2024/3/27
【イベントレポート】講義と最新事例で学ぶ、次世代のための事業承継学
NewsPicks / Brand Design editor
近年、中小企業の「事業承継」問題に注目が集まっている。
日本企業のうち99%を占める中小企業は、雇用や技術の担い手として日本を支える重要な存在だ。
一方で、今、少子高齢化や地方における経営の後継者不在の状況が深刻化しており、廃業の増加による貴重な雇用や技術への影響が懸念されている。
中小企業の経営者は、いつから、どのように後継ぎのことを考えなければならないのか。そして、「親族内承継」「従業員承継」「M&A」……どの選択肢を取るべきなのか。
社員のこと、事業のこと。事業承継を考え始めた日から、経営者の胸には様々な想いが交錯する。
2024年2月27日、NewsPicksはリアルイベント「シン・事業承継カンファレンス 〜次の時代をつくるバトンの繋ぎ方〜」を開催。KEYNOTEと2つのSESSIONを通して事業承継のあり方と可能性について議論が交わされた。
本記事では、その模様をダイジェストでお届けする。
事業承継の環境が激変。「大承継時代」へ
藤野 ついに、日経平均がバブル期以来の最高値を付けました。良い変化、悪い変化、いろいろありますが、ビジネスを一生懸命やろうとしている人にとって、今は非常にいい時期です。
事業承継を取り巻く環境は「激変」しています。日本経済を活性化させるためには、日本の企業数の99.7%を占め、全従業員数の68.8%が集中している中小企業を成長させないといけない。事業承継は、これからおのずと重要なテーマになります。
なぜか。シニアの経営者が高齢化し、代替わりを考えなければならない時期に来ているからです。
しかし、社会は少子高齢化しています。後継者がいない会社は廃業するか、M&Aで存続の道を探るかの判断をしなければなりません。
世の中は「大承継時代」に突入しつつあるのです。
今ではM&Aの環境も整ってきました。国の政策として事業承継を推し進めています。税理士、公認会計士、弁護士といった士業の方々もM&Aを積極的にサポートしてくれますし、多くのM&Aの仲介会社もあります。
これまでは、何代も続いた会社を売るのは心苦しい、創業した会社を売りたくないと考える人は多かったでしょう。
しかしこれからは、従業員や会社の未来を考えると売却したほうがいいかもしれません。逆に会社を続けていくために、買い手に回る判断も必要かもしれない。
経営者は会社の売り手にも、買い手にもなれる自由を持っているのです。
地方の経営者ほど、他の地方を知るべき
地方では「ヤンキーの虎」と呼ばれる人たちが事業承継のカギを握るようになっていくでしょう。
ヤンキーの虎とは、「○○ホールティングス」「□□興業」といった名前でビジネスを展開しています。事業欲が旺盛で、何年も増収増益を続けており、業績が非常にいいのが特徴です。
そんなヤンキーの虎が手がけているビジネスは、携帯電話販売、コンビニ経営、介護施設、パチンコ屋、不動産業、ガソリンスタンドなどです。
特に携帯電話、コンビニ、介護の3つは、地方の成長ドライバーとしてここ20年ほどヤンキーの虎たちの主力事業たり得てきました。
今も、ヤンキーの虎は地方にたくさんいます。けれども、携帯もコンビニの市場は成熟しました。介護はまだ伸びる余地がありますが、かなり事業所が増えています。
それゆえ、地方のヤンキーの虎たちは今後ビジネスを転換していく必要があるでしょう。売上規模が10億円から100億円ぐらいになっている会社がたくさんありますので、こういう人たちが、これからM&Aの売り手にも買い手にもなってくる可能性があるのです。
ではこれから、地方の中小企業経営者は何をすればいいのでしょうか。
まず、アンテナを高くしてトレンドや情報に敏感になるのは大事なことです。そのためにもぜひ、地方の経営者ほど、他の地方に行きましょう。
地方の経営者は、意外と他の地方に行っていません。自分たちのビジネスが他の地域と比べて相対的にどうなのか、他の地方の成功モデルがなんなのかを知るべきです。地方の成功モデルのコンセプトを真似れば、まだまだできることはたくさんあると思います。
日本は北海道から沖縄まで、どこへ行っても自然が豊かで水がきれいで食べ物がおいしい。でもそれだけでは特徴あるビジネスはできません。
成功している他の地方の人と「仲間になる力」も大事です。
