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第5回:スタンフォード大のコーチが解説

奨学金は1人780万円。大学内の「内部調査班」が選手を監視する

2015/9/27

浦和レッズの予算より大きな罰金

「$60 million」(120円換算で約72億円)

Penn State UniversityにNCAAが課した罰金である。2011年に発覚した、アシスタントコーチのうちの一人が犯した、児童虐待事件を組織的に隠ぺいしたことに対する処分である。

そのほか、スカラシップ(奨学金)やオフシーズン・プレイオフへの出場資格はく奪など、多くのペナルティーが課されたが、罰金の金額には驚かされる。

「780万円」

あくまでも推定であるが、スタンフォード大学において、1年間でStudent Athleteにスカラシップ(奨学金)として支給(免除)される相当額である。

これは、授業料・食費・寮費をカバーするものである。つまり、極論で言うと、スカラシップの支給(免除)を受けている選手は、一銭も、いや1ドルも使う必要はない。ここまで、カレッジフットボールがいかに儲かり続けるビジネスモデルであるかをお伝えしてきたが、この数字は、その収入に対する大きなコスト、つまり原価と言えよう。

試合で販売されるゲーム・プログラム。試合ごとに新しいものがつくられる。中身は広告のオンパレード

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85人に奨学金。大学にとって計6億円のコスト

「85人」

NCAAが規定する「フットボールにおけるスカラシップ数の上限」である。現在、わがチームには100人強のフットボールプレーヤーがいる。そのうちの85人がスカラシップをもらっている選手であり、そのほかの選手は、「WALK ON」と呼ばれる一般で入学してきた学生である(編集部注:単純計算すると、780万円×85人=6億6300万円)。

余談ではあるが、Student Athleteに支給されるスカラシップには、「フル・スカラシップ」と「パーシャル・スカラシップ」が存在する。

フルは読んで字の如く、前述の金額が支給(免除)されるわけだが、パーシャルはその満額を何人かで分け合うかたちのことを表す。NCAAは競技によってこのスカラシップのキャップ(上限)規定をしているほか、男女で同じ競技が存在する場合には、スカラシップの数が同数になるような「配慮」と言うべき規定も設けている。

河田剛(かわた・つよし)1972年7月9日埼玉県生まれ。1991年、城西大学入学と同時にアメリカンフットボールを始める。1995年、リクルートの関連会社入社と同時にオービック・シーガルズ入部(当時はリクルート・シーガルズ)。選手として4回、コーチとして1回、日本一に。1999年、第一回アメリカンフットボール・ワールドカップ優勝。2007年 に渡米。スタンフォード大学アメリカンフットボール部でボランティアコーチとして活動開始。2011年、正式に採用され、Offensive Assistantに就任。現在に至る(写真:著者提供)

河田剛(かわた・つよし)
1972年7月9日埼玉県生まれ。1991年、城西大学入学と同時にアメリカンフットボールを始める。1995年、リクルートの関連会社入社と同時にオービック・シーガルズ入部(当時はリクルート・シーガルズ)。選手として4回、コーチとして1回、日本一に。1999年、第1回アメリカンフットボール・ワールドカップ優勝。2007年に渡米。スタンフォード大学アメリカンフットボール部でボランティアコーチとして活動開始。2011年、正式に採用され、Offensive Assistantに就任。現在に至る

大学スポーツを監視するコンプライアンス部門

カレッジスポーツにおいてもプロのスポーツにおいても、収益を上げるための最善の方法は強くなる、そして強くあり続けることである。もちろん、地域との関係性やマーケティングなど、それ以外の努力が無駄であるとは言わない。しかし、日本人よりもドライな国民性のこの国では、強さと収益は強固な比例関係にあると言えるだろう。

その強いチームをつくっていきたいがために、われわれは現場で日々の活動に勤しんでいるわけだが、ときにその現場での強い思いが、図らずもNCAAルールに違反する恐れがあるような行動に至ってしまうケースもないわけではない。

それを監視、ときには指導をしているのが「コンプライアンス」という部署である。NCAAは数々のルールについて、基本的には各大学の「自制」に任せている。定期的なレポーティングや抜打ちのチェックなどもあるようだが、各大学のコンプライアンス・オフィスがNCAAの支店のような役割を果たしている。

学校側としては、前述の数字のような巨額の投資をしているにも関わらず、現場の暴走で大きな問題が発生したり、法外な罰金をくらうような事は避けなければならない。また、教育機関として、Student Athleteがその道を逸脱するようなことがあってはならない。それを監視、マネジメントするような部門が存在することは必然なのである。

著者のオフィス。データや画像の分析が多いため、3画面が必要

スタンフォード大学フットボール部における著者のオフィス。データや画像の分析が多いため、3画面が必要

呼び出されて、聞かれたこと

彼らは、言わば内部調査班である。ゆえに、われわれのビル内、つまりAthletic Departmentの中では、異質の存在だ。オフィスは広いフロアの角に、独立そして隔離された場所にあり、中では、6人のフルタイムスタッフが、37に及ぶクラブのコーチや選手の活動に眼を光らせている。

ある時、コンプライアンス・オフィスから名指しで呼び出しを受けた。

*以下、COはコンプライアンス・オフィス、TKは筆者のニックネーム

CO「この前、練習を見ていたけど、けっこう熱心に指導してたね」

TK「気づいた点について、注意をしていただけです」

CO「あの練習メニューは、TKが考えて主導してるのか?」

TK「No, Sir. 私はあくまでボスのアシスタントですし、選手にも指導というよりは、アドバイス、もしくは選手に聞かれた質問に対して答えているだけです」

CO「そうか。それなら問題ない。ありがとう」

日本スポーツ界にも必要な「本音と建前」

最初の一言でピンときた。彼が何を言いたい、聞きたいのかを。NCAAルールでは、フットボールのフルタイムコーチは10人までと決まっている。

残念ながら、私はその枠には入っていないので、私の活動には制限がある。具体的に言うと、私は練習を中心的にまわすことはできない。

ポジションごとの練習でも「これは、なんのための練習でこのようなテクニックを使用する」という説明とメインの指導は、フルタイムのコーチがしなければならない。私ができることは、あくまでアシストである。それはそれで歯痒く思うこともあるが、ルールはルールである。

コンプライアンス・オフィスは、そのほかにも、Student Athleteやコーチングスタッフを対象にテストや勉強会を実施したり、目まぐるしく変化をするNCAAルールを学校や現場に落とす業務をしたり、高校生のリクルーティングについても、厳しく監視・指導をしている。私達からしてみれば、少し煙たい存在ではあるが、その必要性から見ても、決して無視をできない存在なのである。

「本音と建前」。NCAAの話を見聞き、そして自分が口にするたびに思うことである。

ネガティブのようにも聞こえるが、日本に足りない、スポーツがお金を生む社会を創っていくには、必要不可欠なのではないかと思う。特に、未来ある、日本の将来を担うであろう日本の学生アスリートには、NCAAに準ずるような組織が必要になる、いや必要なのであろう。

(写真:著者提供)

*本連載は隔週日曜日に掲載予定です。