2024/3/29

問題解決が「問題」を生み出す時代。なぜ“課題発見力”が必要か

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
外資系コンサルティングファームを中心に、いまや群雄割拠の状態にあるコンサルティング業界。広告業界をはじめ異業種から進出する動きも増えている。
そんななか、日本企業固有の文化や組織の壁を打破し、世界の舞台で活躍する企業を増やしたいと意気込むのが日立コンサルティング代表取締役社長 伊藤 洋三氏だ。
各ファームがそれぞれの強みを生かした差別化を図るなか、日立コンサルティングはどのようなポジショニングや役割を担うことをめざすのか。一橋ビジネススクール教授 楠木 建氏を招き、日本企業の変化を阻む壁と変革を支援するこれからのコンサルについて意見を交わしてもらった。
INDEX
  • 企業経営の目的は「長期利益」にある
  • 求められる「問題発見力」
  • 日立が100%出資、唯一無二のポジショニング
  • 「良い仕事」とは何か
  • 社会のチェンジエージェントへ

企業経営の目的は「長期利益」にある

──楠木さんは、以前に日本企業は「存続」が目的になりがちであると指摘されていましたが、現在の日本企業が抱える課題をどのように捉えていますか?
楠木 もちろんさまざまな問題はありますが、あえて一つの要素をあげるとすれば「企業経営における目的」を複雑に捉えすぎな経営者が多いように感じます。
 では、企業経営の目的とは何か。それは、「長期利益」だというのが私の考えです。
 なぜなら長期利益を出せるということは、顧客に独自の価値を提供できていることの証明だからです。また儲かることで雇用を生み出し、賃金も上げられる。利益を出すことで法人税を納税し、社会に再分配できる。
 これを継続することで、資本市場で評価され、株価も上がり、株主も喜ぶ。このように企業経営のめざすべき姿とは、本来非常にシンプルなものになります。
1964年東京生まれ。1989年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授、同大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授などを経て、2010年から現職。専門は競争戦略。主著に『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(東洋経済新報社)など。
 企業ができる最大の社会貢献も「長期利益を上げること」です。法人税を支払い、社会的な目的のために富を再配分すること以上の社会貢献はないでしょう。
 社会や顧客、従業員などに対して企業がすべき貢献はさまざまありますが、それらのつながりをあらわしているのが利益である。むしろ利益が出ているということは、他の重要なことが達成されているということです。
 逆に儲けられていないということは、それらを達成できていないということ。そのようなシンプルなロジックであり、経営者は複雑なことは考えずに「長期利益」を出すことだけを考えていればいいというのが私の持論です。
 従業員に過度な負担をかけたり、顧客の信頼を裏切るようなことをしたりすれば、一時的に売り上げになるかもしれませんが、長期利益にはつながりません。
 しかし一方で、現代は紛争や人権問題、生成AIの台頭など、予測不可能な要素に惑わされやすい環境にあるのも事実だと思います。ただだからこそ、この「長期利益を創出する」という目的を拠り所に、戦略や組織のあり方を考え直すことが大切ではないでしょうか。
伊藤 非常に共感します。目的が間違っていれば、あらゆる戦略に意味はなくなってしまう。だから企業経営における目的が「長期利益」にあるという整理はシンプルでわかりやすいと思います。
 そしてその長期利益を生み出すためにも、日本企業のデジタル化の遅れは大きな課題でしょう。2023年に発表された世界デジタル競争ランキングにおいても、日本は過去最低順位の32位(64カ国中)となっています。
 この背景には、日本企業固有の問題があると考えています。たとえばその一つが、「成功よりも、失敗を避けることを優先するカルチャー」です。新たな挑戦の必要を感じつつも、失敗の回避を重視する体質が、日本企業には根深くあります。
 その結果、開発会社に丸投げすることも少なくない。しかし、企業が長期利益を生み出すためには、失敗を恐れていては社会や顧客のニーズに応えることは難しいはずです。
 常に新しい挑戦をする組織に変わる必要がありますし、「失敗から学び、成功につなげる」癖や失敗しない限り何も生み出されないというコンセンサスを組織で持つことが大切だと考えています。テクノロジーの進化が加速するなかで、企業成長のためには「フェイルファスト(fail fast)」の考え方が不可欠ではないでしょうか。
1988年、株式会社日立製作所入社。2021年4月、日立製作所 理事 サービス&プラットフォームビジネスユニットChief Lumada Business Officer兼 システム&サービスビジネス統括本部 Chief Technology Officer(当時)を経て、2022年に株式会社日立コンサルティング常務取締役へ着任、2023年4月より代表取締役社長就任。
楠木 誰よりも早く、多くの失敗を経験することが大切だと。
伊藤 もちろん失敗の理由を突き詰めて考えることは大切なのですが、時として事業の成長を加速させるには、とにかく挑戦のサイクルを早く回すことも同時に重要だと思うのです。
 このような文化の違いも、世界と比べて日本企業が後れを取っている一因になっているのではないか。私たちはこうした日本企業固有の壁を打破し、世界を舞台に活躍するような企業を増やす存在になりたいと考えています。