たとえば今日、この会場には経営者がたくさんいらしていますよね?名刺交換をして、行ったことのない地域の人だったら、遊びに行ってみてください。
成功者ほどケチケチせず、いろんなことを教えてくれます。その人から学んで、自分のビジネスに活かしましょう。自分も、人に教えてあげましょう。
経営者同士で地方間連携をすることで、新しい事業が生まれる可能性があります。
事業承継でもM&Aでも大事なのはビジョン
新しいビジネスを始めたいのなら、これからは中小企業もM&Aを選択肢に入れましょう。
今は売り物も買い物もいくらでもあります。ですから、自分たちの会社がいまいちだ、この事業を売りたいと思ったら売ることが可能です。
大事なのは、どうやって売るか。
高く売ろうと思ったら買い手の自由度をある程度高めないといけない。従業員の雇用は守ってほしいなどの要望を通したいと思えば、売値は低くなる。
そのバランスを見極めながら売り値を交渉していくことが大事です。自分が買手に回る場合も基本的な考え方は同じです。
最初のM&Aは小さい案件から始めましょう。自分の会社と同等ぐらいの会社を買うのは難易度が高いので、その20分の1、10分の1の規模感で練習するといいですね。
信頼できるパートナーを見つけたり、身の回りで実際にM&Aを経験した人のアドバイスも聞きながら進めてみてください。
通常の事業承継にしてもM&Aにしても大事なことは、ビジョンを描くことです。
10年後、20年後、どういう社会になるのか、そこで自分の会社がどうあるべきかをどれだけイメージできるかが、成功のカギになります。
たとえば、広島出身の丹下大さんが経営する株式会社SHIFTは、業種で言えばIT業です。
けれども丹下さんのビジョンは、IT業を成功させることではない。「多重下請け構造をなくし、国内開発エンジニアに適正な報酬と業務環境を提供して幸せにすること」なんです。
その結果、SHIFTは今や時価総額4000億円を超える立派な会社になっています。
つまり、現状のサービスの「その次の段階」をどれだけイメージして経営するかによって、人がついてくるかどうか、会社が成長するかどうかが変わるのです。
ビジョンを描くためには、豊富な自己体験と、人間に対する深い理解が必要になります。たくさん旅をすること、異文化や異業種の人と話をすること、うんと年上の人やうんと年下の人と話をして、人は何のために働くのか、何を大事にして生きているのかを知り、事業に活かしましょう。
ビジネスで失敗しない、ということは絶対にないです。絶対に失敗はしますから、「失敗しないようにしよう」という考え方自体をやめましょう。トライ&エラーじゃなくて、「トライトライトライ、エラーエラーエラー」ぐらいの勢いでやる人のほうが成功しやすいです。
「やりたいことをやるんだ」という人のほうが人生うまく行きます。後悔のない人生をぜひ歩んでほしいと思います。
KEYNOTEに続くSESSION 1では、事業承継をサポートする支援機関のWMパートナーズ株式会社 代表取締役社長の徳永康雄氏、山口キャピタル株式会社シニアディレクターの藤本孝氏が登壇。
事業承継の現状と課題、事業承継によって広がるビジネスの可能性について議論が交わされた。
日本初のサーチファンドを設立
──それぞれのファンドの特徴について教えていただけますか。
徳永 WMパートナーズは、政府の政策金融機関、メガバンクや十数行の地銀からお金を預かっている独立系のファンドで、中堅中小企業を対象に投資をしています。
日本からGAFAのような会社を出そうと、国はスタートアップの支援や大企業のオープンイノベーション推進の推進に一生懸命です。
しかしその一方で、日本の企業の9割、雇用の7割を占める中小企業の成長やイノベーションは置き去りにされたままです。
そこでWMパートナーズでは、優れた製品やサービスをつくる中堅中小企業の成長を応援することに注力しています。
藤本 山口キャピタルは山口県の山口銀行、広島県のもみじ銀行、福岡県の北九州銀行の持ち株会社である山口フィナンシャルグループが親会社となっています。
山口県・広島県・福岡県を活性化させるベンチャー企業投資、事業承継・事業成長投資の2軸で取り組んでいます。
日本で初めてサーチファンド(経営者候補が、投資家の支援を受けながら自分が経営者となりたい企業を探し、事業承継課題を解決する仕組み)を設立し、サーチファンドを通じた事業承継投資も行っているのが特徴です。
課題を洗い出し、解決するまで伴走
──具体的には、それぞれどのような支援を?
