ohmae_06_bnr

Chapter2:世界の教育動向

世界各国はいかに、競争力を高める教育を実現したか

2015/10/14
これからのグローバル化社会で戦っていける「強いリーダー」を生み出していくためには何が必要なのか? そのために何をするべきかを長年伝えてきたのが元マッキンゼー日本支社長、アジア太平洋地区会長、現ビジネス・ブレークスルー大学学長の大前研一氏だ。
本連載は大前研一氏総監修により、大前氏主宰経営セミナーを書籍化した第6弾である『大前研一ビジネスジャーナル No.6「教える」から「考える」へ〜世界の教育トレンド/日本人の海外シフトの現状と課題〜』(初版:2015年7月17日)の内容を一部抜粋、NewsPicks向けに再編集してお届けする。
大前研一特別インタビュー前編:「教える」から「考える」へ〜世界の教育トレンド(9/14)
大前研一特別インタビュー後編:これからの若者は、好きな場所で好きな仕事をすればいい(9/21)
本編第1回:21世紀型、答えのない時代の教育とは(9/30)
本編第2回:日本人のアンビションを奪ってきた「偏差値」(10/7)

先進国の教育動向概観

●北欧の教育動向
世界の先進国は、優秀な人材を育てるために、それぞれ特徴ある教育方法を導入しています(図-4)。各国の教育動向を見ていきましょう。まず、北欧です。1990年代前半、北欧諸国は金融危機を経験しました。そこで、このまま小さい国土に閉じこもっていたら自分たちの将来はないということで、リーダーシップのある、世界で活躍できる人間を育てるための「答えのない教育」にシフトしたのです。
 2-4

この新しい教育は、まずデンマークで始まり、フィンランドもすぐに取り入れました。今では教育に関する国際的なランキングでも、フィンランドが常に上位にランクインしています。北欧の教育については、Chapter3で詳しくご紹介します。

●イギリスの教育動向
それからイギリスには、最初からエリート養成を目的にしたボーディング・スクール(寄宿制中等教育学校)と大学があります。イギリスの歴代首相は、ほとんどすべてこのシステムの出身です。ですからデービッド・キャメロン首相※13は、どこかの国の首相とは格が違うわけです。基礎力が違う。名門校イートン・カレッジを出て、オックスフォード大学、あるいはケンブリッジ大学へと進学する、こういう過程で優秀な同級生と切磋琢磨しながら育つのです。

※13 デービッド・キャメロン:イギリスの政治家。イートン・カレッジを卒業後、オックスフォード大学で哲学・政治学・経済学の学位を取得。2010年、首相に就任した。

●スイス・ドイツの教育動向
スイスとドイツの教育システムはよく似ています。実務教育を重視し、大学に行かなくても食べていけるような教育を半数以上の人が受けているので、国が非常に安定しています。コストはかかりますが、失業率は低い。また、国際競争力も高いです。

●シンガポール・台湾・韓国の教育動向
シンガポールでは小学生のうちに、上位10%を将来のエリートとして選んでしまいます。ふさわしい人間が足りなければ、海外から受け入れます。職能スペックを書き出して、世界中から人材を輸入するというやり方です。

台湾では、明日国がなくなるかもしれないという危機感の下、親が子供に日本語と英語を勉強させます。さらに母国語が中国語で、合計3カ国語を操れますから、台湾の子供たちは世界最強の言語能力を持っています。

韓国は1990年代後半の経済危機の際、国際通貨基金(IMF)から融資を受ける条件として緊縮財政を強いられました。この「IMF進駐軍」にやられている間に、「二度とこの屈辱を味わいたくない」という思いから、当時の金大中大統領が教育改革を行っています。

●米国の教育動向
米国の教育は、後述するように全体として見ると問題点が多いのですが、非常に優れた大学と、ボーディング・スクールがあります。世界トップクラスの、限られた人たちがそういうところに行く。平均値を上げようという考え方はもともとありませんし、国はまったくと言っていいほど教育に関与していません。州以下の単位でカリキュラムを組むので、州ごとの差が大きいです。

●高等教育の学歴インフレ
世界の高等教育では、学歴インフレが起こっています。今や、先進国には大卒者が掃いて捨てるほどいます。米国でも日本でも同じです。新興国から先進国に留学する学生も増えており、プログラミングなどの技術をどんどん身につけています。これまでとは違う高等教育へのニーズが、世界的に高まっているのです(図-5)。
 2-5

●中国の学歴インフレ
中国では、大学を卒業すれば給料が上がるので、大学卒業者数が増加し続けています(図-6)。2013年にはおよそ700万人になりました。日本では、毎年60万人ほどの若者が大学に入学します。全員が卒業できたとしても、中国と10倍以上の開きがあります。中国の「大卒生産能力」は、これだけ高い水準に達している。このような学歴インフレの状況下では、大学を卒業したというだけでは何の価値もない。日本人は、そのことに早く気づく必要があります。
 2-6

