エディー・ジョーンズ氏インタビュー
エディーが語るマネジメント哲学。ビジネスもラグビーも同じだ
2015/11/21
2015年ラグビーW杯、世界ランキング上位の南アフリカへの劇的な勝利に始まり、3勝1敗という好成績を収めたラグビー日本代表。わずか3年で世界の強豪国と互角に戦えるチームをつくりあげたエディー・ジョーンズ氏のチームマネジメント哲学とは何か。インタビューでエディー流マネジメントに迫る(※本インタビューは2015年7月7日に行われたものです)
縁あって始まった日本での仕事
──まずは日本代表ヘッドコーチ(HC)に就任されるまでの経緯を教えてください。
ジョーンズ:私は33歳で現役を引退し、コーチに転じました。1996年に日本の大学でコーチングをした経験もあります。
その後は、オーストラリアのトップクラブチームをはじめ、母国オーストラリアや南アフリカの代表チームにも携わりました。
イングランドのクラブチームでコーチングを行っていたときに、それまでも関係が続いていた日本の某社会人チームのスタッフから、調子が良くないので見てほしいと声をかけられました。その会社の役員がわざわざイングランドまで会いに来てくれたこともあって、引き受けることにしました。
実はイングランドには家も建て、定住する準備も進めていたのですが、私の奥さん(日本人)は天候があまり好きではなかったので、タイミングとしては完璧でした。その後、日本で数年コーチングを行い、日本代表からオファーを受けることになりました。
日本一で満足していた日本人選手
──HC就任当時の、日本代表チームの印象を教えてください。
非常に選手たちが弱いと感じました。フィジカル面もメンタル面も弱く、向上心もそれほどない。日本の中でそこそこの選手になることで満足していると感じました。そして、「世界の中で日本のラグビーは弱くても仕方ない」と受け入れているような雰囲気さえ感じました。
実際に世界レベルで日本はあまり結果を残せておらず、世界に向けたマインドセットがまったくありませんでした。
まず変えなければいけなかったことは、マインドセットです。考え方を変えることでした。
選手自身が、日本の中だけで満足するのではなく「世界で戦えるような選手になりたい」という強い気持ちを持つ。そのためには、チームの環境も変えなければいけませんでしたし、完全なプロ意識を持つチームをつくりあげ、それぞれ世界で戦える選手として成功を収めるためには、われわれがどこに向かっているかという明確なビジョンを掲げる必要がありました。
ラグビーは非常にフィジカルなスポーツで、体格差が勝敗を決める大きな要素の一つになります。日本人のように体格で劣っていれば、ほかの手法で立ち向かうしかありません。
日本代表が成功を収めるために必要だったことは、フィットネスを高めること、素早いチームになること、スキルが高いチームになること、そして戦術的に賢く戦えるチームになることでした。
ですので、私は過去3年間、この4つの能力を高めることにフォーカスを当ててチーム強化に取り組んできました。トレーニングの方法も変えて、今までの日本のラグビーの伝統をひっくり返すぐらいの気持ちでやってきたのです。
いつもたとえ話をするのですが、もし、今のトヨタが1970年代に製造していたカローラを販売しても、誰も買いませんよね。載っている技術は古いままですから、音もうるさいし、燃費も悪い。
ビジネスもラグビーも同じです。常に変化し、常に向上しなければいけません。伝統や価値観は継続しながらも、機能、やり方、考え方は変えなければいけません。これまで日本のラグビーはそれをしてこなかった。私はそこを変えたいという想いがありました。
世界レベルを意識したスタッフ
──具体的に変えたことを教えてください。
まずはビジョンを掲げました。世界ランキングでトップ10入りできるチームになろうと。これは2014年に達成しました。そして、自分が日本代表であることを誇りに思えるチームをつくろうと。
ビジョンに向かう明確な目標を掲げ、そこに進むためにメンタル面も充実させなければいけませんでしたし、それを達成するために、日本人の体格に見合ったスタイルを編み出す必要がありました。
そして、それを成し遂げるために世界中からベストスタッフを集めました。スクラムコーチはフランス人、ラインアウトコーチはイングランド人です。ディフェンスコーチはウェールズ人といったように、世界中のベストな知識をチームのために集結させたのです。
海外からスタッフを集めなければいけなかった理由は、日本人ラグビースタッフの多くが、やはり日本で一番になれればいいという意識だったからです。
もし、仮にトヨタが日本だけでクルマを販売するという目標しかなければ、現在のようにグローバル企業として成功していないと思います。ラグビーでも同じです。自分がどうなりたいかという想いや願いを世界に向けなければいけない。
そして、私が常に心がけていることは、自分が就任したときから何をどこまで引き上げるか、ということです。現状と理想の差を分析し、ギャップを見る。