求められる「問題発見力」

──そうした日本企業固有の課題を打破し、長期利益の創出をめざす企業を生み出すためにも、変革を支援するコンサルティングファームにはどのような役割が求められると考えますか。
楠木 僕は「課題を正しく特定する」ことに、コンサルティングビジネスの面白さがあると考えています。
 問題解決とは、また新たな問題を生み出すことでもある。たとえばインターネットの誕生はさまざまな問題解決をした一方で、セキュリティという新たな問題を生み出しました。
 問題は解決して終わりではない。目の前の課題をクリアすることで、次にどのような新たな問題が生まれるのか。かつてのコンサルタントには、こうした本質的な問題を発見する能力がある特定少数の方々がいました。
 しかし現在コンサルティングは一つの大きな産業になり、大手コンサルティングファームでは課題解決のプロセスが分業化され、機械的に行われるようにすらなってきた。
 戦略の実行力を求められる時代になったからこそ、本質的な課題を発見する力がいまコンサルティングファームに改めて問われていると感じます。
伊藤 そうですよね。戦略での差別化が難しい時代になったいま、もちろん実行力で差をつけるというのはコンサルの世界では大きな差別化の要素になります。
 しかし一方で、本質的な問題を発見することができてはじめて、その実行力に大きな意味をもたらすことにもなる。
 それぞれの企業や組織には、異なる課題や文化、強みがあります。これらのお客さまのアイデンティティを主軸に据えたうえで、徹底的に対話を繰り返す。
 そうして新たに発見した課題に対して、戦略を策定・実行することこそ、変革を迅速に推進し、成功に導くカギでもあると考えています。私自身も、こうしたまだ誰も気づけていない課題を発見することに、コンサルティングの仕事の面白みがあると感じます。
 実際、私たちのアプローチとしても、海外企業の成功事例をそのまま転用するのではなく、一人ひとりが課題に真正面から向き合い、ゼロから問題を解き明かすようなやり方をしてきました。
 これは日立製作所が経営危機から大変革を経験してきた身として、過去の事例に頼るだけでは解決できない難題があり、そこで力をつけたとも言えます。

日立が100%出資、唯一無二のポジショニング

楠木 大変革を遂げた経験を持つ日立製作所から生まれたコンサルティングファームということで、日立コンサルティングは面白いポジションにいますよね。
 群雄割拠のコンサル業界のなかで、どのように生き残るか。各社のユニークネスとポジショニングを明らかにすることが、顧客や労働市場にとっても重要になってきたと思います。
 そういう意味では、時価総額10兆円を超える日立製作所が横にいることやその過去の変革のノウハウがあること。また少数精鋭だからこそリアリティのある課題に向き合えることは一つの独自性になり得るかと。
伊藤 おっしゃる通りだと思います。現在、私たちの社員数は約500名になりますが、少数であるがゆえに一人ひとりの裁量が大きく、課題に真摯に向き合える側面もあります。
 また、私たちは日立全社で展開するデジタルビジネス「Lumada」の活用や、2021年に1兆円かけて買収した、米国シリコンバレー発のデジタルエンジニアリングサービス企業であるGlobalLogicとの連携も強化中です。
※Lumada :顧客のデータから価値を創出し、デジタルイノベーションを加速するための、日立の先進的なデジタル技術を活用したソリューション/サービス/テクノロジーの総称
 私たちの持つビジネスコンサルティングのノウハウと、GlobalLogicの持つデザインやエンジニアリングのノウハウを掛け合わせることで、今まで以上に、お客さまのビジネス変革や革新的なサービスの創出をサポートできるようになりました。
 加えて生成AIなどのさまざまな先端テクノロジーに知見を持つ日立の研究開発グループとの連携を含め、日立グループの武器を惜しみなく活用できるのは、他の企業とは一線を画すポジショニングになると考えています。
楠木 コンサル各社でカルチャーや人材育成の考え方も異なると思いますが、日立コンサルティングではどのようなことを大切にしているのでしょうか。
伊藤 企業文化でいうと、私たちは“Excitement & Fun”という言葉を大事にしています。
 これには「心の高ぶりと楽しみを大切にしよう」という意味が込められています。もちろん知識や経験も大切なのですが、最後は結局人間の持つセンスが大切だと思っているんです。
 難解な問題の解決に苦しみながらも、心から興奮し、本当の意味で楽しんでほしい。そうして日本企業の躍進に貢献し、世界で活躍する企業の誕生に携われたらとても幸せなことだと考えています。
 実際に日本に来る海外の人たちからは日本は賞賛されることも多いのですが、グローバルにおける日本の存在感は、かつてと比べるとすっかり薄くなってしまったのも事実です。
 このギャップを埋めるためにも、Excitement&Funな仕事を私たち自身がどんどん生み出していきたいと考えています。

