2024/4/9

【石黒浩×三菱電機】AI実装時代の「イノベーション人材」とは

NewsPicks Studiosと、社会課題に向き合う三菱電機METoA Ginzaがコラボレーションし、未来の当たり前を考える番組シリーズ「未来進行形INNOVATION - 共創ライブ-」
5回目となる今回は、日本のモノづくりの一大拠点である名古屋で開催した。
「つなげ、イノベーション。〜AI×モノづくりの未来〜」と題し、ロボット・アバター分野のトップランナーである大阪大学教授・石黒浩氏を迎え、AIによる最適制御などを研究している三菱電機 情報技術総合研究所の毬山利貞氏とともに議論を行った。
AIを社会実装するにあたって必要となるハードウェアとの接続や、AIの「ブラックボックス問題」の乗り越え方、新たなAI倫理のあり方とは。
本記事では、セッションの様子をダイジェストでお届けするとともに、三菱電機が開発を進めるAI技術「Maisart(マイサート)」の詳細と、求める人材像について解き明かしていく。
INDEX
  • AIと人間の共生に必要な「説明性」
  • 「AI×モノづくり」日本の強み
  • 技術の課題は技術で解決を
  • 理研との共同研究で、AIの課題を解消
  • 活躍するのは「柔軟な思考」がある人

AIと人間の共生に必要な「説明性」

金谷:本日は3つのトークテーマで議論していきたいと思います。1つ目は「AI時代 モノづくりはどう進化する?」です。お二人は今、モノづくりとAIの分野でどのような点に注目していますか。
石黒:モノづくりの世界では、例えばカメラによる検査などの効率や性能が上がっていますし、自動化の技術も進んでいます。
さらにChatGPTなどの登場でAIが一般生活にも入り込んでいますよね。まだまだ世の中は変わるでしょうし、さらに豊かになると思います。
石黒 浩 1963年生まれ。大阪大学大学院基礎工学研究科教授(栄誉教授)。AVITA代表取締役CEO。知能ロボットの研究開発をはじめアンドロイド研究を専門とするロボット工学者。2015年文部科学大臣表彰およびシェイク・ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム知識賞、20年立石賞受賞。著書『アバターと共生する未来社会』(集英社)など多数。
毬山 三菱電機では、モノづくりの現場にある「エッジ」とよばれる機器に搭載するAIを開発しています。このAI開発では、ロボットやエアコン、空調機などの小さな機器に搭載しても、想定外の動きをしないことを目指しています。
生産現場などでAIが不確実な動き方をして生産効率を下げたり人を傷つけたりしないために、信頼性や再現性を担保したAIが必要なのです。
さらにAIをモノづくりと掛け合わせる際の課題が、アウトプットを出す過程や理由を示す「説明性」です。
ハードウェアは人とインタラクションをしながら動くものなので、技術と人が協調するためには、この説明性が必要になります。
毬山利貞 1975年生まれ。三菱電機 情報技術総合研究所 知能情報処理技術部 部長。学生時代に脳科学を学び、博士(理学)を修了。現在は同研究所にてAI分野の研究・開発を担当。主な開発テーマは空調機器・産業用ロボット・FA加工機・社会インフラ設備などのAIによる最適制御、AIによる時系列データ予測など。
石黒 人間とAIが共生するには、人間がAIに合わせることが重要になりますね。
私の会社でも、共生の例として、コンビニエンスストアでお客様を接客するアバターを開発しています。会社の人材育成や、学生の勉強などでもAIが用いられつつあり、個々人のレベルに合わせて教えてくれる良さがあります。
ローソン4店舗のレジで導入された、AVITA社のアバター「AVACOM」(提供:石黒 浩氏)
石黒 私は人間とAI・ロボットの境界はないと思っています。
人間は技術で能力を拡張する生き物ですから、AIやロボットは人間の一部といえます。服やメガネを身に着け、車に乗って、ワクチンを打っている私たちは、技術がなければ生きていけないのですから。
ただし、AIの要素であるニューラルネットワーク(人間の脳における神経回路の構造を数学的に表現する手法)やLLM(大規模言語モデル:大量のテキストデータを使って学習させたAIモデル)は、人間が想定しない動きをすることがあるので、使い方は熟慮すべきです。
そもそも、最近は「コンピュータ=AI」とひとくくりにされがちですが、古典的な制御系はおおむね予測通りに動くものです。両者を混同してはいけません。
金谷 何をもってAIと呼ぶかを考えるべきだということですね。三菱電機が考えるAIとは、どのようなものでしょうか。
毬山 三菱電機では、データによって賢くなったデータドリブンなものがAIだと考えています。
私は、AIの良い機能、AIでないとできない機能と、古典的な制御システムの思想を組み合わせて用いることで、シミュレーターを使いながらAIの説明性を向上させる研究をしていました。
空調機を例に挙げると、「この風量にすると設定温度が何度になる」という温度計のシミュレーターがあります。
しかし、このシミュレーターでは、室内にいる人数など室温に影響を与えるパラメータ(変数)をすべて把握することは難しく、実際の温度を完全には制御できません。
そこで、こうしたパラメータを推定するAI技術を用いて空調機を動かせれば、動作を最適化できるだろうと考えたのです。
石黒 物理的な作業とAIを組み合わせるときには、確実な制御を入れないといけませんね。空調であれば、人間が不快に感じる温度には絶対にしないといったことです。
大半の操作はAIが行いつつ、危険な要素を取り除くのは確実性の高い制御システムでコントロールするのがよいのではないでしょうか。

