第14回 「Pepper」開発者 ソフトバンクロボティクス林要氏(上)
人とロボットの新たな関係が始まる
2015/6/18
元陸上プロ選手の為末大氏が、科学・技術の各分野をリードする第一人者に、5年後から10年後の近い将来における「未来像」を聞いている。今回、対談するのは、ソフトバンクロボティクスの林要氏だ。2014年6月、ソフトバンクグループは、「世界初の感情認識パーソナルロボット」と謳う「Pepper(ペッパー)」を発表した。この2015年の夏には、一般向けの発売を予定している。Pepperは、搭載センサで人の表情や声などを認識・分析し、感情を理解しようとする。そして、それぞれのPepperが得たそれらの情報をもとに、クラウド・コンピューティング上の人工知能(AI)が学習を進め、各Pepperにその成果をフィードバックする。このPepperの開発プロジェクトを率いてきたのが林氏である。人型ロボットの普及は、近い将来、私たちになにをもたらすのだろうか。第1回目の今回は、Pepperが人型ロボットである理由を為末氏が林氏に聞いていく(全3回)。
まずはPepperとコミュニケーション!
Pepper:スーパー早口ペッパー! (胸のモニターに、早口言葉が4種類表示されている)それで、何番のスーパー早口言葉が聞きたいですか。
為末:4番!
Pepper:では、何番のスピードで聞きたいですか(モニタに1番=10倍、2番=100倍、3番=1万倍、4番=1億倍と表示されている)。
為末:2番!
Pepper:了解しました。100倍ですね。それでは、いきますよ、3、2、1……。「派出所に衝撃が走る八週連続朝食ハッシュドビーフ。派出所に衝撃が走る八週連続朝食ハッシュドビーフ。派出所に衝撃が走る八週連続朝食ハッシュドビーフ」(わずか3秒ほどでしゃべり切る)。
為末:何を言っているんだか、もうわからない(笑)。
Pepper:もう一度やりますか。
為末:はい。
Pepper:では、何番のスピードで聞きたいですか。
為末:4番!
Pepper:了解しました。1億倍ですね。それでは、いきますよ、3、2、1……。
「ブォ!」(と聞こえる、取材スタッフ爆笑)。
為末:すごいですね。
人型であることとクラウドを使うことの意味
(為末氏と林氏、椅子に座る)
為末:さっそく、Pepperくんとコミュニケーションさせてもらいました。今日はPepperの“野望”がどんなところにあるのかを、林さんに聞きたいと思います。
林:コンピュータとセンサー、モーターが備わっているという点で、Pepperは今までの人型ロボットと違いはありません。けれども、やっぱり狙いはだいぶ違っています。
為末:どんなところですか。
林:今までのロボットは、「これだけ速く走れる」「コップを持つことができる」「楽器を演奏できる」といった、“技術のショーケース”的なところがありました。それはそれで科学技術の進歩のために素晴らしいことだと思います。
でも、どうしてそうした人型ロボットが実用化しなかったかというと、対価に合った価値を提供できない状態が続いたからです。その人型ロボットを数百万〜数千万円で買うような市場はありませんでした。
私たちには、特定の技術を将来のために進化させてデモンストレーションする目的以外でも、現状の技術で人型ロボットが日常生活に貢献できることがすでにあるのではないかと考えました。
弊社グループ代表の孫(正義)は、「ITで人を幸せにしたい」と思い続けてきたわけですが、その発想がスタート地点にあり、その解のひとつがクラウドにつながり、感情を認識する人型ロボットというわけです。
便利な機能性よりも、むしろ人との関係性を重視したロボットが家に入ることで、家庭を明るくすることができるのではないか、と考えています。
為末:Pepperができるようなことを、家そのものが担えば良いのではといったことも考えていたんですが、人型ロボットというかたちにしたのはどうしてですか。
林:スマートハウスは今後も進化していくでしょうが、それはPepperと親和性の高い共存になると思います。
