「産む」と「育てる」を分けて考える
生みの親と育ての親が家族になる、LA流「オープン・アダプション」
2015/9/6
前回の記事では、虐待や育児放棄などを理由に、実の親のもとで生活できない子どもたちを守る、カリフォルニア州の社会的養護の仕組みを紹介しました。
カリフォルニア州は、全米でも特に養子縁組にオープンな地域です。自治体が実施したアンケートによると、3人に1人が「養子縁組を経験した人を知っている」と答えており、身近な家族のかたちであることが伺えます。
血縁や婚姻の代わりに、養子縁組という「子どもを育てる意思」によってつながる家族たち。今、ロサンゼルス(LA)で養子縁組を選択する人々が築こうとしている、新しい家族の在り方をご紹介します。
「わが子のために、最高の両親を見つけることができました」
「わが子のために、最高の両親を見つけることができました」
こんな言葉が大きく掲げられたWebサイト。運営するのは、カリフォルニア州に本拠地を置く、インディペンダント・アダプション・センター(IAC)という養子縁組のエージェンシーです。養子縁組を希望する妊婦に「育ての親」を紹介し、子どもが誕生直後から新たな家庭で生活できるようサポートしています。
この団体に寄せられる妊婦からの問い合わせ数、そして養子縁組の成立数も年々増加しており、その取り組みに注目が集まっています。
注目の背景には、米国内で虐待や育児放棄によって死亡する乳幼児の増加があります。U.S. Government Accountability Officeの2011年の調査によると、虐待死する子の数は2005年に1450件だったのが2010年には1770件と増えており、そのうちの81%は3歳以下の乳幼児が犠牲になっていたことが判明しています。
乳幼児という、最も養育が必要な子どもたちの悲劇を、未然に防ぐことはできないか。こうした観点から、妊娠中の母親を支援するというIACの活動は、子どもの状況を改善する取り組みとして期待されています。
予期せぬ妊娠に悩む女性に「養子縁組」という選択肢を紹介
この団体には2つの大きな役割があります。
そのひとつが妊娠中の母親への支援です。
予期せぬ妊娠に悩む女性に、出産をする・しないだけでなく、養子縁組という選択肢もあることを紹介しています。
電話やWebサイト、提携病院を通じて寄せられる相談は、毎月平均235件。妊婦本人だけでなく、そのパートナーや、娘の妊娠に悩む親からの問い合わせを、365日受け付けているといいます。
問い合わせに対応するカウンセラーたちは、妊婦の健康状態や出産の意思をヒアリングしながら、利用可能な社会福祉や医療サービスを提案し、母と子にとって何が最善かを一緒に考えます。相談者の多くは出産して自分で育てることを選択するそうですが、約10%が養子縁組のプロセスに進むといいます。
IACで養子縁組する母親の平均年齢は24歳。1人目の子どもを養親に託したのちに、進学や就職で生活を安定させ、2人目や3人目の子どもは自分で育てる女性も多いそうです。
養親候補者に求められる「子を無条件に受け入れ、育てる意思」
IACのもうひとつの役割が、養子を受け入れる養親の教育と認可です。毎年250組の養親候補者が新たに加わります。
IACでは候補者の条件に、パートナーの有無や年齢、性的志向といった制限は設けていません。唯一の条件は、「生まれた子どもを無条件に受け入れ、育てる意思があること」です。そのため、養子の性別や健康状態などの希望を出すことはできません。
前回ご紹介した里親になるための手続き同様、養親になるためにも準備が必要です。セミナーの受講や犯罪歴のチェック、健康診断や経済状況の調査を受け、養親候補として認可されるためには3カ月ほどかかるといいます。
取材を申し込んだところ、「候補者向けのセミナーがあるから参加してみては?」と案内されました。
週末に開催されたセミナーは、会場に集まった12組のカップルの自己紹介から始まりました。「不妊治療と平行して養子縁組を検討している」と話す人が多く、8組にのぼりました。
養親になる手続きの説明を受けた後、2年前にこの団体を通じて養子の母になったクリスさんが、体験談を聞かせてくれました。
「私もちょうど皆さんと同じように、子どもが欲しいけれどできない苦しみを味わい、皆さんが座っている席にいたのです。」
彼女の膝の上に抱えられた男の子は、ニコニコしながら母親の顔を見上げていました。
養子縁組のプロセス 〜クリスさんの場合〜
クリスさんと夫は、ともにフリーランスの仕事をしており、結婚の際は「お互いの事業が安定したら子どもをつくろう」と約束したといいます。ようやく状況が整ったときには思うように授からず、2年間におよぶ不妊治療によって、クリスさんは2回の流産を経験しました。
体外受精に進むべきか迷っていたとき、ほかの方法で親になることはできないかと調べるうちに見つけたのが、IACのWebサイトでした。
「すがるような気持ちで申し込みました。終わりのみえない治療で身体も心もボロボロになっていましたが、やめる決断もできなかった。それは子どものいる家庭をあきらめることを意味していたからです。
養子縁組という方法で、夫を父親にしてあげられるのかもしれない、という気づきは、当時の私には救いでした」と、そのときの心境を話していました。
セミナーをすべて受講し、最初にするのが「Adoption Letter」と呼ばれる、妊娠中の女性たちへの自己PR文の作成です。
意外に思われるかもしれませんが、この団体では妊娠中の女性の数よりも、養子を望む候補者が圧倒的に多く、誰と縁組するかの決定権は実の親が握っています。
彼女たちに選ばれるために「私たち夫婦が、子どもとどんな生活を送ろうとしているか、なるべく具体的に書くこと」とクリスさんはアドバイスしていました。
