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現場のパートがマーケティングの主役になる日

クックパッドが仕掛ける、“プロ不要”のマーケティング革命

2015/7/26
料理レシピ専門サイトとして、圧倒的な地位を築いている「クックパッド」。広告と会員収入を柱とする同社のビジネスの中で、次なる柱として注目を集める事業がある。食品・小売分野のマーケティングを根本から変えうる、新規事業のインパクトと進化を探る。

会員、広告に続く「第三の矢」

料理レシピ専門サイトとして、急成長が続くクックパッド。今年3月時点で、レシピ数は200万種類、のべ月間利用者数は5251万人を突破した。今や、日本の料理シーンにおいて欠かせないインフラとなっている。

同社の主な収入源は「有料会員収入」と「広告収入」だが、それに続く3本目の柱として、注目を集める事業がある。それが、「買物情報」だ。2015年第1四半期(1〜3月)の売上高は1600万円とまだ小粒だが、成長ポテンシャルは大きい。
 grp_セグメント別売上高

「買物情報事業」の中心は、小売店向け特売情報の「有料サービス」。詳細は後述するが、スーパーや八百屋などの小売店の「特売情報」を、顧客にリアルタイムで届けるためのツールを提供する事業だ。

2年前のスタートから、登録店舗数は右肩上がりで上昇。3月末時点で、登録企業数は9200店(うち有料サービス申込は4900店)、登録利用者数は390万人を突破している。
 grp_リアルタイム配信登録店舗数

 grp_ユーザー数の推移

この一見地味なサービスが、なぜクックパッドの第三の柱となりうるのか。食品・小売分野のマーケティングを根本から変えうるのか。そのポテンシャルを探ってみよう。

特売情報をコンテンツ化。クリック率は10倍にも

「買物情報事業」をゼロから立ち上げ、現在、責任者を務めるのが、沖本裕一郎・買物情報事業部事業部長だ。リクルートに勤務後、2012年にクックパッドに参画し新規事業を担当している。沖本氏は、2年ほど前から、食生活に関する「買う」の領域で何かをしたいと考えてきたという。

「クックパッドはオンラインを中心に事業を展開しているが、食品が買われるのは圧倒的に店頭。オンライン化はほとんど進んでおらず、食品のEC購買比率は1%にも満たない。そもそも日本人は、生鮮を大切にしていて、食生活がある意味、日本人のDNAのベースにあるような感じもする」

オンラインとオフラインをつなげる。より店頭の現場の情報をリアルタイムに提供する──。そうした狙いから始まったのが、今回の「特売情報の有料サービス」だ。

その仕組みはシンプル。言うならば「お店と顧客をリアルタイムでつなぐホームページ、オウンドメディア」のような存在だ。

たとえば、あるスーパーの担当者が、「今日はほうれん草が198円でお買い得」という情報を発信したいと思ったとする。その場合、クックパッドの提供する管理システムを使って、画面上で「ほうれん草」と選んで「198円」と値段を入れると、ほうれん草を使ったレシピが自動的に出てきて、特売情報と組み合わせることができる。
 キャプチャ1(ほうれん草)

これで、特売情報とレシピが一体化したコンテンツが一丁上がり。その情報は、スーパーのページをフォローしている顧客のスマートフォンにリアルタイムで届けられる。
 キャプチャ2(いちごとほうれん草)

ほかにも、雨の日には「今日は雨なので、この商品を特別に割引します」といった情報も臨機応変に発信できる。ユーザーは、今まで店頭に行かないとわからなかった情報を、スマホで瞬時に得られるのだ。

こうして顧客に送られる「特売情報」は、一般的な広告に比べて圧倒的に高いクリック率を記録している。

「普通にWebに広告を出すと、クリック率は1%未満と言われるが、この特売情報提供の場合は2%くらいにまで上がる。約10倍効果が上がることもある。それはなぜかというと、ユーザーは広告としてではなく、コンテンツとして受け入れるから」

