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霞が関から地方の現場に飛び込んだ若手リーダー(後編)

人口減少、若者流出に悩む観光の村で元官僚が目指すこと

2015/8/24
安倍政権の旗振りもあり、地方創生が注目を集める。都心で活躍していた若手プロフェッショナルが地方に赴き、地方創生の旗手として手腕を発揮しつつある。この連載では10回にわたって、地方の若手リーダーたちにフォーカスする。今回からは前回に続き、国土交通省を飛び出し、RCF復興支援チームの一員として東北へ、また、日本版シティマネージャー制度で奈良県明日香村に赴く山本慎一郎氏にキャリアへの思いを聞いた。
前編:元国交省若手官僚が感じた中央の限界

復興支援のアイデアから生まれた「日本版シティーマネージャー制度」

山本慎一郎が国土交通省を辞め、RCF復興支援チームに参加して2年。今年4月からは、RCFの仕事とは別に、「日本版シティマネージャー制度」で奈良県明日香村に週2日通うようになった。

日本版シティマネージャー制度(正式名称は「地方創生人材支援制度」)について少し触れておこう。

東北地方の被災自治体に中央官庁から20〜30代の若手官僚が派遣され、副市長クラスとして活躍する事例が出始めた。「これはいい。東北だけでなく、全国の地方にも広げるべきだ」。石破茂地方創生担当大臣の号令で昨年、構想が立ち上がった。

人口5万人以下で、若手人材の派遣を求めている自治体が手を挙げた。次に、派遣を希望する人材の募集が始まった。国家公務員だけではなく、民間や大学からも非常勤を含め募集すると聞き、山本はすぐに「応募するべきだ」と思った。

復興の仕事を続けながら、東北以外の特定の市町村にもコミットして、地方行政に関わることで自分の力を生かせると思った。応募用紙には、派遣を希望する地域も記入できたが書かなかった。自分を求めてくれる地域があるなら、どこでもいい。

東京大学工学部都市工学科卒業後、国土交通省に入省。外務省に出向し、タイの日本大使館勤務も経験。国土交通省官僚として、公共調達の議員立法や、景観法の施行などに関わる。国土交通省を退職し、2013年RCF復興支援チームに参画。2015年4月より、政府の「日本版シティマネージャー制度」で奈良県明日香村に派遣され、非常勤の政策監として週に2日勤務している

山本慎一郎(やまもと・しんいちろう)
東京大学工学部都市工学科卒業後、国土交通省に入省。外務省に出向し、タイの日本大使館勤務も経験。国土交通省官僚として、公共工事の議員立法や、景観法の施行などに関わる。国土交通省を退職し、2013年RCF復興支援チームに参画。2015年4月より、政府の「日本版シティマネージャー制度」で奈良県明日香村に派遣され、非常勤の政策監として週に2日勤務している。政策研究大学院大学修了

山本には、2つの地域からオファーがあった。山本が最終的に選んだのが奈良県明日香村だ。国交省時代に官僚として関わったことがあったこと、自身も担当した景観行政と密接に関係する地域であることも大きな理由だった。

明日香村には飛鳥時代からの石舞台古墳や高松塚古墳といった史跡が数多く存在する。地域の住民の協力で村の景観や歴史的風土を保存してきた。

国家としても将来にわたって保存していくべきとの考え方で、村全域にわたって地域住民の生活と調和を図りながら、歴史的風土を保存する措置を決めた通称「明日香法」が1980年に制定されている。

その法律が制約となって、村では景観を害するようなマンションやホテルを建てることができない。田んぼや畑を維持しなければならない縛りもある。

それと引き換えに、この30年間、村で起きているのは人口減少だ。特に若い世代が進学、就職、結婚を機に明日香村を出て行く。ここ数年は、地域行事や農業を維持できないほど、若者の減少が深刻になってきた。

せっかく村民が便利さを犠牲にしてまで維持している歴史的風土も、観光資源として十分に生かせているとは言えず、観光客もピーク時の180万人から80万人まで減ってしまった。

「元気のいい人」と伴走しながら改革する

そんな明日香村にも変化の兆しが見えつつある。ひとつは、昨年始まった、観光地を回れる2人乗りのEV(電気自動車)「MICHIMO(ミチモ)」だ。近鉄吉野線飛鳥駅を降りたところで、レンタカーと同じような簡単な手続きでEVを借りることができる。料金は3時間3000円からとレンタカーを借りるよりも手軽だ。

