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健常者ロボットにもインパクトが期待される

ひげをそり、美術館訪問。身障者自ら開発する介護ロボット

2015/10/22

かゆいところを自分の意思でかいてくれるロボット

コンピューターやインターネットがそうだったように、ロボットも身体障害者の生活を助ける技術になることは間違いない。

ロボット技術を搭載した義手や義足、車いすに付けて使えるロボット・アームなどの開発が方々で進んでおり、そのうち、人の言うことを聞いて用事をすませてくれるようなロボットも出てくるだろう。この分野はもっとも期待され、社会的にも意義の大きなものだ。

シリコンバレーでは、数年前から『ロボッツ・フォー・ヒューマニティー(R4H)』というプロジェクトが進められている。これは、ヘンリー・エヴァンズという男性を中心にしたプロジェクトで、「ロボットによって人間の可能性を拡大する」ことを目的にするものだ。

エヴァンズ氏は、スタンフォード大学のビジネススクールを卒業し、もともとは地元のテクノロジー企業の重役を務めていた人物である。ところが2003年、40歳の時に起こした卒中が彼を四肢麻痺にし、言葉も話せなくしてしまう。動くのはほぼ視線だけだ。

R4Hはエヴァンズ氏を中心として始まり、2011年から数年間はロボット開発の会社として知られるウィロー・ガレージがスポンサーとなった。ウィロー・ガレージは、PR2という大きなヒューマノイド型のロボットを開発、大学などの研究機関に提供して世界のロボット開発の底上げをしようと努めてきた会社である。

そのPR2を利用して、2011年にはジョージア工科大学やオレゴン州立大学の学生らが、ベッドに横たわるエヴァンズ氏の鼻をかけるようにした。PR2がアームをのばして、エヴァンズ氏の顔に触れる。

エヴァンズ氏は、毎日何度か、からだのどこかがかゆくなるのだが、四肢が動かないのでかくことができない。それをロボットがエヴァンズ氏の意思を受けて代行することができた時、ロボット界に安堵(あんど)が広まった。自分でかきたいところをかいたのは10年ぶりだったという。

TEDに登壇、ベッド脇でウイスキー

ウィロー・ガレージは2年前に閉鎖されてしまい、それ以降、R4Hは篤志家や開発者がそれぞれに協力するかたちで進められている。非常に重い身障者であるエヴァンズ氏は、テクノロジー、ことにロボットの可能性を信じて、自らさまざまなロボットを試している。

たとえば、コンピューターの入力は、視線や頭の動きを感知して入力する装置を利用し、人々と盛んにメールのやりとりをする。実は私も12月に東京で行うロボット・イベントにエヴァンズ氏を招こうと、同氏とメールを行き来させているが、こちらが書いたことに対して、端的な1行の返事が届く。

人に聞いたところでは、いくら慣れたからといっても、この方法で入力するには時間がかかり、1行を書くのも大変なのだそうだ。メールの文字のひとつひとつに大切な重みがあると感じてしまう。

エヴァンズ氏はまた、自宅の屋根に取り付けられたソーラーパネルを確認するために、ドローンを飛ばしているという。ほとんど寝室から出られないエヴァンズ氏にとって、空を飛ぶドローンの画像はどれほど自由な気持ちにさせることだろうか。こうした人々には、特別にドローン規制を緩めて、いろいろな場所を飛ばせてあげることができないものかと思う。

またテレプレゼンス・ロボットを利用して、方々へ出かけることもあるようだ。TEDのトークにもその方法で登場したこともある。目的地にテレプレゼンス・ロボットを置いてくれさえすれば、エヴァンズ氏がそれを操縦して、その場を見て、いろいろな人に会うことができる。美術館なども、この方法で訪問が可能だ。

ロボット開発者らが、肩に取り付けるタイプのテレプレゼンス・ロボットで、エヴァンズ氏を同行したこともあったようだ。タブレットを先端に付けたスタンドが肩に装着されるタイプのもので、この方法ならば開発者が歩いて向かうところへ、エヴァンズ氏も向かっているという臨場感があるはずだ。

ウイスキーを飲ませてくれるロボットもつく
られたもようだ。ベッド脇でウイスキーのグラスを持ち上げて、エヴァンズ氏の口元へ運ぶ小さなロボット・アームである。

身障者にとってはパラダイム・シフトに

さて、こうした身障者向けのロボット利用では、3つの分野が重要になる。

1つ目は、身障者の体回りのこと。鼻をかくのもそうだが、洗面や衛生のための行為の補助もそうだ。エヴァンズ氏は、ロボットでひげもそったそうだ。

2つ目は、その環境においての利用。戸棚からタオルなど必要なものを取ってきたり、冷蔵庫から飲み物を出してきたりするといったことだ。

3つ目は社会とのインタラクション。テレプレゼンス・ロボットでどこかへ出かけることもそうだろう。エヴァンズ氏は、ハロウィーンにテレプレゼンス・ロボットでショッピングモールへ出かけ、子どもたちにキャンディーを渡したこともある。ロボットは本人に役立つだけではなく、本人の代わりにもなってくれるということだ。

健常者にとってもロボットの登場は楽しみなものだが、身障者にとってロボットはその生活にパラダイム・シフトを起こすものにもなるだろう。今のところ、介護ロボットは利用者が少ないために、開発しても元が取れないことが課題とされている。

だが、登場した後のインパクトはかなり大きい。そしてその技術は、健常者向けのロボットにとっても必ずや役に立つものになるだろう。

*本連載は毎週木曜日に掲載予定です。