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FIFAコンサルタント・杉原海太インタビュー(第3回)

FIFAコンサルタントが語る成功するプロジェクトと失敗するプロジェクト

2015/11/3
「FIFAコンサルタント」は多忙だ。FIFA(国際サッカー連盟)に加盟する209カ国・地域のうち、リーグや協会の運営に問題を抱える国に対してあらゆることをコンサルティングするからである。訪問先の資金運用に問題があれば、マーケティング力向上のための指南を行い、指導者不足に直面する協会のために、人材育成のための体系つくりも整える。日本人唯一のFIFAコンサルタントである杉原海太も、すでに13を超える国と地域を歴訪して、各国におけるサッカーの価値向上に取り組んできた。国や地域によって状況も異なるなか、それぞれの場所でいかにして課題克服に導いたのだろう。
第1回:日本人初のFIFAコンサルタント。スポーツ業界でゼロからの立身出世
第2回:いかにしてスポーツビジネスの最前線で職を得たか

FIFAのデベロップメントプログラム

岡部:海太さんは、FIFAマスターとAFCを経て、現在は日本人初のFIFAコンサルタントとして活躍されています。

杉原:世界中を回り、各国のリーグやクラブに加えて、今は協会の運営やガバナンス業務、IT関係のコンサルティングアドバイスをしています。

岡部:海外にはどれぐらいの間行かれていますか。

杉原:1年の3分の1は海外です。さまざまなところに行っていますよ。

岡部:FIFAのデベロップメントプログラムについて聞かせてください。

杉原:W杯は莫大な売り上げを生み出しますが、それは基本的にFIFAに加盟する209協会のものになります。企業が株主のものであることに似ています。

なので、ほかに開催されている大会費用や事務経費などを引いたものは、すべて還元されるべきという考えが基本にあります。還元の仕方はさまざまですが、施設や協会の建設支援である“ゴール・プロジェクト”が有名です。

もうひとつがFAPと呼ばれる“ファイナンシャル・アシスタンス・プログラム”で、こちらは資金援助。小規模な協会ならば、FAPイコール年間予算というところもあります。

岡部:代表的なふたつのプログラムですね。

杉原:ただ、人工芝のピッチをつくったけれども、クラブやリーグが発展していない場合や、資金援助をしても、“補助金漬け”のようにいつまでも自立できていない場合がありました。

そうなると、ソフト面の支援が必要という話になります。今はマネジメントやマーケティングの能力向上の指南役として仕事をしています。

コンサルティングの具体例

岡部:具体例もあったりしますか。

杉原:ライセンシング制度がありますね。制度の基本精神として、運営面の基準を設けることで、クラブやリーグ自体をピッチ内外でクオリティの高いものにしていくということがあります。

ライセンシング制度というと厳しい締め付けを連想させますが、それぞれの国の課題に合った要件を設定し、それを満たしてもらうことでサッカーの価値を上げること。

たとえば、A級ライセンスの監督雇用を義務付けたとして人材が足りないなら、こちらでA級ライセンスの監督講習会もコーディネートする。一方で要件をつくり、他方でサポートするなど、アメとムチのように戦略的に行っていくということです。

岡部:なるほど。

杉原:どのような基準にするかは、状況によって変わるため、まず現状を聞きます。そして、目指す未来像とのギャップを埋めるための方向性を導きます。

ヨーロッパならば資金はあるものの、使い方に少し問題があるので規制していく。しかし、世界のほとんどの地域では、資金が足らないという問題がある。ならば、規制するのは資金が入ってきてからで、資金を生むためのマーケティング面で工夫をしていくことになります。

現地訪問後は、メールや電話会議を行っていき、再度訪問してマーケティングやメディアオフィサーなどの雇用を求める場合もあります。もちろん、実際に雇った場合はわれわれが講習会を開催してトレーニングの機会をつくるなど、フォローアップもしていきます。

岡部:現地への訪問は1人ですか。

杉原:1人のときもありますが、基本的にはデベロップメントオフィスの方、別のコンサルタントと一緒で2〜3人のときが多いです。FIFA本部の方が来ることもありますよ。あとは大陸連盟の方が入るときもあるので、要するに世界中からポンと集まるかたちです。

杉原海太(すぎはら・かいた) 1971年生まれ。1990年、東京大学に入学。1996年、大学院修了後にデロイトトーマツコンサルティング(現アビームコンサルティング)に入社。2003年に退職。1年間の浪人生活後、2004年FIFAマスターに入学。2006年から8年間働いたアジアサッカー連盟(AFC)では、コンサルタントとしての経験を生かして、アジア各国の協会やリーグの戦略企画や業務改革をアドバイス。仕事ぶりが認められ、2014年にFIFAコンサルタントに抜てきされた

杉原海太(すぎはら・かいた)
1971年生まれ。1990年、東京大学に入学。1996年、大学院修了後にデロイトトーマツコンサルティング(現アビームコンサルティング)に入社。2003年に退職。1年間の浪人生活後、2004年、FIFAマスターに入学。2006年から8年間働いたアジアサッカー連盟(AFC)では、コンサルタントとしての経験を生かして、アジア各国の協会やリーグの戦略企画や業務改革をアドバイス。仕事ぶりが認められ、2014年にFIFAコンサルタントに抜てきされた

