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Chapter2:世界の教育動向

出入り自由、転学も自由のドイツの「デュアルシステム」

2015/10/28
これからのグローバル化社会で戦っていける「強いリーダー」を生み出していくためには何が必要なのか? そのために何をするべきかを長年伝えてきたのが元マッキンゼー日本支社長、アジア太平洋地区会長、現ビジネス・ブレークスルー大学学長の大前研一氏だ。
本連載は大前研一氏総監修により、大前氏主宰経営セミナーを書籍化した第6弾である『大前研一ビジネスジャーナル No.6「教える」から「考える」へ〜世界の教育トレンド/日本人の海外シフトの現状と課題〜』(初版:2015年7月17日)の内容を一部抜粋、NewsPicks向けに再編集してお届けする。
大前研一特別インタビュー前編:「教える」から「考える」へ〜世界の教育トレンド(9/14)
大前研一特別インタビュー後編:これからの若者は、好きな場所で好きな仕事をすればいい(9/21)
本編第1回:21世紀型、答えのない時代の教育とは(9/30)
本編第2回:日本人のアンビションを奪ってきた「偏差値」(10/7)
本編第3回:世界各国はいかに、競争力を高める教育を実現したか(10/14)
本編第4回:トップ大学を擁する米国教育、その光と影(10/21)

ドイツの大学は出入り自由、転学も自由

次に、ドイツの大学制度を見ていきます。日本では想像もつかないようなシステムですが、ドイツの大学には入学試験がありません。高校卒業資格というのがあって、その資格さえあれば、全国どこの大学のどの学部にも、自由に入学することができる。転学も自由です。学生は自分の学習計画に合わせて授業を履修し、カリキュラムが終われば卒業です。

タイミングを含めて出入り自由ですから、入学式もなければ卒業式もありません。いわゆる「名門大学」もありません。「どうしてもあの先生のところで勉強したい」という希望があれば、1学期間だけ別の大学で学ぶことも可能です。ワンダーフォーゲル(渡り鳥)※20のようにさまざまな大学を転々とすることが珍しくありません。

もちろん、本人の希望によって、ずっと1カ所にいてもいい。それだけでは不足だという人は、1つの大学、1人の指導教授の下、ドクターコースに行きます。これがドイツの大学です(図-16)。
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このような仕組みですから、ドイツの場合、「大学卒就業者が何%」などという統計はそもそも存在しません。「30歳くらいまでに自分の天職が見つかればいい」というのが、欧州の平均的な職業観です。イギリスでも、大学を出てすぐに就職が決まる人は30%程度しかいません。大卒の就業率が90%を超えているのに大騒ぎする日本は、欧州の価値観から言えば異常です。

※20:ワンダーフォーゲル:ドイツ発祥の「青少年による野外活動」

教育と職業訓練を同時に進める「デュアルシステム」

図-17を見ていただきたい。ドイツの教育制度の構造を図式化したものです。幼稚園、基礎学校を経て、10歳から16歳の間に、自分たちで将来の方向を決めるオリエンテーションを繰り返し行います。その上で、ギムナジウムに行って大学に進学するか、職業学校に行くかを選択します。ドイツは職業意識が非常に高いので、高校卒業者の約半数が、大学ではなく職業学校で手に職をつけることを選びます。
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職業学校に行った人は、デュアルシステムによる職業訓練を受けます。週のうち1~2日は職業学校で座学、理論的なことを教わります。残りの3~4日は企業で実務に取り組みます。旋盤工を目指すなら、旋盤工の職業訓練と並行して、機械工学を学ぶということを繰り返します。このようにして、約350の職種の中から、「自分はこの仕事で一生食べていきたい」という仕事を選びます。学校を出た段階でみんな腕に覚えがあるので、間違いなく食べていけます。社会も安定します。職業学校へ行く道を選んだ人と、大学へ進学する道を選んだ人の間で、生涯給もあまり差がありません。

欧州でもっとも低いドイツの失業率

そのような背景があるので、今、ドイツの失業率は欧州でもっとも低いです。すべての業種でとにかく人が足りないので、スペイン、ポルトガル、ギリシャなど南欧から人を集め、職業教育とドイツ語教育を施した上で、労働力として活用しています。

一方で、「猫も杓子も大学」という国では学歴インフレが起こり、大学を卒業した人たちが路頭に迷っています。図-18、右側のグラフを見ていただきたい。EU全体で、若年失業率は23%(2012年)に達しています。
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翻って日本ですが、Chapter1で述べたように、大学を卒業しても実務で役に立たないという大きな問題があります。入学者が減少している地方の大学などが、企業と連携してドイツ式のデュアルシステムを導入すれば、学生の獲得につながるかもしれません。

スイスでは3分の2が職業訓練学校に進む

スイスの教育制度は、ドイツとまったく同じです。ただ、スイスの場合には、大学に進学する人がだいたい20%くらいです。3分の2くらいの学生が、高校に進学するタイミングで職業訓練学校を選びます。時計職人、パン職人、チョコレート職人からIT分野まで、多岐にわたる技術を身につけ、大卒者に劣らない、世界最高レベルの給料をもらって働き続けることができる環境があります。

ですから、米国の例からも分かるように、「大学さえ出ておけば」という考え方で大学に学生が殺到すると、卒業しても意味のない大学が増えるだけです。戦後、米国の大学制度をそのまま導入した日本も、米国と同じ状況に陥っていますね。手に職のない、実務で役立たない大卒者を量産するよりも、ドイツ・スイス型の安定した人材、腕に覚えのある人材を育てる方が社会にとって有益です。

次回、「『教える』教育と『考える』教育、その違いとは」に続きます。本連載は毎週水曜日に掲載します。

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