかない老朽マンション。「迷惑物件」と扱われがちな駅前のカップルホテル跡地。築100年を超える古民家。未活用だったこれらの物件を、斬新なまちづくり「MAD Cityプロジェクト」によりよみがえらせた株式会社まちづクリエイティブ。彼らの取り組みを全3回にわたり紹介しながら、新しいまちづくりのあり方を考える。
第1回:築40年マンションが激変。賃貸価値を高める“MAD”な取り組み

カップルホテルは「ファンタスティック」

JR松戸駅西口から徒歩2分。大通りに面したカップルホテル。それは、一つひとつの窓の形に特徴がある、遠目にも目立つビルだった。

かつて、「このホテルは何?」と子どもに聞かれても、大人たちは苦笑いするか、ごまかすしかなかった。駅前の好立地では「人通りがあり過ぎる」ゆえに、“カップル”には近づきにくい場所だった。いつしか、廃虚になっていた。

そんなこの元ホテルは、静岡を拠点にする浜友観光が購入し、2005年からパチンコ店「楽園」として営業している。

ただし、パチンコ店として使っているのは1~3階部分のみ。地元住民にもあまり知られていないが、実は、4階以上のフロアはアーティストやクリエイターのスタジオ、そして一部は「アーティスト・イン・レジデンス」として生まれ変わっている。

その運営の仕掛け人が、松戸の不動産会社、まちづクリエイティブだ。

アーティスト・イン・レジデンスとは、クリエイターや芸術家たちに一定期間、滞在場所と制作場所を提供し、制作活動を支援するプログラムだ。短期、長期、それぞれ一定の条件のもと、国内外からさまざまなクリエイターたちが入居している。

短期プログラムでは、「一宿一芸」なるプログラムを実施している。アーティストに「何か芸を披露してもらう代わりに、一晩の宿を無料で提供する」という、かつて水戸と江戸を結んだ宿場町としての歴史にちなんだものだ。

2014年度の長期滞在プログラムには、2人の枠に対して世界65カ国から253通の応募があった。日本の「パチンコ」も、アミューズメント性の高い「カップルホテル」も海外にはない。それを組み合わせたこのホテルは、外国人の目からは「ファンタスティック!」なのだという。

カップルホテル当時の装飾を活かして、事務所として使っている人も

カップルホテル当時の装飾を活かして、事務所として使っている人も

各部屋に広い浴場があるのは元カップルホテルならでは

各部屋に広い浴室があるのは元カップルホテルならでは

“MAD”な取り組みに文化庁と松戸市も協賛

この「アーティスト・イン・レジデンス」の取り組みは、まちづクリエイティブだけの単なる“MAD”な取り組みではない。文化庁と松戸市からも支援を得た立派な文化事業のひとつだ。

実施主体は地域の町内会自治会が参画して生まれた地域団体「松戸まちづくり会議」。この団体の設立そのものもまちづクリエイティブが発端となり、設立を支援してきた経緯がある。ビルオーナーである浜友観光も協力を惜しまない体制となっている。

この建物の最大の特徴は、防音対策が非常にしっかりしていることだ。鉄筋を何本も通した分厚いコンクリートは、ちょっとやそっとの音は通さない。だからこそ営業をやめたホテルなどは「解体にも改築にも費用がかかる」と、放置されがちなのだ。

それが、空き家物件を探していた、まちづクリエイティブ代表の寺井元一の目にとどまった。「大きな音を出していい」という条件は、クリエイターたちにとって魅力的だ。

寺井は、ビル所有者である浜友観光と交渉し、ここも原状回復不要を想定して借り上げた。

現在では、アーティスト・イン・レジデンスの入居以外にも、パフォーマンス集団、特殊な加工を行う服飾の工房、音楽家の住居兼スタジオなど、作業中に大きな音が出る入居者に利用されている。世界的に有名なモード系ブランドの服も、この松戸の元カップルホテルで制作されているというから驚きだ。

多くの部屋のドアは開放され、互いに行き来する入居者たちもいる。現在、使用されているのは4階のみだが、人気で満室のため、5階から8階の上層階も活用が検討されている。

作業時に大きな音の出るアパレルの工房も入居(写真提供:まちづクリエイティブ)

作業時に大きな音の出るアパレルの工房も入居(写真提供:まちづクリエイティブ)

アーティストの滞在用のベッドルーム。これ以外にも、音楽スタジオになっている部屋もある(写真:まちづクリエイティブ提供)

アーティストの滞在用のベッドルーム。これ以外にも、居住可能な部屋もある(写真:まちづクリエイティブ提供)

築100年超の古民家も居抜き活用

また別のところでは、築100年を超える古民家を借り上げている。ほんの数年前までは、米屋の店舗として使用されていた旧商家だ。この土地に思い入れのあるオーナーが、開発に踏み切れなかったという。

周辺に大型マンションが立ち並ぶ中、約400坪の広い庭付きの古民家群が、ぽつんと奇跡的に取り残されていた。

現在では、「広い庭が作業スペースにぴったりだ」と、10組以上の建築家やクリエイターたちが集うアトリエとして活用されている。下北沢など都内で活躍する小劇団の大道具制作や、世界を股にかける現代アートの作家たちの制作拠点になっている。

また、この古民家では2カ月に1度、地元住民に向けたクラフトマーケットが入居者の企画で開催されている。入居者だけでなく地元住民も参加し、最近では50~60店舗が集う一大イベントだ。雑貨やアクセサリーのほか、農産物までが売られるなど、徐々にその規模が拡大している。

