2024/4/22
【社長】仕事も子育ても。「使命」があるから前に進める
「シゴデキ」と評判のあの先輩、プライベートも充実しているらしい……。
そんな噂を耳にするたびに、「自分もそうなりたい」と憧れる一方で「どうすればそうなれるのか」と思う人はきっと少なくない。
自分なりの「ワークライフバランス」を確立し、はるか遠くで輝いて見える彼女たちは、どんなステップを登って今にたどり着いたのだろうか。
「変えられないことで悩むよりも、自分の思考を変える方が、前向きなエネルギーを生み出せます」
そう語るのは、スープストックトーキョー取締役社長・工藤 萌さんだ。
4月1日から、従業員・アルバイト合わせて1500人以上を率いるリーダーに就任した彼女は、出産と転職を同時期に乗り越えた経験を持つ、いわば「スーパーウーマン」。
しかし、そんな彼女も私たちと同じ1人の女性だ。初めての管理職や出産、転職など、さまざまな苦悩や試練を乗り越えてきたという。
写真を撮られるその瞬間も、笑顔でスープの魅力を熱弁する彼女の頭の中から、「自分だけの幸せを見つけるヒント」を探る。
「使命」に接続する仕事を
──「世の中の体温をあげる」を理念とするスープストックトーキョーの社長に就任された工藤さん。個人としては、どんな自分でありたいと考えていますか?
今までもこれからもずっと、次の世代に誇れる仕事をしたいです。
自分の子供やその次の世代のために、今の社会をマイナスではなく少しでもプラスに変えていくことが、私の使命だからです。
その手段がたまたま今はスープであり、前職ではユーグレナであり、その前は化粧品でした。
──「社会を変える」という思いはもともと持っていたのでしょうか?
小学生時代からずっと父に「自分の使命は何か」と問われてきました。その原体験が大きいですね。
ただ、当時は「使命」という言葉を使いこなせないくらい幼かったので、現実的に自分が果たすべき使命について深く考え始めたのは、社会人になってからかもしれません。
自己満足のための仕事では意味がなく、「関わる相手や社会がどう変化するか」を責任を持って見届けてこそ胸を張れると気づいたのは、資生堂時代です。
営業、マーケティング、マネジメントなど、職種を切り分けて考えるのではなく、そもそもすべての仕事は接続していると考えられるようになりました。
── 資生堂では、当時最年少でブランドマネジャーを任されました。
「部下は全員年上」という状況のなかで、自分1人で出せるアウトプットがない管理職という役割に、最初は少し戸惑いました。
大好きなマーケティングに、断片的な業務ではなく全体戦略を描くところから携わりたい。
そんな「やりたい」を叶えるうえで、必然的にマネジャーの道を通る必要があっただけで、もともとマネジメントが得意なわけでも、勉強してきたわけでもありませんでした。
── そんな中で「すべての仕事は接続している」と考えられたきっかけは何だったのでしょうか?
「これまで全力で打ち込んできたマーケティングの仕事を無駄にしたくない」と思ったからです。
マーケティングの仕事の極みは「何を伝えると相手が変化するか」を考えることです。
マネジメントも、相手は違えど、立場や心理を丁寧に想像するプロセスは似ている。そう気づいてからは、自分の経験やスキルを生かせる役割だと前向きに捉えることができました。
「急に上から意見されたら嫌だろうな」「信頼を得るためには、結果を出すことが必要だな」と、常に相手の心情を考えながら動いていたのを覚えています。
正面突破より「思考のシフト」
── 相手の気持ちを考え尽くすのが仕事という点で、マーケティングとマネジメントは共通していますね。一方で、「自分が女性だからこう思われているのではないか」など性差を感じてしまうことはありませんでしたか。
もしかすると相手は意識していたかもしれません。ただ、私自身は仕事をするうえで、自分の性別をあまり考えたことがなくて。
失敗しても「女性だから」と性別を言い訳にしたくないですし、反対に、成功した時も「女性だから」とは考えないですし、そう思いたくありません。
性差の話に限らず、周りから「瞬間的に考え方をシフトするのが得意だよね」と言ってもらえることは多いです。
── 試練があっても、思考の転換で乗り越えてきたのですね。
仕事だけでなく、出産や育児も考え方次第です。
キャリアとライフイベントは二項対立で語られることが多いですが、変えられないことで悩むよりも自分の思考を変える方が、前向きなエネルギーを生み出せます。
10カ月の妊娠期間も、その後のエンドレスに続く育児も、当事者が大変であることは確かです。
ただ、その大変な経験から学べることはきっと多くある。
私自身も出産中、分娩室の天井を眺めながら「はるか昔から人類が続けてきた営みを、全身全霊で感じよう」「この全力で生み出す経験を、仕事にも活かしていこう」と強く決意しました。
── 実際、出産や育児の経験は今にどう生きていますか?
