2024/10/2

棚橋弘至が語る地方の可能性、目指すは「全国のドーム大会開催」

編集・ライター
2023年12月に、新日本プロレスとしては約20年ぶりの現役プロレスラー兼社長に就任した、棚橋弘至さん。その就任当初に掲げた公約の一つが、「地方でのタイトルマッチを増やす」ことでした。

当時、IWGPヘビー級王者だった棚橋さんは2000年代後半からのプロレス低迷期、地方プロモーションに自ら動いて再興の土壌をつくり、その後のオカダ・カズチカ選手、内藤哲也選手といったスター選手の活躍も合わさって、新日本プロレスは人気・業績ともV字回復を果たしました。

そうした経験を経て地方の力を認識した棚橋さんは、「全国からドーム大会の誘致合戦が起きるようになれば、地方に大きな経済効果が生まれるのでは」と将来を思い描いています。

新日本プロレスはどのように地方と向き合っているのか、「地方創生」を目的に取り組む佐賀県唐津市とのコラボレーション、この先の地方展開の未来図について、聞きました。(第2回/全3回)
INDEX
  • 地方会場の来場者数が大切な理由
  • 地方創生を目指し自治体とコラボレーション
  • 選手個人の発信という新日本プロレスの強み
  • 全国各地でドーム大会を開催したい

地方会場の来場者数が大切な理由

2024年に入ってから選手による地方プロモーションの稼働が増えていて、「令和闘魂三銃士」の海野翔太、辻陽太の2人や上村優也などが、積極的に取り組んでいます。
全国で試合が行われるG1 CLIMAXの開催地や選手の地元の試合会場を訪れてくれているのですが、僕が選手としてプロモーション活動に励んでいたときは、ひとりだけでした。
プロモーション活動してから、現地の方々がプロレスを好きになってくれるまでに3年かかるという「3年後理論」を当時は唱えていたのですが、いまは同時並行で各地のプロモーションが行われ、かつSNSを通じて情報が浸透するのも早まっています。
1年かからないうちにプロレス熱のピークが現れるようになっていると感じますね。
社長就任時の公約の一つで、「地方でのタイトルマッチを増やす」ことを掲げました。現在、新日本プロレスの試合は年間で150試合ほどあり、タイトルマッチも多く開催されるようになっています。
これは選手層の厚みが増したこととタイトルが増えたことが要因なのですが、これまでになかったような巡業の組み方ができるようになっていますね。
例えば、北海道、宮城、東京、愛知、大阪、広島、福岡といった土地でビッグマッチが開催されれば、隣県に住む方々は「足を運べる距離なので試合を見にいこう」と考えてくれます。
僕が各地でプロモーション活動に取り組み始めた頃は、地方会場の来場者数は500人に届きませんでした。
そこから、新日本プロレスの若手営業メンバーと一緒に500人を目指して活動し、それが達成できたら次は1000人を目指していました。この数字は最終的に、東京ドームでの興行の動員数につながるんです。
地方会場で1000人の動員を達成できると、地方のビッグマッチへの動員で5000人や1万人といった数が見えてきます。
ここに達すると、東京ドームに5万、6万といった人が集まる。地方会場の最少動員数の規模で、後楽園ホールや両国国技館、東京ドームで興行した際の数字が予測できるのです。
こういった連なりの発想があり、「地方でのタイトルマッチを増やす」ことを公約に挙げました。

