企業変革に必要なカギとは──組織の危険信号を見極めるために

2015/8/25
第13回は、朝倉氏が企業の変革に必要なポイントを概観する。組織が継続的に発展するためには何が必要なのか、独自の視点で読み解く。

企業が営む事業の寿命

今回は、企業の変革についてざっくりと触れてみたいと思います。
企業が営む事業には人間と同様、それぞれに寿命があります。短期間で消費され尽くしてしまう極端にサイクルが早いものから息が長いものまで、事業の特性によって寿命の長短は様々ですが、市場環境が常に移り変わっている以上、どんな規模やステージの企業であっても、組織の存続を目指すうえでは事業の絶え間ない改善や新陳代謝を図る必要があります。
ルイス・キャロルの小説『鏡の国のアリス』に登場する赤の女王は、作中で「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない」と述べています。これは企業にも当てはまる警句と言えるでしょう。一線に踏みとどまって経済活動を続けるためには、周囲の環境変化にあわせて走り続けなければなりません。
とはいえ、変革の緊急度合いや重要性は、個々の企業特有の背景によっても異なります。この点、事業の成長ステージや財務状況を確認しつつ、残されている時間の長短を見極めることがポイントになります。これは単にキャッシュがいつ尽きるかといった話に限りません。
どのタイミングまでであれば、まだ再起を期すことができるのか。どの状態を過ぎると死を緩やかに待つしか選択肢がなくなるのか。顧客や社員の定着度合い、事業環境の変化の速度といった状況を参照しながら、タイムリミットを検討すべきでしょう。
残されている時間に余裕があれば、必ずしもことさら性急な打ち手を講じる必要もありません。じっくりと腰を据えて、組織の体質改善や業態のシフトを図る漢方治療的なアプローチが許されることもあるでしょう。
逆にタイムリミットが差し迫っている場合は、外科手術も含めたよりドラスティックな手法を選ばざるを得ません。採り得る選択の幅は、与件によって異なります。誰も好き好んでハードランディングのアプローチなど選びたくはないものです。

組織変革のカギ

さて、組織の変革を促していくにあたり、カギとなるのは何でしょうか。この点、私は企業を構成する各事業の健康状態を的確に判断することが肝要なのだと思います。業績数値の面から見れば、同じ赤字であっても構造的な要因による赤字であるのか、もしくは先行投資による健全な赤字であるのかを、切り分けて捉え、それぞれに適した対応をすることです。
成長の可能性が乏しく、なおかつ売り上げとコスト構造のバランスが崩れているがために、生じる慢性的な赤字と、将来の屋台骨となる事業を創出するための試行過程で生じる赤字では、組織にとっての意味合いがまったく異なります。何をもって両者を切り分けるかは見る者の判断を要しますが、前者を放置しておくことは組織の命取りに発展しかねません。
仮にテコ入れを図っても事業の再起が期待できないと判断するのであれば、コスト構造を見直すなり、場合によっては事業の存続の意義そのものを再検討する必要があるでしょう。全社の成長が停滞気味、あるいは衰退局面にある企業においては特に、こうした構造的な赤字への対処は優先課題です。
なにごとも、物事は始めるよりも終わらせることのほうが難しいものです。対象となる事業が祖業であったり、長期に渡って存続している事業であったりすれば、なおさら事業を引き締めるプロセスはより一層困難なものになるでしょう。
何となれば、こうした事業では、組織内になんとしても現状を維持しようとする強力な慣性が働くからです。多くの関係者や当事者のしがらみや情緒を断ち切ることは、一筋縄ではいきません。
しかしながら、こうした状況にメスを入れぬまま放置し続けていると、いつしか不健全な状況が常態化し、「当たり前」のものとして受けとめられてしまうようになります。こうした悪い状況に慣れきってしまう前に、なるべく早く手を打つことが肝要なのでしょう。
慢性的な赤字に対する止血を図る一方で、気をつけなければならないのが、防戦一方に陥らないことです。目の前の事業が振るわないと、どうしてもすべての判断が保守的なものに偏りがちですし、気がつくといつも足下ばかりを見つめて悲観的になってしまうものです。業績が極度に悪化している状況であれば、一時的に後ろ向きの施策が集中することも仕方ない側面はあります。
しかしながら、単に赤字解消に取り組んでいるだけでは縮小均衡の域を脱することはできません。引き締めるべきところは締めつつも、夢を描きながら張るべきところには張る、メリハリの利いた投資判断が必要です。
特定の事業に予算を大きく投じるなり、新たな企画や商品、事業の開発なりといった、前向きな施策にも並行して着手するのです。新規事業の開発であれば、自社内の人材やすでにあるアセットを活用することもあるでしょうし、はたまた親和性のある外部の企業や事業を自社内に取り込むといったこともあるでしょう。
いわば、BS(貸借対照表)上のキャッシュをキャッシュフローに置き換えるといったアプローチです。自組織の将来を支えるための投資の過程で生じる赤字については、必要なプロセスであると割り切り、むしろこれを歓迎して受け入れる必要があります。
言わずもがな、企業内での新たな取り組みを始めるにあたっては、闇雲になんでもかんでも挑戦すればいいというものではありません。一方で、新たな試みというのは得てして頓挫するものであるということを大前提として織り込んでおくべきでもあります。
百発百中を狙っていては、結局何の行動も起こすことができません。もしも絶対に失敗を回避したいのであれば、唯一の方法はそもそも挑戦しないことでしょう。
新たな取り組みの失敗と同様(もしくはそれ以上に)、事業の機会を取り逃がしてしまうことは組織にとって大きな損失です。
果たして無鉄砲な暴挙なのか、価値のある挑戦なのか、投資判断には常に葛藤が付きまとうものです。この点、判断の精度を高めていくことにはどうしても限界があります。むしろ、どの規模感までであれば、すべての試みが失敗に終わったとしても致命傷に至らずにすむのか、その線引きを明確にすることのほうがより実践的ではないでしょうか。一定水準を満たした案についてはその範囲の中で試行錯誤を繰り返すのです。

企業の変革における意思決定に必要なこと

ここまで、慢性的な赤字と不健全な赤字を切り分けるという観点から企業の変革について述べてきました。こうした判断やそれに応じた意思決定を下すにあたっては、事前にある程度のお膳立てが必要です。