成功するプロジェクトと失敗するプロジェクト

岡部:そのときにチームができるわけですね。現地の方は「厄介なやつらが来た」という雰囲気だったりしますか。

杉原:状況によると思います。一般論でコンサルティング会社時代でもそうでしたが、プロジェクトがうまくいく場合とうまくいかない場合は当然あります。

うまくいくときは、会社のトップやその周辺の方々が現状を変えたいという思いを持っていることが多いです。変えたいものの、どうすれば良いかわからないときに、コンサルティング会社に依頼して、ノウハウや知恵を受け入れることでうまくいく場合があります。

なぜかと言えば、われわれは社内の人間ではないので、基本的にはアドバイスしかできません。しかし、トップに考えがあり、アドバイスをかたちにしていく現場の方々にまでそれがある程度共有されているとうまくいく。

岡部:うまくいかない場合はいかがですか。

杉原:たとえば、経営企画室長が役員会で指示されて何か企画を提案する必要が出てきたとします。そのときに、予算はあるけれども考えが思い浮かばず、でもとりあえず何か提出する必要があるのでコンサルティング会社に丸投げというような後ろ向きな状況の場合ですね。

コンサルティング会社は仕事だからやるわけです。ただ、考えが現場まで共有されていない雰囲気は何となく感じ取れてしまいます。表面上のウケは良いかもしれませんが、結局かたちにはならないだろうなと。

岡部:そういう傾向があるということですね。

杉原:協会も同じです。最近、ある協会を訪れましたが、そこはトップの目指していることが共有されていました。そういうときは、われわれもうまくいきそうな雰囲気をヒシヒシと感じますし、われわれのアドバイスもうまくかたちになっていく。

部外者の良いところはノウハウがあり、社内の人間が言うとカドが立つことでも、コンサルタントが言うと、納得してくれることもあります。必ずしもうまくいくとは限らないですが、確率は高くなります。

岡部:現在は、基本的なクライアント先は各国のサッカー協会になりますか。

杉原:そうですね。FIFAですから各国の協会経由になります。クラブを直接訪れることはありません。協会を通して、リーグと一緒になってクラブ向けのセミナーをやるといったかたちはあります。

岡部恭英(おかべ・やすひで) 1972 年生まれ。スイス在住。サッカー世界最高峰CLに関わる初のアジア人。UEFAマーケティング代理店、「TEAM マーケティング」のTV放映権&スポンサーシップ営業 アジア&中東・北アフリカ地区統括責任者。ケンブリッジ大学MBA。慶應義塾大学体育会ソッカー部出身。夢は「日本が2度目のW杯を開催して初優勝すること」。10月からNewsPicksのプロピッカーとして日々コメントを寄せている

岡部恭英(おかべ・やすひで)
1972 年生まれ。スイス在住。サッカー世界最高峰CLに関わる初のアジア人。UEFAマーケティング代理店、「TEAM マーケティング」のTV放映権&スポンサーシップ営業 アジア&中東・北アフリカ地区統括責任者。ケンブリッジ大学MBA。慶應義塾大学体育会ソッカー部出身。夢は「日本が2度目のW杯を開催して初優勝すること」。10月からNewsPicksのプロピッカーとして日々コメントを寄せている

コピペはやめて、強みを生かそう

岡部:最後にFIFAマスターやAFC、FIFAコンサルタントと、さまざまな経験を積まれた海太さんから、スポーツ業界を目指す若者にアドバイスはありますか。

杉原:偉そうに言うつもりはなく、自分自身がスポーツ業界ではゼロからのスタートでしたが、さまざまな方とお会いすることで、相談に乗っていただくこともたくさんありました。

そのことには本当に感謝して財産になっていますから、スポーツ業界を目指す若い方に対しては、自分も絶対にそうしようと思っています。忙しくて会えないときもありますが、それでもメールは受け付けています。

ただ、少なくとも僕のまねはしないほうがいいと思います。誰もがそれぞれ強みを持っていますから、その強みをぜひ生かしてほしい。だから、“コピペ”はやめようと。

自分の強みがわからなくても、いろいろと挑戦してみるとわかってくる。仕事をしたり、さまざまな人に会ってみたりすると、アドバイスをくれる方もいる。試行錯誤していくと、鏡みたいに強みがわかってくるものです。

コピペをやめることで、自分で戦略を考えないといけません。自分の強みを生かす戦略を考えるには、分析が必要です。それと、少なくとも僕は楽しくやっています。それぞれの強みを生かして、さまざまな方にどんどん来てもらいたいですね。

岡部:僕と海太さんが出会ったのはFIFAでしたよね。

杉原:そうでした。

岡部:海太さんの存在はずっと知っていましたが、FIFAのデベロップメント部門にたまたまAFC時代の海太さんが出張されていました。僕がFIFA内をうろちょろしていたら、海太さんにちょうどお会いして。

僕の希望としては、FIFAでばったり出会うような日本人がもっともっと出て来てほしい。

杉原:本当にそう思います。どんどんそういう日本人が生まれるといいですよね。

(構成:小谷紘友、写真:福田俊介)