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Weekly Briefing(中国・アジア編)

配車アプリが割拠する中国。Uberに勝ち目はあるのか

2015/6/18
「今年、Uber(ウーバー)は中国に10億米ドル超を投資する」──。12日、英メディア「フィナンシャル・タイムズ(FT)」はウーバーのカラニックCEOのメールをもとにこう伝えた。中国のタクシー/配車予約アプリ市場は国産の「滴滴快的」が最大シェアを握るが、ただでさえ政府や既得権益者とせめぎ合う市場にウーバーの増資はどれほど実際的な旨味があるのだろうか。

筆者は木曜日の午前に杉並区内でこの原稿を書いているが、手に取ったスマートフォンのウーバーアプリを開くと、「ご利用可能な車がございません」と表示される。

ブラックVANだろうが、ハイヤーだろうが、あるいはTAXIだろうが、どの車種を選んでもウーバーは日本の東京23区内でもそんな状態だ。まだまだウーバーという名前すら聞いたことがない日本人のほうが多いはずだ。

だが、ウーバーのカラニックCEOはくだんのメールで続けて、「これまでの各国における経験から、自身への投資は業務規模を拡大するために最も有効的な方法だと理解している。

つまり、中国市場の開拓はウーバーグローバルチームのトップ任務だということだ」と大変な意気込みである。何が彼をそうさせるのか。そこで、中国におけるウーバーをめぐる事情は今どうなっているのか、ご紹介したい。

Pick 1:ウーバーが切り開いた中国市場

Uberはいかに中国市場をこじ開けたのか?” 界面新聞(2015年4月28日)

「2010年、ウーバーは契約した車が道を走り始めたそのときから、成熟した利益モデルをもったモバイル・インターネット企業だった。そしてそれまでのすべての『Copy-to-China』話と同じように、そんなウーバーに目をつけた中国の国内から滴滴打車、快的打車、易到などのスタートアップが出現、近頃ではさらに“シェアカー”サービスを売り出す会社も現れた」

ここで触れられている国産アプリについてはすでにWeekly Briefing(WB)「タクシーアプリ合併に見る、2大IT企業確執の弊害」で取り上げたが、過剰なシェア争いを繰り広げた結果、疲弊してしまった。

国産2大アプリ「滴滴打車」と「快的打車」は合併して「滴滴快的」となってから、サービスの主軸をタクシーの配車予約から一般車の配車に移している。それこそウーバーと真っ向からぶつかり合う市場だ。両者はどう違うのか。

「ウーバーの中国戦略は、各都市に小さなチームをつくり、スタートアップ的にそれを運用するというもの。どこか新しい都市に進出する際にはまず、その都市のマネージャーとなる人物を募集し、3人によるグループ体制をつくり、半月かけて加盟車両を探し、そして試験運用に入る。その結果をサンフランシスコの本社に報告して満足してもらえれば、その後の運営は現地チームに任せられる」

ウーバーは2013年初めに、中国三大IT企業BAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)のテンセントでモバイルインターネット事業チーム(MIG)のトップ2を務めていた王暁峰氏を中国CEOとして迎え入れている。さらに同年11月には、中国人消費者にとって支払いといえばクレジットカードよりも身近な、アリババの決済サービス「アリペイ」と提携している。

また、中国での本格始動の場に上海を選んだのも賢い選択だったと同記事は語る。2013年8月に試験運用を始めた上海は、慢性的なタクシー不足に悩んでいた。そこで英語非公用国で初めて英語ドライバーを売り込んだのである。

そんな戦略が外国人や、外国人ビジネスマンと付き合いがあったり、外国暮らしを知っている中国人をとらえた。そしてわずか2カ月のうちに、最初は10〜20%程度だった中国語利用者が急速に拡大し、英語話者ユーザー数を抜いたのである。

現在でもウーバー中国に登録されている外国籍ドライバーは70万人おり、そのうち17万人が上海で車を走らせているという。

冒頭のFT記事によると、ウーバー中国では現在、毎日のべ100万件近くの配車要求に対応しており、これは半年前のウーバー全世界の業務量合計にあたるそうだ。これも、ウーバーが中国市場に増資する期待を支えている。
 Guangzhou Uber Drivers Protest

