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親企業がないクラブが直面する問題

デロイトトーマツが湘南を徹底分析。J1とJ2を隔てる資金の壁

2015/9/3
デロイト トーマツがJリーグの経営力を測るべく、新たな試みを始める。各クラブの経営力を数値化してランキング化する「Jリーグ・マネジメント・カップ」だ。今秋の正式発表に先駆けて、本連載ではデロイト トーマツによる分析を掲載する。

ベルマーレ、苦難の15年間

中田英寿、呂比須ワグナー、小島伸幸など数多くの日本代表を輩出し、1994年天皇杯、1995年アジアカップウィナーズカップで優勝するなど「湘南の暴れん坊」として、多くの観客を魅了してきたベルマーレですが、1999年を境に苦難の15年を過ごすことになります。きっかけはJリーグ入会後初のJ2降格と、経営再建に伴うフジタのメインスポンサー撤退でした。

平塚市など行政や市民の支えにより地域密着の総合型スポーツクラブ「湘南ベルマーレ」として何とか存続したものの、その後2009年までの10年間J2に低迷することになります。2010年にJ1再昇格を果たしますが、翌年はまたJ2に降格。2012年には債務超過による解散の危機に直面(再度、市民の支えがあって存続)。2013年にJ1に3度目の昇格をするも、翌年はまたJ2に降格。

この15年間は、試合でも財務でも不安定な状況にありました。

そんな湘南ベルマーレですが、2014年度には9試合を残して史上最速でのJ1昇格を決定しています。最終的には勝ち点を101まで伸ばす快進撃でした。フィールド・マネジメントで最高の結果を出した湘南ベルマーレ。しかし、ビジネス・マネジメントポイントではJ2の中でも8位にとどまる結果となりました。
 grp_J2MC_ranking

J2降格により平均観客動員数は減ったのか

NewsPicksではこれまでビジネス・マネジメントポイントを前年度と比較することでチームの特徴を分析してきましたが、湘南ベルマーレは2013年はJ1、2014年はJ2と所属するリーグが異なります。

ビジネス・マネジメントポイントは各リーグでの相対評価で計算されますので、ベルマーレのようなケースは単純に比較できません。そこで今回はビジネス・マネジメントポイントではなく、実際の数値に着目してみました。
 grp_bellmare_kpi (1)

最も興味深い結果を見せた指標は平均観客動員数です。

一般にJ1からJ2へ降格すると、平均観客動員数は通常減少する傾向にあります。残念ながら負けが込むと人々の足は遠のきやすくなります。J2はテレビで試合結果や順位が伝えられる機会も少なく、人々の興味や関心が薄れやすくなると考えられるからです。

また対戦相手もJ2クラブになりますので、相対的にレベルの高い選手がいるJ1クラブとの試合と比べ、試合自体の魅力が低下するということも考えられます。

実際の数値を見てみましょう。

J1に所属していた2013年度の平均観客動員数は9911人でしたが、J2に降格した2014年度は8478人と15%程度減少しています。ちなみに同じ時期にJ2降格となったジュビロ磐田も1万895人から8774人へ、大分トリニータも1万1915人から8422人へと減少しています。やはりJ2降格で平均観客動員数は減少しているのです。

2014年はJ2において「史上最強の湘南」を掲げて快進撃。9試合を残して史上最速でのJ1昇格を果たした(写真:アフロスポーツ)

2014年はJ2において「史上最強の湘南」を掲げて快進撃。9試合を残して史上最速でのJ1昇格を果たした(写真:アフロスポーツ)

実はJ1効果は持続していた

では比較対象を変えて、2014年度と同じくJ2だった2012年度と対比してみましょう。実は2014年度の平均観客動員数は、2012年度を大きく上回っているのです。

下記は湘南ベルマーレの平均観客動員数の推移です。

J2だった2012年度に6852人だった平均観客動員数は、J1に昇格した2013年度には9911人となり、再度J2に降格した2014年度には8478人へ減少しました。つまり2013年のJ1昇格によって増加した約3000人の新規観客のうち、約半分はJ2降格後も観客で居続けているということになります。
 grp_bellmare_観客動員数推移 (1)

