2024/10/5

農業ロボが高齢化や人口減の救世主に、アグリテック飛躍の壁

編集オフィスPLUGGED
「アグリテック」 とは、農業(Agriculture)と技術(Technology)を融合させた造語です。IoTやビッグデータを活用し、農薬散布にドローンやロボットを用いるなどして、農業領域でICT技術を使っていくことを意味します。

2019年6月、深谷ねぎをはじめとする農作物の一大産地の埼玉県深谷市は、農業と最先端技術の融合を目指す「DEEP VALLEY アグリテック集積宣言」を発表し、人口減少や高齢化による農業課題の解決に向けて動き出しました。

5年後の現在、技術革新と農業の融合はどう進んでいるのでしょうか。深谷市の「アグリテック集積戦略」の現在地と未来を見ていきます。
INDEX
  • アグリテックはまだ草創期
  • アグリテック企業のブレイクスルーが不可欠
  • アグリテック交流施設の誕生
  • 目的地は農業を軸とした産業ブランディング

アグリテックはまだ草創期

深谷ねぎをはじめとする農作物の一大産地の埼玉県深谷市が、農業と最先端技術の融合を目指す「DEEP VALLEY アグリテック集積宣言」を発表したのが2019年。
そこから、アグリテック企業誘致のために、ビジネスコンテストを開催し、受賞企業、参加企業らと深谷での実証実験を重ねてきました。
現在、深谷市を拠点に活動するアグリテック企業の株式会社レグミンが開発した農薬散布ロボットの受注散布など、有償化が始まっていますが、事業化への壁はまだ厚いようです。
深谷市産業振興部産業ブランド推進室の室長補佐の福嶋隆宏さんに伺いました。
福嶋隆宏さん。埼玉県深谷市出身。2000年に深谷市に入庁し、2018年から現職。深谷市の産業ブランディング推進方針に掲げる「儲かる農業都市ふかや」の実現に注力している
福嶋「アグリテックの現在地は、まだ実証実験を重ねている段階です。プロダクトを開発し、その有効性を証明して初めて、全国に向けて事業化できる。
深谷市では、これらのプロダクトの実証実験ができる環境づくりを重視してきました。これまでに、19の実証実験が行われてきました」

アグリテック企業のブレイクスルーが不可欠

深谷市のアグリテックへの試みは農家にも少しずつ理解され、実証実験の協力に手を挙げてくれる農家も増えているそうですが、実用化にはまだ時間がかかるといいます。
福嶋「実は、アグリテックについては、世界が同時に実証実験を重ねている状況です。プロダクトも有償化できたから終わりではなく、農薬散布ロボットの次は除草ロボットというように、実証実験はこれからもずっと続いていきます」
アグリテックが日本の農業に定着するために必要なこと、一歩先に進むために必要なものはスタートアップのブレイクスルーだという福嶋さん。
福嶋「農家の皆さんは、本当に便利なものが安価に手に入るとなって導入しないという人はいない。ただ、まだ技術が追い付かず導入できる価格になっていないのです。
例えば、ドローンにしても、散布濃度や散布量に制限がありますし、効果についてもまだ証明できていない。でも、説明会を行えば生産者は非常に高い関心を持っているのがわかります」
アグリテック企業と深谷市で開催したドローン見学会の様子。地元の生産者も興味津々(写真提供:深谷市)
2019年10月に創業し、2020年に「DEEP VALLEY Agritech Award」で未来創造部門最優秀賞を受賞した、農業系スタートアップのAGRIST株式会社の代表取締役秦裕貴さんは、農家にとって使いやすいロボットの開発が必要だといいます。
秦裕貴さん。AGRIST代表取締役。北九州工業高等専門学校を卒業後、学内に設立されたベンチャー合同会社Next Technologyに入社。農業に強い関心を抱き、2019年にAGRIST株式会社のCTOに就任、2022年に現職
「農業ロボットは、低コストで導入しない限りペイできない。そうすると、世界最先端の、まだコストが高い技術を組み合わせて作るよりも、むしろある程度安定していて、確実に動く技術を組み合わせることが、農業1次産業の分野においては重要だと考えています」
2020年の「DEEP VALLEY Agritech Award」で現場導入部門最優秀賞を受賞し、深谷に拠点を移して活動する株式会社レグミンの代表取締役の成勢卓裕さんは、アグリテックの未来についてこう語ってくれました。
成勢卓裕さん。株式会社レグミン代表取締役。慶應義塾⼤学理⼯学部卒業後、⽇本アイ・ビー・エム株式会社で主に中堅製造業のコンサルティング事業に従事。農業に関心を持ち、オランダの先進的なビニールハウスや施設栽培に感銘を受け、日本の農業の効率化を目指して起業
成勢「今後、10年、20年で、『周りが使い始めているから自分も使いたい』という時代になってくると思います。今ある機械が壊れたタイミングや、次の世代が土地を受け継いだタイミングなどが転機になる。
これからさらに農業法人などが参入してきたとき、規模拡大していくのに伴って、どういう技術を入れようかとなったときの選択肢になればいいなと思って今は開発しています」
深谷市の目標は、アグリテック集積戦略が、農業版のシリコンバレーのように着地すること。アグリテック企業が深谷に根を下ろし、農業とともに成長していくことで、全国の農業DXが躍進する未来が見えてくるかもしれません。