Pick 2:ウーバーを待ち構えるトラブル

杭州のUber車両取り締まりに仲間の運転手たちが集合、抗議” 財新網(2015年6月13日)

先週末、広東省広州市で交通管理当局の摘発で捕まった仲間の運転手を助けようと、抗議の車が数珠つながりに幹線道路を占拠して大混乱を引き起こした。

さらに13日に浙江省杭州で、また15日にも湖北省武漢市で当局の取り締まりに抗議する活動が起こっている。その場に、運転手たちのほか、「専車(=車両配車)を支持! Uber(滴滴)を支持!」と書かれたプラカードを持っている人たちが集まっていたことも話題になった。

当局の取り締まりは多くが「釣魚」と呼ばれる手段が使われる。関係者が利用者を装って配車をリクエスト、やってきた運転手を拘束、車を勾留するのだ。「釣魚」とは、運転手が喰らいついたエサについている糸で釣り上げられるさまを言う。

さらに最近では見張っていた人気降車ポイントで車から下りた乗客に運転手との関係を尋ねる、という手段もとられ始めた。これは中国では昔から売買春取り締まりを目的として使われていた方法で、たとえば、乗客が運転手の正しい名前を言えなければ、非合法業務とみなされるのである。

インターネット上ではサービス利用時にこうした取り締まりに遭ったときの注意書きが流れている。

そこには、(1)乗客は「アプリを使った」とは言わない、(2)運転手は「車が来なくて困っていた人を助けているだけ」と言う、(3)スマホを検査したいと言われても渡してはならない(当局にはその権利はない)、(4)「車を降りろ」と言われても降りない──などの弁護士を名乗る人による提言が並ぶ。

報道によると、人口約1000万人の武漢市だけでも今年に入ってからすでに2000台近くの車が「違法営業」の取り締まりを受けており、そのうち配車アプリを使った自家用車が100台余りを占めているという。

一方で、5月に当地の工商担当局に捜索を受けたと伝えられたウーバー成都(四川省)事務局はその後、「当局各部門と前向き、有効的に話し合った」結果、「今後さらに規範化され、きちんとしたサービスを行っていく」で合意したと声明を発表した。

また当局側も当初の「ウーバー事務所を封鎖」という報道を否定、「調査だった」と述べ、両者が少しながら歩み寄った印象だ。

「歩み寄り」があるのは、取り締まる側にも実は気まずいところがあるからと、ITコラムニストの陽淼さんはコラムで指摘する。

それによると、上海の場合、「車両違法旅客輸送取り締まり方法」(2014年8月公布)が現在、アプリ車両取り締まりの根拠となっている。同方法が準拠する、車両の営利、非営利運営の規定は「道路運輸管理暫定条例」(1986年公布)によるとされる。だが、同条例は2004年に廃止され、その代わりとして2004年4月に交付された「道路輸送条例」には道路における営利輸送の具体的解釈がなされていないのだという。

新聞記者でもある陽さんは、「われわれの官吏はこうしたこんな簡単な行政管理論拠すら無視して、好き勝手に解釈する」と、政府当局の法的根拠のあいまいさを指摘する。

ウーバーおよび国産アプリの配車サービスが直面する問題は、こうした当局との問題だけではない。海外と同じように既存のタクシー運転手たちとの小競り合いも起きている。

前述のWB記事で触れたように、中国でタクシーを運営する会社経営陣はもともと特殊な既得権益者であり、傘下のタクシー運転手たちから高い「みかじめ料」を取っている。

タクシー運転手たちにしてみれば、自分たちは少なくともそんな「みかじめ料」を収めて「正規」な手法で商売しているのに、という思いがある。

だが、一方で消費者たちは慢性的なタクシー不足と、そうした既得権益会社による漫然とした経営の結果、道も知らない、回り道をするなどのレベルの低い運転手がまん延する理不尽さに悩まされてきた。

このため、このようなタクシー運転手たち個人に同情するものの、独占的な運営をしているタクシー会社を支えている現行のタクシー体制を支持する声はそれほど多くない。

一方で、来年にかけて中国で500万人レベルの人口を持つ50都市へと拠点を広げたいと抱負を語るウーバー。

公共交通の中でも最も消費者優位であるはずのタクシー/ハイヤー事業において、ユーザーエクスペリエンスの向上を無視してはすでにこの業界では成長できないことを、ウーバーが知らしめていると言える。