地方創生を目指し自治体とコラボレーション

今年の夏開催のG1 CLIMAXでは、これまでの大会で開催地になっていなかった長崎県、山口県が試合会場として追加されました。
巡業の組み方は、長年営業として携わってきた取締役会長の菅林直樹が興行部と組んで考えているのですが、興行を打てる可能性を模索しながら開催地を選定していますね。
挙げた2カ所に限らず、期待以上の数字の動員がかなった場所もあれば、思うような動員数に達しなかった会場もあったりするので、来年以降のG1 CLIMAXで生かしていきたいです。
コロナ禍が明け、抑圧された空気から解放されてライブやスポーツに対する欲求が高まっているのは、プロレスにとっても追い風です。
SNSによる情報の浸透の速さについて先に触れましたが、地方のファンを増やすために、新日本プロレスでも複数のチャンネルでのアプローチを意識しています。
テレビ朝日で金曜深夜に放送の「ワールドプロレスリング」もそうですが、スイーツ好きで人気を博す真壁刀義選手やしゃがれ声でおなじみの本間朋晃選手などがテレビ番組に出演し、マス向けに露出しています。
一方、昨今はオンデマンドでの動画配信やYouTubeを通じてプロレスに触れる若い方も増えていて、新日本プロレスでもYouTubeショートなどでの発信に力を入れていますね。
新日本プロレスをどう地方に届けるかという観点でここまで話してきましたが、逆に新日本プロレスがもつ強みを生かして、地方創生に取り組む事例も現れています。2022年から始まった、佐賀県唐津市とのコラボレーションです。
市の職員で新日本プロレスのファンの方が、唐津の特産品や観光地を選手の助けをかりてアピールしたいと、わざわざ東京まで来社してくれて。それがきっかけで、初めての地方自治体とのコラボレーションが生まれました。
とはいえどうなるだろうと思っていたのですが、PR動画への選手の出演や唐津市を訪れる旅行企画など、多方面からプロモーションを実施した結果、25年ぶりに開催した唐津大会は超満員に。
大きく盛り上がったことで、より密着して地方との関係性を築く、新しいプロレスのかたちを見いだすことができました。
唐津市には本当にいいヒントをもらいましたし、そこから2023年、2024年と取り組みを継続しています。
唐津市のPR動画に出演する棚橋さんと獣神サンダー・ライガーさん Ⓒ新日本プロレス
唐津市を訪れる旅行企画の様子 Ⓒ新日本プロレス
こうしたコラボレーションは全国に広げたいですし、第2、第3の唐津市が現れてほしいです。音楽のライブも各地をまわりますが、日本全国の市町村を細かくまわるようなジャンルの催しは、プロレスぐらいではないでしょうか。
もともと手がけているような巡業とも、マッチした取り組みだと思いますね。

選手個人の発信という新日本プロレスの強み

また地方の特産品や観光地をPRするのに、選手個人の発信が生きると感じています。プロレスファンの方々は日頃から選手の発信を楽しんでくれていて、「応援している選手が好きなものは何だろう、何を食べているんだろう」と興味をもって情報を追ってくれます。
そのため、例えば唐津市のおいしい食べものについてレスラーが投稿すると、選手というフィルターを通ることで、ファンの方々にとってより関心度の高いものになるんです。
「今度、唐津に行ったら試合を見に行きがてら食べてみようかな」というファンの方もいたりと、地方の特産品・観光地とプロレスがうまく組み合わさったプロモーションでしたね。
プロレスラーの仕事のやりがいは、ファンの方々に喜んでもらうことです。試合も楽しんでもらいたいし、SNSでの発信やほかのイベントもそうです。
そういった喜んでもらおうという気持ちは若いときから刷り込まれているので、トップレスラーほどサービス精神のある人はいないのではないかと思います。

全国各地でドーム大会を開催したい

アメリカのプロレス団体「WWE」では1年に1回、「レッスルマニア」といういちばん大きな大会が開催されるのですが、アメリカ国内の各地で誘致合戦が繰り広げられているんです。
何万人というプロレスファンが開催地を訪れるのですが、そこへ向かう移動費や宿泊費、飲食費と、とてつもない経済効果が生まれるのです。
新日本プロレスでは毎年1月4日に「WRESTLE KINGDOM(レッスルキングダム)」を東京ドームで開催していますが、ドームは日本各地にあるので、「ぜひ私たちの土地で大会を開催してください」というお声がけをいただけるようになりたいですね。
そして周囲の地域からもファンが集結し、経済効果が生まれてその土地が潤うという、いい循環が生まれるといいなと思います。
また、例えば沖縄よりさらに南の島で大会を開催して、全国各地のプロレスファンにツアーを用意して参加してもらってもいいし、映像配信を通じて広く見てもらうことも可能ですよね。
五十数年という歴史のなかで、1年のこの時期にこの土地で大会を開催するという予定はおおよそ固まっています。それに加えて「今年はこんなところでやるのか」という、驚きを生むようなこともやっていきたいですね。
第3回では、団体の最高峰のタイトルである「IWGP世界ヘビー級王座」の戴冠を目標に、社長就任時の記者会見で宣言した「社長も100%、プロレスラーも100%」という二足のわらじをどのように実現しようとしているのか、棚橋さんの奮闘の模様に迫ります。