すべてに取り組むことは不可能ですので、対戦相手よりも劣っている部分を分析し、変化をつけることができる部分に優先順位をつけて強化を行ってきました。
選手と向き合い、逃げない
──明確なビジョンを示されても、HCへの信頼がなければ選手はついてこないと思います。選手から信頼を得るために重要なポイントは何ですか。
まずは豊富な知識を持っていることが、信頼を勝ち得るうえで重要なことだと考えています。そして、信頼を勝ち得ることに対して自ら積極性を持つことです。
やるといったことはやる。選手と向き合い、そこから逃げないことです。そして何か衝突や摩擦があればすぐに対応する。決して問題を後回しにしません。
英語でこんな言い回しがあります。「明日素晴らしいことをやるよりも今日いいことをやろう」と。
“Better to do good plan today than doing excellent plan tomorrow”
選手のマインドセットを変える
──マインドセットを変えることは非常に時間がかかることだと思います。チームが変わったと実感した瞬間はありましたか。
2013年のウェールズ戦です。相手は世界ランキングの上位チームで、ベストメンバーではありませんでしたが、2回のテストマッチを行いました。
初戦では、終盤に犯したミスによって、勝てるはずの試合に負けてしまいました。しかし試合後、チームの中には、その負けを次に生かそうとする選手たちの姿がありました。私はその様子に非常に感心しました。
そして第2戦では、選手たちは序盤から果敢に状況判断し、思い切ってプレーしました。その結果、楽に勝利することができました。そのときに、チームの中で一番大きな変化がみられたと思います。結果を残すことは自信にもなりますし、非常に大事なことなのです。
選手のマインドセットを変えるときには、マネジメント側が常にやらなければいけないことがあると思います。
それは、(1)メッセージは一貫性を持つこと、(2)それを何度も繰り返し伝えることです。
選手たちの行動や反応を見て、こちらがどういうふうにしてほしいかというメッセージを一貫して伝え続ける。私はしかるべき行動をとっていない選手がいれば、単刀直入にその行動や振る舞いが良くないことを伝えますし、それに対する警告を与えます。
そういったメッセージを、言葉と行動によって常に発信していかなければいけません。
──個々の選手を育成するにあたって基本的な考え方を教えてください。
人はそれぞれ違うDNAを持ち合わせています。私は選手たちをフェアに扱わなければいけません。しかし平等ではありません。それが基本です。
そして、一人ひとりがどういう人なのかを知る必要があります。それぞれがどういうふうに学ぶのか、モチベーションはどこにあるのか。そこを知り、理解したうえで会話をする。大事なことは、観察をすることとコミュニケーションを取ることです。
具体的な事例を一つ紹介しますが、私がオーストラリアでコーチングをしていたときに、開始20分は非常に良い動きをする選手がいました。しかし、彼の集中力は毎回20分以上続きません。彼は、毎日笑顔でグラウンドに来ましたが、本当の笑顔には見えませんでした。
私は、彼に一度お茶でも飲みながら話をしようと誘いました。話を聞くと、彼の家庭内には問題があることがわかりました。
彼は泣いて父親のことを話しだしました。彼の父親はギャンブルが好きで、彼の収入はすべてギャンブルに使われていました。彼にとってはそれがとても大きなストレスになっていて、エネルギーを消耗し、練習にも影響が出ていたのです。
その問題が解決すると、彼のプレーに改善がみられるようになりました。
そういったことをどのようにして見極めるかというと、選手をしっかりと観察し、変化点を見ることに尽きると思います。髪型の変化も見ますし、服装や朝の練習に来るときの歩き方も見ます。
人はみんなルーティンを好むものです。毎朝、誰が一番にオフィスに来るかも大体決まっていると思います。最後に来る人も決まっていると思います。そのルーティンが変わってくると絶対に何かが起きているので、そういった変化に気づき、嗅ぎ付けることが、マネージャーとしては大事なことだと思います。
意思統一で大きな力を発揮
──個々の選手を育てる一方で、チーム全体の総合力を高めるために行っている取り組みはありますか。
まずは組織内のシンプルなルールをつくります。常に動きのある組織の中では、共有するルールが必要です。
たとえば、鳥が群れを成して飛んでいることがありますよね。鳥の脳は非常に小さいですが、ルールに沿っているから美しいかたちをつくり保てるわけです。そのためには、やはり重んじる価値観がなければいけません。
今、チームのミーティングルームの中にはポスター(画像参照)が掲示されていますが、毎回試合をするときには、ここに記されている3つを心がけさせています。何をすべきか、どこに向かうべきかが明確で意思統一されているので、選手たちは大きな力を発揮できるのです。
ですから、こちらから発信するメッセージを常に明確にし、何が許されて何が許されないかというところを明らかにすることが大切なのです。