徳永 一番は「人のサポート」ですね。スタートアップと中小企業の違いをあげるとすると、採用力があると感じています。
たとえば、いい製品はつくれたけれども製品を世の中に広められなかったという課題を感じている会社の事業承継を解決したケースがあります。
このときは、営業経験豊富な方を外から連れてきて社長になってもらいました。販売戦略についてはルートセールスの強化だけではなく、ECでの販売を強化を行いました。
また、家族に任せていた経理・人事をファンドのメンバーが一時的に常駐し引き継ぎDX化を推進した後に、新たに採用した経理担当者に引き継いでいくということを行っています。
創業者や経営者の壁打ち役となっていろんな課題を洗い出し、解決するまで伴走していく。中小企業を取り巻く事業環境が激しく変化していく中で、本来やらないといけないができていなことを実現するサポートをする。それが私どもの役割です。
藤本 事業承継の問題が深刻化してきましたので、その解決を目的に私たちは2019年にサーチファンドを設立しました。
サーチファンドでは、経営者を目指す経営者候補と後継者不足に悩む企業を結びつけ、事業承継の最大の課題である「後継者不足」と「株式の引き受け」をセットで解決します。
経営者を目指すような優秀な人材であっても、企業の株式取得資金を調達するのは容易ではありません。
しかし、サーチファンドを活用すれば、承継したい企業の探索に必要となる費用の投資を受けることができますし、承継企業が決定すれば、株式取得資金の投資も受けることができるんです。
事業承継の選択肢の1つとして検討を
──ファンドやM&Aに不安を抱く経営者もいると思いますが、今もそうでしょうか。
徳永 国内の各ファンドが1つひとつの案件をていねいに進め、成功させてきたおかげでだいぶ空気は変わってきました。
基本的に、ファンドはサポート役で、主役はあくまで会社側です。ファンドが出資している期間においては、その会社の意向をベースに物事を進めていきます。
自社だけでは10年かかることも、ファンドのヒト、モノ、カネ、情報を使えば、その期間を大幅に短縮できる可能性が高まります。
事業承継や会社の持続的な成長を目指す際の選択肢の1つとして検討いただければと思います。
事業承継というと創業者が会社を売るという印象が強いですが、買う側にまわり会社の規模を大きくするというような発想をもっていただけると良いと思います。
藤本 地方には、まだ不安を持っている方は多いと思います。
ただ徳永さんもおっしゃったように、成功事例が1つずつ積み重なるにつれてファンドをポジティブに受け入れる会社は増えてきています。
腹を割って話せる関係をつくりながら、取引先の銀行支店長や自治体の協力なども得て、何のためにご提案をしているのかをていねいに説明するように心がけていきたいと考えています。
イベントの締めくくりとなるSESSION 2では事業を引き継いだ経営者、これから継ごうとしている後継ぎがディスカッション。
KOBASHI HOLDINGS株式会社代表取締役社長の小橋正次郎氏、三星グループ代表の岩田真吾氏、早川しょうゆみそ株式会社取締役専務(7代目予定)の早川薫氏が登壇し、事業承継後に取り組んだこと、これから注力したいことについて語り合った。
最初の仕事は「ホームページ」「事業承継計画」「新商品開発」
──事業承継を決めた時期と、最初に取り組んだ仕事について教えていただけますか。
岩田 私は長男で、会社員を経て27歳のときに家業に入りました。
最初に取り組んだのは、意外に思われることも多いのですが、ホームページづくりですね。
三星グループは染めの工場から始まり、その後、樹脂の加工をしたり、昔の工場の跡地でケーキを売っていたり、いろんな事業をしていたんです。だからまず、事業の棚卸しをして会社の全体像を知ることが必要でした。
「新社長が話を聞きたいと言っている」と聞くと構えるけれど、「ホームページをつくり直したいので話を聞かせてほしい」と聞けば、社員もお客さんも話をしやすいですよね。
ミッションやバリューを考える契機にもなりますし、ホームページの再構築を最初にしてよかったと思っています。
小橋 私は次男ですが、父への憧れから小学校低学年のときにすでに継ぎたいと思っていました。入社したのは26歳。最初にしたのは、父から私への事業承継計画を立てることです。
父親は自分が事業承継するときに人・モノ・金で困ったので、同じ失敗をしないように、共に事業承継計画を進めました。
自分が父親から継いだとき以上に成長させた上で次の代に引き継ぎたいと考えているので、それをベースに計画を作りましたね。必ずしも親族でなければいけないとは考えていません。
岩田 ひょっとして遺言もすでに書いてます?
