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CL放映権から見る世界の潮流

ヨーロッパの名門クラブは、アジアでパートナーを探している

2015/5/19
UEFAチャンピオンズリーグ(CL)は、世界最大規模のスポーツコンテンツだ。そのマーケティング権利を独占的に扱うスイスのTEAMマーケティングに、ひとりの日本人がいる。ケンブリッジ大学でMBAを取得した岡部恭英だ。企業と国の思惑が絡み合う巨大サッカー市場で、岡部が目にしたものとは──。

ロシアのガスプロム社がCLのスポンサーになる理由

──ここ数年、ロシアや中東の資源マネーがヨーロッパサッカー界を席巻したイメージがあります。オイルマネーの勢いはまだ続いていますか。

岡部:前よりは落ち着いてきたという印象を受けています。いくつか理由があると思うのですが、ひとつは原油価格が下がったことで単純に彼らのマネーパワーが弱くなったということ。それゆえに彼らの投資の姿勢、アプローチがコンサバティブ(保守的)になったのかなと思います。

もうひとつは、オイルマネーというと中東以外ではロシアをはじめ旧共産圏が強いんですが、ロシアがウクライナ問題で西洋ともめていることが関係していると思います。

西洋諸国からの制裁によって、ロシアは経済的に打撃を受けている。それによって旧共産圏からのオイルマネーの勢いが前よりは落ち着いたという気がします。

──とはいえ、今季もCLのスポンサーのひとつにロシアのガスプロムが入っていますね。

ガスプロムの場合、ヨーロッパの家庭が使っているほとんどのガスを“独占”しているんですね。だから、彼らは大丈夫。それにオイルではなく、ガスですから(笑)。

──ガスプロムがなぜCLのスポンサーになっているのか、ずっと不思議だったんですが、各家庭に入っていることが関係しているんでしょうか。

その通りです。欧州の多くの国に入っている超巨大なガス会社であるにもかかわらず、ロシアということで、一般の人にも政府にもあまりイメージがポジティブではなかった。そのイメージを変えたいということで、彼らはCLのスポンサーをしていると思います。

岡部恭英(おかべ・やすひで) 1972 年生まれ。 CLに関わる初めてにして唯一のアジア人。UEFAマーケティング代理店、『TEAM マーケティング』のTV放映権&スポンサーシップ営業 アジア&中東・北アフリカ地区統括責任者。ケンブリッジ大学MBA。慶應義塾大学体育会ソッカー部出身。夢は「日本が2度目のW杯を開催して初優勝すること」(写真:木崎伸也)

岡部恭英(おかべ・やすひで)
1972年生まれ。CLに関わる、初めてにして唯一のアジア人。UEFAマーケティング代理店、TEAM マーケティングのTV放映権&スポンサーシップ営業 アジア&中東・北アフリカ地区統括責任者。ケンブリッジ大学MBA。慶應義塾体育会ソッカー部出身。夢は「日本が2度目のW杯を開催して初優勝すること」。(写真:木崎伸也)

ロシアが狙う中国の市場

また、彼らは中国も重視していますよ。CLの場合、ブロードキャストスポンサーシップという枠があります。日本で言うところの「番宣」ですね。日本でCLの中継を見ると、試合から現地TV局のCMに切り替わる時に、ハイネケンのイメージ映像が流れるようになっています。

中国でもハイネケンがブロードキャストスポンサーだったのですが、今年からはガスプロムもそのひとつになりました。

──なぜでしょう。

最近、中国政府とロシア政府が、ガスに関する長期の巨大契約を結びました。ロシアにとって、中国は非常に重要なガスのマーケットなんです。

そういった背後の巨大な「ジオポリティクス」(地政学)も、世界最大のスポーツコンテンツであるCLのスポンサーシップには関係してきます。

「なぜロシアのガス会社がCLのスポンサーになるのか」ということは、経済と政治を両方足すと理解してもらえるのではないでしょうか。

──話が脱線しますが、ガスプロムが日本にガスを供給して、Jリーグのスポンサーになるという可能性はあるんでしょうか。

北方領土も関係するので、まさに政治が関係しますよね。簡単に結論づけられるテーマではないと思います。

ただ、これは憶測ですが、中国市場と比べると日本市場はすごく小さい。

これは次回に詳しく話そうと思うんですが、あらゆる分野において、中国というのはものすごく重要なマーケットになっています。

ロシアが注力しているのは中国やインドであり、サッカー界も同じです。まずは中国やインドが優先され、ガスプロムが日本のスポーツ界と接点を持つ可能性は高くはないかもしれません。

名門クラブがアジアオフィスを持つ理由

──勢いという点ではやはり中国がすごいと思うのですが、どう見ていますか。

もう本当にすごいですよ。2012年にマンチェスター・ユナイテッドがヨーロッパのクラブとして初めて香港にオフィスをつくったことが話題になりましたが、今や珍しい話ではなくなりました。

今、香港にマンチェスター・ユナイテッド、バルセロナ、トッテナム、北京にレアル・マドリー、上海にバイエルン・ミュンヘンがオフィスを構えています。

他のアジアの地域で言えば、シンガポールにアーセナル、チェルシー、ドルトムントがオフィスを構えています。

マンチェスター・シティはクアラルンプールと日本にオフィスを持っていて、さらに他の都市でも立ち上げようとしている。

オフィス開設というのは、固定費が生じるということなので、すごいことなんです。

ひと昔前は、ヨーロッパのクラブは黙っていてもアジアからファンが来てくれたので、オフィスを出そうと考えていませんでした。でも、ものすごい勢いで伸びているので、固定費を払う価値があると考え始めた。もっとアジアでビジネスをしようという強い気持ちの表れですね。

名門クラブはアジアでパートナーを探している

──勝算があって、立ち上げているというわけですね。

そうです。スポンサーシップをアジアから取ってくる。フレンドリーマッチをする。ユニフォームなどのグッズを売る。サッカースクールを開く。アジア選手をスカウトするなどなど。さらに踏み込んで言えば、株主となり得るパートナー、もしくはバイヤー(売却先)を探してくる。そういった動きがあります。

──売却先というのは。

クラブを買ってくれる大富豪や企業、ということですね。たとえば、2013年11月、インドネシアの大富豪のエリック・トヒルがイタリアのインテルの新会長になりました。

彼はインドネシアでメディアグループを持っていて、僕もCL放映権のセールスでよく会っていたので懇意になりました。今でも連絡を取り合っています。

最近、タイと中国の投資家がACミランを買収するという報道がありますよね。ミラノの2大クラブのオーナーが、ともにアジア人になるかもしれないということです。

アジアの大富豪からしたら、クラブ買収に必要な数百億円(クラブによっては、1000億円以上)というのは、たいしたおカネじゃないんですよ。また、彼らはちょっとでも良いアイデアがあると、自国の株式市場でものすごいおカネを集められますしね。(文中敬称略)

(聞き手:木崎伸也)

※本連載は毎週火曜日に掲載予定です。