エリートを養成する「ボーディング・スクール」

●歴史あるイギリスのボーディング・スクール
世界の先進国では、どのようにしてエリートを育てているのか。イギリスでは、ボーディング・スクールがその役割を担っています(図-7)。400~500年以上の歴史を持つ、全寮制の寄宿学校です。学費が高く、主に裕福な家庭の子供たちが入学し、集団生活を送っています。イギリスの歴代首相19人を輩出したイートン・カレッジ、ウィンストン・チャーチル※14ら7人の首相を生んだハーロー校、ラグビー校が有名です。
 2-7

日本にも、戦前は旧制高等学校があり、特に一高(第一高等学校)は、政財界に数多くのリーダーを送り出しました。一高もやはり全寮制でした。学校だけでなく、寮の人間関係の中で揉まれることが、人格形成にとってきわめて重要なのです。

加えて、イギリスを初めとする欧米のボーディング・スクールは多国籍です。昔の一高のように、均質性の高い文化の中で育った似た者同士ではなく、さまざまな言語、文化的背景を持った学生同士が切磋琢磨し、グローバルマインドが育っていく環境があるのです。

※14 ウィンストン・チャーチル:イギリスの政治家、作家。ハーロー校を卒業後、陸軍士官学校へ進学して軍人となる。除隊後はジャーナリストを経て政治家になり、1940年、イギリスの首相に就任した。

●米国のボーディング・スクールとリベラル・アーツ・カレッジ
米国にも、バリエーション豊富なボーディング・スクールがあります。ジョージ・W・ブッシュ元大統領※15の母校フィリップス・アカデミーや、ジョン・F・ケネディ元大統領※16の母校チョート・ローズマリーホール、エマ・ウィラードという女子校もあります。

その後、米国のエリートは、いきなり専門を学ぶ大学に行くのではなく、歴史や文化など、教養的な学問を学ぶ「リベラル・アーツ・カレッジ」で4年間を過ごします。マサチューセッツ州のウィリアムズ・カレッジなどが有名です。このほか、デポー大学(インディアナ州)、オーバリン大学(オハイオ州)などがあり、それらは中西部に集中しています。そのような大学でみっちりと幅を広げた後、ロースクールやビジネススクール、メディカルスクールなどの大学院で専門の学問を修めるのが通常のパターンです。エンジニアだけは、学部時代からエンジニアリングの勉強をしますけれども、基本的にはリベラル・アーツ・カレッジから専門の大学院へというパターンです。

※15 ジョージ・W・ブッシュ:米国の政治家。フィリップス・アカデミーを卒業後、エール大学を経て、ハーバード大学でMBAを取得。2001年、米国大統領に就任した。

※16 ジョン・F・ケネディ:米国の政治家。チョート校(現在のチョート・ローズマリーホール)を卒業後、ハーバード大学に進学し、軍人を経て政治家になる。1961年、米国大統領に就任した。

●スイスのボーディング・スクール
次に、スイスのボーディング・スクールです。国際バカロレア(IB)※17を導入していることで有名なル・ロゼは、世界で一番授業料の高い、全寮制のボーディング・スクールです。世界数十カ国からセレブの子女が集まっています。それからエイグロン・カレッジは、イギリス系の名門校です。スイスは多国籍企業が多いので、親は子供をボーディング・スクールに預け、自分たちは世界中を転々と赴任して回るという伝統があります。グローバル・カンパニーにとっては非常に理想的なシステムが出来上がっているのです。

※17 国際バカロレア(IB):1968年に設立された国際バカロレア機構(本部・ジュネーブ)が提供する国際的な教育プログラム。国際的な視野を持った人材を育成するための教育プログラムを提供し、国際的に通用する大学入学資格(国際バカロレア資格)を与え、大学進学へのルートを確保することを目的としている。

●カナダのボーディング・スクール
カナダは治安がよく、教育水準の高い国です。カナダのボーディング・スクールは、米国ほど「お金持ちの匂い」がしません。英語とフランス語、2言語を公用語に持つ環境の中で高校時代を過ごすことができるというメリットもあります。アルバート・カレッジなどは、留学生の受け入れにも積極的です。

次回、「トップ大学を擁する米国教育、その光と影」に続きます。本連載は毎週水曜日に掲載します。

『大前研一ビジネスジャーナル No.6「教える」から「考える」へ〜世界の教育トレンド/日本人の海外シフトの現状と課題〜』の購入・ダウンロードはこちら
■印刷書籍(Amazon
■電子書籍(AmazonKindleストア
■大前研一ビジネスジャーナル公式WEBでは、書籍版お試し読みを公開中(good.book WEB
N00311-cover