「良い仕事」とは何か

伊藤 人材育成については、コンサルティングファームによっては大量採用して大量離職、しかも高稼働率を保つようなやり方も考えられますが、当社は逆です。
 「働きがい」と「働きやすさ」の両立する環境が長期的なキャリア形成には大切だと思いますし、切磋琢磨しながらも腰を据えて人材育成に向き合いたいと考えています。
 人材育成や働くうえでのやりがいづくりにおいて大切なこととは何か、楠木さんのお考えも伺えますか。
楠木 僕は働くうえでのやりがいって、「良い給料」と「良い仕事」の2つしかないと思うんですよ。むしろ企業が社員に対して提供できるものは、この2つしかないと考えてもいい。
 でも「良い仕事」というのが問題で、これが人によって違うわけです。だからどの企業も、業界内でのポジショニングと同時に、労働市場でのポジショニングも重要になる。
 過去に二輪の会社だったホンダが四輪事業に参入する際、社員みんなで「こうしたらトヨタや日産に勝てるのでは」とワイワイ議論していたそうです。
 それを横で聞いていた本田宗一郎さんは一言、「それ、トヨタと日産にやってもらったほうがいいんじゃない」と言った。
 そこからホンダは、ホンダらしい車をつくり始めたという話があります。
 当然、そうなるとホンダらしい良い仕事をしたいと思う人が入社してくる。現在の労働市場は多様化していますから、僕らが若い頃よりもずっと、何が良い仕事なのかの価値観がさまざまです。
 この話から学びたいのは、スポーツのようにどちらがより良いのかを競争するのではなくて、独自性を大切にしたメッセージを発信することが大切だということですよね。
 その点で日立コンサルティングは、日本企業がバックボーンにあり、また日本の経済を盛り上げたいという思いを持つことが大きな独自性になっていて、面白いと感じました。
伊藤 たしかに日立グループならではの日本的な考え方や文化を受け継いでいる部分はあると思います。たとえば、グループ全体で大切にしている「基本と正道」という考え方があります。
 「基本」がしっかりしていれば、どんな環境でも力を発揮することができる。また「正道」は、物事を判断するときに「それが正しいことなのか」「自分のためだけではなく、周りの人のためになるのか」「社会のためになるのか」などを考え、良識ある人間として正しい道を歩むために立ち返る倫理観のようなものです。
 これさえ守れれば、自由に挑戦していい。ですから短期的には利益率が低く、たとえば地方創生のようなプロジェクトにも徹底的に付き合う。絵に描いた餅で終わらず、責任を最後まで果たす。こういったところは、まさに日立ブランドのやり方ですし、これが私たちにとっての良い仕事の一つです。

社会のチェンジエージェントへ

──コンサルティングファームが多数あるなかで、日立コンサルティングは今後、独自性を生かしてどのような存在をめざしたいと考えていますか。
伊藤 日本企業の課題を、欧米的な手法だけで解決することは難しい。ですからまずは、日本企業固有の文化を踏まえて、お客さまに寄り添う必要があります。
 そのうえで、それぞれの業界の慣習の縛りを解きほぐしながら、社会イノベーションを生み出すことに貢献することが私たちの役割だと考えています。
 最終的にめざすのは、「社会のチェンジエージェント」。企業の変革を支援しながら、右肩下がりの日本社会を変える、唯一無二のプロフェッショナルファームです。
 そのためにも創出価値を起点に物事を考えながら、人の成長を楽しむような組織をつくりたい。事業会社での実業経験者や他ファーム出身者、そして日立グループ出身者も含め、多様な人材がやりがいを持って、それぞれの持てる力を最大限に発揮できるような環境を用意したい。それが日立らしい気もするんです。
 そしてこれからの時代、コンサルティングファームは次の未来を担うような人材を育てる場所になるとも考えています。日本で生まれ育ったコンサルティングファームとして、良い文化は残しつつ、人材育成でも日本の変革をリードする存在でありたい。
 私は社員にはいつも「日立を使い倒してほしい」と言っていますが、ぜひ日立を舞台に思う存分さまざまな挑戦をしてもらえると嬉しく思います。
楠木 大規模で細かく分業されているところでは、ある特定分野のスキルは身に付くけれども、ある意味では歯車になってしまうこともある。決まりきったプラクティスをこなして、もはや時間を提供するだけの仕事を日々続けている場合もあります。
 一方で分業ではなく、リアリティがある問題に一人ひとりが正面から向き合うことは、なかなか面倒なことです。
 これを面白いと思える人にとって、日立コンサルティングという選択肢があること自体が、働く人にとっても顧客にとっても大切です。今後も日系ファームならではの独自の強みを生かした日立コンサルティングの挑戦を応援しています。
伊藤 ありがとうございます。唯一無二のプロフェッショナルであることを意識しながら、これからも「社会のチェンジエージェント」となる存在をめざしていきたいと思います。