小橋 書いていますよ。遺言がないのはトラブルの元なので。
岩田 さすがですね。僕も見習わなきゃ。
早川 私も次男ですが、兄から「継ぐのはお前だからな」と中2のときに言われて、それで進路が決まった感じです。
入社したのは25歳のときです。将来社長を継ぐことを考えて名刺代わりになるようなプロジェクトを始めようと思いました。そこで取り組んだのが粉末味噌の開発です。
フリーズドライ製法の粉末味噌は世の中に存在しますが、初期投資がかかるし、風味が飛んでしまっています。独自の製法で生味噌と比べても遜色のない、おいしい粉末味噌をつくろうと思いました。
完成した粉末味噌「umami・so」は、生味噌と同じように「酵素」が生きた状態で入っています。
海外で高評価をいただき、ロールスロイス&ベントレー愛好者クラブ(RREC)主催のイベント「Strive for Perfection」のオフィシャルパートナーに選んでいただいたり、スペインのビルバオで開催されたフードテック展示会のスタートアップ部門に招待されたりしました。
2年にわたる親子喧嘩で幹部が数人退職
──まさに名刺代わりのプロジェクトになったわけですね。続いてのテーマは、「経営者としての失敗談」についてです。
岩田 前職のコンサルティング会社のやり方を持ち込んで、KPIでガチガチに管理したのが最初の失敗です。
会議のたびに数字を詰められるから、社員の顔色はさえないし、1年経っても業績は横ばい。そこでこの方法は間違っていると悟りましたね。
KPIマネジメントが悪いわけではありませんが、縮小しつつある繊維業というマーケットで、しかもリーマンショック直後にやったのが良くなかったと思っています。
もう1つの失敗は、社員の前で会長である父親と「議論」という名の親子喧嘩を2年に渡って繰り広げたことです。
当時、染色事業から撤退するか否かを考えていた時期だったのですが、断行するのは嫌だった。会長とちゃんと話して納得してもらってやめたいなと思ったから、3カ月に1度の経営会議で2年に渡って父親とやり合いました。
そうしたら、幹部が数人辞めてしまいました。社員にしたら嫌ですよね。
早川 私は「地元だけで商売をしていてはいずれ頭打ちになる。海外も含めて地元から外へ打って出るしかない」と強く思っていました。そこで粉末味噌をはじめとする新しい事業や新商品の提案を始めました。
ただ、その進め方がいささか急すぎたのか、父親である社長がやってきた仕事を否定するような言動になってしまっていたんです。
営業の古参社員が取引先に「あいつが継いだら会社は潰れる」と触れ回っていたらしく、取引先から「お前のところは大丈夫か?」と言われて「ああ、やらかしたな」と思いました。あれが一番の失敗でしたね。
小橋 当社はスタートアップ支援に尽力しているので、どうしても支出が先行してしまいます。それに見合うリターンを得られているのか? と問われると苦しいですね。採算が取れないものもありますので。
ただ、スタートアップ支援をしていなければこの場にも呼んでいただけなかったと思うので、目先の投資リターンではなく、長期的に伴走することでさまざまな副次的なリターンが得られるのではないかと思っています。
スタートアップとの連携で自社の成長を目指す
──これから注力していきたいことは何ですか。
小橋 ベンチャー投資をしていると、「ビジネスモデルはできたけど、ものづくりで困っている」という話をよく聞きます。
農業機械メーカーとしての知見を生かせば、他社のものづくり支援でお役に立てると思い、2020年にKOBASHI ROBOTICSという会社を新たに立ち上げました。
ちょうど今日、komhamというバイオマスリサイクルシステムを開発する会社と資本業務提携を発表しました。
ものづくりだけでなく、資本面でも連携して成長を支援していく。そんな取り組みを増やしていくことが、自社の成長にもつながると考えています。
早川 私は職人さんの格を上げていくような事業に注力していきたいですね。
じつは味噌って都道府県で材料が違いますし、種類もさまざまなんです。職人さんがその土地で手に入る材料を使い、技術を工夫しておいしい味噌づくりに挑戦し続けてきたから、全国どこでもおいしい味噌を味わえる。
職人さんたちの技術やパッションには大きな価値が眠っていると感じています。それを国内だけでなく、海外に広めていくのがこれからやりたいことです。
岩田 小橋さんの考えにも重なりますが、僕はスタートアップと後継ぎ経営者は相性がいいと思っているんです。
そこでアトツギ×スタートアップ共創基地TAKIBI & Co.(タキビコ)というコミュニティをつくりました。キャッチコピーは「想いに火をつけろ!」。
もっともっとスタートアップと後継ぎを混ぜてポジティブな化学反応を生み出したいと考えています。
企業の枠を超えて共創することで、三星グループのDXはこの1、2年でむちゃくちゃ進みましたし、新しい事業アイデアも生まれています。いいことしかないんです。
「利他の心」で動いていると、最終的には利己に戻ってくる。つまり、自分にいいことが返ってくる、とよく言われますよね?
僕が最近思うのは、利他は思ったよりも早く利己に返ってくるんだな、ということ。
だから皆さんも利他しまくってください。「ギブアンドテイク」というより「ギブアンドギブン」、与え与えられで、最終的にはちゃんとお互いがよくなっていくと思っています。
編集:花岡郁
執筆:横山瑠美
撮影:吉田和生
デザイン:Seisakujo inc.