propicker_kawahara_bnr (1)

健全な発展をするために

IoTは社会とどう関わるべきか──新技術のポイントと過去の注目サービス

2015/10/6
東京大学大学院情報理工学系研究科 准教授の川原圭博氏が、IoTの歴史や最新の事例などを紹介しながら、これからのあるべき姿を探る。3週連続全3回。
第1回:なぜ今、IoTなのか? これまでの歴史から、あるべき姿を考える

IoTサービスの勘所

IoTのアプリケーション領域は無限にある。しかし、誰もが納得する本命技術と呼べるものは、まだない。この状況をただの一時的なブームと捉えるべきか、成功への無限の可能性があると捉えるか、それが問題だ。

前回の記事では、IoTのコンセプトの源流は、ユビキタスコンピューティングやTRONにあることを紹介した。さまざまな技術がこれまでにも提案されてきたが、ここに来て、クラウドファンディングやスマートフォンの普及、プロトタイピングの低廉化により、ハードウェアやセンサを従来に比べて安い価格で開発し、さまざまな仮説を繰り返し検証できるエコシステムが整ったことによってブームが到来した。

とはいえ、これまでおよそ20年にわたってさまざまなかたちでユビキタスやIoTにまつわる研究開発が行われ、たくさんの革新的技術が生まれているが、それをサービスやビジネスとして大規模に成功させている例はまだわずかである。

IoTのサービスを普及させるのは、なかなか難しい。これまでに提案された特徴的なサービスとそのポイントについて概観する。

過去の注目サービス

IoTがこれまでのウェブ技術などと異なる特徴は、実空間にまつわる情報を大量に使う点だろう。実空間情報というとなんとも仰々しいが、要するに人やモノにまつわる位置情報やセンサ情報を扱うということである。

実空間情報を扱うサービスは、これまでにもさまざまな民間企業やベンチャーから多様なコンセプトが提案されてきた。

私が最も印象に残っているのは、2000年ごろにヒューレット・パッカード社が提案した「Cooltownプロジェクト」である。研究所が中心となって立ち上げたコンセプトで、ユビキタスコンピューティング実現のためのソフトウェア基盤技術から、ハードウェアガジェット、そしてユーザーインターフェースに至るまで広範囲な研究が行われた。

残念ながらオフィシャルなWebサイトはすでに閉鎖されてしまい、インターネットアーカイブユーチューブに一部資料が残されるのみであるが、ぜひコンセプトビデオを見てほしい。

Cooltownのコアにあるのは、コンテンツだけでなく人やモノなどの実空間のオブジェクトにそれぞれURLを付加し、それがWebを介してネット上からアクセス可能になるという概念だ。時代背景的には、当時からモバイルコンピュータの概念はすでにあったが、携帯電話はいわゆる音声通話中心のガラケーで、ようやくi-modeが開始し、テキストメッセージが送れるようになった頃である。

コンセプトビデオの中では、冒頭、自動車のドライバーが音声認識システムで仕事のメールを処理。車が故障したら自動的にサービスセンターに連絡がいき、Webサービスとの連携により、修理工場に到着する頃にはすでに送迎用のタクシーまで用意されている。

今のスマホによく似たPDAや、スマートウオッチ風の端末が登場し、ビジネスや家庭での教育、そして社会の安心安全を守るシーンが描かれている。

Cooltownプロジェクトは研究プロジェクトとして終了し、コンセプトビデオに描かれたシーンのいくつかはスマホと周辺デバイスというかたちで実装形態を変えて登場している。

新技術を使った筋の良いアイデアとは

こうしたサービスのうち、どういう例が生き残ったのだろうか。これはIoTに限らないことかもしれないが、新技術を使った新たなサービスを考えるとき、そのアイデアの筋の良さというのは以下の3点が三位一体でうまくデザインされているかどうかではないかと考える。

・価値の創造
 ・新技術の使いこなし
 ・社会からの受容

たとえば、Uber(ウーバー)やLyft(リフト)のようなライドシェアを例として考えてみる。ウーバーやリフトがIoTを最も端的に表現したビジネスかと問われると賛否両論があるかもしれないが、私は、実空間情報を上手に使いこなした良い例であると考えている。

ウーバーはサンフランシスコを発祥とする、位置情報を活用した自家用車による旅客輸送ビジネスだ。乗客がスマホの専用アプリを立ち上げて目的地を入力すれば、近くにいる登録ドライバーが自動的に検索され、目的地への所要時間と料金の目安が表示される。UberXでは配車リクエストを送ると自家用車を提供した個人の登録ドライバーが間もなくやって来るという仕組みである。