では、なぜ新規観客の半数を維持し続けられたのでしょうか。

われわれはフィールド・マネジメントとビジネス・マネジメント両面での取り組みの成果が出ていると考えます。

まずフィールド・マネジメント面ですが、湘南ベルマーレは「縦の美学」という言葉に表されるように、攻撃的で走る意欲に満ちあふれたアグレッシブで痛快なサッカースタイルを展開してきました。

このスタイルはJ2に降格しても変わることなく、結果としてJ2では圧倒的な強さを見せる結果となっています。このサッカースタイルに魅了されたサポーターは、戦うリーグが変わっても変わらずスタジアムに足を運んでいるのだと考えられます。

またビジネス・マネジメント面では「湘南スプラッシュサマー!泡フェス」や「湘南スプラッシュステージ」など、観戦者がサッカー以外でも楽しめるイベントを展開したことが成果につながっていると考えます。

そもそも神奈川県には横浜F・マリノスや横浜FC、横浜DeNAベイスターズなど多くのプロスポーツチームがあるうえ、みなとみらいや横浜・八景島シーパラダイス、鎌倉、江ノ島など観光場所も豊富です。

このようなライバルが多くいる中で、なんとかスタジアムに足を運んでもらえるよう、湘南ベルマーレもさまざまな取り組みを行ってきました。最近は試合ごとにスタジアム周辺のフードパークを変える企画もあり、これらの施策がリピーター確保に大きく影響しているのではないかと考えられます。

しかし、厳しい財務状況は今も続く

J2降格後もうまくマネジメントをして観戦者数の減少を一定程度におさえている湘南ベルマーレですが、財務状況は依然厳しい状況です。

まず注目されるのは「自己資本比率」です。J2平均が39.5%のところ、わずか6.9%と1桁台となっています。また「営業利益」は500万円の赤字です(営業外収入があるため当期純利益は200万円の黒字)。J2平均が1200万円の黒字ですので、随分と低い水準にあるのがわかると思います。

ではなぜ、J2クラブの中でもJ1昇格を繰り返し、また経営努力を続けている湘南ベルマーレが、J2平均よりも厳しい財務状況にあるのでしょうか。この理由を探るため、まずは時系列に沿って財務状況を見てみましょう。

2013年、J1に昇格した湘南ベルマーレは積極的な戦略に打って出ます。前年に比べチーム人件費は1億6400万円増加、また販売管理費も1億3600万円増加させました。その他を含め営業費用合計で3億4000万円増加させています。

一方、収入面を見ると入場料収入は6000万円、広告料収入も5700万円の増加。このほかJリーグ分配金等の増加等も合わせ、営業収益全体では3億2000万円の増加となりました。

ただ残念ながら費用の増加を賄うまでにはいかず、この年は1100万円の赤字となりました。チームもJ2降格が決まり二重の痛手です。

J2に降格した湘南ベルマーレは販売管理費はほとんど削減せず、チーム人件費の削減を行います。これにより営業費用は約8000万円の減少となりました。

一方収益については、入場料収入が約4000万円の減少、広告収入はユニフォームスポンサー獲得により約7000万円の増加です。ただJリーグ分配金が1億円の減少となったため営業収益全体で約7000万円の減少、当期純利益は200万円の黒字となりました。

このように見ると、湘南ベルマーレがかなり苦労しながら財務をコントロールしようとしていることがわかります。

J1とJ2の間に立ちはだかる「高い壁」

果たしてなぜ、湘南ベルマーレはJ1に昇格したにもかかわらず、財務状況は一向に改善されなかったのでしょうか。

その1つの答えは、J1とJ2のチーム人件費の格差にあると考えられます。2014年のJ2のチーム人件費の平均は4億6700万円、一方2013年のJ1のチーム人件費の平均は13億9000万円であり、その差はなんと9億円超にも上ります。

