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日本経済新聞社、FT買収会見詳報

たとえ日経に不利な記事を書いても、飛ばすようなことはしない

2015/7/25

FTと理念や価値観が同じだと確信

「『編集権の独立』という言葉は、生半可な覚悟で使っているわけではない」「たとえ買収したとしても、日経は日経、FTはFTです」──。こうした言葉を繰り返す日本経済新聞社(日経)トップの姿勢からは、英「フィナンシャル・タイムズ」(FT)の編集陣の警戒心を解く意図が見え隠れした。

7月24日、東京・帝国ホテルで、日経によるFT買収に関する記者会見が行われた。

冒頭で日経の喜多恒雄会長は、「数年来、記事の相互掲載や人材交流などFTとのコミュニケーションを深めていく中で、FTの理念や価値観がわれわれと同じであると確信した。FTと日経は目線を同じくして切磋琢磨し、欧米とアジアをカバーする真のグローバルメディアとして成長していきたい」とあいさつした。

日本経済新聞社の喜多恒雄会長

日本経済新聞社の喜多恒雄会長

続いて岡田直敏社長が、以下のように買収の戦略的意図を説明した。

「多くの日本企業やビジネスマンがアジアに進出する中、日経としてはアジアの姿を十分に報道できていないという問題意識があった。ブランド力があり人材も豊富なFTを買収したことで、相互の記事掲載や人材交流が加速し、(2013年に創刊した英字紙)『Nikkei Asian Review(日経アジアンレビュー)』をさらに育てられると考えている」

「FT電子版(50万人)と日経電子版(43万人)を合わせるとデジタル版の読者数は90万人を超え、世界最大のデジタルメディアになる。システムやデータ解析、顧客管理の面でFTは日経の先を行っており、FTの強い部分も学んでいきたい」

日本経済新聞社の岡田直敏社長

日本経済新聞社の岡田直敏社長

買収金額は十分価値に見合う

6月下旬にFTの親会社である英ピアソン側から、投資銀行を通じて「FT売却の意向あり」と伝えられたことで始まった今回の買収劇。7月下旬に喜多会長とピアソンのジョン・ファロンCEOの間で合意が成立し、会見前日の23日には買収価格がメディア企業の海外買収案件として過去最大級となる8億4400万ポンド(約1600億円)に決定した。

FTの2014年の営業利益は2400万ポンド(売上は3億3400万ポンド)のため、買収額は利益の35年分に相当する。

この金額の妥当性については、「決して少なくない金額だが、日経のキャッシュフローでは十分にマネージできる範囲だと考えている。自己資金と外部からの借り入れで賄う」と荒川大祐経営企画統括補佐がコメントした。

日経とFTの相互記事掲載は、すでに5年前から行われており「今回の買収劇は金額に見合うだけの価値があるのか」という質問があったが、岡田社長は「深い提携をすることによって生まれるシナジー効果や、FTのブランド価値を考えれば、今回の買収金額は十分に見合うものだと理解している」との見解を示した。

拙速な買収劇か、世紀の大英断か

質疑応答では、編集権の独立に関する質問が相次いで投げかけられた。

FTの編集方針への介入について言及する報道陣に対し、「編集権の独立は維持していくと明言する。FTのジャーナリストは、今まで通り、質の高いジャーナリズムを世に送り出すことに集中してほしい」(喜多会長)、「日経の方針は、FTのジョン・リディングCEOにも繰り返し伝えている」(岡田社長)と強調した。

FTの経営陣や編集長についても現体制を維持すると同時に、支局の統廃合や人員削減も行わない考えを明らかにし、急転直下の買収劇に「騒然となっている」(英ガーディアン紙)FT編集部への配慮も示した。

「日経本体にスキャンダルがあり、FTがそれを報じようとしても、FTの方針に介入しないと明言できるか」と迫る記者に対しては、「たとえ不利な記事を書いても、飛ばすようなことはしない。『編集権の独立』という言葉には、こうした覚悟も含まれている」と、岡田社長が語気を強める一幕もあった。

一方、「日経アジアンレビューや電子版のようなBtoCビジネスのみならず、BtoBビジネスについて戦略はあるか」というNewsPicks編集部の質問に対しては、「データベースサービスの『日経テレコン』に海外の企業情報や記事を拡充させたうえで、販路をアメリカや欧州に拡大することも考えている」と回答。将来的なビジネス展開について意欲をにじませた。

とはいえ、NewsPicks編集部のジョーダン記者の既報通り、一部の海外メディアからはシナジー効果について疑問を示す声も上がっている。今回の記者会見でも、5年後、10年後の中長期的な戦略イメージや、「『ウォール・ストリート・ジャーナル』や『ブルームバーグ』といった競合相手に、どう相対するか」といった質問には明確な答えが示されなかった。

ピアソン側の打診からわずか1カ月で実現した今回の買収劇。後日「あれは拙速だった」と判断されてしまうのか。それとも世界のメディア地図を塗り替える大英断になるのか──。今後の動きを注視したい。

(取材・文:野村高文、撮影:竹井俊晴)