築100年の米店を改装してクリエーターたちの拠点に

築100年の米店を改装してクリエーターたちの拠点に

露店スペースもあり、劇団の大道具や現代アートの制作にも便利

露天スペースもあり、劇団の大道具や現代アートの制作にも便利

「アーティストと“まち”の関係」創業者・寺井の思い

「老朽マンション」「元カップルホテル」「古民家」など、一風変わった物件に、寺井たちがアーティストを呼び寄せるのは、「まちづくり」のためだという。そこには、NPO法人を起業してアーティストを支援してきた、寺井の経験や当初の理念が引き継がれている。

MAD Cityプロジェクトを推進するかたわら、寺井は現在でも、アーティストやスポーツ選手の支援事業を行っている。

代表的な活動として、自身が運営するNPO法人KOMPOSITIONは、東京都、ナイキと共同で、渋谷区代々木公園で開催される国内最大級のストリートバスケの大会を企画・運営している。

他にも、横浜・桜木町や、渋谷での巨大壁画プロジェクトのディレクターとして、曲者ぞろいのストリートアーティストなどを取りまとめた経験も持つ。

寺井の原点は「スポーツやアートも含めあらゆる分野で、人々の個性や才能が正当に評価され、各自が自身の可能性を最大化できる社会をつくりたい」という思いだ。

過去、寺井たちが街中に壁画を企画しても、依頼主にとっては中途半端な清掃業者としてしか理解できない。かといって、支援したいアーティストから壁画を描く手数料を回収するのも違和感があった。強い無力感があり、またその活動の過程で公共空間のあり方にも問題を感じるようになったという。

「都心では、公共空間に対する規制が徐々に肥大している。多様な人々が集まりそれぞれに交流が無い以上、あらゆる場面でクレームが公共機関に寄せられ、対応すれば規制が増える。公共空間、そしてまち全体が、誰もが使える場所から、誰もが使えない場所に変容していく。新たな文化の創造やイノベーションが阻害される悪循環の現場を何度も目にしてきました」

寺井は息苦しさと我慢を抱えてきた。

「それぞれの可能性が最大化される場所を作りたい」
「社会的な活動と、持続的に儲けられる仕組みを両立する事業が必要」

「MAD Cityプロジェクト」の原点は、ここにあった。

まちづクリエイティブの寺井元一氏(左)と小田雄太氏(右)。元カップルホテルの改装前の1室にて。

まちづクリエイティブの寺井元一氏(左)と小田雄太氏(右)。元カップルホテルの改装前の1室にて。

人口流入のカギはクリエイターにあり

寺井は、まず「まちづくり」とは何かを徹底的に考えた。

全国各地で取り組みが進む「まちづくり」は、人口減少対策や、産業隆興、高齢化対策、保育支援、美観維持、移住定住促進、シティープロモーションなど、地域により課題はバラバラだ。

それでも、解決策を大きく分ければ主に2通り。「地域コミュニティー」もしくは「市場サービス」の活用である。住宅街のゴミ集積所の清掃などは、いまでも地域コミュニティーに頼るところは多い。介護・育児など、市場サービスなしには、もはやほとんどの地域で成り立たないだろう。

しかし、人口が減少し少子高齢化すれば、地域コミュニティーは弱体化し、市場サービスは損益分岐点を下回る。そこを補てんするために公的資金が投入されているケースもあるが、人口が減り続ける市区町村では、そう長くは続かない。

「どういう人材を誘致できるかが、まちづくりの要になる。日本人の仕事の質が変化している。人件費を低く抑えられる人材がたくさんいれば成り立つ産業が、かつての日本にはたくさんあった。現在は、頭数としての『人』がいればいい時代ではない」

そして、アーティストやクリエイターたちが、その要の出発点になると寺井の考えは行き着いた。

それについて、同社取締役でクリエイティブディレクターの小田雄太も思うところがあった。小田は、2013年からMAD Cityプロジェクトに参画したデザイナーだ。

「『価値転換』を起こす力を持つのが、アーティストです。たとえば、『20世紀の美術にもっとも影響を与えた一人』と言われるフランスの芸術家マルセル・デュシャン。彼は、ひっくり返しただけの便器にサインをした作品『泉』で世界を驚かせた。『芸術とは何か』を根本から変えた作品です。最初に便器をひっくり返す人間になるのは難しくても、誰かのまねをして便器をひっくり返すのは難しいことではない。アーティストの存在は周りの人々の価値観や行動にも影響を及ぼす」と小田は話す。

それゆえ、MAD Cityが掲げるビジョンのひとつは、「刺激的でいかした隣人を持とう」なのだという。各拠点で、住民たちの交流の場を設け、新しい化学反応が起こることを期待している。

「われわれに資金があれば、『ビルバオ』のような街を超えるモデルを作れるかもしれない」と小田は言う。

「ビルバオ」とは、世界中に「建築まちおこしブーム」を生み出した、スペイン北部の地方都市だ。かつては鉄鋼生産で栄えた工業都市ビルバオに、複雑怪奇な曲面からなる巨大建造物ができた。ニューヨークに本拠を置くグッゲンハイム美術館の分館だ。その壮大な建築物を一目見ようと、ビルバオは年間100万人が訪れる一大観光都市へと生まれ変わった。設計したのは、建築界の巨匠フランク・ゲーリーだ。

「ビルバオほど大きな建築に頼らなくても、同様にアートが起点となるまちづくりはできる。その知見はビルバオを超えた普遍性や可能性を秘めるかもしれない。そのためにも、少しとがったクリエイターたちを松戸に集めたい」と小田は話す。(文中敬称略)

(取材・構成:玉寄 麻衣、編集:久川桃子、撮影:福田俊介)

*本連載は毎週木曜日に掲載予定です。