また、ある一定レベルのマネジメントについては、選手たちに任せているところもあります。選手の中にシニアグループというベテラン中心の組織をつくりました。
彼らは、いつどういう服装をするのか、食事を取る場所、トレーニングのタイミングについても、何か意見があればわれわれと話し合うことができます。けれども、核となる価値観については交渉できません。それが大事なことだと思っています。
マネジメントに必要なマインド
──そのほかにマネジメントする側として気をつけていることがあれば教えてください。
日本のコーチングを見ていると、もう少し忍耐力が必要だと感じることがあります。人が育つのにはそれなりの時間がかかりますので、時間を与えることも時には必要です。
日本のラグビーでは、この選手はこうだと決めつけるのがかなり早いと思います。もうこの選手にこれはできない。この高校を卒業しているから、この大学を卒業しているから、と。それは良いことではありません。
日本の某企業では、ある外国人がトップになったとき、面接の履歴書に大学の名前を書くなと指示したと言います。なぜなら、その企業では、これまで東大出身者ばかりを採用していたからです。
やはり人が持っているポテンシャルに対しては、オープンにならなければいけません。あとはポジティブになることです。マネジメントする者は、全員を育てることができる、伸ばすことができる、とポジティブなマインドセットを持つことが重要です。
ゴールは共有し、手段は任せる
──各コーチとのやり取りで気をつけていることはありますか。
責任と役割を明確にすることと、それぞれが何をやらなければいけないのか、そしてどのレベルまで選手のスキルを向上させるのか、というところを、私と確認してコーチングを行ってもらっています。
練習方法などについては細かいところまで指示は出しません。ある程度の責任はもたせて任せるようにしています。けれども、ゲームの中で、選手にどのようなプレーをさせるのか、という点については、私と細かく共通認識を持つようにしています。ゴールは共有しておいて、手段は任せる。相談があればいつでも来てくれというスタンスです。
もう1つは、各コーチがどのような情報を求めているかを理解することです。
求める情報レベルは人それぞれ違いますから、彼らが与えられたタスクをベストな状態でやり遂げるためにはどういったことが必要なのか、というところを理解しなければいけません。
──選手と接するうえで一番大切にしていることは何ですか。
何でもクリアにすることです。ミーティングをするときには、そのミーティングの目的がどこにあるのかをきちんと理解させます。
そして、自分自身が今何をしなければいけないのか、それを成し遂げるためにどれぐらいの猶予(時間)があるのか、というところをクリアにしています。
自分の信念は貫き通せ
──これまでの長いコーチング生活における失敗経験、またそこから得た学びはありますか。
オーストラリア代表のコーチをしていたときに、私は2つ大きなミスをしました。1つは、自分よりも上の人たちに対するマネジメントができていなかったことです。
マネジメントの仕事というのは、自分の上にいる人たち、自分の下にいる人たち両方をマネジメントしなければいけません。
そこから学んだことは、自分よりも上にいる人たちにとって必要な情報をしっかりと持っていなければいけないということと、情報共有を行い、悪い意味でのサプライズがないようにすること。それが大事だと思っています。
もう1つは、自分の能力を疑い始めた時期に、それを解決しようと、ほかの人たちを見始めたことです。自分の信念を貫き通すことよりも、ほかのところに行ってしまった。
もちろんほかの人から学ぶことはやめませんが、そこで学んだことは、「自分の信念は貫き通せ」ということです。どんなマネージャーでもコーチでも自分がやることなすことに対して非難する人は必ずいます。
全員がハッピーになることはありません。自分がやっていることを信じ続けることが大事なのです。
自ら学ぶ姿勢を持ち実践すべし
──チームをマネジメントするにあたって、最も重要なスキルはなんですか。またどうすればそれを身につけられますか。
まずは、どこに向かいたいかのビジョンをつくること。そして、そのビジョンに応じたプランニングをすることです。スタッフの構成もプランに合うものにします。そして、マネージャーとして人を惹きつけ、ビジョンを信じさせることです。
それをどのようにして身につけるのかですが、実際に何かを成し遂げた成功者と失敗者から会って話を聞くことです。これは、本やテレビのドキュメント番組を通して学ぶこともできます。
私は、日本の企業がどのように機能しているのかということを学ぶために、トヨタと日産の本を読みました。やはりそこからさまざまな情報を得ることができました。
組織のリーダーになるには、自らが学ぶ姿勢を持ち、メンバーのよいお手本とならなければいけません。すべてにオープンであり、いろんなところに目を配り、学ぶ姿勢を持つことを自らが実践することです。
(本記事は、トヨタ自動車インフォーマル活動の企画で、エディー・ジョーンズ前日本代表HCにインタビューした記事を転載しております。文責:トヨタ自動車 有田)