2024/6/15

【錦笑亭満堂】評価が逆転。居場所は1つに絞らなくていい

NewsPicks+d コンテンツプロデューサー
江戸時代から続く歴史があり、人間力や教養が高まるとビジネスリーダーから好まれている落語。その特性とビジネススキルを掛け合わせ、落語を聴くようにすんなり理解できる連載「落語家に学ぶ仕事のヒント」

シリーズ4回目に登場するのは、錦笑亭満堂さん。1999年に本名の末高斗夢として芸人デビューし、「すえたかと〜む♪」のギャグで人気を博したのち、2011年に落語家に転身。2023年に真打昇進を果たしました。

前座から真打昇進まで約10年。飽き性だという満堂さん流の「やり抜く」秘訣とは?
INDEX
  • 時代を超えて日本人の心に響く落語
  • 落語に興味がない9割9分に向き合いたい
  • 落語界から離れようと思っていた
  • 落語家に転身後、かつての評価は逆転した
  • 「コント、末高斗夢が真打になったら」

時代を超えて日本人の心に響く落語

僕が落語にハマったのは、お笑い芸人だった20代半ば。事務所の社長と一緒に立川志の輔師匠の独演会に行ったのがきっかけです。
そこで観た「紺屋高尾」に震えるほど感動して。1〜2時間もの間、話だけで笑って泣かせる。自分がやっていた芸とは明らかに違ったし、「このエンターテインメントはすごい」と心底思いました。
だから今の若い世代も、良い落語と出合うきっかけさえあれば、落語にハマる可能性はあると思っています。
なぜなら、落語は許容範囲が広く、優しい世界だから。
韓国ドラマを見ながら「そんなことあるわけねえだろ」ってツッコミつつ、「韓国ではこういうこともあるのかな」って思うことありません?
あんな感じで、「ハンパ者もみんな仲間」っていう江戸時代の雰囲気は現代とは異なるものだけど、感情移入はしやすいんじゃないでしょうか。
何より、時代を超えても共通する日本人の心に響くものがあるから、落語は数百年も残っている。そういう意味で、この先も落語には未来があると思っています。
ただ、現状は寄席に来る人のほとんどが年配。若い人はだいたい2~3割でしょうか。
よく「年を取ると演歌が染みる」なんて言いますけど、ドリカム世代はドリカムが好きなわけで、演歌が好きになるとは思えない。それと一緒で、「年を取れば落語にハマる」っていうのはうそだと僕は思う。
だから、このままだと落語は衰退していっちゃうんじゃないかっていう危機感があります。今の高齢者がごっそり抜けたら、だいぶ危ないですよ。

落語に興味がない9割9分に向き合いたい

不思議と、落語界って閉鎖的なんです。もっと広げていけばいいのにって思うけど、そもそも落語界は個人商店の集まりだから、そんなにまとまってもいない。落語ファンも都内に5000人ぐらいしかいなくて、その人たちが寄席をぐるぐる回っていると昔から言われています。
で、僕は落語に興味がない9割9分の人を相手にしたいと思っているんです。
少ない落語ファンを取り合うより、外を見たほうが競争率は低い。僕の落語をきっかけに落語ファンになってもらえたら大正解じゃないですか。
だからなるべく他の落語家がやらないことをやろうと思っていて。真打昇進のお披露目を「満堂フェスin日本武道館」とどでかくやったのもその一つ。
落語以外のこともいろいろやっていて、昨日は自動販売機に商品を補充しに行きました。僕、自販機のオーナーなんですよ。コロナ禍の副業として始めて、今は5年目かな。
管理も自分でやっているけど、忙しくて全然行けないから、自販機の商品は1段目は水、2段目はネクター、3段目はコーヒーと3種類まで減りました。近くにネクター好きがいるみたいで、すぐ売り切れる。その人のために補充しに行っているようなものです。
商品は重いし面倒だけど、心が洗われるんですよ。薄利だからこそ、お金を稼ぐ大変さを改めて感じる機会にもなる。新札に対応するのに3万3000円もかかるとわかって悩んだけど、今後も続けようと思っています。
最近だと、「中華満堂」っていう北海道の中華料理屋のプロデュースをすることに。しかも師匠の好楽との共同経営。「なんで中華料理屋を経営しなきゃいけないんだよ」って苦笑いしています。

