2024/4/8

【悩み相談】組織開発のプロに聞く、「不確実性に負けないチーム」のつくり方

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
組織体制やコミュニケーション、人材育成、仕組み化……。
事業の急成長に伴い、リーダーは組織にまつわるさまざまな問題に頭を抱えるものだ。
世の中が変化するスピードも日々加速するなか、先が見通せない不安を乗り越え、変化に適応し続ける組織に変わるためには何が必要なのか。
そんななか、組織拡大期の“成長痛”を前に頭を抱えるリーダーに対して、「“不確実性”と向き合う組織づくり」の重要性を語るのが、組織開発のプロである株式会社レクター代表の広木大地氏だ。
そこで今回は、「事業の急成長とともに組織のあり方を見直す必要性を感じている」と話すMDM(モバイルデバイス管理)事業を展開するインヴェンティット社のエンジニア組織を率いる2人のリーダーが広木氏にリアル相談。エンジニア組織の話題に閉じない3人の対話から、不確実性と向き合うために必要な思考法をお届けする。

「不確実性の正体」とは

竹田 変化が激しい時代を生きるリーダーにとって、先が見通せないなかで新たな挑戦をするのは、不安が伴うものです。
 そうした不安を解消しないまま組織拡大や業務改善に取り組もうとすれば、組織内に反発や混乱を生む可能性もある。
 こうした組織の成長を阻むさまざまな壁に対して、広木さんの著書『エンジニアリング組織論の招待』のテーマでもある「不確実性との向き合い方」が非常に勉強になりました。
 今日はさまざまな角度からご意見を伺えればと考えていますが、まずは改めて広木さんが考える「不確実性の正体」について教えていただけますか。
大学卒業後、光学機器メーカーやWebコンテンツ・ソフトウエア開発の企業に入社。多くの開発経験のほか、責任者として事業計画の策定、売上予算の執行責任を持つ立場なども経験。2012年にインヴェンティットに参画し、開発部長、開発副本部長を経て2023年に執行役員開発本部長に就任。現在は開発組織のマネジメント、およびものづくりを確実に実行していくための活動に従事。
広木 不確実性の発生源は、大きく2つあると考えています。それが「未来」と「他人」です。
 その理由は、これらが人間にとって本質的に「わからないこと」だからです。
 未来がどうなるかは、実際にその時がやってくるまでわからない。これを「環境不確実性」と言います。
 他人が何を考えているのかはわからないし、会話や文章を介して共有しようとしても、正しく伝わるとは限らない。こちらは「通信不確実性(コミュニケーション不確実性)」と言います。
 しかしわからないからと言って、私たちは未来や他人から逃れることはできません。
 こうした未来や他人への不安を乗り越えるためにも、まずは「不確実性」に向き合うことが組織づくりの入り口になります。よって組織が物事を実現するには、さまざまな手法や仕組みを通して、不確実性を効率よく減らすことが大切だと考えています。
2008年に株式会社ミクシィに入社。同社メディア開発部長、開発部部長、サービス本部長執行役員を務めた後、2015年退社。現在は、株式会社レクターを創業し、技術と経営をつなぐ技術組織のアドバイザリーとして、多数の会社の経営支援を行っている。著書『エンジニアリング組織論への招待~不確実性に向き合う思考と組織のリファクタリング』が第6回ブクログ大賞・ビジネス書部門大賞、翔泳社ITエンジニアに読んでほしい技術書大賞2019・技術書大賞受賞。一般社団法人日本CTO協会理事。朝日新聞社社外CTO。株式会社グッドパッチ社外取締役。
高村 たしかに私もCTOとして「未来」を発生源とする不確実性にどう向き合うべきかに頭を悩ませることは多いです。想定外の課題を一つクリアできても、次々と生まれる新たな問題に向き合わないといけない。
 また開発の過程でたびたび手戻りが発生することがありますが、それは「他人」を発生源とする不確実性とうまく向き合えていないのかもしれません。
大学卒業後、独立系システムエンジニアリング企業に入社。製造業向け生産管理システムの設計・開発など、多くのプロジェクトでITアーキテクトとして顧客のシステム構築を経験した後、2011年にインヴェンティットに参画。エンジニアリーダー、マネージャーを経て2023年にCTO兼開発部長に就任。現在は技術リード、および技術面での将来予測・不確実性を捉える活動に従事。
 私たちは文教市場No.1(※)のモバイルデバイス管理事業をはじめとするソフトウエア開発を行っていますが、事業の急成長に伴い、不確実な要素も増えている感覚があるので、改めてそこに向き合う必要があると認識しました。
※文教市場No.1シェアの出典:テクノ・システム・リサーチ「2019~2020年版エンドポイント管理市場のマーケティング分析」より
 ちなみに「不確実性を減らす」とは具体的にどのようなイメージを持てばいいのでしょうか。
広木 そうですね。たとえば新しいプロダクトを開発する場合、最初は「こんな感じのものをつくりたい」という曖昧でモヤモヤしたアイデアや構想からスタートしますよね。
 そこから開発の方針を定め、プロダクトの仕様や機能、使う技術やコードを決めて、最終的に動くものとして形にする。
 「抽象的で曖昧な状態(=不確実な状態)」から、さまざまな要件を一つ一つ意思決定することで、「具体的な状態(=確実な状態)」へと推移していくわけです。この過程で不確実性は次第に減少していきますよね。
 若手の頃は目の前の作業を完了することが仕事だと思いがちですが、仕事の本質とは「曖昧な部分を具体化して不確実性を減らしていくこと」だと私は考えています。
 それを個人単位ではなく組織として取り組み、「不確実性に向き合えるチーム」をつくることが重要になります。

