名門UCLAの流儀(第2回)
UCLA伝説の名将の教え – Pyramid of Success
2015/7/28
全米中のスポーツ指導者から、リスペクトされるレジェンドがいる。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)を10度全米王者に導いた伝説の名将、ジョン・ウッデンだ。
高校の英語教師だったときから、「他者による評価」に疑問を持ち、徹底的に「成功とは何か」を考え続けた。
その結果、たどり着いたのはバスケットボールでも、英語の成績でも、ビジネスでも共通する「心の平静」だった。
1979年、横山匡がUCLAバスケット部のマネージャーになったとき、すでにウッデンは現場から退いており、彼の下で働く機会はなかった。
だが、ウッデンから直接薫陶を受けたコーチやトレーナーを通して、その教えからとてつもなく大きい影響を受けた。
時計の針を30年間巻き戻し、横山が“恩師”ウッデンの哲学を解説する。
【今回の読みどころ】
・成功とは、ベストをつくして得られる心の平静
・1年生にまず「靴下のはき方」を教える
・「勤勉」と「情熱」がなければ崩れる
・バスケットは幾何学のスポーツ
・黒人選手拒否の大会を2年連続で辞退
・スターでも規律違反で即除外
・すべての行動に意図を持つ
勝利を呼ぶ「成功のピラミッド」
岡部:UCLAのバスケットボール部と言えば、名将ジョン・ウッデンが世界的に有名です。10度も全米王者になり、6度も年間最優秀コーチに輝きました。横山さんも大きな影響を受けたそうですね。
横山:ジョン・ウッデンに会った回数は限られていて、彼の下で働いたことはないんです。ただ、UCLAにはジョン・ウッデンの薫陶を受けた人がたくさんいて、たとえば途中でアシスタントからコーチに昇格したラリー・ファーマーはウッデンの下でキャプテンを務めていました。
岡部:ウッデンの哲学のひとつに「成功のピラミッド」というものがあります。UCLAのビジネススクールでも受け継がれているそうですね。
横山:成功のピラミッドというのは、15個のブロックでできています。
では、そもそも成功とは何か。ウッデンはこう定義しています。
「『成功』とは自分のベストをつくし、自分がなり得る最高の自分を目指し続けたと自ら思える心の平静を持てることである」
(Success is peace of mind which is a direct result of self-satisfaction in knowing you did your best to become the best that you are capable of becoming)
人からの評価ではなくて、あなたが「今できるベスト」をやれていることが成功なんですっていう定義なんですよ。
準備に関する2つの哲学
今のベスト以上はできない。今のベストで負けたら、人生の敗北ではないっていうのが教えです。そして明日はそのレベルを少し上げられればいい、と。私は自分なりにそれを「当たり前のレベルを上げよう」と若い世代に伝えています。
準備にベストをつくし、試合中はほとんど指示をしないコーチでした。
数えきれないほどの名言を残していますが、その中から「準備」に関して2つだけ紹介しましょう。
1つ目は「Failing to prepare is preparing for failure」。「準備不足は失敗の準備である」と。
2つ目は「Be quick but don‘t hurry」。「焦らずに俊敏に」
私はそのためにはAnticipation(予測)、Preparation(対応方法の準備)、そしてPractice(練習)が必要だと捉えています。
まず1年生に教えるのは「靴下のはき方」
彼のバスケットボールって、ものすごくシンプルでファンダメンタル。基本に忠実で、細部へのこだわりがすごいんですね。
有名なのは、1年生が入ってきた初日の練習です。
新入生はウッデンからどんな言葉を聞けるのか、わくわくしているわけです。
しかし、ウッデンはこう切り出します。
「今日は靴下のはき方から始めよう」
しわができないように靴下を足の指にしっかりとフィットさせ、かかとを通して、きゅっと引き上げる。そこでテーピングを巻く。
「こうやってはけば、1年間絶対にマメができないし、靴擦れをしない」
同じ要領で、靴ひもの結び方も教えていたそうです。
小さなこだわりがなければ、大きなことを成し遂げられない。その本質を教えてくれるわけです。
「勤勉」と「情熱」がすべてを支える
岡部:「成功のピラミッド」について、より細かく教えてもらえますか。
横山:まずコーナーストーンと呼ばれる左下と右下を見てください。
この2つが壊れると、ピラミッドは崩れてしまいます。だから左下と右下のコーナーストーンは何よりも大事です。
左下は「Industriousness」。直訳すれば勤勉さ。いわゆるハードワーク、努力です。一生懸命やろうよ、と。
右下は「Enthusiasm」。情熱です。好きなことをやろうよ、そこからしか始まらないよ、ということです。ただ、「好き」が何につながっていくべきかはてっぺんにヒントがあります。ただ「好き」なんじゃまだ不十分なんですよね。
コーナーストーンに挟まれた土台の残りの3つには友情、忠誠心、協調性があって、てっぺんにあるのが「Competitive Greatness」。競争力です。
マイケル・ジョーダンが引退したときに同じようなことを言ったんですが、「ベストを求められたときに、ベストな人間たれ」という意味です。