実際にMICHIMOを利用してみると、アップダウンが激しく、史跡が点在している明日香村を移動するのにはとても便利。棚田の間を走り抜けるのにも、EVなので排気やエンジン音がなく、空気や音を感じられるのも魅力だ。

超小型EV「michimo」で空気を汚さず、静かに棚田を走りぬける

超小型EV「MICHIMO」で空気を汚さず、静かに棚田を走り抜ける

ほかにも、築150年の古民家をゲストハウスに改築した「ASUKA GUEST HOUSE」もオープンした。正面やリビングルームは古民家そのものながら、寝室は2段ベッドが並んだドミトリー方式になっており、清潔なシャワールームがあり、蔵を改装した個室もある。1泊2800円からと、若者や海外からのバックパッカーにも気軽に使ってもらえるようにしている。

そんな変化の兆しがあることも、山本にとっては明るい材料だ。2月に日本版シティマネージャー制度の候補者として明日香村を訪れたとき、村長や副村長から「若い人の声を聞いてやってほしい」と言われた。

よそ者である自分が来ることで、村で生まれつつある変化の芽を大きく育てる「場づくり」ができるのではないか。アイデアはすでに出てきているのだから、自分が責任を考えずにとりあえずアイデアだけを出すアイデアマンとしての役割は、求められていない。

それよりも、若者や地域の人々を盛り上げ、実際に行動に移すのをサポートする存在になりたい。それが山本の思いだ。

「これまでの経験から言って、地域には必ず『元気のいい人』がいます。自分の立場は、その『元気のいい人』同士を、もしくは地域外の人とつないだうえで、伴走しながら盛り立てていくことだと考えています」

今の山本の目標は、明日香村を地方創生の成功事例にすることだ。明日香村の人々は明日香法という不便さを受け入れつつ、それに誇りを持って暮らしている。ほかにも何らか条件を抱えている地域は多いが、明日香村の成功がきっとほかの地域の参考になると信じている。

明日香村の役場庁舎の屋上で若手職員たちと

明日香村の役場庁舎の屋上で若手職員たちと

定期的に地方と行き来してみても

毎週月曜の朝、東京から始発の新幹線で奈良へ通う生活は大変ではないのだろうか。

「この生活が始まって1カ月くらい経った5月はちょっとつらかったんですが、6月くらいからは平気になりました。体が慣れたんでしょうね」

都心を飛び出そうかと検討している人には、都心と地方を定期的に通う生活もおすすめだと言う。個人として地方の暮らしを確かめることもでき、都心の空気や人脈を地方へと結びつけることもできる。

「明日香村でも、東北でも、地方は本当に人材を欲しているし、探してみればいろいろなフィールドがあります。もちろん、大組織を飛び出すのは、勇気もいるし決してラクではありませんでしたが」

まちづくりは何も地方だけの話題ではない。都心にも各地域にコミュニティがありまちづくりを真剣に考えている人がいる。週末の山本は、自宅のある豊島区内でまちづくり活動にも時々参加している。「自分たちのマチは、自分たちでオモシロく」をモットーとする区内のコミュニティを愛していると言う。

「人には生まれ育った町があれば、今、生活している町もあります。それぞれの地域に目を向けてみると、そこには、普段自分が仕事で接している人だけではなく、いろんな属性の人たちや地域の資源があり、それぞれに魅力的です。

みんなが少しずつでもそういう目を持つことで、地域ごとにいろいろな動きが出てくるはずです。日本中どこにいても、そんな動きを手伝う仕事をしていきたいと思っています」

官僚時代から、きっとその願いは同じだった。だからこそ、数ある役所の中でも国土交通省を選んだはずだ。しかし、霞が関を出て地方へ飛び込むまで見えなかった「自分の使命」に、山本は今初めて向き合っているに違いない。

石舞台古墳をはじめ、奈良県明日香村には史跡が点在する

石舞台古墳をはじめ、奈良県明日香村には史跡が点在する

(文中敬称略)

(取材・執筆:久川桃子、写真:宮田昌彦)

*本連載は毎週火曜に掲載予定です。

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