こうしたコンテンツがなぜユーザーにそれほど受けるのか。それは、ユーザーのニーズを考えれば自然と理解できる。

「そもそも、”買う”と”料理をつくる”はセット。多くの主婦は、店舗に行くまで何をつくるかは決めていなくて、店頭で意思決定をしている。その割合は8割だと言われている。“あっ、今日はこれが安いから、これつくろうかな”といった感じで意思決定をしている。そうした中で、われわれは、生活者の人がスーパーの中で、頭の中で行ったり来たりしている内容をオンラインにして、コンテンツ化している。だから、広告という感じがしないのだと思う」

現場のパートが、マーケティングの主役になる

このサービスがヒットしている理由はほかにもある。

1つ目は、スーパーの商圏との相性の良さだ。

スーパーは、ECとは違って商圏が決まっている。各スーパーが向き合っているのは、地域に住む身近な3000〜5000人のお客さんたちだ。

「重要なのは、“究極のビッグデータ”ではなく“ローカルファクトデータ”だ」と沖本氏は言う。

「今は、県といったエリア単位で情報を提供しているが、将来的には店舗単位にしたい。それがECとの差。リアル店舗は、身近な5000人の幸せなことにフェイスツーフェイスで向き合えるかどうかが重要」

将来的には、「今、われわれの店舗に登録してくれている5000人のユーザーは、回鍋肉(ホイコーロー)を検索している人が多いので、豚肉とキャベツ一緒に並べて売ってみよう」といったチャレンジもできるようになるという。

沖本裕一郎(おきもと・ゆういちろう) クックパッド 買物情報事業部事業部長 2012年、クックパッドに入社。新規事業の責任者として、日常消費領域のO2Oプラットフォーム立ち上げを推進。2014年12月までの2年間で、登録ユーザー数300万人以上、情報配信店舗数7400店舗以上が利用するサービスへと進化させた。生活者の買い物を変える可能性のあるサービスとして、2013年に情報化促進貢献個人等表彰(経済産業大臣表彰)を受賞。2014年、ネット&リアル相互貢献(O2O)グランプリ大賞を受賞。2001年から2012年まで、リクルートにてクリエイティブディレクターを経験した後、人材事業やWebサービスの開発に従事

沖本裕一郎(おきもと・ゆういちろう)
クックパッド 買物情報事業部事業部長
2012年、クックパッドに入社。新規事業の責任者として、日常消費領域のOtoOプラットフォーム立ち上げを推進。2014年12月までの2年間で、登録ユーザー数300万人以上、情報配信店舗数7400店舗以上が利用するサービスへと進化させた。生活者の買い物を変える可能性のあるサービスとして、2013年に情報化促進貢献個人等表彰(経済産業大臣表彰)を受賞。2014年、ネット&リアル相互貢献(OtoO)グランプリ大賞を受賞。2001年から2012年まで、リクルートにてクリエイティブディレクターを経験した後、人材事業やWebサービスの開発に従事

2つ目の人気の理由は、その使いやすさだ。ITリテラシーが高くなくても、スマホで簡単に操作できるため、現場のパートの人たちにもとっつきやすい。

イラストレーターが使えなくても、スマホで写真を撮ってコメントを書き、アップすることができるし、ビッグデータを分析できなくても、それを素人が解読可能なかたちまで落とし込んでくれる。こうした「マーケティングの民主化」によって、現場のパートの人が、自分の裁量で3000人、4000人の顧客に直接メッセージを発信できるようになった。

「生活者のニーズや肌感覚は、生活者に近い店舗の人のほうがよくわかっている。たとえマーケティングの素人だったとしても、店舗の人のほうが、うまくマーケティングできる時代になっている。目の前の生活者が望んでいることに応えていきたいというピュアなユーザー視点が生きてくる。今まで、リアル、オフラインでしか発揮できなかった店舗の現場力が、オンラインにもしみだしていく感覚」(沖本氏)

専門家のマーケティングから素人のマーケティングへシフトしていけば、コストのかけどころも変わるだろう。チラシのデザイン、CMなどにかけていたコストが、より現場の人にシフトする。「今よりも現場の人が生み出せるコンテンツにコストをかけていく世界観になっていくと思う」と沖本氏は予測する。