落語界から離れようと思っていた

落語界に入れてもらったおかげで今の生活があるから、そこへの感謝はもちろんあるし、周りの人を助けたり、ちょっとでも後輩に仕事を回したりできたらって思っています。落語に興味がない9割9分の人たちが落語を知るきっかけになりたいのも本当です。
ただ、僕があれこれ手を出しているのは、あくまで自分が楽しくやりたいから。
僕、飽き性なんですよ。良く言えば、あれこれやっていたほうが自分のリズムが良い。悪く言えば、一つのことを極められない。
しょうもない話ですけど、10年ぐらい同じ仕事をすると飽きるし、ブレ始めるんです。なんならコロナ禍の時期は落語界から離れようかと思っていたぐらいで。それをうちの師匠は見逃さなかったのでしょうね。
「錦笑亭満堂」は春風亭小朝師匠から命名いただきましたが、うちの師匠が命名を小朝師匠にお願いしたのも、僕が落語を投げ捨てることがないように、小朝師匠を巻き込んでくれたのだと思っています。
そして、飽き性な僕の性格を考えて、小朝師匠は「錦笑亭」っていう新しい亭号を考えてくれたんじゃないかと。良い名前をくださった小朝師匠にも、そのきっかけを作ってくれたうちの師匠にも感謝ですね。

落語家に転身後、かつての評価は逆転した

仕事をする上で、自分の性格を知るって大事だと思います。自分がどういう人間か理解した上で働いたほうが楽だし、諦めもつく。
30代あたりで自分の力量は大体見えて、40代にもなると「こんなもんだな」っていうのがわかるじゃないですか。会社でも自分のポジションが見えてくる時期だと思います。
そういう現実に直面して、さあどうするか。
もし自分に合っていない場所にいるのなら、本当はすぐ辞めたほうがいいと思うんです。だってもったいないもん。その状態で「苦労してる」なんて言われても、「知らねえわ」って話なので。
というのも、たまたま今の会社や仕事でうまくいっていないだけで、本来の自分が得意なものや環境がまだ見えていないだけかもしれない。別の挑戦をしたら、違う未来が開けるかもしれないじゃないですか。
例えば、僕は人脈過多なくらいだけど、お笑い芸人のときは人脈が多いやつは好かれなかったんです。でも、落語家の場合はお客さんをいかに持っていて、どれだけ独演を打てるかが重要だから、必然的に人脈も一つの武器になる。
つまり転身したことで、評価が真逆になったんです。かつて否定されていた人脈の多さが「すごい」と言われるようになった。
持っているものは一緒でも、どういうラッピングをするかで全然変わる。だから、環境を変えるのはいいと思うんですよ。
もちろん家族がいたり、いろいろ事情があったりするのはわかるけど、そこはちょっとした勇気ですよね。怖いけどやってみなきゃわかんないですし。

「コント、末高斗夢が真打になったら」

今は正直、「コント、末高斗夢が真打になったら」を演じているような感覚です。今後はどうなるんでしょうね。
ただ、少なくともやりたいことを我慢しようとは思いません。これまでもやりたいことは全部やってきたし、これからも「やっときゃよかった」って後悔だけはしないように生きたい。
現時点で一番興味があるのは漫才です。「ヤングタウン」ってコンビを組んで、去年はM-1準々決勝まで行きましたし、今も毎月ライブで漫才をやっています。
M-1はスポーツ競技みたいなもので、50歳を過ぎたら多分脳が追いつかないから、今のうちに漫才をやっておこうと思っていて。
「それなら落語家を辞めて漫才やれよ」なんて言ってくる人もいるでしょうけど、僕の場合、落語を長く続けるためにも、落語一本にしないほうがいい。
堂々とそう言えるようになったのは、やっぱり真打になったから。日本人は肩書きに弱いから、真打ってだけで「師匠」なんて呼んでもらえるじゃないですか。
「そうです、私が選ばれし真打です」みたいな顔をして、使えるもんは全部使ってやりたいことをやっていこうと思っています。
それに、なんてったって僕が初代錦笑亭だからね。何やったっていいだろうって気持ちもある。否定している人だって、僕が結果を出せば手のひらを返すであろうことは想像つきますしね。
ということで、僕の今年の目標はM-1決勝進出です。
後編では、お客さんはもちろん、大御所の師匠や著名人など、たくさんの人たちから応援されている満堂さんの「人付き合いの哲学」に迫ります。
※本記事のタイトルバナーで使用している文字は、株式会社昭和書体の昭和寄席文字フォントを使用しています。