「AI×モノづくり」日本の強み

金谷 次のテーマ「『つながる』時代にイノベーションを起こすには?」に移りたいと思います。AIとモノがつながる分野で、日本の強みはどのように生かせるとお考えですか。
毬山:メカトロニクス(機械工学×電子工学)において、他国は日本ほどの緻密さや、人間とロボットの共生は追求できていません。
機器側で複雑な動きをしっかり作り上げていけば、日本は付加価値を生み出せると考えます。
石黒 AIやロボットを使う点において、日本は欧米より進んでいると思います。
欧米はロボットを人間より下に位置付けて道具とみなしますが、日本はAIやロボットと共存しながら、そのパフォーマンスを生かす使い方ができるのです。道具とみなしている限りは、パフォーマンスを最大限に引き出せません。
人口減少などのシビアな課題に直面し、AIやロボットを使って生産性を上げなければならない日本だからこそ、共存がより可能になると思います。
その後、日本を追いかけるように高齢化が進む各国が、日本式のAIやロボットの使い方を取り込んでいくことになるでしょう。
金谷 社会課題解決に向けたイノベーションを起こすためには、人と人との交流も大事かと思うのですが、いかがでしょうか。
毬山 そうですね。AI単体でモノやサービスが売れることは極めて限定的だと思います。
ドメインで有効な制御技術を得意とする我々と、新しいAI技術に長けた人材や学術的な領域にいる人たちなどが知恵を出し合い、技術を複合させることでイノベーションが起こせると考えています。
金谷 AIとモノづくりがつながる時代において、どのような人材が必要だと考えますか。
毬山 時代の変化をキャッチアップするとともに、コアとなる技術をもつ人材だと思います。そのうえで、他の技術と組み合わせて価値を生み出すことが求められます。
石黒 深い問題意識をもって質問できる力も大切です。ChatGPTも、何を知りたいかが曖昧だと使いこなせるわけがありません。また、深い問題意識があれば専門性が偏りすぎることなく、いろいろな技術を吸収できるようにもなるでしょう。
AIをどう使えばいいのか、どう質問すればいいのかを考えるには、「人とは何か」を追求する哲学的思考が必要です。
理系と文系は別の専門性だと考えられてきましたが、今や理系のツールは誰もが使えるようになりました。
そこで、私たちが研究すべき分野は、文系のテーマとされてきた意識や欲求など人間がもつ性質です。
AIが進化すると、理系と文系が融合する学問である、哲学が必要になります。これからは、哲学の時代になりますね。

技術の課題は技術で解決を

金谷 最後のテーマである「『つながる』時代に日本はルールメーカーになれるか?」。AIを使う際の倫理について、世界の動きをどう捉えていますか。
毬山 現状はヨーロッパを中心に規制が整いつつあるなか、日本はそれをウォッチしている状況だと思います。
一方、ISO(国際標準化機構)の国際会議などでは、日本が中心となって、AIガバナンスの基準作りに貢献しています。今後は、日本が強いモノづくり分野の技術をルールとして整備するようになっていけるといいですね。
石黒 日本がリードするためには、日本オリジナルのモノを作る必要があります。AIが日本オリジナルでなくとも、その上に積み上げるモノに日本のオリジナリティーがあれば、日本から標準化が進みます。
その際、AIやロボットの発展を阻害し、人間の進化を止めてしまいかねないルールを作ってはいけません
どのような危険性があるかを議論し、それらを意識しながら開発することが重要です。怖いからといってAIの開発や利用をやめてしまっては、さらに高度なAIで解決できる倫理的な問題も解決されなくなります。
日本はインターネットが普及したとき、ルールがないからといってこの動き方ができませんでした。その間にいろいろな挑戦をしたアメリカが、今やイニシアチブを握っています。
日本人は真面目だから、ルールを守ろうとするんです。しかし、法律は後づけでできていくものです。
私が関わっているアバターの分野ではルールの整備を待ちすぎることなく、倫理の問題も議論しながら社会実装を目指したいと思います。
社会実装を進めると、次々に問題が生じてきます。これから実装段階にある、日常生活でのロボット利用における倫理の問題も、新しい技術で克服することを積み重ねていけるでしょう。
毬山 社会実装するから課題が出てくる面白さがありますよね。AIは性能を追求するだけでなく、どう使い、人と共存するかを考えるのが醍醐味です。
三菱電機では、倫理観も含めて技術者を教育しています。AIで人間が損をしたり不幸になったりせず、共存していくための社内ルールも作りながら開発に向き合っているのです。
金谷 最後に、AIとモノづくりがつながる未来に向けて、社会へ提言したいことをお聞かせください。
石黒 社会がテクノロジーを受け入れ、豊かな生活を目指すことが大切だと思います。日本が抱える重要な課題は、人口減少です。AIやロボットがもっと普及しないと、生産性が上がらず生活も寂しいものになってしまうでしょう。
毬山 環境問題の深刻さが増す一方、AIの学習は多くの電力を消費しているので、バランス感を大切にしながら開発をしていきたいと考えています。
金谷 テクノロジーの課題を、さらなるテクノロジーで解決していくということですね。今日はありがとうございました。
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理研との共同研究で、AIの課題を解消