チーム人件費が必ずしもチームの強さに直結するわけではないと思いますが、影響がないわけではありません。J2から昇格したチームがJ1で一定の順位を確保するには、目安として約9億円の費用増加を見込む必要があるということです。

では、その費用の増加分をどう捻出したらよいでしょうか。考えられるのは入場料収入と広告料収入の増加ですが前述の通り、これらの収入がJ1昇格後劇的に増加するとは考えにくいと思われます。

新規観戦者を開拓したり、広告価値を企業に認めてもらうのには時間がかかるからです。実際、湘南ベルマーレのケースもJ1昇格直後の2013年では、これらの収益の増加分は合計してもわずか1億2000万円弱でした。

これ以外にJリーグ分配金の増加もありますが、こちらもわずか1億円の増加にすぎません。J1の中で継続的に戦い続けられる戦力を維持するのには、あまりにも少ない金額です。

こう考えると親会社や責任企業の存在の重要性がクローズアップされてきます。J1昇格後、入場料収入や広告収入が向上するまでの期間、継続的にチームを支え続ける存在があれば、J1で十分戦えるための戦力を確保し、その地位を維持し続けることができるからです。

逆に言えば、湘南ベルマーレのような親会社や責任企業を持たない市民クラブは、ほかのクラブに比べて大きなハンデを背負っているとも言えます。

上記の解決策として、個々のクラブの経営努力だけではなく、リーグとしてのサポート体制の整備などビジネスインフラの充実が必要と考えられます。

責任企業を見つけることの難しさ

湘南ベルマーレは過去の経験を踏まえ、原則的に親会社や責任企業を持たずに運営していくことを方針としているチームです。もしこのようなクラブがその方針を撤回し、親会社や責任企業を探したとして、すぐに見つけることはできるでしょうか。

残念ながら、それはそれほど簡単ではないと考えられます。なぜなら親会社または責任企業として毎年多額の資金をチームに拠出できる企業は限られているからです。

このようなことができる企業はある程度の規模が必要であり、一般的に日本全国あるいはグローバルで事業展開している企業になります。果たしてこのような企業にとって、限られた地域をホームタウンとして展開しているチームに投資をする意義はあるでしょうか。

もちろん社会貢献やCSRの観点から投資をすることも十分考えられます。ですが少なくとも知名度の向上や商品の拡販といった広告目的に限って言えば、その効果は測定しにくく、また効果も限定的に感じられます。

特に最近は企業によるマーケティング活動のデジタル化が進んでおり、広告効果を定量的に捉え、その結果を基に、より効率性の高いマーケティングを展開する傾向が出てきています。

今後クラブチームが責任企業を獲得するには、他の広告媒体との対比の中で、なぜチームに投資をするべきなのかを企業に説明できなければなりませんし、さらに言えばクラブオーナーという地位の営業ツールとしての価値などクラブチームならではの広告効果以外の投資価値を創造していく必要が出てくると思われます。

観戦者満足度に集中する湘南ベルマーレ

今回大倉社長へのインタビューをする中で印象に残った言葉があります。それは「勝ち点3にこだわらない」ということです。

これは負けてもいいという意味ではなく、勝ち点3だけのために試合内容を犠牲にするようなことはしないということです。勝っても負けても観客に価値を届けられるようなコンテンツとしての魅力を上げていくことが重要だというお話がありました。

これはすなわち観戦者満足を追及する姿勢の表れだと思います。市民クラブである湘南ベルマーレにとって主要な収益源となるのはやはり入場料収入です。入場料収入を増やすには新規観戦者を獲得しつつ、既存の観戦者のリピートを増やしていく必要があります。

その両方を追求するには、勝っても負けても面白いと思ってもらえるようなサッカーをすることが重要です。これはまさにクラブマネジメントの王道の考え方と言えるでしょう。

クラブマネジメントの王道を行く湘南ベルマーレ。今後の展開に目が離せません。
 
(文責:デロイト トーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社 川上裕義・川端一匡)