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第25回 DeNAオートモーティブ事業部長 中島宏氏

「朝、目覚めたら会社に移動中」という日常の可能性

2015/11/20
元陸上プロ選手の為末大氏が、さまざまな分野の第一人者と対談し、5年後から10年後の世界がどうなっているかを聞いている。今回、為末氏が対談するのは、DeNAオートモーティブ事業部長の中島宏氏だ。DeNAは今年5月、「オートモーティブ事業への参入」を明らかにした(社長・守安功氏へのインタビュー記事参照)。その一環で、5月にDeNAとベンチャー企業のZMPが設立した新会社「ロボットタクシー」の社長にも中島氏は就任している。自動運転によるタクシーサービスが当たり前になるとき、未来はどう変貌しているのか。対談の最後となる第3回は、未来のモータリゼーションが私たちの生活のしかたをどう変えていくのかについて、2人が想像を膨らませていく。
第1回:「2020年にロボットタクシー」構想ができるまで
第2回:バスもままならぬ過疎の町をロボットタクシーが救う

移動経路は道だけではなく空も

為末:車、もしくは乗り物を“飛ばす”っていうことは想定されてますか。大きなドローンを使うような感じで。

中島:……そうですね、あまり制約は設けていないです。移動手段や乗り物の発展によって、ライフスタイルや社会システムが変わり、世の中が便利に、また豊かになっていくところにチャンスがあるというのが基本的な考え方ですから。たとえ車でなくても、たとえば自転車でも、あるいは飛ぶようなものでも、自分としては拡大解釈はいくらでもオーケーです。

為末:僕の友人で、島に住んでいる人がいるんですが、彼がいつも言うのは「車とホバークラフトの中間みたいな乗り物があれば」っていうことです。

中島:ドローンを発展させるのが実現には近いかもしれないですね。

為末:そうなってくるとドローンとバイクのような乗り物を結びつける感じですかね。

中島:そうかもしれません。ドローンの積載重量は増えていくでしょうし、近い将来、バイク1台ぐらいは運べてしまうという可能性はあると思います。すると、「陸にいるときはバイクとか車で、飛ぶときはドローンで」といった話になってきます。技術的にはできるだろうと思います。

為末:そうなると、3次元で考えなければならないですね、道路の規制とかも。

中島:そうですね。むしろワクワクしますね。

無人ロボットカーで荷物を家まで

為末:配送業については、どうなっていくと思われますか。自動運転の車が普及していくと、大型トラックを使わず、いきなり小分けの配送で済むようになるとか、自分が職場にいるうちに買ったものが車に積み込まれて、一緒に家に帰るとか。

中島:配送は、たいへんに大きな課題になってきていますね。インターネットショッピングで、買い物が便利になっている半面、配送する荷物はものすごく増えてますから。

ある大手配送業の方と話したところ、年間1億個ずつ荷物の数が増えているそうです。少子高齢化で労働者人口は減っているので、「ドライバーさん募集」のようなことをいくらしても、年間1億個ずつ増えていく荷物をはけるようにはとてもならない、と。

為末:買う側も、忙しいなどで、荷物をなかなか受け取れなかったりして。

中島:私もですが、真夜中に家に帰ると、不在連絡票が入っているけれど、「いったいいつになったら受け取れるのかな」みたいな。

為末:「1週間は厳しいな」とか。

中島:「深夜料金を払うから、今すぐ来てほしい」といった願望もあります。けれども、今、話したように、そもそも配送事業者の雇用確保の問題が根本的にはあるので、これ以上のサービスはむずかしいような気もします。

為末:となると、ロボットタクシーの出番がありそうですね。

中島:たとえば、ロボットタクシーのような自動運転の車にコインロッカーみたいな荷物入れを積んでおき、「荷物を持ってきて」と注文が入ると、配送センターでロッカーに荷物が入って、夜中の2時でも運んでいき、「家の前に到着しました」とスマートフォンで通知するようなサービスも考えられると思います。利用客は自動運転車内のロッカーにスマホをかざせば、鍵が開いて荷物を受け取れるといったような。