Pick 3:ユーザー体験で見る、タクシー vs ウーバー

だが、そんなウーバーにも落とし穴がある。

北京でウーバーの運転手をしている古さんに直接話を聞いた。彼は今年初め、運転手として登録するための研修を受けにウーバー北京のオフィスに出かけたとき、奇妙な様子を目にした。

「研修が始まる前に、受講生の一部が固まって、『どうやったらウーバーを欺いてできるだけ多くのカネを懐に入れられるか』を議論していた。彼らはもともと白タクで稼いできた『プロ』だった」

ウーバー中国はおカネを投下してさまざまなプロモーションを行っている。たとえば、1週間に70件の配車リクエストに応じた運転手には、ボーナスとして7000元(約14万円)が別途支払われる。

だが、一部の運転手たちはこの70件をこなすために、知り合いや家族に配車リクエストをさせる。さらに途中でいったん車を止めてサービスを終了させ、また走るというかたちで1回の移動を2件に分けるのだそうだ。

あるいは夕刻の配車ピークタイムに1件の取引につき、ウーバーが運転手に対して乗客乗車料の3.5倍の支払いを約束している。こうしてピークタイムの車の流量を確保しているのだ。

だが、親戚や知り合いをサクラにして乗車させ、それを受け取った後に山分けするという手段を取るという。これらによって、やすやすと月2、3万元(約40万〜60万円)の収入に変えている運転手もいると古さんは言う。

古さんは、こうした運転手のおかげで北京のウーバーの質は悪いと嘆く。

そして、古さん自身もウーバー運転手として客を乗せることはあっても、自身が車を呼ぶときはもっぱら、ライバルの国産アプリ「滴滴快的」や「神州」などが提供する配車サービスを利用するという。

「ウーバーは残念ながら、外国で起こらないことに対応できていない。中国でそんな運転手に出会うなんて考えもしていないのだろう。一方で、『滴滴』などの国産アプリは運転手に、ミネラルウォーターをサービスするように求めたり、荷物の出し入れを手伝うようにといった研修をしている。僕自身はそちらのほうがサービスのレベルは高いと感じている」

それでも古さんがウーバー運転手をやめないのは、「事細かな規制がなく、割と自由だから」だそうだ。

実際に今年初めに居住先のカナダから一時帰国し、4都市でウーバーを使ったというITコラムニストの霍炬さんは自身のサイトで中国でのウーバー体験をこう評価する。

上海では、最初にやって来たのはレクサス、そしてBMW、さらにアウディQ5……と車のレベルの高さに驚いた。ウーバーが規定しているグーグルマップが中国では使えないために、ほとんどの運転手が自分のスマホを取り出して、国産GPSを使い、乗客を送り届けることに専念していた。

上海では一般のタクシーにも乗ったが、タクシーアプリを入れたスマホをズラリと並べた車内体験は、「うるさい食堂の中で食事をしている気分だった」。

北京では唯一、本部にクレームをつけた。というのも、相手はまったく中国語が話せない運転手で、連絡の途中で向こうが電話を切ってしまった。そして(まだ乗っていないのに)低い乗客評価をつけられ、不快感しか残らなかった。料金もいったん引き落とされたが、クレームによって取り返したそうだ。

霍さんの故郷、天津では、もともとタクシーのサービスレベルが低いところだから、それほど期待していなかったという。

だが、出会った運転手には天津に駐在している人、2人の子どもを持つ母親、すでに退職した老人もいたそうだ。退職老人運転手は、「ガソリン代さえ稼げたらOK」とウーバー運転手生活を楽しんでいたという。

そして、南の深圳では、「ほぼプロフェッショナルなハイヤーサービス」を受けた。他の都市のようにおしゃべりを楽しむこともないが、礼儀正しくきちんとあいさつし、道も間違えない。商業都市広東省らしいサービスだったそうだ。

霍さんが1カ月の滞在でウーバーに使った料金は約1200元(約2万4000円)。中国において一般にこのレベルの消費をいとわない人たちにとっては、ウーバーや配車アプリはまだまだ歓迎されるサービスとなっている。

*本連載は毎週木曜日に掲載予定です。