さまざまな人の視点を追体験し、より幅広い消費者のニーズに敏感になれた気がします。
これまで想像することしかできなかったママの視点、例えば「育児をしながら働くと何に躓き悩むのか」を知ることが、女性向けの商材をマーケティングするうえで1つの強みになります。
ワークとライフを両立するには乗り越えなければならない壁もありますが、新しい視点が得られると考えると、そんなに悪いことばかりではありません。
男性や女性、育児をしている人、介護をしている人、仕事一筋の人など、それぞれにしか分からない感情があるからこそ、組織もビジネスも多様になっていきますよね。
──「目の前の試練に意義を見つける」マインドは、元々の性格なのでしょうか。
今振り返ると、元々の性格というよりも「そうせざるを得なかった」のだと思います。
というのも、20代の頃の私は「とにかくキャリアを前倒ししなければ」と焦っていたからです。
必ず結婚や出産をすると決めていたわけではないのですが、いつか来るかもしれない“Xデー”までのタイムリミットを常に意識していました。
前倒しでキャリアを進めるためには、他の人の3倍速で生きないと間に合わない。
商品やマーケティングの勉強をするためなら、睡眠時間を削るのも厭わず、辛いことや悔しいことも自分の糧にしなければと、勝手に自分を追い詰めていました。
そんな当時の経験が、今の思考の基礎になっている気がします。
── 逆に、自分の糧にならないことはしない。
そうですね。自己中心的と言われればそれまでですが、限られた人生の時間を費やすならば、自分が心から「やりたい」と思えることや、社会や周りの人への「恩返し」になることを仕事にしていきたいという思いが、自分の根底にはあります。
仕事も生活の一部、「ワークインライフ」です。
目の前の仕事の先に何があるのか。遠回りすることはあっても、その道の先に意義が見えているかどうかが、私にとっては重要です。
見つけた、「スープ屋さん」の存在意義
── そうは言っても、目の前の仕事に意義を見出せない瞬間も、誰しも一度は経験したことがあるのではないでしょうか。
意義を見失いそうな時は、どんなに小さなことでも良いので探し出すようにしています。
根性論にも聞こえますが、探せば1人ぐらい「この人のためになっている」と思える相手が見つかるはずです。
例えば、ブランドを作るプロセスにおいても、売り上げや利益ではなく、何のためにこのブランドは社会に存在するのかを、集中して必ず言語化します。
ティーン向けのメーキャップブランドを担当した時は、その存在意義を「日本の女性の自己肯定感を上げるため」と言語化しました。
実際に10代の頃の自己肯定感が将来どのような影響を及ぼすか、日本は他の国に比べていかに自己肯定感が低いのかなど、みんなが意義を理解できるよう丁寧にデータも揃えました。
そうすれば、チームのメンバーもそれを頼りに頑張れるし、周りの人も力を貸してくれるんです。
── スープストックトーキョーには、どんな使命を見つけて転職されたのでしょうか?