5000億円のチラシ市場をリプレイス

現在、この「特売情報」ツールの基本機能は無料。ただ、月々5000円を払えば、「特売情報の優先表示」「キャンペーン情報などのお知らせ配信機能」「詳細な分析機能」「店頭でのクックパッドのロゴ、人気レシピカードの利用」などが可能になる。無料からうまく有料へ誘う、フリーミアムの設計になっている。

有料サービスを使えば、クックパッドのロゴを使った店頭での販促も可能になる

有料サービスを使えば、クックパッドのロゴを使った店頭での販促も可能になる

現在、有料サービスの申込者は、登録企業数の約半分に当たる4900社。「有料サービスの伸びはまだまだ続く。プラットフォーム型の事業なので、非常に利益率のいい事業になっていくと思う」と沖本氏は自信をのぞかせる。

その自信の背景にあるのは、巨大なチラシ市場。このツールは、5000億円に上るチラシ市場をリプレイスしていく可能性がある。

「チラシというのは一方通行でリターンもわからない、旧来型のマーケティング商品。われわれはチラシを圧倒的なコスト効率でリプレイスしている感じがする」(沖本氏)

小売版の「エムスリー」になれるか

「買物情報」の新サービスは、静かに、着実に、現場からマーケティングを変えつつある。ただ、今のままでは、爆発的な普及や売上拡大には時間がかかるだろう。2020年に向けて、次なる一手として、どんな策を考えているのか。

ひとつは、位置情報の活用だ。

「位置情報は一部、今も使っている。ある人が、ある店舗に近づいたときに、『今日、このお店ではこういうものが安いですよ』という情報を流すかたち。今は、実験的にやっているが、2020年に向けては確実に広がっていく可能性がある」(沖本氏)

将来的には、電車から帰ってきて駅に降りたときに、各店舗から「今日は夕飯、麻婆豆腐にしませんか」「豆腐が安いですよ」というオファーがセットで届くといったことが可能になっていくという。

もうひとつの切り札は、「パート社員のためのメディア」の創出だ。

「今後、採用店舗がさらに拡大すれば、パートの人にリーチできるメディアにもなる。今は、メーカーの人が店舗に営業に行っても、現場は忙しいので邪険に扱われることもある。ただ、このメディアを使えば、より効率的に現場の人にアプローチすることできる。しかも、商品の背景ストーリーも含めて、より丁寧に商品の情報を届けやすくなる。2020年には、確実にそうした流れになっていると思う」(沖本氏)

現在、医者専用のWebサイトとして「m3.com(エムスリー)」が急激な勢いで伸びているが、そのパート版とも言える。エムスリーは、製薬業界がMRにかけるコストをリプレイスすることで、時価総額8000億円を超す企業に化けた。

店舗の現場において、パートの社員はカギを握る存在だ。店舗において「どの商品を売り出すか、どの商品をどこに置くか」の権限はパートが持っているケースが多い。本部からのトップダウンはさほど効かない世界だ。それだけに、パートの人たちに効率的かつ深くアプローチできるメディアができれば、食品メーカーなどから多額の広告費を獲得できる可能性は高い。

そうしたメディア化を成功させるとともに、マーケティングのプロから現場へのパワーシフトを起こすためにも、当面は、とにかくサービスの登録企業数を増やす必要がある。

「商店街には肉屋、八百屋、魚屋などが20万店ぐらいあると言われるが、そのうち約半分には会員になってほしい。そうなると、買い物がどんどん変わっていく。各店の情報がわかれば、地域の八百屋、肉屋、魚屋で買い物する人が増えて、商店街も活性化するはず。究極的な姿は、地域の生活者とお店がともに育っていくCo-Creation(コ・クリエーション)みたいな世界観」

店舗と顧客がダイレクトにつながり、地域コミュニティが活性化していく──こうした世界観を日本で生み出すことができれば、クックパッドは、料理のみならず、小売の分野でも、日本に不可欠のインフラになることができるかもしれない。
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(撮影:遠藤素子)

*NP特集「2020年のモバイル」は、明日掲載の「スマホ時代の勝者の条件」に続きます。