為末:「タクシー」って聞くと、「人を運ぶ」っていうイメージがありますけど、そうなると、移動そのものに関することが事業領域というくらいの感覚をおもちなんでしょうか。

中島:その通りです。私どもが「ロボットタクシー」と呼んでいるのは、みんなが「あっ、それをやりたいのね」と理解できるようなわかりやすい呼び名にしようと考えたからなんですね。事業領域を広げることについては、さらにていねいに説明すればいいという感じでしたので。移動そのものをビジネスチャンスと捉えて、タクシー的なサービス以外にもどんどん拡大させていきたいです。

中島宏(なかじま・ひろし) DeNA執行役員、オートモーティブ事業部長・「ロボットタクシー」社長。大学卒業後、経営コンサルティング会社へ入社。2004年12月DeNAへ入社。外部企業のIT戦略立案を担当後、広告営業部署のグループリーダーを経て、新規事業の統括を担当する社長室長に就任。2009年4月執行役員兼新規事業推進室長に就任。2011年9月執行役員兼ヒューマンリソース本部長。2015年5月より現職。「ロボットタクシー」は、「自動運転技術を活用した旅客運送事業のための研究・開発及びソリューション・コンサルティングの提供」を事業内容としている

中島 宏(なかじま・ひろし)
DeNA執行役員、オートモーティブ事業部長・「ロボットタクシー」社長。大学卒業後、経営コンサルティング会社へ入社。2004年12月DeNAへ入社。外部企業のIT戦略立案を担当後、広告営業部署のグループリーダーを経て、新規事業の統括を担当する社長室長に就任。2009年4月執行役員兼新規事業推進室長に就任。2011年9月執行役員兼ヒューマンリソース本部長。2015年5月より現職。「ロボットタクシー」は、「自動運転技術を活用した旅客運送事業のための研究・開発及びソリューション・コンサルティングの提供」を事業内容としている

“ラスト・ワンマイル”も変わる

為末:将来、ロボットタクシーのようなサービスが当たり前になれば、人は都会から離れて住むようにもなるでしょうかね。

究極的には、寝ながらにして都会の職場まで通えるようになるかもしれない。さらに、車がホテルの一室みたいになって、週に2、3日は泊まる移動式住居みたいな役割も果たすようになるのかなって。

中島:ありえると思います。たとえば学生さんに「将来、自動運転社会になったらどうなると思う」と聞くと、「自由空間ができるから、中でテレビや映画を見たりしたい」って言います。

移動する目的地はなくても、自分の空間ですごく居心地がいいはずだから、中で映画を見ながら車にドライブさせて、120分たったらまた自分の家まで帰ってきて、といった自分の空間としての使い方を想像する人はいましたね。

為末:自分が運転しないので、なにをやってもよい空間として使うんだと。

中島:ええ、生活空間を車の中に求めるといったことをパッと発想する世代が出てきているんですね。都内の大学に進学して、1人暮らしというとき、都心で生活費が10万円掛かるんだったら、寝ているうちに大学の前まで運んでくれる自動運転の車をローンで買って実家から通うほうが結局おカネは安くあがるといったこともありうると思います。

為末:一軒家のお父さんの部屋が自動運転の車になっていて、お父さんが寝ているうちにその車がお父さんを乗せて家を出て、移動中の車の中で目覚めて、ひげをそって、着替えて、会社の前に着くみたいな(笑)。

それができるんだったら、都会から2、3時間かかる自然の多い場所に住むということも当たり前になりそうですね。

中島:そう思います。

為末:逆に、みんなで乗るバスのような乗り物がターミナルに着いたあと、それぞれの人が車椅子みたいな小さな乗り物に乗って、さらに自分の目的地までたどり着くみたいなこともありえますか。僕はパラリンピックの支援をしているので、車椅子の自動化というのも同じタイミングでできるかなと思っていて。