ウーバーがよく考えられているのは、1点目の価値創造という問題を2点目の新技術で明快に実現している点にある。まず、アメリカなどでは、社会には既存のタクシーサービスへの潜在的な不満が根底にある。

乗りたいときに見つからない、到着時間と料金が読めない、悪質なドライバーをうまく排除する仕組みがないというニーズを満たしたのだ。

さらに、UberXでは、個人が自家用車を用意しさえすれば、かなり低い障壁でドライバーになることができ、しかも好きな時間にピンポイントで働くことが可能になるという意味で、ドライバーにも魅力的である。すなわち、ウーバーは新たなプラットフォームを提供するだけで、乗客にもドライバーにも同時に価値を提供している。シンプルなだけにパワフルなメディアである。

ウーバーはスマホという新技術の使いこなしも上手である。スマホは、ドライバー、乗客ともに、たいてい1人1台所有しており、GPSにより位置情報がリアルタイムに取れて、地図サービスにより経路検索もできる。そして、音声通話やSMSによりリアルタイムの連絡も可能だ。

これにより、乗客はあと何分で車が来るかリアルタイムに確認できるほか、乗車中もアプリでルート検索がなされるため、運転手が適切な道を通って目的地に向かっているか確認可能だ(運転手が不慣れで、道を間違えた場合、ウーバーに連絡すれば返金を求めることができる)。

決済も登録したクレジットカードで自動的に行えるため、乗客から見ればぼったくりもなく、ドライバーから見れば、とりっぱぐれもない。

また、スマホを通じて、配車、決済、そして乗客とドライバー双方のレビューが匿名で行われるため、トラブルがあれば、評価に響くので、ドライバー、乗客ともに良心的に行動しようというモチベーションが働く。「友達に送り迎えしてもらっている」感じである。

IoTと社会はどう関わるべきか

ただし、こうしたこれまでに存在しなかったサービスは、文化の違い、慣習、法制度、その他の多様な視点により社会に受け入れられるまでに少なからぬ議論が必要になる。

日本では、UberXのように、営業許可を受けずに自家用車で営業する「白タク」は、道路運送法に抵触する行為である(誤解のないように言うと、日本でもウーバーが営業しているがこちらは、国から認可を受けたハイヤーとタクシーを配車するサービスであり合法である)。

これは私の極めて個人的な感覚であるものの、日本のタクシードライバーの皆さまは、道を知らなかったり、多少運転が粗かったりすることはあっても、アメリカに比べれば、たいてい「ちゃんと」している。

これに対してアメリカでタクシーを使うと、身の危険を感じる、ぼったくられる、苦情を言うと逆上されるというような嫌な経験は日常茶飯事である。そういう観点からは、日本における潜在的なニーズは相対的にはアメリカよりも低い可能性がある。

また、UberXはドライバーのレビューシステムがあるとはいえ、運転するのは素人である。アメリカをはじめ、多くの国々でライドシェアを展開する会社は、相次いで営業停止や当局からの訴訟を受けている。

規制や認可を、既得権益と見る見方もあるが、本を正せばさまざまな経緯で合理的な理由があったため設けられ、守られてきた。ドライバーと乗客に近視眼的には価値を提供できても、より広い視点から捉えると、少なからぬ負の価値をもたらしている可能性もある。

新たな技術を導入することで、どのような問題を解決することができ、逆にどのような問題を引き起こしてしまうのか、じっくり時間をかけて社会のコンセンサスを形成する必要があろう。

今回は、ライドシェアを例に取り上げたが、こうした例は、まだまだ社会に与えるインパクトとしては、序の口ではないかと思う。特に社会へのインパクトに関しては、致命的な問題を起こし得る。

IoTは実空間を対象にする分、「ヘマ」をやらかした場合、生活者の生命、財産を直接的かつ破壊的に壊してしまいかねない。ソフトウェアの脆弱(ぜいじゃく)性や攻撃による家電やドアの誤動作や監視カメラ映像の流出、自動運転プログラムの誤動作による交通事故や墜落事故、テロへの利用、医療用装置の誤った診断と治療など、何が起こるかわからないし、どう対策していいかわからないこともたくさん存在する。

新たなチャレンジに尻込みしていては、世の中は変わらないが、健全な発展のためには広い視点からのエコシステムづくりが不可欠である。
 pp_profile_kawahara

*本連載は、毎週火曜日に掲載予定です。