悩み①:最適な組織体制を見極める秘訣とは?

竹田 ありがとうございます。そうした不確実性に負けないチームをつくるためにも、今日は組織体制、権限委譲、人材育成という3つの悩みを中心に相談できればと思います。
 まず一つ目は、組織体制についてです。
 私たちは、この2年ほどでエンジニア組織の人数を2倍近くに増やしました。外部のパートナーも含めると、現在は約50名の組織となっています。
 そこで規模拡大に伴い、組織体制も見直し、フロントエンドやバックエンド、アプリケーションなど、専門領域ごとに6つのチームに分けました。
 エンジニアに得意分野を任せて専門性を伸ばすと同時に、担当領域について責任を持ってほしいというのが狙いです。
 ただ一方で、当然トレードオフもあって、チームによって人数や業務量に差があるため、集まる情報にも格差が生じてしまう。また組織間のコミュニケーションが停滞する場面も見られます。
 不確実な環境下でチーム同士が円滑に連携し、開発の速度や品質を高めるために、もっと良いやり方はあるものでしょうか。
広木 事業が成長すると、最適な組織体制の構築は必ずぶつかる問題ですよね。
まずエンジニアリング組織の体制づくりでは、大きく二つの手法が考えられます。
 一つはインヴェンティットが実践されているように、特定の専門領域で職務を果たすことを目的とし、機能別にチームを編成する。
 もう一つは市場や顧客に価値を届けることを目的とし、機能横断で組織を編成する。前者はコンポーネントチーム、後者はフィーチャーチームと呼ばれます。
 この2つにはそれぞれメリットがあります。コンポーネントチームはエンジニア同士が切磋琢磨しながら専門性を磨き、技術を深めながらプロダクト開発に取り組める。
 一方のフィーチャーチームは、価値を届けるまでの時間を短縮できるのがメリットです。
 機能別組織の場合、チームからチームへと業務を引き継ぐバケツリレーが繰り返されるため、価値を届けるまでに時間がかかる。しかし、機能横断型組織では価値を生み出すために必要なスキルが一つのチームに揃っているため、デリバリーのスピードは速くなります。
竹田 どちらの組織体制が自社に合っているかを見極めるポイントはあるのでしょうか?
広木 実はこれ、どちらを選べばいいという正解はないんです。むしろ組織の成熟度に応じて両方を経験したほうが、会社にとっても個人にとってもメリットが大きい。
 専門性や技術を深めるフェーズがあるから、組織として競争優位性となる課題解決力や商品開発力を培うことができる。
 価値にフォーカスするフェーズがあるから、エンジニアが顧客視点で考えたり、事業の価値や売上を意識できたりするようになる。良いプロダクトを生み出す組織になるには、その両方が必要です。
竹田 なるほど。私たちの組織はいまコンポーネントチームですが、フィーチャーチームになるフェーズがあっていいわけですね。
広木 そうです。新規事業の創出や価値のデリバリーの効率化の優先順位が上がったフェーズでは、フィーチャーチームが機能しやすい。
 特定のプロダクトや機能について、じっくり腰を据えて高い品質を維持する仕組みを構築したいといったフェーズでは、コンポーネントチームが適しています。
 不確実性に対応するには、それぞれの場面に対応できるように両方の経験を積み、組織の成長に必要な筋肉をバランスよく鍛えることが必要です。
竹田 とても参考になりました。私たちも会社が成長する過程で、試行錯誤しながらさまざまな組織体制を試してきたので、これからも必要であれば組織体制を柔軟に変えていきたいと思います。