昨年、離乳食の無償提供に関する議論が巻き起こった時のことです。顧問という立場で騒動に向き合う中で、いてもたってもいられなくなりました。
世の中にはさまざまな意見があって当然ですが、SNSの短文だけを見て善悪や対立を作り上げていく構造に怖さを感じました。
実際、リアルな場である私たちの店では、色々なお客さまが融合して楽しんでくださっていたり、互いに譲り合いや温かい心の交換が見られたりします。その事実が、置いてけぼりになっているとも感じました。
非難めいた書き込みによって、コロナ禍での出産・育児でただでさえ大変な時期を過ごされてきた親御さんたちが、肩身の狭い思いをさせられるのはおかしい。
「おひとりさま」というような言い方で一括りにされてしまった方々についても、突然、親御さんたちに敵意があるかのように書かれて、傷ついているのではないかと心配でした。
「利他の心を持て」と言いっぱなしにするのではなく、そういった心を自然と持てる社会にするための実際の行動が重要なのではないかと思いましたし、すべての人に価値があると実感できる社会にしていきたいと思いました。
「世の中の体温をあげる」を理念に掲げるスープストックトーキョーは、リアルの場でそんなきっかけを提供できる可能性を持ったブランドではないかと思ったんです。
誰もがまずは自分を愛せるように、心が温かくなるおもてなしを、スープや空間と共に私たちが提供する。
すると、自然とその温かさは次の人にも向けられていくのだと強く思いました。
── 自分を愛せるようなおもてなしで、自然と利他の心を持てる社会をつくる、と。
この件の前の話ですが、お客さまからいただいたメッセージから、その可能性を感じました。
その方は、店舗に来店した時、仕事で余裕がない状況で、レジで店員を急かすなど高圧的な態度をとってしまったそうなんです。
そんな自分にも、スープストックトーキョーの店員が明るく笑顔で「良い1日をお過ごしください」とスープを提供してくれた時、自分の態度にハッとさせられて、前向きな気持ちに切り替えられたといいます。
世の中がシフトしていく瞬間は、誰かが行動を起こさなければ生まれません。
私たちはただのスープ屋さんではなく、体温をあげるおもてなしを通じて、そんなきっかけが生まれる場を日常の中で提供できる存在なんだと、信じることができました。
このように創業以来、脈々と蓄積されてきた「世の中の体温をあげる」ビジネスと、騒動の時に発した言葉に一貫性があったからこそ、応援の声を多くいただけたと思っています。
自分の尺度で、他人を決めつけない
── さまざまな立場の人を支えるのは、ビジネスに限らずとても難しいですよね。
家族や同僚など、身近な人を支える場面でも、画一的に「これさえすれば大丈夫」というサポートはありません。
子育てと一言で言っても、お子様の個性や体調は様々ですし、介護も合わせてダブルケアされているのか、一人一人状況は異なります。
だからこそ、まずは「必要なサポートがそもそも一様ではない」と認識することが重要です。
また、「子育てと仕事の両立は女性の問題」という認識も変えていきたいと思っています。妊娠・出産は女性にしかできずとも、育児に性別はほとんど関係ありません。
── 工藤さんご自身は、どんなサポートがあったら嬉しいですか?
私自身は、母親だから、時短勤務だからと、優しく限界を決められてしまうよりも、可能性を探ってもらえる方が嬉しいです。
残業を減らしてもらったり、子供の対応で急に帰らせてもらったりと、普段から周りにサポートをしてもらえる環境にいると、ありがたい反面、申し訳ない気持ちを常に抱えなくてはならない。
環境的にみんなと同じように働くことが難しいだけで、人並み以上に頑張りたい気持ちがあるからこそ、もどかしくなってしまう。
どんな仕事なら〇〇さんの強みを発揮できるか、母親の視点が活かせるかなど、限界を周りが決めるのではなく引き出すようなサポートをしてもらえたら嬉しいです。
新しい視点を持ったからこそできる仕事もあると思うので。
── 工藤さんのように自分の「やりたい」を諦めずに、パートナーと協力してワークとライフを両立するコツはありますか?
あくまで「私はこうしている」だけで正解はありませんが、日頃から自分のスタンスを伝え合うことです。
出産や育児、介護、転職など、転機が訪れる前から、日常的に自分の大切にしている価値観やその理由、考えていることを自己開示する作業が、相互理解の土台をつくりあげていきます。
互いの人生をより豊かにするための協力体制は、1日にして成るものではありません。
「次の世代に誇れる社会をつくる」という使命のために、私にとって仕事がいかに重要なのか、サポートをしてくれるすべての人に、言葉と行動で伝えていきたいと思っています。
取材・文:井上茉優
取材・編集:川口あい
編集協力:日野空斗
デザイン:田中貴美恵
撮影:曽川拓哉
取材・編集:川口あい
編集協力:日野空斗
デザイン:田中貴美恵
撮影:曽川拓哉