この一投で全米優勝が決まるかもしれないっていうときに、あなたのベストが出せるか。それを出すためには、その下にあるすべてを積み上げておく必要がある。
マイケル・ジョーダンの言葉
マイケル・ジョーダンが引退するときに言ったのは、次のことでした。
「NBAで6回優勝して、得点王にもなった。けれど、僕のキャリアの一番の誇りは、残り1本で勝負が決まるというときに、必ずチームメイトが僕にパスを出してくれたことだ。お前に勝負を託す、というチームの信頼を十何年間も持ち続けられたことが、自分のキャリアの誇りだ」
バスケットは幾何学のスポーツ
ウッデンは「なぜこの角度からシュートしたほうが、成功率が高いのか」といったことを、数学の幾何みたいに図形で説明していたそうです。
たとえばリングに対して斜め45度から侵入したら、バックボードに描かれた四角の角に当てればいい。そうすれば跳ね返りが入るようにできているんだからと。理詰めなので、すごくわかりやすい。
選手Aのシュート成功率が43%で、選手Bは48%だとしましょう。5%違うとバスケットボールだと、1試合で10点違う。10点違えば、勝負が決まります。
あるいは2%の差にこだわれるかどうか。1試合のみなら誤差範囲かもしれませんが、1シーズンを通すと確実に差が出ます。
バスケットは身長が高い10人が狭いところでやるので、システマティックにやらないと機能しないんですね。
高さがなければ試合のテンポを上げればいい
岡部:そういう細部へのこだわりが常勝監督になった理由だと。
横山:そうです。ウッデンが名将になれたのは、特別ユニークな戦法を持っていたわけではなく、徹底して「目指す目的」に対して成功する確率を高めたからです。
ウッデンが全米で初めてフルコートプレスを始めたのも、相手のディフェンスラインからプレッシャーをかけたほうが、試合のスピードが上がるからです。
UCLAが全米で初優勝した1964年は、一番背が高い選手でも194cmしかなく、背丈は他校に比べて圧倒的に不利でした。ただ、スピーディーな展開になれば勝機がある。
ではペースを上げるにはどうしたらいいか。相手がボールを持ったときに、相手を急がせるために早くプレッシャーをかければいいと。
仲間のために徹底的に戦う
横山:黒人選手の出場を、大学バスケット界で認めさせたのも彼です。
1947年にインディアナ・ステート・ティーチャーズ・カレッジ(現・インディアナ州立大学)でコーチをやっていたとき、地区大会で優勝してNAIBという団体の大会に招待されたんですね。
しかし、NAIBは黒人選手の出場を禁止していた。ウッデンのチームには1人、黒人選手がいました。
その規定を聞かされたウッデンは、電話でNAIB側にこう伝えました。
「彼が出られないなら、それは私たちのチームではない。辞退します」
2年目もまた同じことが起きた。それによってメディアが騒ぎ、初めて黒人選手の出場が認められたんです。
岡部:すごいですね。1950年代から1960年代にかけての公民権運動の前の話ですよね。
横山:彼は変に肩に力が入ってなくて、「俺たちのチームの選手なんだから、あいつが出られないのはおかしいだろう?」と。単純にそれだけなんですよ。
ルールを守らなければ即除外
逆にいくら中心選手でも特別扱いしません。
1970年にビル・ウォルトンというすごい新人が入学してきて、2年時に全米の最優秀選手になり(当時1年生は出場できず、2年目から出場)、UCLAを全米優勝に導いたんですね。
で、翌年練習開始の初日、ウォルトンは髪の毛ともみあげを伸ばして練習に現れた。ウッデンの下では禁止されているんですが、これだけ活躍すれば許されると考えたのでしょう。
しかしウッデンは「練習には入れないよ」とはっきりと告げたんです。理由は単純明快でした。
「もみあげから汗が滴り落ちて、手が滑ってファンブルしたら、試合に負けるかもしれないからだ」
ウォルトンが「コーチに僕がどう生きるかを決める権利はない」と反論したら、「それはそうだ。でも試合に誰を出すかを決める権利はある。短い付き合いだったな。ご苦労さま」とさらに突き放しました。
するとウォルトンはその足で床屋に行き、ショートカットにして帰って来たそうです。
ウッデンは「出会った人に興味を持って、応援するつもりで付き合おう」「友達は必要になる前に持て」「努力は報われる? いや、正しい努力が報われる」など、とにかくいろんな言葉を残しています。
すべてのプレーに意図を持つ
岡部:グーグルやゴールドマンサックス、僕が働いているTEAMもそうなんですが、「神は細部に宿る」という企業文化がある。ウッデンのチームはまさにそうだったんですね。
横山:入学したての選手がパスを受け、すぐにドリブルを始めるとする。そうするとコーチがストップする。「なんで今ドリブルを始めた?」と聞いて、こう言うんです。
「そのプレーには意図がない。意図を持て。ドリブルっていうのは、1回しかできないんだぞ。なのにその切り札を、なぜすぐに使う?」
構え方も細かくて、手を胸のあたりに構えて、膝を曲げてパスを受けろと。その体勢ならドリブルもできるし、シュートにも行けるし、パスも出せる。「トリプルスレット」と呼ばれています。
ビジネスマンの仕事でもどこから要求が来ても応えられるようにしておこうと思ったら、常に思考を巡らせる必要がある。
今、私は留学の指導、若い世代へのメンタリングや会社運営をしていますが、至る所でウッデンの言葉を思い出しています。
面と向かって語り合う機会がなかったのに、これだけの影響を受けたのは彼だけです。次回は実際に長い時間を一緒に過ごして影響を受けた、もう1人のUCLAのレジェンドについて話したいと思います。
(構成:木崎伸也)