中島:あるかもしれないですね。太い幹線の脇にある“毛細血管”の道でのラスト・ワンマイルの移動手段は独自に発展していくといわれています。最後の最後のところは車椅子のような乗り物になるかもしれないですね。

為末:お父さんは、自動運転の車さえ家族に乗っ取られて、最後にはカプセル型の車椅子みたいな乗り物に逃げ込むとか(笑)。

中島:面白いですね(笑)。

移動という営みが再定義される

為末:おっしゃっていた「未来のモータリゼーション」が起きたとき、それは社会にどんな意味をもたらすと思いますか。

中島:1960年代には、車の普及に伴って、郊外の住宅地が開発されたり、宅配業が発達したり、ロードサイド小売店で買い物をする文化ができたりと、ライフスタイルそのものが大きく変わりました。その時代の背景に合わせて、より便利に社会システムが変わった結果だと思っています。

今後10年から20年で「未来のモータリゼーション」が起こるのだとすると、これまで想像もしなかったようなライフスタイルの変化が、現代社会の抱えるストレスや不便さを解決する形で現れることになると思います。

全員にとってウェルカムな変化というのは存在しないかもしれませんが、多くの人にとっては生活が豊かで便利に変化すると、そう信じています。

為末大(ためすえ・だい) 1978年広島県生まれ。2001年エドモントン世界選手権および2005年ヘルシンキ世界選手権において、男子400メートルハードルで銅メダル。陸上トラック種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。シドニー、アテネ、北京と3度のオリンピックに出場。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2015年10月現在)。2003年、プロに転向。2012年、25年間の現役生生から引退。現在は、一般社団法人アスリート・ソサエティ(2010年設立)、為末大学(2012年開講)などを通じ、スポーツと社会、教育に関する活動を幅広く行っている。著書に『諦める力』(プレジデント社)『走る哲学』(扶桑社新書)などがある

為末 大(ためすえ・だい)
1978年広島県生まれ。2001年エドモントン世界選手権および2005年ヘルシンキ世界選手権において、男子400メートルハードルで銅メダル。陸上トラック種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。シドニー、アテネ、北京と3度のオリンピックに出場。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2015年10月現在)。2012年、25年間の現役生生から引退。現在は、一般社団法人アスリート・ソサエティ、為末大学などを通じ、スポーツと社会、教育に関する活動を幅広く行っている。著書に『諦める力』(プレジデント社)『走る哲学』(扶桑社新書)などがある

対談を終えて──為末大

現役の陸上選手だった頃は海外遠征も多くて、スペインの大会が終わったら今度はイギリスへとか、転々としていました。思い出すと、そうした移動での空間がプライベートのものになるっていうのはいいなと思います。

今でも、飛行機か新幹線かを選ぶとき、仕事をしっかりしようというときは新幹線にして、より早く移動しようというときは飛行機にするといった選択はしています。

でも、ロボットタクシーのような移動形態が現れれば、移動するという手段だけでなく、“そこでなにをやるか”といった目的に、より重きが置かれていくんだと思います。

今も、セレブな人たちが運転手付きの車に乗って、移動中に自分のやりたいことをしていますよね。ロボットタクシーが実現すれば、そうしたことができるという感覚が、より多くの人に広がっていくんでしょうね。面白いな。

そうやって移動時間もプライベートの時間として使えるようになれば、やっぱり僕は都会から離れますね、きっと。好きな海や山の近くで暮らすようになると思います。ロボットタクシーなら料金もそんなにかからないと期待してます。

これまでの対談でも、いくつかのテクノロジーが組み合わさって、社会が変化していくという話がありました。

今回の中島さんの話されていた領域は、その中でも未来の乗り物を中心に、さまざまな世界と融合しやすいものだと感じました。移動しない人はほぼいないので、インパクトも大きい。まぁ、きっと参入者もものすごく多そうだし、ビジネスの競争はすごいものになってくんだろうけれど……。

(構成:漆原次郎、写真:風間仁一郎)