アグリテック交流施設の誕生

深谷市は、アグリテック企業と農家のさらなる連携を目指し、2023年10月にアグリテック交流施設を開設し、2024年1月に「アグリ:code22深谷」と名付けました。
施設の運営管理を受託している株式会社ATOMicaの堀江健太郎さんに伺いました。
堀江健太郎さん。株式会社ATOMica事業開発グループ。東京都出身で、大学卒業後は経営コンサルタント会社に就職。その後、旅行系スタートアップを立ち上げ、コロナ禍に売却し、深谷市に移住。地域通貨negiのシステム開発に携わる。2024年7月から現職
堀江「交流施設には、企業と生産者らの効果的な連携や交流を後押しするコーディネーターが常駐しています。
農業技術を一歩先に進めようとしている生産者を集め、アグリテック企業の方々とマッチングすることで、企業を誘致し、深谷全体の農業技術のレベルアップを目指しています」
深谷市の産業振興部産業ブランド推進室の皆さんと談笑する堀江さん(写真右から2番目)
現在開催されている農業DXに関する説明会やイベントのほか、農家の人たちに集ってもらうために農作物の無人販売所としての活用などが始まっているようです。

目的地は農業を軸とした産業ブランディング

現在、深谷市産業ブランド推進室では、アグリテック集積戦略のほかに、地域通貨negi、ベジタブルテーマパークなどと連携した、産業ブランディングを行っています。
農業を軸にした戦略を進めているとはいえ、深谷市の最大の産業は製造業です。農業だけにすべてのリソースを投入するのではなく、農業強化の施策を打ち「儲かる農業都市」を目指しながら、製造業と商業に同時に目配りしていく必要があるといいます。
深谷市産業ブランディング推進方針(写真提供:深谷市)
深谷市産業振興部産業ブランド推進室主査の茂呂佑典さんに、これからの展望について伺いました。
茂呂「深谷の課題としては、農地以外に使える土地が少ないことです。今年度は、10年先を見越して、利便性の良い山林など、開発可能性について調査を行っています。
スタートアップ企業が工業団地のように集まり、お互いを高め合えるようなインキュベーション施設を生み出したいと考えています」
茂呂佑典さん。深谷市産業振興部産業ブランド推進室主査。一昨年度までは、「ふかや花園プレミアム・アウトレット」の立ち上げに従事
すでに、深谷市産業ブランド推進室の職員らが、さまざまな企業にアプローチしているといいます。
また、農業分野でも新たな取り組みが始まっています。
茂呂「直近では、セブン&アイグループ各社様との連携が進んでおり、株式会社セブン‐イレブン・ジャパン、株式会社イトーヨーカ堂、株式会社モール・エスシー開発(現:セブン&アイ・クリエイトリンク)との地域活性化包括連携協定を締結しました。
株式会社セブン‐イレブン・ジャパン様とは深谷市の農業課題を解決すべく、さまざまな取り組みをともに検討しています」
「儲かる農業」を目指すことで、他の産業も盛り上げ、持続可能な自治体として成長し続けること。
新一万円札に沸く渋沢栄一の街では、この夏も暑い戦略が練られていました。