悩み②:若手に「権限委譲」するには?

──2つ目の「権限委譲」に関する悩みについてはいかがですか。
高村 組織の拡大に伴い、これまで私たちが担っていた権限や役割を若手にどんどんわたしたいと考えています。
 私としては、若い頃から挑戦の回数を増やしてほしいと思いつつも、少なからず失敗を恐れて尻込みしてしまうメンバーもいます。権限委譲をスムーズに進めるためにも、どうすれば失敗に対する捉え方を変えられるものでしょうか。
広木 私はよく「失敗は最大の福利厚生である」という言い方をします。
 人は失敗から学び、成長するので、新たな挑戦ができる環境があることは、エンジニアにとって報酬のようなものだからです。
 とはいえ、失敗にはリスクが伴いますし、そのリスクをどう捉えるかは人それぞれです。
 特に組織が一定の規模に成長した段階でチームに加わった場合、すでに動いている事業やプロジェクトも大きいだけに、「もし自分が失敗したらチームに大損害を与えるかもしれない」と考えがちです。
 よって若手にチャレンジしてほしいなら、「小さく早く失敗できる場所」を作ることが重要でしょう。何度も転ぶうちに受け身の取り方が身につくように、致命傷にならない程度の失敗を短期間でたくさん経験すれば、失敗から学びを得て自分の成長につなげていくようになります。
高村 私たちもサービスを開始した当初は何度も失敗を繰り返しましたが、事業が拡大するにつれて仕事の進め方も慎重になる傾向があったかもしれません。それが、かえって若手のプレッシャーになっていたのかもしれないなと。
広木 とはいえ文教市場など教育機関の関係者が関わることもあり、あえて失敗する機会を作るのは難易度が高いことだとも思います。
 その場合、おすすめしたいのは「フィードバック」をする回数を増やすことです。たとえば自分が作ったものを毎週テストしてもらえれば、たとえエラーがあってもすぐに軌道修正ができる。
 周囲への影響も限定的だし、どんな問題を解く場合も、採点の回数が多いほど間違いは小さくなり、最終的な得点は高くなる。そうすればどんどん小さなチャレンジを、メンバーも経験しやすくなるはずです。
高村 たしかにそうですね。お話を聞いて、失敗を許容する環境づくりのためにできることはまだまだあると感じました。
 プロダクト開発でも最初から完全な形を目指すのではなく、段階的に機能を増やしていくやり方にすれば、顧客からフィードバックをもらう頻度も高まります。
 私も以前からリリースの単位をもっと小さくすればエンジニアが挑戦しやすいのではないかと考えていたので、ぜひ実践したいと思います。

悩み③:人が育つ成長環境のつくり方とは?