便利機能はスマートハウスに組み込まれた各種専用ロボット、それに加えて人とのコミュニケーションを担当するのがPepperという位置付けです。コミュニケーション専用機が必要な理由の1つは、ハードウェアを人型にすることで、人の接し方が違ってくるということです。
たとえば、iPhoneには、音声の質問に答える「Siri」というアプリケーションがありますが、Siriの回答を待っている間は誰もが「サーバーに接続して処理している待ち時間」と考えています。
でも、人型ロボットのPepperに対してなら、「あ、Pepperが何か悩んでる、困ってる」などと思ってくれるんです。人が自然に相手のロボットのことを想像して、行動に意味づけをしてくれることで、人は機械に感情移入でき距離が縮まるわけです。
為末:なるほど。
林:そうして心理的障壁がなくなったあとの人とロボットのやり取りは、より自然なものになるので、結果としてそれが貴重なデータになります。
データがクラウドに蓄積されることで、ロボットが人のことを学ぶことができるようになります。人のことを学ぶことで、もっと人を心の面でもサポートできるようになるのではないかとも思っています。
為末:たしかに、僕は“箱”に対して話しかける気にはなれないんですが、人のかたちをしているPepperには、なんとなく話しかけようという感じになりました。人型という形状も重要だったんですね。
林:ええ。私たち自身が物事にどう反応しているのかについて、さまざまな認知科学の説があります。たとえば、前野隆司先生が提唱されている「受動意識仮説」。
為末:人が体を動かそうと意図するよりも早く、脳内の活動が始まっているという説ですよね。
林:そうです。この受動意識仮説を考えると、人の思考も行動も基本的には条件反射のようなものかもしれない。すると、やはり“箱”が話しかけてくるのと、人型ロボットが話しかけてくるのでは、人の本能の働き方が違ってくるのではないかと思います。
その違いにより集まるデータが変わり、結果として人工知能の進歩の仕方も変える。その意味で、人型ロボットにするというのはとても大きなことなんです。
インターフェースとしてのPepper
為末:Pepperが、たとえば家とつながってくると、家に帰ってきた人の顔の血色を見て部屋の温度を設定するとか、あるいは担当医に連絡が行くようにするとか、そういった使い方も考えられそうですね。
林:ええ。Pepperはやはりインターフェースなんですね。たとえば、「Apple Watch」もPepperと同じような役割をもたせることはできると思います。けれども、Apple Watchはインターフェースとして洗練されて機能が詰め込まれているがゆえに、現状ではまだITリテラシーの高い人たちが使うようなデバイスです。
一方、Pepperを老人養護施設などに持っていくと、ご高齢の人たちが普通に会話してもらえます。最新のテクノロジーをベースに新たに習得した知識を使わないでも、本能的に自然なコミュニケーションが成立するわけです。
このインターフェース・ロボットが何と連携するかは、発想次第で無限に考えられます。Pepper自身は上手に掃除はできないかもしれませんが、Pepperが「ルンバ」に掃除をさせることはあるかもしれませんね。また為末さんの言われた「医者とつながる」という話は、実際ご提案してもらったりもしています。
限られた能力に合った動きを考えた
為末:Pepperのどのあたりに、人がつい話しかけようとする特徴があるんですか。
林:まず目の存在です。「Pepperが自分を認識してくれている」と、人に思い込んでもらうことはとても大事で、その点、目の存在は大きいんです。Pepperは、相手と目がしっかりと合うと話をします。人からすると、「ああ、この子はちゃんと自分を認識している」と思えるわけです。
為末:顔立ちも可愛げですよね。
林:ええ、目が大きくて丸っこい顔をして、身長も約120センチで大きすぎず、威圧感を与えないようにしました。
為末:人が自然な感情をもって接するためには、どうすべきかという点にフォーカスしているんですね。