金谷 ここからは三菱電機の取り組みについて、さらに詳しく毬山さんにお伺いします。
セッションの中で、三菱電機では、エッジAIの研究開発に注力しているとのお話がありました。こちらの特徴について、改めて教えてください。
毬山 エッジは人間に近い機器であるため、そこに求められる信頼性や確実性、人への説明性を担保できるよう開発を進めています。
現時点でのAIには、一部の判断を人間が行う「ヒューマン・イン・ザ・ループ」が必要だと考えており、人間が納得して判断を行うために説明性が求められるのです。
金谷 説明性をどう実現するかは難しいように思いますが、理化学研究所(以下、理研)との共同研究によって、三菱電機のAI技術「Maisart(マイサート)」を用いて、機器制御の根拠を明示できる技術を開発したというニュースを拝見しました。
毬山 「Maisart(マイサート)」は、エッジの性能でまかなえる、小さな計算量で動くAIです。
まず、小さい計算量でAIの信頼性や確実性を担保するには、AIを使う場面は「AIでなければ解決できない最小限のこと」に絞り、その他のことはハードウェアやシステムで解決する思想で実現させます。
そして、セッションでもお伝えしたように、説明性の担保は、理論から予測を立てて動作するシミュレーターで実現したいものの、そのためのパラメータが必要になります。
ところが現実世界のパラメータはあまりに複雑であるため、AIが導き出したアウトプットの根拠を説明しきれないのです。
そこで理研との共同研究では、これまでブラックボックス化していたAIによる機器制御の根拠を示し、説明する技術を開発しました。
今回の共同研究は、外部のスペシャリストと産学連携してソリューションを提供する「循環型デジタル・エンジニアリング企業」の取り組みの一環です。
AIのような最新技術かつ研究開発スピードが速い分野ほど、オープンイノベーションを進めたほうがいいと考えています。
1社で技術を抱え込んでも他社に追い抜かれるだけなので、素早くローンチして特許を取得すべきというスタンスです。
逆に、製品化は自社内で進め、製作所がもつ知見と融合して競争力を高めたいと考えています。
当社の強みは、製作所と研究所が一体となって新しい技術を導入した製品を作る仕組みであり、このようにオープン戦略とクローズ戦略を柔軟に使い分けているのが特徴です。
金谷 理研との共同研究において、他の観点で収穫はありましたか。
毬山 若手研究員の育成です。日本トップクラスの先生方と一緒に研究をすることで研究手法をしっかり学べました。
AI人材は採用難ですから、外から採用することも重要ですが、何よりも今いる人材を育てていくことが大切です。
今後も、産学連携の機会を通して若手研究員のレベルアップに取り組み、世界で戦っていける人材を育成していきたいと思っています。
金谷 理研との共同研究で開発された技術は、今後どのように社会実装されていくと考えますか。
毬山 現実世界のデータを集めてデジタル上で双子(ツイン)のように再現する「デジタルツイン」を実現できれば、生産現場をはじめ幅広い分野でAIを生かせるようになると思います。
また、生活における快適さや省エネ性も上がり、住みやすい世界になることが期待できます。

活躍するのは「柔軟な思考」がある人

金谷 研究所と製作所が共創する三菱電機では、どのような人材が活躍するのでしょうか。
毬山 仕事を正確に進める意識をもちながら、柔軟な思考がある人が活躍しています。
世の中に必要だと思って技術を研究していても、現実で理想通りに進むとは限りません。その際に軌道修正できる柔軟さが求められるのです。
また、最新技術は6カ月もすれば古くなってしまうことがある時代ですから、自分のコアとなる技術力をもちつつ、新たな技術を貪欲にキャッチアップするという意味での柔軟さも必要になります。
AIだけ知っていてもあっという間に陳腐化してしまいますが、他の分野と掛け合わせると大きな価値を生み出せるのです。
三菱電機は研究環境が整っており、研究者がモチベーション高く働ける環境だと思います。
研究所と製作所の連携や外部機関との産学連携なども盛んで、研究成果を積極的にオープンにする姿勢もあるので、自分の成果を世の中に周知できます。
これから研究所で働くことを目指す学生には、まずは大学や大学院でしっかり研究活動をして自分の専門領域を作ってほしいと思います。
金谷 今日のお話から、三菱電機は部門間や外部機関と積極的な連携をしながら、大きな価値を生み出していることがわかりました。ありがとうございました。