──最後は、「人材育成」についてです。
竹田 2つ目の相談にも紐づくことではありますが、十分な成長環境を用意したいと考えています。
 私としては仕事の手順を細かく教えるというよりは、自らやるべきことを見つけて自発的に行動できる人材を目指してほしい。
 それが不確実性に負けない自己組織化されたチームづくりにつながると考えているのですが、どのようなアプローチが有効でしょうか。
広木 簡単ではありませんが、成長する力がある人材を見極めて、伸びしろがある人にチャンスを与えることが大切です。
 日本では年功序列的なキャリア観が根強く残っていて、マネジメント側も「20代に任せる仕事はこれ」「30代や40代ならこれ」と限定する傾向がある。過去に培ったスキルを注視し、経験はあるが伸びしろがあまりない人に面白い仕事を任せてしまいがちです。
 でもそれではもったいない。経験は浅くても成長する力がある人材にこそ、若いうちからどんどん機会を与えて、チャレンジングな仕事を任せるべきです。
竹田 そうですね。振り返ると私自身も、若手の頃にたくさんのチャンスを与えてもらいました。私がIT業界に入った頃は現在のように職域が明確に分かれていなかったので、自分からやりたいと言えば何でも任せてくれた。若手時代に失敗も成功も含めて幅広い経験をしたからこそ、いまの自分があると思っています。
 ただ自分がマネジメントする側になったいま、「こんな経験がある人にはこの仕事を与えるべき」という思い込みが、少なからず私にもあるのではないかと感じました。
高村 弊社も以前は中途採用中心で長いキャリアを持つエンジニアが多かったので、経験やスキルに応じて仕事を任せる形でよかったかもしれません。
 しかしいまは新卒採用にも力を入れているため、成長の余白が大きい若手人材にもっと積極的にチャンスを与えたいと改めて感じましたね。

若手エンジニアが活躍するチームへ

──インヴェンティットは現在エンジニアを積極採用中とのことですが、今日のお話も踏まえて、今後どのような開発組織を目指したいと考えましたか。
竹田 若いエンジニアが活躍できる組織を目指したい。まずは率直な思いとして、若手が面白い仕事にチャレンジできる環境を第一に整えたいと思いました。
 私たちが提供するMDMサービスは企業や教育現場で広く活用され、大量のモバイル端末の管理に悩む担当者の課題解決に貢献しています。
 そうした社会的意義のあるプロダクトの開発に携わり、自分が生み出した価値の大きさをダイレクトに感じられる開発環境でものづくりに取り組めるのが、弊社で働く魅力だと自負しています。
高村 先ほど話に出たように権限委譲を進めているので、今後は若手に重要な仕事を任せる場面も増えていきます。
 現在はCTOの私が意思決定している領域についても若手への委譲を進めて、世代交代を加速させたい。自己成長できる環境を求めるチャレンジ精神旺盛な若手エンジニアがいたら、ぜひインヴェンティットに興味を持ってもらえると嬉しく思います。
広木 今日はリアル相談を受けるという大胆な企画でしたが(笑)、その分お二人から組織開発への強い思いを感じました。
 メディアで自分たちの課題や悩みを率直に語り、私のような外部の人間からアドバイスをもらう様子を公開するのは勇気がいる。なかなかできることではありませんし、そういう姿勢を持つ経営陣がいること自体が魅力だと思います。
 一緒に働くメンバーのために真摯な姿勢で組織改革に取り組むマネジメントがいれば、よりエンジニアがやりがいや成長を得られる環境を作っていけるはず。インヴェンティットが不確実性と向き合い、新しい価値を生み出し続けるチームになることを期待しています。