犯罪歴や家庭訪問などのチェックを経て、養親候補として認められると、母親たちのための専用サイトにPR文が掲載されます。生みの親はそこにある情報をもとに、養親探しをします。
掲載開始から3カ月後、クリスさんに初めて連絡してきたのは、同じカリフォルニア州に住む高校生のカップルでした。さっそく面会をすると、「週末の過ごし方」から「大学進学の費用は出せるか」など、子どもの育て方に関して質問を受けたといいます。
「面会の翌日に、『生まれてくる子には兄弟をつくってやりたいので、お子さんのいる候補者さんと話を進めます』と断られました。当時はうまく進むイメージしか持っていなかったのでショックでした」
その後も3人の母親と面会をしますが、途中で母親側の考えが変わって養子に出すのをやめることになったり、うまく信頼関係が築けずクリスさん側から辞退したりすることが続きます。
IACによると、生みの母が出産直前に養子縁組を取りやめるケースも3%程度あり、双方に納得のいく相手が見つかるまでに、養親候補として認可されてから平均で15カ月ほどかかるといいます。
クリスさんがブリトニーさんという女性から連絡を受け取ったのは、最初のセミナーに参加してから1年後のことでした。彼女には同棲中のパートナーがいましたが、二人の経済状況では子育ては難しいと考え、養子縁組を希望していました。
メールや電話でのやりとりや、2回の面会により、手続きを進める方向で双方がまとまると、IACのカウンセラー立ち会いのもとで会議を開きます。そこでは養子縁組の同意を取ったうえで、産後のさまざまなことを取り決めて、契約書にまとめて署名をします。
「分娩時に立ち会うことは可能か。へその緒は誰が切るか。名前は誰がつけるか……。こうした出産にまつわることはもちろんですが、年に何回会いたいか、どれくらいの頻度で写真を送ればいいかなど、養子縁組後のことまで話し合います。お互いのイメージをすり合わせておけば、トラブルを避けることができるからです」
クリスさんの場合は、退院から1週間はブリトニーさん宅の近隣ホテルに泊まり、ブリトニーさんが自由に子どもと会えるように配慮しました。
「オープン・アダプション」で生みの親と育ての親が家族になる
出産翌日、クリスさん夫妻はブリトニーさんの病院へお見舞いにいきました。
「あなたの赤ちゃんが生まれたわよ」と子どもを手渡されたとき、ブリトニーさんの彼や親戚たちも、笑顔でお祝いの言葉をかけてくれたといいます。
このときに撮影した“家族写真”をセミナー会場で紹介しながら、クリスさんはこう語りました。
「美しい光景でした。みんなが子の誕生を心から祝っていました。私はそのとき、子どもだけでなく、新しい家族を得たのです」
養親と生みの親がお互いを家族として受け入れる、というクリスさんの考え方を米国では「オープン・アダプション」と呼び、主流となりつつあります。IACが創設時から提唱している方式で、カリフォルニア州ではIACの働きかけによって法律化されています。
具体的には、(1)生みの親と養親が情報を包み隠さず交換すること、(2)縁組後も双方が適切だと考える頻度でやりとりを続けること、という2つのルールに基づいて養子縁組を進めます。
オープンな関わりを続けることは、縁組にかかわるそれぞれの心の負担を軽減し、協力的な関係が築けると言われています。生みの親は自分が生んだ子どもの人生から追い出される恐れがなくなり、養親も親子を引き裂いたと罪悪感を抱く必要がなくなります。
オープン・アダプションを無理なく進めるために、米国の多くのエージェンシーでは、アフターケアにも力を入れています。
IACでは、生みの親・育ての親・子どもの三者にカウンセリングのサービスを提供しており、縁組から1年間は無制限、それ以降は年に2回まで無料で受けることができます。
こうした親たちの心の安定が、子どもの健やかな成長によい効果をもたらすと考えられているのです。
「産む」と「育てる」を分けて考える
里親委託と養子縁組について、いろんな立場の人からお話を伺い、自分の子どもに対する考え方が変化したように思います。生みの親も育ての親も、子どもが大人になるまでの間、社会から託されているのだ、と感じるようになりました。親たちに求められているのは、子どものために最善を模索することです。
IACでも、望まない妊娠に悩む女性の相談を受ける際、「産む・産まない」と「育てる・育てない」を分けて考えることで、より多くの選択肢を検討できるようにするといいます。
オープン・アダプションという新しい養子縁組は、女性に「産むけれど、育てない」という選択肢を与えようとしています。その選択肢が生みの親、育ての親、そして子どもにとってポジティブなものとなり、子どもの養育の可能性を広げています。
出産の翌日、子どもを手放す決心をして誓約書にサインしたブリトニーさんは、「私は子どものために最もいい選択をしたと思う」と自身の選択を肯定したといいます。
新しい家族の在り方を、LAに暮らす人々は日々模索しています。
<連載「『駐在員妻』は見た!」概要>
ビジネスパーソンなら一度は憧れる海外駐在ポスト。彼らに帯同する妻も、女性から羨望のまなざしで見られがちだ。だが、その内実は? 駐在員妻同士のヒエラルキー構造や面倒な付き合いにへきえき。現地の習慣に適応できずクタクタと、人には言えない苦労が山ほどあるようだ。本連載では、日本からではうかがい知ることのできない「駐妻」の世界を現役の駐在員妻たちが明かしていく。「サウジアラビア」「インドネシア」「ロシア」「ロサンゼルス」のリレーエッセイで、毎週日曜日に掲載予定。今回は「ロサンゼルス駐在員妻」編です。
【著者プロフィール】アキコ
神奈川県生まれ。父の転勤により6歳で初めて渡米し、現在までに4回の米国居住を経験。2014年から夫の転勤でロサンゼルスで駐妻生活中。一児(娘)の母。