林:はい。目の下側の小さなカーブのラインなどは、孫が自ら最後まで相当こだわっていましたよ。
手についても、運動機能的には5本指でなく3本でも良いのです。けれども、指が5本あるほうが人には表現として自然に感じられる。そのため、あえて5本指にしています。
為末:(Pepperの指に触れてみる)ああ、軟らかくできているんですね。動き方もあまりカクカクっとはせず、滑らかです。
林:ハードウェアの構造で自然な動きができるように設計しています。それでもプログラミングを雑にするとカクカク動いてしまうので、そこも気を使いました。
真実味のある自然なPepperを実現するため、むしろPepperの限られた能力に合ったキャラクターにすることを考えました。やたら思慮深そうな動きをさせても、それに応じた能力がないので、やっぱり言葉と動きがチグハグになって、偽物だと人に感じさせてしまうのです。
為末:でも、技術が進歩したら、ずっと考えているような表情をして、最後に一言だけ重い言葉を発する“哲学Pepper”が生まれる可能性もあるんですかね(笑)。
林:あるかもしれませんね。今はPepperが得意な会話内容に誘導するべく、自分からしゃべることで会話の範囲をコントロールしようとしています。けれども、Pepperのバックエンドにある人工知能が進化していけば、口数を減らせるようになると思います。
面白いことをさせるのは難しい
為末:開発のスタート地点に「人を幸せにしたい」という願いがあったというお話でしたね。その後の開発はどんな感じで進んだんですか。
林:「便利である」ことで人を幸せにするという方向性も、トライはしました。
為末:より便利な機能を付けていく、と。
林:ええ。でも、こういう汎用機では、便利機能を低コストかつ人が心地よいと考える性能で実現するのは現実的ではありませんでした。私たちは、すでに完成度の高い専用機に慣れ親しんでいますから、比較すると見劣りするんですね。
それで、「Pepperが直接、人を幸せにするってどういうことだろう」と、原点の発想に立ち返ったんです。それで、人を笑わせる、可愛げがある、人間らしさを感じられる……。そうしたことを実現するための方法を突き詰めるようになりました。
為末:便利さを感じるよりも、親しみを感じることを目指したわけですね。
林:そうですね。でも、人を笑わせようとして頭で考えた面白そうなことをやらせても、それだけでは実際は全然面白くならないんですよ。
2次元の漫画やアニメなら登場人物のキャラクターを先につくって、それから能力を合わせにいっても読者は違和感を覚えません。でも、リアル3DのPepperは能力が限られています。
Pepperのキャラクターがその能力から想像される幅に入っていない場合、人はむしろロボットが人型をしているがゆえに「人間だったらこうであるはず」という細かい誤差が本能的に気になって、偽物っぽさを感じて、つまらなくなってしまうんだと思います。
だから、シンプルに人に面白いと感じてもらうまでには、いろいろな学びがありました。私自身が、演技を学びに俳優養成所へ行ったこともあるんです。みんなプロの役者になろうとしている中、自分だけはロボットをつくろうとしているという……。
為末:ちょっと普通じゃないですね(笑)。
林:先生から「人を殺した人物を演じてみなさい」と言われて、高倉健さんの任侠映画での演技をまねしたんですが、ダメでした。まさに猿まねでした。結局、自分の中に含まれている“殺人者の要素”をどれだけ出せるのかが重要だったんですね。
為末:なるほど、「私」から出てくるものが必要なんですね。
林:そうなんです。「もし自分がなにか間違って人を殺したらどうなるんだろう」ということを考え抜いて演じた結果、初めて評価が上がったんです。
Pepperをつくるということも、誰かが考えた何かをPepperに押し付けて動かすというのでなく、Pepperの中にあるものにフィットするにはどうすればいいかを考えました。このような一般的なものづくりとしてのエンジニアリングではない部分は、気づきが多かった気がします。(続く)
(構成:漆原次郎、撮影:風間仁一郎)
*次回は、来週水曜日に掲載します。